捕食者の牙
転送が完了する。
予定の通り私は地下空洞に転送された。
この空洞は、私の拠点として予めに作っておいたものだ。
今はまだ照明ぐらいしかないけど、ゆくゆくは地下街に発展させるつもりだ。
というのも、エネルギー採掘はとにかく人手がいる。
エネルギー消費を抑えるのに資金も必要になる。
そこで、街を作ればいいのでは? と思い至ったわけだ。
その第一歩として、まずは地上へのアクセス手段を用意する。
私は懐から【エネルギー変換装置】を取り出す。
青く光る線が迸る白い【キューブ】状のこの装置は、プルギウスが独自に生み出した技術だ。
主にエネルギーの貯蔵と、エネルギーを物質に変換することができる。
今回はエネルギーを【短距離転送装置】のパーツに変換する。
生成された四つのパーツは正方形になるよう地面に埋め込む。
設置完了だ。
さっそく装置を起動する。
転送先は、ここから一番近い鉱山だ。
「だ、だれだあんた! 今どこから出てきた!?」
転送を行うと、一人の男がこちらを指さしながら声を荒げていた。
見たところ、男は【ドワーフ】の成人男性のようだ。
かなり痩せている。
道具も服装もボロボロだ。
足元に落とした
「私はフィオス。君のような鉱夫を探している」
「鉱夫、だと? ここがどこなのか知っているか?」
頷く。
男の恰好、道具の質、そして男の首に嵌められている首輪。
まともな扱いを受けていたらまずそうはならない。加えてその言い方。
この鉱山は誰かの所有物で、男は強制労働を強いられている、と考えるのが自然だろう。
「なら俺たちがこの首輪のせいで鉱山から出れないのも、もちろん知っているな?」
概ね的中した、か。なら。
「まずはこれを」
そう言って私は懐からある果物を取り出して、男に手渡す。
男はその一口大の果物を見ると、訝しむ視線を向けてきた。
「なんだこれは?」
「君が求めているもの、とだけ」
「……いいだろ」
俺を騙したところで意味がない、と男は思ったのだろう。素直に口に入れた。
私が男に渡した果物は、プルギウスでは医学の頂点に君臨する薬だ。
ただ一つだけ、問題がある。
「まっっっっっっっっっずッ!!」
かなり不味いんだ。
齧らないことである程度は抑えられるけど、不幸にも男は齧ってしまった。
「はぁ、はぁ……どうなってんだこれはッ!?」
不幸中の幸いと言うべきか、薬は体調を崩しかねないほどの不味さをしている。
だから薬が効き始めるとこの通り。
「ん? ……あぁ? おぉ……」
どうやら男にも気づいたようだ。
自分の身体が完全に回復していることに。
「……」
男は何も言わない。
フードによって見え隠れる私の目を、ただまっすぐに見据えるだけ。
その瞳には、先程の訝しむような色が消えている。
「頼む! 俺にできることならなんだってやる。だから、さっきのやつを二つ……いや、一つでいい。分けてくれないか?」
「それがどんな代物を知った上で、か?」
元々低くしてあった声のトーンをさらに落として問い返す。
薬ならいくらでも作れる。しかし……
「ああ。こんなもんが世に出されたら戦争だ。だが、それでもだ」
そう。不治の病が存在するこの惑星の文明では、この薬一つで戦争になりかねない。
別にブルールハウトの住民が戦争するのは勝手だが、巻き込まれては敵わない。
だからそうならないように、いくつかの対策が必要になる。
「条件がある」
ごっくり、と男が喉を鳴らす。
「覚悟している。それだけ、価値のあるものだからな」
条件次第では人生が終わるかもしれないというのに、全く……うらやましいな。
きっとこの男には愛する家族が帰りを待っているのだろう。
「私の元で働く。それが条件だ」
「わかった。俺の名はダラトゥスだ。一つ聞いていいか?」
「なんだ」
「数がいるんだろ?」
「ああ」
労働力はいくらあっても足りない。
「なら俺のようなドワーフがここに何人もいる」
それはいい情報を聞いた。
「しかしよぉ。どうやって俺たちをここから出すつもりだ?」
「問題ない」
こういった【檻】はあくまで脱出されないように出口を塞いだだけ。
それ以外の方法、例えば転送を行えばなんの問題もない。
「それより全員が脱走した場合、気づかれるのは?」
「そうだな……早くても明日の朝だ」
だいたい15時間か。
見張りも置かずに何を考えている、と言いたいところだが、実に好都合だ。
「ダラトゥス、ここにいる全員を集めてこい。説得は任せる。説得が出来なかった場合――」
「引きずってでも連れて来てやるさ」
先を取れた。
「よく分かったな」
「なんとなくな」
そう言いながらダラトゥスは足元のツルハシを拾いあげる。
「それじゃ行ってくる」
そして踵を返すと、手を振りながら坑道を進んでいった。
トリニティプレデター 霜結 ひまわり @seraryon
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