第6話  天使降臨? それぞれの事情・・・双市朗と崋山

 ドアの所には少しやつれた若い男が立っていた。何故かきょとんと崋山を見ている。

「天使?天使がいるの?こんな所に、どうして?僕を許しに来てくれたのかな。神は僕を見放さなかったってこと?ねえ、あなたはほんとに天使なの?」

 今度はあとの二人が、一斉に崋山を見た。

 崋山はチラッと、磨かれたホログラムマシンに映る自分を見た。『あ、Tシャツ着ていなかった。カサンドラになってら』そして、しばらくカサンドラの時の自分を観察していなかったのだが、年頃の美女のように見えなくもない事に気が付いた。『まずい。Tシャツはいつも着とかなきゃ。これじゃ皆に変に思われるぞ。でも今はいいかも』

「ソーデス。カミハソナタヲユルシマシタ。ソナタニツミハアリマセン。マオーハ、ソンザイシマセン。サラバジャ」

 崋山はそう言って、そそくさと後ずさりをしながら、クローゼットルームに入った。

 すると、みるみるうちにカイの顔つきが変わって明るくなり、

「あれ、どうしてここに来たのだったかな。えっと、ルークに会いに来たんだけど、何故だったかな」

 と、つぶやいているので、ルークはすかさず、

「カイ良く来たな。会いたかったよ」

「ルーク、ルークだ。そうだ。謝りに来たんだった。ごめんね。前は無視ばっかりして」

「いいんだ。おまえのせいじゃない」

 二人は抱き合って再会を喜び合った。そこへTY21さんが、タイミング良くかどうかは分からないが、現れ、

「カイ・メイソン。良く来てくださいました。実は連合軍は傭兵を募集しております。この機会にぜひ入隊をお願いします。お兄さんがすでに入っていますから、心強いし、何よりずっとご一緒に居たいと思っておられたとお察ししています」

 何という姑息な勧誘だ。その時、神崎が思い至った。

「おいおい、TY21さん。メイソンは弟を避けてここに入ったけど、弟が大丈夫になったんだから、入隊をやめても構わないんじゃないかな」

 TY21さん、きっと神崎を見ると、

「いえ、一度契約を取り交わしましたら、本人から取り消すことはできません。ただ、連合軍の方からの採用キャンセルはできます。相応の理由がありましたらね。もう一度契約書をお読みになる事を、お勧めします」

 けんもほろろの言い方だ。事、勧誘となるとロボットさんでもシビアになるらしい。

「おお怖、分かったよ」

 神崎は引き下がったが、Tシャツを着終わった崋山がやって来て、

「あれ、カイはまだ入隊の年齢になっていないと思うけど」

 と言ってやった。だが、

「地球軍とは違って、連合軍には年齢制限はありません。こちらに入るのは新人類がほとんどで、彼らは飛び級で普通の人間よりも早い卒業になる人も多いですから」

「やれやれ、もうあんたらの好きなようにしてくれ、もう話にならないや」

 崋山はすぐあきらめた。崋山たちがそうこうしている間、メイソン兄弟はTY21さんの勧誘のおしゃべりもそっちのけで、出会えた事を喜び抱き合って涙を流していた。この様子ではカイは入隊するだろうと、崋山は予想した。

 予想通り。ロボットさんが待っていることに気が付いたカイは、あっさりサインをし、

「僕たち兄弟だから、息が合うってことで、きっと戦闘機はコンビになるよね。ずっと一緒に居られるね」

「そうですね。おめでとうございます。明日からオリエンテーションがあります」

 TY21さんはにこやかに立ち去った。

「ふん。掛け合ったら、ひょっとしたら出られたかもしれないのに、あんたらそんなに連合軍が良いのか、どうかしているよ」

 崋山はあきれたが、神崎も同意見のようで、兄弟のことはほっといて、お互いの事情を話して慰め合う事にした。

 メイソン兄弟はスタデイルームにほっておいて、二人はリビングに移った。

「だけど良かったよな。メイソン兄弟めでたしめでたしだが、それにしてもどうかしてるよ。あいつら」

 神崎はもう一度憤慨した。

「神崎もここに入るの不本意だったんだな。そういや命を狙われている理由聞いていなかったな」

「俺の話は長いぞ」

「いいよ。詳しく話せよ。すんだら俺の話も詳しく言ってやるから」

「実はな、メイソンの話とは逆で。俺の兄貴は普通の人間から新人類として生まれてきた」

「へえ、お前さっき良く黙っていたな、俺なら、俺んちはその逆だって言っちまいそうだ。まあ、相槌でね」

「それは話の腰を折るってやつだ。覚えとけよ。それにお前の身の上はまだ聞いていないけど、他のやつには言うなよ。なんかまずいことを言い出しそうだ」

「なんで分るんだ」

「お前二重人格だろ、多分」

「ええっ。多分違うよ。人格はずうっと通しで同じと思う。ほら二重人格は他のやつのやっている事は知らないだろう、俺は分かっているから。頭ン中は同じだけど違うとすれば、DNAじゃないかと思う。細胞の中に二種類入っていて、時々入れ替わるんだ。珍しいだろ。あはは」

「何。どういう事だ」

「俺、キメラなんだ。男と女の、お前の説では、黙っていた方が良いんだろうな」

「くー。なるほど。それで納得した。俺、時々お前の風呂上りに妙な気分になるから。本当は同室はまずいぞ。お前別室を交渉しろよ」

「お前、他のやつには言うなと言ったばかりじゃないか。大丈夫だって、このTシャツを着ていれば、女の方は出てこないから」

「どうして出てこないんだ」

「よく解らないけど子供のころからの習慣なんだ」

「まったく分からないやつだな」

「気にするな。これを着ていれば良いんだから。それよりほら、お前の話」

「ううっ。納得すべきなのかな。まあ世の中、色んな事があるってつくづく分かったよ。連合軍に入って良かったのは固定観念が崩れちまった事かな。俺の話もメイソンのと似たような糞みたいな話だ」

 そう言って神崎は話し始めた。

「親も色々居るよな。ろくでもないのが」

「うん、そう言えるかもしれないな。親の愚痴か」

「一口で言えばそうだけど。お前相槌は打たなくて良いからな」

「分かった。続けてくれ」

「さっきも言ったけど新人類の兄貴は抜群の頭の良さで親父のお気に入りで、さえない俺は何かというと比較されてうづうづと文句を言われてな。子供の頃は反発して色々やったけど、大きくなるにつれて思い至ったのはこれはわざと言っているなって事さ。で、それからは無視する事にした。俺が18で兄貴は22の時、兄貴は急死したんだ。朝になっても起きて来ないから、親父が様子を見に行ったら冷たくなっていた。何が原因にしても手遅れさ。調べてもらったら、心臓麻痺らしいけど。大事な跡取りが死んでおやじはげっそりだが、俺とは完全に関係は崩れていたから、跡取りにする気はなくてな。そんなふうだからお袋も愛想をつかして、別れちまった。

 これからはお袋も好きに生きるべきだと思って、俺は一緒には行かないことにした。多分足手まといだと思ってな。親父はそれから、自分に何かあったら、一緒に会社を立ち上げていた弟である副社長に、会社を譲ろうと考えた。そのあとは利口な娘がやつにもいるから、その子に譲れば良いと思ったんだ。俺は全く構わないんだけど、

 叔父貴も親父と負けず劣らずのいかれ野郎だった事は、親父には理解できてはいないようだったな。叔父貴は最初の奥さんは事故で無くして再婚していたんだが、再婚相手にぞっこんで、彼女の機嫌取りに必死でね。俺も、どうしてそんなに機嫌を取りたいのかわからない。利口な実の娘を差し置いて、奥さんの連れ子の、血のつながっていない息子に後を継がせるといって聞かないんだ。そういう能力があれば、それも良いかもしれないよ。世の中能力主義だからね。だけどその息子は、会社の経営には向きそうもないんだ。勉強なんかしないで、バンド組んでライブしたり、ステージ衣装をデザインしたりでな。俺はあきれて、ちょうど地球軍の兵士を募集していたから、応募して家を出ることにした。後のことはほっといたよ。叔父貴はずっと以前から、奥さんの連れ子を実の娘より可愛がっていたんだ。俺はいとこどうしだから知っていたが、親父は気づいていなかった。

 これは俺が家を出た後で分かったんだが、後妻の実家はズーム社の子会社の社長の家だった。観光業だったから、親父も事情を知らなかったそうだ。親父の会社は連合軍ご用達だったから、これはまずいとさすがの親父も考えて、俺に最近、「お前を跡取りにするから帰ってこい」と言ってきた。手をまわして兵役を終わらせ、跡取りとして仕込まなければならないとさ。俺の事、頭悪いから教えるのに時間がかかりそうだ、とか言ってね。で、そんな矢先に親父の急死の知らせが来たんだ。俺は急遽退役だって言われて、軍を出ることになった。その時、仲の良かった友達二人が、休日で遊びに行きがてら、駅まで送ってくれたんだけど、その時その友達のはずだった一人が、急に俺の待遇が気に食わないとか言って、喧嘩をふっかけて来たんだ。ジャックナイフなんぞ向けてきて、とても正気には見えなかったな。あきれてナイフをかわしたんだけど、そいつは弾みで、自分で転んだあげく、自分にナイフを刺して動脈切って、出血多量であっという間に死んじまった。妙な話だろ」

「ここで、相槌打って良いんだな」

「ふん、どうぞどうぞ」

「では、俺のこの件についての見解を述べよう。お前のお父さんは、ズーム社の計画を感づいたんだと思う。お前んちの会社は、連合軍ご用達で秘密のシステム関連の部品を造る仕事をしていた。中小企業でズーム社とは方針が異なっていたので、軍はご用達に都合が良かった。それを知ったズーム社は、お前んちの会社乗っ取りの計画を立てた。邪魔物を次々に消していく。で、お前を殺しそこなう。以上です。あ、でも殺しそこなっても、社則で殺人者は社長になれないってのがあるから、計画通りだな」

「お前もそう考えるんだな。俺もそう推理したんだが、死んだそいつの親は警察に捜査しろと訴えてな。大体兵隊どうしのトラブルは、軍内部で処理するものだろう。だけどそいつの親もズーム社に勤めていて、ズーム社の奴が、これは軍の外で起こった事だから一般の事件だとごり押しして、それが通って、俺は警察に捕まって、裁判になったんだ。それでも状況からは楽勝のはずだろう。ところが、正当防衛だって証言してくれるはずの、もう一人の一緒に居たやつは、道を歩いていて上から工事現場の鉄パイプが狙ったように頭に落ちてきて、証言出来なくなった。今もずっと意識不明のままだ」

「狙ったんだな」

「うん。それに、街中には何処でも監視カメラがあるから、それに一部始終が映っているはずだから警察が調べたら、その時カメラが壊れていて映っていなかった。だから俺の証言は事実かどうかの証拠が無いとか言って、それなら証拠不十分でもあるはずなのに殺人罪って事になったんだ」

「でたらめじゃないか。控訴しろよ」

「無駄、無駄。控訴したってズーム社が手を回すんだから。だけど丁度その時、連合軍が傭兵を募集していて、傭兵になれば10年で特赦になり罪は帳消しって話があって、だから入隊してここに来たって訳さ。それから会社には他に真面な親類が数人いるんだが、皆、俺が地球に居ると、また命を狙われるんじゃないかと心配していた。だから、連合軍に入ったから刺客は来ないだろうと言ってやると、ほっとしている。10年経って俺が戻るまで、彼らも何とか頑張るとか言ってね。ズーム社に企業機密を調べられない様に、システムを強化すると言っている」

「で、社長職はどうなった」

「意外と叔父貴の義理の息子はまともな奴で、自分は跡取りになる立場じゃない、と言って家を出たそうだ。ところが後妻の兄がズーム社に勤めていて、そいつの息子と叔父貴の娘を結婚させれば良いんじゃないかと言ってきたそうだ。はっきり言って乗っ取る気見え見えだろ。それなのに叔父貴は乗り気でしつこく娘に勧めるんだそうだ。イヴが、その子の名な。俺に連絡して困っていると言うんだけど、俺としてはどうしようも無いだろ」

「まったくな。だけどもしかしたら、そういう相談をしてくるってことは、叔父さんに実は僕たち婚約しています。とか言って欲しいんじゃないか」

「そりゃ無理。嘘だってばれるよ。そんな関係じゃまったく無い。それにイヴはそういう意味で困っていると言っているんじゃない。その義理の従兄ってのがな、親たちには良い子ぶっているが、不良仲間のボスで、前は俺らのグループと対立していた奴なんだ。イヴも俺らの仲間でね、一緒に奴らと喧嘩したものさ。奴は不良は卒業したとイヴに言っているそうだが、本当かなってことで困っているそうだ」

「俺の見解言っていいかな」

「何だよ」

「従兄の行状は分からないけど、お前の叔父貴はアンドロイドに代わっているな。多分。会ってみないと断言は出来ないけど。言動がまともじゃ無いから」

「ええっ。そんな事あるのか」

「あるある。ざらにあるよ」

 そこで崋山は自分の事情を話す事にした。生い立ちや、ズーム社にDNAを狙われていた事。味方のアンドロイドである狐哲に助けられたけれど、追いつめられると狐哲は自爆してしまった事。育ての母や祖父を殺されアンドロイドに変わってしまった事。ズーム社に卵巣を取られた事。狐哲5号に会って死んだのは2号だったと分かった事。伯父に引き取られて育った事。神崎は黙って聞いていた。崋山の話が一番深刻な気がしたのだろうか。難しい顔をしている。

「まあ、俺の話はそんなとこだな。じゃ、なんか顎が疲れたからもう寝るよ」

「そうか、だけど連合軍に入った事情はまだ聞いてないぞ」

「その話は今はしたくない。どうせ何処からか噂を聞けるさ」

 そう言って、崋山は自分のベットにもぐり込んだ。昔話をしているうちに、また狐哲のことを思い出してしまった。久しぶりだ。しばらく忘れていた事が、酷く悲しくなっていた。こうやってしばらく思い出さないうちに狐哲のことを忘れてしまうのだろうか。あれほど大好きだったのに。戦場の喧騒にまみれて自分は変わっていくのだろうか。別人の様に。

 ベットで涙に暮れていると。『そんなに泣かないで、あなたに涙は似合わないよ。笑っていると、本当の天使と見間違えたよ』頭の中に自分の考えとは到底思えない言葉が浮かんだ。

ギョッとして飛び起き、あたりを見回した。カイが居ると思ったのだが、神崎がこっちをぽかんと見ているだけで居なかった。

「カイがテレパシーを使えるようになっている」

崋山は神崎に報告した。またカイがコンタクトしてきた。

『カサンドラは癒しの能力があるんだよ。気づいていなかったみたいだね。癒しの能力は天使のような美しい心の人にしか現れない能力なんだよ。以前僕のお爺さんがそうコンタクトして来たんだ。僕が悩んでいた時に。いずれあなたが癒してくれるって。お爺さんと一緒に行動している人の中に、予知能力のある人がいて僕にそうコンタクトしなければならないって言ったそうなんだ。かなり遠方だから難しい試みだけど、そうしなければならないって。さっき思い出したんだけど。カサンドラに伝えなければならない事があった。そっちに行って良い?』

「うん。カイが、なんかカサンドラに用があるって」

 一応神崎に報告してみた。神崎はますますポカンとなっていた。無理もない。ギョッとした時に崋山に戻っていたのだが、崋山本人も混乱していた。


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