第7話  狐哲の正体、そして門出

 崋山はさっきTシャツを着ていたのにカサンドラになっていた事に気づき、気分が悪くなってきた。カイが頭の中に入って来た事も驚いたか、Tシャツが役に立たなくなって来た事の方が気がかりだ。頭を抱え込んでいると、カイ達がベッドルームに入って来た。

「ごめん。驚かせて。実は、あっ崋山だ。困ったな」

 カイはちっとも困っていない様子だったが、一応ここは躊躇すべきところと思ったようだ。

「何だよ用があるなら言っちまえよ。二重人格じゃないから、記憶とか頭ン中は同じだそうだ。な、崋山」

 神崎が話を促してくれた。崋山としては今かなりのピンチを感じている所なので、ややこしい話は苦手なのだが。

 どんより皆を見回し、

「何の話かな」

 と、一応カイに聞いてみた。カイは崋山の様子から遠慮がちに話し始めた。

「実は爺さんがテレパシーで自分の顔を俺に送って来て、カサンドラに見せろと言っていたから、見せようと思って、ルークのシステムノートに俺の記憶を映像にしてみたんだけど。爺さんの顔見てくれるかな。ルーク見せてやってよ」

 ルークも少し狼狽気味に崋山を見ながら、システムノートを操作していた。

「俺もカイとはさっきから意識が繋がっているんだ。どうやら俺にもテレパシー能力が目覚めたみたいなんだ。あはは」

「カサンドラが目覚めさせたんだよ」

 カイが説明した。

「へえ」

 人事の様に崋山は相槌を打ちながら、ルークのノートを見てみた。

「あっ、狐哲だ。年取ってる。そうか。お前らのお爺さんが狐哲のモデルなんだ。・・・・・狐哲も生きていたら、こんな風に年を取っていくんだったんだ。あんなことにならなかったら。二人ずっと一緒にいられたら・・・きっとこの顔を見られたのに」

 カサンドラにまた変わった崋山はルークにすっとノートを返すと、虚ろにベットに戻って毛布を頭からかぶってしまった。

「なんだか言っている事、変だな」

 ルークはカイを物問いたげに、見た。

「変だな、確かに。あの話さっさとすべきだったな」

 カイも困ったように言った。

「何だよあの話って」

 神崎がイラついてきたようだ。

「あのう、これはママが言っていた事なんだけど、この狐哲というアンドロイドをデザインするとき、開発者たちは、顔を応募してみたんだそうだ。そのときママが爺さんの顔を、ママのパパの事だけど、忘れてしまいたくなくて、例の絵を提出したんだそうで、みんな、それが爺さんの本当の顔だと分かっているから、採用したという話だ。そしたらそのアンドロイドが広く行きわたると、その顔を知っている人達がいたそうなんだ。若いころに亡くなった日向リツの恋人龍昂だと、彼女の遠い親類が数人、彼に会った事があると言い出した。みんな惑星に移住してきた新人類なんだけど、その中の日向ミドリという人が事情に詳しくて、日向リツは普通の人間に、一家共々全滅させられたという事なんだ。新人類と普通の人間とが険悪な時期があったろ。虐殺された時、彼女は妊娠していて、その子が多分爺さんの子だったはずと言うんだ。大怪我で病院に運ばれたが手遅れだったそうなんだ。その時病院に担ぎ込んだのが爺さん本人で、その病院が日向家一派の経営の病院だったそうだ。それで彼女の親類である病院のスタッフたちに、爺さんは顔を見られていて、印象的な顔だったから出会った彼らは、皆爺さんを覚えているという事だった。爺さんはひどく狼狽して悲しんでいて、顔を隠す余裕がなかったらしい。リツさんは亡くなったけどお腹の子は助かって、その病院のドクターに引き取られたそうだ。引き取ったのが日向ショーという人で、生まれた子は男の子で名前は日向レインだそうだ。崋山の父親の名だ。爺さんたちとは別のシャトルで惑星に来ていた」

「ということは、お前ら従兄同士か」

「そうなんだ。狐哲のモデルは崋山の祖父でもあったんだ。ところで、どうしてカサンドラはなんだか変になってるのかな」

 そう話し終わった直後、カサンドラはむくっと起き上がった。

「聞こえてるよ。お前ら話の順番が逆だろ。まったく使えない奴らだって、爺さんも思っているだろうよ。ちっ、人騒がせな。爺さんだったんなら仕方ないな」

 何が仕方ないのか分からなかったが、どうやら元に戻った崋山を見て、ほっとする三人だった。すると実のところ、今はカサンドラである崋山は何となくむっとして来て、三人を見て、

「あきらめるしか無いって事だよっ。まったくもう」

 と解説してやった。しかしこの解説も無駄だったようで、まだ妙な顔をしていた。

「ちぇっ、これはシオン達にしか通用しなかったな」

 そう呟いて、カサンドラの初恋は失恋ではなく、過去のエピソードに変わった事を悟ったのだった。そうこうしていると、マイクからロボットさんの声が聞こえてきた。

「連合軍に入隊の皆さん。急な事ですが、迎えのシャトルが来ました。この空間には、78分しか留まれないそうですので、至急3番ゲートにおいで下さい」

「げっ。ホントに急だな」

 四人はそれから慌てて荷物を取りまとめにかかった。崋山はTシャツが役に立たなくなった気がしたが、同じ轍は踏みたくないので持って行くことにした。

 慌てて3番ゲートに行くとTY21番さんが控えていて、

「皆さんこれでお別れですね。現在ベルさんたち幹部は、地球軍の幹部とこれからの対策を検討する会議中で、お見送りできません。ベルさんをはじめここの連合軍支部一同、ご健闘をお祈りしていますとの事です。崋山さん、ベルさんが活躍を期待しているそうですよ。それからカイさんにはオリエンテーションを受けてもらう時間が有りませんでしたので、このディスクをお持ちください。お暇なときにご覧くださいね」

「あ、僕ルークから聞くからご心配なく」

「そうでしょうが、ルールですから。それに崋山さんがもう少しご覧になりたいのでは。それから双市朗さん、従姉妹のイヴさんも連合軍の傭兵にお入りになったそうです。今回の便には間に合いませんが、丁度地球からの定期便が連合軍の前線に行く時期になりましたので、現地でお会いする事になるでしょう」

「何だって、イヴがなぜ連合軍に入ったんだ。縁談とかあったはずなのに。縁談はどうなったのかな」

「なにやら面妖な事が起こり、破談になった模様です」

「はあっ、だからってどうして連合軍に入るんだ。どいつもこいつもどうして入りたがる」

「本当に喜ばしい事になりました。彼女もどうやら新人類の兆候がお出になったようなのです」

 TY21さんはにっこりして、

「噂では、元婚約者たち15人ほどを、一人で重症を負わせることがお出来になったそうです。元婚約者は一時危篤状態だったとか。ご一緒に戦うことになれば、心強いですね」

「わあ。アマゾネスみたいだ。会うのが楽しみだよ。双市朗」

 崋山がからかうと、

「お前ら、喜ぶのは早すぎだ。どうせろくでもない婚約者達を締め上げたんだろうが、こっちに来たら、おれらは、子分になるしかないぞ」

「怖い人なんですか」

 ルークが心配気に言うと、

「きっと、良い子にしていたら大丈夫だよ。僕、子分になりたい」

 崋山は気楽に言った。

 そこへ連合軍の小型の輸送機らしきシャトルがゲートに入って来た。いよいよ、連合軍入りだ。四人は急に生真面目な気分になり、ロボットさんには別れを告げ、シャトルの入口らしき所に入った。すると明らかに人間とは違う様子の人がいた。

「んにゃー、んんにゃー、んんん」

 多分共通言語を話しているだろうけど、現実の厳しさを感じた。全然聞き取れないのだ。崋山は端から解りっこないが。少しは心得のあるはずのルーク兄弟もさっぱり解らない様子だ。先が思いやられた。

 崋山達四人を迎えた連合軍の人は、ポカンとしている四人に気にもせず、

「んんにゅー、んんんんにー」

 などと次々に畳みかけてくる。おそらく四人が解ってないとは気が付いていないのだろう。表情とかでは察してはくれないのだ。崋山はこれはまずいと思った。で、

「んにゃー。んんにゃー、あ、あ、」

 と言ってみた。すると相手は、

「んーんー」

 と違う言い回しになった。双市朗は。

「まずいだろ、崋山。わきゃわからないんだから、自分の言っている事が意味のある事だったら、どうする。デタラメ言うなよ」

 その忠告は遅すぎた。彼か彼女かはまだ分からないその人は、見る見るうちに不機嫌になり、不思議と双市朗たちには不機嫌が解ったのだが、「ふううっ」とか言いながら、崋山をどうやら引っ搔こうとし出したようだ。よく見ると手にさっきまで無かったはずの長い爪が出ている。しゅっとされたら、崋山は慌てて飛び退き、また、

「んにゃーんにゃーん」

 と言っている。しゅっとされると、飛び退きまた言う。

「崋山知らねーぞ。ぜったいお前、上司にしぼられるからな」

 そう言われて、崋山は三人に顔を向け、

「んにゃ。どうして?コミュニケーション取っているのに。そうだ、シオンからもらった共通言語お手軽翻訳機を使おう」

 自分の荷物をごそごそ探し翻訳機を出すと、

「初めまして依田崋山です。さっきの話は分からなかったです」

 などと言って翻訳をその人に聞かせている。すると

「んんんーんんんんー」

 としゃべり、翻訳してみると。

「あなた方には聞き取れない波長がありますね。母船に戻れば軍の翻訳機を用意してあります。この翻訳機はボロです」

 だそうである。ほっとして四人はその人について行った。着いた所は無人のコンソールだった。おそらくリモートなのだろう、性別不明のその人は何もしていないが、みるみるうちに機体はコロニーを離れ、気が付くと物凄いと表現するしかない母船が現れた。

「あれ、急に表れたな」

「シールドかなんかしていたのかな。驚いたな」

 騒いでいるうちに、入口らしき所へスピードも落とさず入っていった。そしてすぐ止まったが、つんのめるような事もなく、動きは滑らかだった。

「レベル違いすぎ」

 みんなが口々に感心している時、崋山はなんだか不安になっていた。これからの事もあるが、どうもカサンドラも崋山も同居しだしたようなのだ。さっきからの重力の変化のせいかもしれない。ドキドキしてきた。ひとつになった感じがするのだった。

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