シーン4 捕捉

「Central control station, Bravo 101, Request taxing.」

 機長である大佐が管制塔に滑走路への侵入を求めた。やがて、機体は待機エリアから滑走路へ続く誘導路をゆっくりと進み始める。最新の大型戦略爆撃機だ。直掩機ちょくえんきが2機、続いて離陸し、支援につく予定になっている。緊張感に満ちた機内では、それぞれの持ち場で歴戦の勇士達が、自らの責務を淡々と果たしていた。作戦の発動からこれまでの間、それぞれが自らの責任と、果たすべき責務を厳密に把握し、これを成し遂げるために準備を行ってきているのだ。その動きには一瞬の迷いも見られなかった。

「各員、状況を報告せよ。」

 機長の指示に、間髪入れず各セクションから報告の声があがる。

「進路、オールクリア。飛行の障害になるもの確認なし。」

「レーダー、オールグリーン。異常ありません。」

「電子通信、異常なし。」

 この出撃で副機長となった中佐が、これらの報告をすべて聞いて、ひとつうなづくと機長へ静かに言った。

「出撃準備完了です。」

「出撃準備完了、了解した。 Ready for takeoff.」

 機長が副機長の報告を復唱して、続いて管制塔へ向けて離陸許可を求める。

「Cleared for takeoff.」

 管制塔から許可が出ると、ジェットエンジンの唸りがひときわ大きくなり巨大な機体が一機に加速を開始した。爆撃機と言えど離陸時はゆうに2Gを超える重力がかかる。しかしながらクルーは顔色一つ変えず、持ち場で離陸時の待機姿勢をとっていた。やがて、軽い浮遊感とともに機体が地面から離れたかと思うと、そのまま急角度で上昇し始めた。このまま高高度にまで一気に上昇、そこから目標へ向かって水平飛行に入る予定だった。先導機パスファインダーが実験用に散布した気象兵器が功をなしたのかどうかまでは定かでないが、周辺空域の天候は悪くなってきており積乱雲が発達しつつある、という情報がプリフライトブリーフィングで報告されていた。この雲を隠れ蓑にしつつ積乱雲の影響を受けないようギリギリを迂回して飛行するのが機長の狙いだった。幸いなことに先導機パスファインダーに対して迎撃機は出撃してこなかった。この機体に装備されている最新のステルス性能をもってすれば敵地の上空に侵入できる可能性は高いといえる状況にある。とは言え、油断は禁物だ。

 大佐は軽く首を横に振った。今日はなにかおかしい。特別な作戦とは言えど、いつも通りの出撃なのにいつになく自分はナーバスになっている。落ち着け。広い視野と冷静な判断力こそが生き残るために必要なものなのだ。

 機体を水平飛行に移行させると、後を追って上がってきた直掩機ちょくえんきと編隊を組み、巡航飛行へと入った。もう後には戻れない。作戦は始まっているのだ。


 上空には重苦しい雲があたり一面に広がっていた。雲の層が相当厚いのだろう。日没まではまだ間があるにも関わらず、辺りは逢魔が時のように薄暗くなっていた。生暖かい風が強く吹き付け、その勢いはまだまだ強くなる気配を感じさせている。まだかろうじて雨粒は落ちてきていないが、それも時間の問題であることは誰の目にも明らかだった。降るときには一気に大粒の雨がたたきつけるように降るに違いない。時折、雲の中でフラッシュをたいているように強い光が瞬いている。雲の中では既に雷が発生しているようだった。音がまだ聞こえてこないところから察するに、それほど大きな雷にはなっていないのだろう。とは言え、このままさらに天候が悪化していけば、いずれ落雷となるであろうことも想像に難くない。

 サダは、ここに着いたときのことを頭の中で反芻はんすうしながら、ジョンの作業を手伝っていた。


 ハルの予想通り、正体不明機が何かをバラまいた辺りまでくると天候は急速に悪化していった。ジョンは嬉々としてハルから降りようとしたが、これはサダの決死の抵抗によって阻止された。サダはハルから降りる前に大気成分の分析を行うことを主張したのだ。ジョンは無駄なことをするな、と文句たらたらではあったが、ハルが分析には数分程度の時間しかかからないことを告げるとしぶしぶこれを承知した。ハルが外気を採取して調べてみたがサダの意に反して、人体に害を及ぼすような成分は一切検出されなかった。ほら見ろ、と言わんばかりにジョンがサダを見やったときにハルが口を開いた。

「でも、妙な物質が検出されたんですよ。これをバラまいたのかな???」

「なにが検出されたんだ?」

 ジョンの問いにハルが答える。

「うーん。私も初めて見るのではっきりしたことはわからないんですが、六方格子状の結晶構造をもつ物質ですね。人工物なのは間違いないと思うんですけどね。」

「はっきりとわからない物質に毒性がないなんてなんでわかるんだ?」

 と、これはサダ。

「そりゃ、私は最先端のAIですから。そのくらいはわかりますよ。」

 ハルのそのセリフを聞いたサダはなにか言ってやろうと口を開きかけたが、これはジョンのセリフによって阻まれた。

「AIってのは論理的に結論を導き出しているわけじゃない。結論に対して論理的な説明がつけられない、なんてことはフツウだ。気にするな。」

 ホントにそういうもんなのか???疑念にかられながらも、門外漢のサダが、アマチュアとは言え専門家のジョンにそう言われてしまうと、反論の言葉を飲み込むしかなかった。

「その物質を例の機体がばらまいたとして、だ。いったい、なんでそんなものをばらまいたんだ?」

 この奇妙な状況にジョンも好奇心を刺激されたようで、ハルにそう尋ねた。

「そんなこと、いくら私が優秀なAIだと言ったって、わかるわけないじゃ・・・」

 ないですか、と言いかけてハルが黙り込んだ。ジョンとサダは顔を見合わせる。と、果たしてハルがぼそりと呟いた。

「もしかして・・・。でも、まさかなぁ。」

「もしかして、なんだ?言ってみろ。」

 ジョンが促す。

「お二人は、その昔、人工降雨実験が行われていたのをご存じですか?」

「もちろん」

「ぜんぜん」

 もちろん前者がジョンで、後者がサダだ。ハルはサダに合わせて説明を始めた。

「昔から雨が降らなくて水に困ることはよくあることだったわけで、そういう時には雨ごいの儀式などが行われたんですね。これ自体は、単なる祈祷の類で科学的な根拠が無い行為なんですが、この時に行った大規模な焚火などによって発生した煙が上空の水分の核となって水の粒を形成して、雲の発生を促したのではないか、なんて説が、後の世でまことしやかに語られたりしています。20世紀にはいると、雨を降らせようという試みはもっと科学的な論理性をもって行われるようになります。でも、発想そのものは、焚火の煙が水の粒の核になって雲が発達した、という理屈と本質的には同等で、水の粒ができやすい核を与えることで雲の発生を促そうというものだったんです。」

「ハル、前置きが長いぞ。」

 まぜっかえしたのはジョンだ。ジョンはこうした歴史的背景ももちろん知っていたから、ハルの話がまだるっこしかったのだ。ハルが人間だったら軽く肩をすくめて見せたところであろうが、ハルはジョンの言ったことを気にしている様子も見せず、そのままの調子で話を続けた。

「当時、水の粒を形成する核となる物質として、効果が高いとされたのがヨウ化銀という物質なんですが、雪の結晶によく似た結晶構造を持っていたんです。この結晶構造こそが、六方格子状の結晶構造なんですよ。単なる偶然の一致である可能性の方が高いかもしれないんですけどね。」

 そこまで聞いて、ジョンが口を開いた。

「ということは、サダの陰謀説が正しければ、だぞ。例の機体は人工的に、しかもこんな誰も住んでいないようなところに豪雨を降らせることによって、水害を発生させて困らせようとした。あるいは、落雷によって損害を与えさせて困らせようとした。ってことか?昔の子供向けテレビ番組に出てくる悪の秘密結社じゃあるまいし、そんな地道な悪事を積み重ねて利益を得るやつがいるとは思えんね。」

 ジョンがサダの方を一瞥すると、サダは肩をすくめて見せた。サダもこれに反論できる材料はなにも持ち合わせていなかった。

「これ以上は時間の無駄だな。さあ、雷を捕まえる準備をするぞ。」


 ハルを降りてからまずおこなったのは、10メートル四方ほどの広さに隙間なく厚さ5cmほどのゴムの板を敷き詰め始めることだった。雷はかなり電圧が高いため、装置で雷を捕まえてもそこから地面へ放電して電流がながれてしまうことが十分に考えられる。この対策として絶縁体であるゴムを敷くのだ、というのがジョンの説明だった。

 次に設置されたのはトラス構造をもった2.5メートルほどのジュラルミン製の塔だった。やや傾斜がついてはいるが、ほぼ垂直に設置されたそれは何かの発射台をほうふつとさせるシルエットだった。

「まさか、この金属製の塔に雷が落ちるのを待つ、ってんじゃないだろうな。」

 口を開いたのはサダだった。サダの想像力ではそれくらいしか思いつかなかったのだ。

「そんな気の長いことをしていられるわけないだろう。」

 もちろん、ジョンはそれを否定した。

「これは発射台だ。今からこれでロケットを打ち上げる。」

「ロケット???」

 サダは、作業の手を止めて要領を得ない顔でジョンを見た。ロケットと雷を捕まえることの間にどんな関連性があるのか、完全にサダの想像力を超えていた。風が吹いたら桶屋が儲かる、って話もあるしなぁ。サダがそんなことを考えていると、それを見透かしたかのようにジョンが付け加えた。

「ロケット誘電を行うんだ。」

「ロケット誘電???」

「うむ。さっき、お前がこの発射塔に雷が落ちるのを待つのか、と聞いただろう?実のところ当たらずとも遠からずなんだ。」

「でも、それではジョンの言う通り、あまりにも運任せがすぎる。」

「そう。それも、その通り。その確率を飛躍的に高めるのがロケット誘電だ。直感的にわかりやすく言うと、そもそも落雷ってのは積乱雲内に目いっぱいに蓄積された電気がその行く先を探して、地面に放電される現象のことだ。」

 そのくらいのことはいくらサダでも聞いたことがあった。高い木に落ちたりするのは空気中よりも木の中の方が電気が通りやすいからだし、避雷針というのはそういう性質を使って雷が落ちやすい電気の通り道を作ってやって周囲への被害を少なくする、という考え方に基づいた装置だ。

「ところが、地面の上にいくら数十メートル程度の金属製の塔を建てたところで、はるか上空にある雲中で発生している電気にとっては、誤差程度の違いしかなく、そこに落雷が発生するのを期待するのは、相当気の長い話になるわけだ。」

 ジョンはそこで一呼吸おいてサダの顔を見た。出来の悪い生徒が説明を理解できているか確認する先生の目をしていた。

「そこまでは理解できた。それで?」

 サダが続きを促した。

「要は、電気が、つまり雷が通りやすい道をもっと高いところまで作ってやれば、雷がそこに落ちてくれる確率はぐんと高くなるわけだ。」

「まあ、理屈は成立しているな。」

「そこで、細くて軽いピアノ線を結び付けたロケットを打ち上げる。宇宙まで飛ばそうってんじゃない。この程度の発射装置があれば十分だ。まあ、1,000mほども上げてやれば、雲底と地上のちょうど半分くらいの高さになる。落雷を誘発する期待も持てるだろう。」

 サダはようやくジョンが何をやろうとしているのかを理解した。そしてあきれた。

「理屈はわかるが、なんともまあ、原始的な感じはするな。」

 正直な感想ではあったが、ジョンはなぜか嬉しそうにこれに反論した。

「何を言ってる。20世紀ごろにはこうした実験が繰り返し行わていて、少なくとも3桁にのぼる成功例が報告されているんだぞ。すごいと思わないか。」

 ジョンとサダがロケット発射台の設置作業を始めて以来、ヘッドライトを照明替わりに提供して作業スペースを明るくする役目を担っていたハルが、久しぶりに口を開いた。

「ジョンはだいぶ前から、一度ロケット誘電を試してみたい、って言ってましたものね。」

「ハル!余計なことを言うんじゃない。」

 あわててジョンがそう言ったが、時すでに遅かりし、だ。ジョンがサダに目を向けると、サダは恨めしそうな目でジョンを睨んでいた。

「道理で。なにかおかしいと思ってたんだ。雷ってのは、電圧こそ非常識に高いけれども、その電力量は言うほど多くはないって話も聞いたことがある。なのに、なぜ高電圧が必要とは言え、雷を起動用電力として使わなくてはならないのか、違和感を感じてはいたんだ。」

 サダはそこで一呼吸置いた。

「単に、ジョン、お前がやってみたかっただけだったとはね。」

「まあ、そう言うな。男のロマンってやつだ。無意味そうに思えれば思えるほどに面白い。」

「わけのわからん言い訳をしやがって。」

 言いながら、サダも確かに少し好奇心を刺激されていた。そんな方法で雷を捕まえることができるのであれば、確かにちょっと見てみたい。ジョンは、と言うとそんなサダの様子に満足したのか、嬉しそうにロケットの設置を始めた。

 全長は50cm程度。細長い円筒形で一方の先端はとがった形をしている。もう一方の端には軌道を安定させるための尾翼とおぼしき短い羽根が四枚ついている。人類が初めて宇宙へ足を踏み出した当時から変わることがない、こてこてのデザインだ。材質はFRPだろうか。非常に軽くて丈夫なプラスチックのような素材でできているようだった。ロケットの胴体の一番下には、サダが持ってきた超高圧ガスボンベが収まる程度の空間が開いている。なるほど、超高圧ガスが噴出するエネルギーをつかってロケットを打ち上げるという仕組みらしい。

 そこまで見ていたサダはあることに気が付いた。

「ジョン。俺が持ってきたガスボンベは三本あったはずだ。お前に三本頼まれたからな。ロケット本体は回収して、ガスボンベを交換して飛ばすのか?」

「まさか。1,000メートルほどの高さまで飛ばすんだ。無事に回収できるとは思ってないさ。同じロケットを三本用意してある。チャンスは三回だ。」

 ジョンはそう言いながら、残り二本のロケットをサダに見せた。ロケットに結び付けるピアノ線も小型ドラムに巻き付けられているものが三セット用意されていた。こちらも使い捨てのようだ。

 発射台にロケットが設置されると、ピアノ線がロケット本体に結び付けられる。ドラムはそのすぐ脇に置かれ、ピアノ線が引っ張り出される力でドラムが転がっていかないように厳重にボルトで固定された。ドラムの中心からは分厚い皮膜に覆われた太い電源ケーブルが伸びている。

「サダ、ハルの中からイグニッションの蓄電用パーツを持ってきてくれ。」

「了解だけど、ちと、人使いが荒いんじゃないか。」

 ぶつぶつ言いながらサダが持ってきた蓄電用パーツを、ジョンが電源ケーブルに接続する。

「よし。これで準備完了だ。あとはハルに送られてくる雲の帯電状況を見ながら、発射タイミングを決めればいい。ハル、どうだ?」

「いい感じで電気量が増えているようです。でも、時間当たりの増加率は高いままですから、ピークに達するのはもう少し後でしょうね。」

 増加率が高いということは、まだ雲の中にため込める電気量に余裕があるということだ。落雷の発生を誘発するにはこれ以上は電気をため込んでおけないというくらいになっている方が好ましい。もう少し待機する必要がありそうだった。

 と、サダの顔に冷たいものがポツリと当たった。雨粒だ。サダが思わず顔を上げると、その間にも降ってくる雨粒の量は増え、あっと言う間に大粒になっていく。

「ジョン、降り出したな。いったんハルの中に退避しよう。」

 サダがそう声をかけると、ジョンも素直にそれに従った。ハルに乗り込むとジョンはガサゴソと何かを探していたが、やがて軍用にでも使われていそうなレインコートを二着引っ張り出して、一着をサダに渡した。

「一発で雷を捕まえられなければ、雨の中で二発目の発射準備をすることになる。持っておいてくれ。」

 サダはレインコートを受け取りながら、今度はどれだけ待たなくてはならないのかを考えて、げっそりした面持ちになっていたが、いったん動きだした事態はその変化の速度を急激に上げているようだった。10分と経たずにハルが相も変わらずのんびりとした口調で言った。

「ジョン、雲中の帯電量の増加率が衰えつつあります。そろそろ、チャンスですよ。」

「よし、俺がタイミングを指示する。データをこっちのモニタに回してくれ。」

 ジョンは自分の席の前に設置したコンソールでデータを睨み始めた。

「発射スイッチを用意しますか?」

 そんなジョンにハルがそう聞いた。

「発射スイッチ?発射はハル、お前が直接制御しているはずだろう。そんなスイッチを用意した記憶はないんだが?」

 ジョンは要領を得ない顔でハルにそう聞いた。

「いや、ボタンそのものは単なる飾りなんですけどね。それっぽい雰囲気が出るんじゃないかと思って。私が、ジョンがボタンを押すのを、発射信号を送るんです。使ってみます?」

「いらん。そんなバカなことに処理能力を割いているんじゃない。」

 ジョンは一刀両断に切り捨てた。こればっかりはサダも同感だったが、そんな冗談みたいな発想を持ったのが実はAIなのだ、ということに気が付いてしばし絶句した。しかし、今はそんな感覚に浸る時間はないようだ。

「ジョン、帯電量の増加率がさらに減少しています。」

 ハルがジョンに告げた。

「よし、ハル。一発目を発射しろ。」

 ジョンがすかさず指示を出す。

了解ラジャー、発射します。」

 ハルが言い終わらないうちに、ブシュッという気体の噴射音とともに設置したロケットが発射台から消えた。ドラムがすごい勢いで回転してピアノ線がみるみる引き出されている様子が見える。ロケットの打ち上げには成功したようだった。

 発射と同時にハルがカウントダウンをする。

「4、3、2、1、到達。」

 ほぼ同時にピアノ線が引き出される速度があっと言う間に遅くなり、止まった。ロケットが目標高度に届いたことは、素人のサダにもすぐにわかった。

「どうだ?」

 聞いたのはサダだ。と同時にピカッと光ったかと思うと、ゴロゴロという轟音があたりに鳴り響いた。目の前の発射台には何も変化はない。

「一発目は空振りだったな。次のロケットを設置しにいくぞ。」

 ジョンはそう言うなり、ハルから出て行った。サダも後を追う。外はバケツをひっくり返したような雨に強い風が加わっていて、一発目のロケットを設置したときよりもその作業ははるかに困難を極めた。作業の合間に、何度も稲光が走る。

「急げ、サダ。状況は思ったよりも早く変化しているぞ。この調子だと、チャンスはあと一回だ!」

 ジョンは二発目のロケットを発射台に設置しつつ、風雨に負けないように大声で叫びながら、サダを急がせた。

「ロケットはあと二本あるはずじゃないのか?」

 サダはピアノ線が巻いてあるドラムの固定をチェックしながら、こちらも負けじと叫び返した。

「おそらく、天候の方がそう長くは続かん。とにかく、急ぐんだ。」

「ちなみに、ロケット誘電に失敗したらどうするつもりなんだ。」

 固定したドラムから引っ張り出したピアノ線の端っこをジョンに手渡しながら、サダは聞いてみた。ジョンは軽く肩をすくめて見せた。

「仕方がないから、研究室のコンセントから電気を取るさ。」

 ハナっからそうしてくれよ。サダはそのセリフをぐっと飲みこんでジョンがピアノ線をロケットに括り付けるのを黙って見ていた。これで二発目の発射準備は完了するし、今ここでそのセリフを口にしてみても状況が何か変わるってものでもない。

「よし、準備完了だ。」

 ジョンのセリフを聞くや、サダはハルの中に駆け込んだ。ジョンも急いでそれに続く。二人の戻りを待っていたのだろう。サダとジョンが座席に落ち着くなり、ハルが報告した。

「ジョン、間に合わないかと思いましたよ。帯電量の増加率が急激に減少してます。絶好のチャンスです。」

「よし、ハル。二発目発射だ。」

 ジョンがすかさず指示を出す。

「発射します。」

 ハルが復唱すると同時に、一発目同様、噴射音とともに真っ暗な空へとロケットが消えていく。

「4,3,2,1,到達。」

 ピカッ、ドゴォン。

 ハルのカウントダウンが終わるや否や、先ほどとは比べ物にならない強烈な光が視界を奪い、轟音が衝撃波となってハルを大きく揺さぶった。あまりの衝撃に、二人と一台はしばらく言葉が出てこなかった。やがて口を開いたのはジョンだった。

「どうだ。やったか?」

 激しい閃光のせいでまだ視界は回復していなかったが、やがて、再び目が周囲の暗さに慣れてくるとつい先ほどまでロケットの設置作業をしていた辺りが黒く変色しているのが見えてきた。

 ジョンとサダが状況を飲み込むより一足早く、ハルが二人に告げた。

「蓄電パーツが目いっぱいの充電状態になってます。どうやら、雷を捕まえるのに成功したようですよ。」

 ジョンとサダは顔を見合わせると、物を言うより早くハルから飛び出すと蓄電パーツのそばに駆け寄った。蓄電パーツはかなりの熱を持っているようだ。バケツをひっくり返したような雨は、蓄電パーツに当たっては、白い水蒸気となって辺りに立ち込めていた。蓄電パーツの熱はみるみる雨によって奪われていき、すぐに水蒸気は上がらなくなっていった。

「やったぞ、ジョン。成功だ!」

 先に声を上げたのはサダだった。苦労した甲斐があったというものだ。本当に雷を捕まえることができるとは。サダが満ち足りた気持ちで蓄電パーツを眺めた。愛おしさすら感じられるようだった。そのサダを尻目にジョンが言った。

「これで、ようやく準備が整ったな。」

 サダはびっくりしてジョンを見た。そして思い出した。

 そうだった。これは今度の発明品を起動させるための電源だった。本番はこれからだったっけ・・・???

 サダはあることに気が付いた。そういえば、今回の発明がどんなものだか、まだ聞いてない・・・。

「よし、サダ。発射台はあとで撤収しに来るとして、蓄電パーツを回収して移動するぞ。」

 ジョンの声を遠くに聞きながら、ハルに戻ったら今度の発明品がなにかをきっちりと聞き出してやる、そう心に誓ったサダだった。

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