文豪起爆装置
1951年某日、2年目に突入した国営ラジオの人気番組「正午の娯楽試験放送」がいつものように始まった。1941年に始まった石油禁輸措置が1943年の毛沢東暗殺に端を発する国共内戦の終戦及び国民政府の建設で解除され、日本と国民政府が和平交渉の末に共産勢力を駆逐するための日中防共協定に調印するとアメリカは日本に技術供与を始めたのである。おかげで音質のいいラジオが普及した。様仮軍曹ブームもこの音質のいいラジオによるところが大きい。
さて、「正午の娯楽試験放送」は毎週日曜日の正午にラジオで放送されたバラエティ番組である。放送内容はコメディのラジオドラマをしながらのトーク番組で、2時間かけて1時間分の台本を読む。すなわち切りがいいところでトークが挟まるというわけである。
「今週のお話は、『文豪起爆装置』!あの明治文豪2人が腹を立てた許せなかったこと、現代の文豪と賞賛される4人の名小説家が腹を立てる『許せないこと』を寸劇形式でお伝えします!それでははじまりはじまり……の前に、提供一覧へ参りましょう。専売公社の提供でお送りいたします」
活動弁士を思わせる口調でアナウンサー「
「♪専売公社の暁星は 安くて本数が多い~……というわけで、専売公社はタバコ『暁星』を今月よりさらに値下げします。ぜひ各地の登録店にてお買い上げください!」
「では、始まります」
ブーというブザーとともに、「武者小路実篤編」というアナウンサーの声が響いた。
「志賀くん遅いなあ……」
「志賀直哉は時間になっても現れず、とうとう日が暮れても来なかったのでした」
「……」
「武者小路実篤は腹を立てました。そのときでした」
「さてここで問題です」
三葉亭五迷が突然割って入る。
「志賀直哉はどこで何をしていたでしょう。ゲストの皆さん、思いついたら『はい』と言ってください。ボケても構いませんし真面目に当てに行っても構いませんが、登場人物を貶めるのはやめてください」
ゲストたちのうなり声と独り言がラジオのスピーカーからあふれる。ここで東条英機元首相が「志賀……しが……滋賀……違うか」などと言っているのを聞くだけで、当時ラジオの前で放送を楽しんでいた市民たちは爆笑しただろう。準レギュラーの東条元首相は、なかなかに面白い独り言を零すことで人気を得ていた。
「はい」
ゲストで来ている東久邇宮稔彦殿下が発言する。東条元首相はすっと息を吸い、大きなため息をついた。
「東久邇宮稔彦殿下、どうぞ」
「滋賀県に旅行に行っていた」
スタジオが愛想笑いに包まれ、東条元首相は絶句した。
「はい」
少し怒った声で東条元首相が発言する。
「東条さん」
「約束をすっぽかして別の友人の家へ行っていた」
「それはないんじゃないだろうか」
東久邇宮稔彦殿下がツッコむ。ラジオ越しにも分かるほど険悪な雰囲気。
「東久邇宮稔彦殿下、東条さん起爆装置しても仕方ないかと……まあそれはそれとして、東条さん正解です。ラジオドラマの続きをどうぞ」
ジリリリリリリリ。
「なに……?○○の家に行って僕には電話をかけなかった……だと」
一呼吸置いて、武者小路実篤を演じる声優が言った。
「……クソが」
「その日武者小路実篤はこんなことを書いたといいます。『僕はおこつてゐる、ほんとにおこつてゐる、あとで電話をかけておこるが今はハガキで怒る』」
スタジオが大爆笑に包まれる中、東条元首相と東久邇宮稔彦殿下は笑いをこらえて静かに怒っている。
「これは……殿下と東条さんは今度から共演しないようにしますね」
これから1時間45分も続く番組の中で、2人が何度喧嘩するかは未知数である。
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