トリニティプレデター

霜結 ひまわり

プロローグ

「繰り返す。これから君たちには我らが母星のために【惑星ブルールハウト】に突入してもらう。目的はエネルギー結晶を回収すること。出来得る限りエネルギー消費を抑えること。以上を守ってもらえれば手段は問わない。さて、準備はいいかな?」


「はい」

「ええ」

「もちろんです」


 司令官に私を含めた三人が簡潔に答える。


「いい返事だ。君たちには期待しているよ。時間までここで待機するといい」


 司令官は満足そうに頷くと司令室に向かっていった。


 私たちの星【惑星プルギウス】は急速な文明の進化により資源が枯渇している。

 資源は現在の文明レベルを保てるためにも、種の存続のためにも必要不可欠だ。

 私たちはそのために立ち上げられた【プレデター育成機関】に召集され、そこで育成を受けた。

 そして、プレデター育成機関を卒業した今、私たちは【プレデター】として惑星ブルールハウトに派遣されることとなった。


 派遣されるとは言っても、この星の文明なら転移していくだけなので危険はない。

 ただ惑星を跨ぐ転移も、母星を離れるのもこれが初めてだからかなんだか落ち着かない。


「フィオスくん、ブルールハウトの民の【扱い】は決まりましたか?」


 話しかけてきた彼の名前はヴァイン・テルン。

 成績は卒業生三十三人中総合二位。筆技二位、実技三位。

 外見はいわゆる美男子。

 白に染まった髪と相手を射抜くような冷たく黒い瞳はこのプルギウスでは見かけない。

 あまり喋らない、表情も見せない。

 特定の物事にしか興味がないので、会話しようとしても無駄なところがある。

 それ以外は年齢も出身も何もかも謎に包まれる謎のような男。

 風の噂によればブルールハウトの孤児だとか。


「決まっているよ。私の答えは変わらない」


「そうですか……」


 残念そうに呟いているように聞こえなくもないけど、テルンの顔からはそれが読み取れるだけの情報――表情というものが一切存在しない。

 やはりこの男はいろんな意味で不気味で、苦手だ。


「ステラはどうかな?」


「わたくしも同じですわ」


「そうか」


 彼女の名前はホールン・イーリステラ。

 成績は卒業生三十三人中総合一位。筆技一位、実技二位。

 外見はお嬢様らしく華々しく着飾っている。

 ホールン家のシンボルとも言える金色の髪を左右三本づつの髪飾りで留めていて、清らかなその瞳は赤き彗星のように煌めく。


 イーリステラ。

 彼女とは三年間付き合ってきたが、最初に出会った日から分かった。

 彼女は間違いなく天才だ、と。

 ホールン家歴代のプレデターをも超えるほどの器を持ちながらなお成長し続けている。

 頭脳が良いというだけではなく、戦闘においても類のないセンスを発揮する。

 本人の能力も資質も全般的に非常に高く、地位と両親から譲り受けたエネルギーを行使すれば惑星をも破壊する武力も併せ持つ……のだが、私が言ったら嫌味になるか。


「ところでフィオス様、その服装はなんなのです?」


「これはブルールハウトの住民と上手く交渉するための変装なんだ」


 ステラが疑問を抱くように私はいつもと違って茶色いローブというものを身に着ている。

 その理由はブルールハウトにおいてこっちの方が馴染みやすく、かつ素性を隠しつつ交渉ができるという情報を得たからだ。

 何しろブルールハウトの住民からすれば私たちは侵略者。用心に越したことはないだろう。


「あなた様なら力づくで従わせられるというのに、敢えてそうしないのはわたくしへの挑戦状でよろしいですわね?」


「そういうことにしてもいいよ」


「あらお優しですのね。これもあの方の影響なのかしら」


「そうかもな」


 なぜ彼女がいきなり勝負を言い出したのかというと、自分の力に絶対的な自信を持つステラが初の模擬戦で私に負けたという経緯がある。

 ステラは今まで全てにおいて他者を容易に圧倒してきた経験があったからか、初めて負けたことをそれはもう根に持たないはずがない。

 それからというものの事あるごとに勝負を仕掛けてくるようになったんだ。


 あの方については今や亡き伝説のプレデター。

 詳しくは話せば長くなるので割愛するが、一言で言えばプレデターみんなの憧れのような人物だ。


『全プレデターに告ぐ』


 司令官の声が脳内に響く。

 時間か。


『これより十一班に分けて転送を行う。各自スケジュールの再確認を行い所定の位置にて待機せよ。プレデター識別番号996番は速やかに移動するように。繰り返す。これより……』


「いよいよか、これからはしばらく一人だけで頑張らないとだな」


「ですわね。もしなにか困ることがあったらわたくしに助けを求めてちょうだい」


 ブルールハウトに着けば、私たちは任務を遂行するまでプルギウスに帰還することはないだろう。

 ただ、同じ惑星にはいるので会える方法はいくらもである。

 だから敢えてこの言い方をした。

 ステラもそれを察してそう言ってくれたのだろう。

 もっとも私がステラの力になれるのはこの力ぐらいしかないけど。


「そうさせてもらうよ。ステラも困った時は相談してくれるとうれしい。力になれないかもだけど相談に乗ることぐらいはできると思うから」


「フィオス様に相談することがあるとしたら、それはあなた様のお力を借りする時になりますが?」


「このプルギウスは人口が少ない。ステラほど仲のいい相手はそうそうできるものではないんだ」


「それがあなた様のお考えですのね」


 ああ、と心の中で答える。

 ブルールハウトの住民と仲良くなれるのはあくまでも仮説でしかない。

 もしブルールハウトの住民が君に危害を加えるようなことがあったら私は……いや、いまはやめておこう。


「しばらく会えなくなるけどお互い頑張ろう」


「ええ。それでは、第一班スタンバイ」


『第一班スタンバイを確認。転送を開始せよ』


『転送を開始します! 10、9、8……』


 転送のカウントダウンが始まる。

 一つずつ減っていくカウントは私たちがプルギウスにいられる時間を現すと同時に、惑星ブルールハウトへ突入しなければならない時間を現している。


 惑星ブルールハウト。

 この惑星からはかつてないほどのエネルギーが検出されている。

 しかしブルールハウトの住民はエネルギーの活用方法を知らない。

 エネルギーの活用方法を知らないということはつまり、ほとんどのエネルギーが使用されていないということ。

 だからこそブルールハウトは危険なんだ。

 静かに眠るエネルギーの波を迂闊に刺激すれば最悪ブルールハウトが崩壊する。

 険しい任務になるけど、それでもやらなければならない。

 プルギウスのために、プルギウスの民のために、そして……私たちのために。


『4、3、2……』


『君たちに言えることはもうない。ご武運を祈る』


『0、転送します!』


 こうして私たちはブルールハウトに転送されるのだった。

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