第一次パームショック

消臭スプレー軍曹

パタパタパタ……

様仮さまかり軍曹、トイレが死ぬほど臭いであります!どうすれば良いでありますか!」

「おお、仙石せんごく一等兵か。どれどれ……臭いな」

「石鹸がないので掃除できないのであります」

「こんな時は消臭スプレーを使えばよかろう。消臭スプレーはすべてを解決するのだ!さあ、消臭スプレーを用意しろ!」

「はッ!」

プシュー。

「どうだ、爽やかになったろう」

「はい!」

 1947年、日本は東南アジアの同盟国やアジア共栄圏からパーム油を買っていた。しかし欧州各国によるパーム油の現地直送買い上げが開始されたことによってパーム油自体が不足するようになり、石鹸が品薄になりだした。そのころから連日のように国策CMに登場するようになった様仮軍曹と仙石一等兵のやり取りは、その声がイケボなのも相まって国民的人気を博していた。また声のみの出演であるというミステリアスさから、その正体を考察するという週刊誌記事も話題になっていた。

「様仮軍曹の正体は歌舞伎俳優か?――国策放送最大の謎に一仮説」

「仙石一等兵の正体とは!?」

 こんな週刊誌の特集が組まれたが、石鹸の不足が深刻化するとともに消臭スプレーが普及し始めても様仮軍曹や仙石一等兵の正体はわからなかった。ファンたちがいくら探しても、一億数千万人の人口を持つ大日本帝国という国のどこかにいるということしかわからなかった。そしてCMに新キャラが登場するという大本営からのニュースが発表されると、様仮軍曹や仙石一等兵の正体がわからないまま次なる登場人物への期待が膨らみ、もはや様仮軍曹や仙石一等兵が誰かは問われないようになってきた。新しいCMは最初のCMから5ヶ月経った1947年8月1日の正午の時報とともに公開された。

「正午になりました。国策CMのお時間です」

「消臭スプレーの効果は素晴らしいでありますなあ」

「そうだな仙石。ところであのスプレー、いくらすると思う?」

「市販価格は配給切符5枚分であります」

「そうだな、正解……」

「ちょっと待て様仮、仙石!7月末から3枚分に値下げしたぞ!貴様らが知らなくてどうする!」

「千原少尉!?」

「まあいい、間違いを訂正すれば許してやろう」

「仙石、消臭スプレーっていくらすると思う?」

「市販価格は配給切符3枚分であります」

「正解だ。ご視聴の諸君も間違えのないように!配給切符は生活の糧!大事に使おう配給切符!」

 CMが終わったあとの日本全国では、熱烈なファン達が千原少尉の甘い声と前述のイケボ2人のやりとりに酔っていた。このCMが流れる時間帯のラジオ受聴率は、ついに80%を突破した。しかし翌月、半年間にわたり日本を苦しめたパーム油直接買い上げは各国の法によって規制される。そして新しいCMが始まった。

「様仮軍曹、石鹸に消臭スプレーを組み合わせるとどうなるのでありましょうか」

「私もわからんな。よし、実験だ」

プシュー。

「おお、爽やかな無臭……」

「ちょっと待ってください様仮軍曹」

「おう、なんだ」

「そういえば石鹸、さっきからぶくぶく言ってませんか?それから、なんだか鼻がつんとするであります」

「え……あ、本当だ。まずい、ここから早く出よう」

「どうしてでありますか?」

「これはおそらく……毒ガスだ」

「毒ガス……でありますか!?」

「ああ。この消臭スプレーには消臭剤のほかに臭いのもとを叩くための消毒剤が入ってるんだ。そして販売を再開した新型トイレ用液体石鹸「アルカポール」はアルカリ性で、消毒剤は酸性だ。反応して泡が出ているということは、おそらく塩素ガスだ!」

「なんですって!?げほごほ」

バタバタ……バタン。

「すぐにここを立ち入り禁止にする!」

「千原少尉!今不手際でガスが発生しているであります!立ち入り禁止の札を使わせてください!」

「わかった。あとで覚悟しておけ」

「国民の皆様も注意してくださいね!」

 パニック風の音楽とともに、CMは終了した。このCMの効果か、消臭スプレーによる事故は発生しなかったという。結局様仮軍曹たちの正体は、半世紀経った今でも公にはされていない。しかし……

「我々の正体、いつ公表されるんでしょうねえ」

「知らんな。とりあえず消臭スプレー、売ろうぜ」

「了解であります!」

「いらっしゃいませ、ご注文は……なに、我々の声がほしい?そりゃまたどうして」

「様仮軍曹?仙石一等兵?声がそっくり……?」

「バレちゃあしょうがない、どの台詞いっときます?……わかりました。録音はなしでお願いしますよ……せーの」

「仙石!」

「様仮!」

「千原!」

「いざ、あなたの心の防衛隊!」

 様仮軍曹たちの生声入りカセットテープが闇市で出回ったことは公然の事実である。

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