第3話 ヘマから始まる人生最大のピンチ
あれから一年。崋山の卒業である。兵役が始まる。
崋山はできるだけ学校では目立たないようにしていた。一般の男の子と同じ兵役の手順だ。居住区とは反対側に初年兵の適性検査や、体力測定を受けるセクションがあった。それが終れば適性に応じた訓練をする事になっている。その時はこのコロニーとは別の訓練用軍事施設のあるコロニーに行く事になっていた。コロニーは、三つ出来ていて、本部のある今まで崋山がくらしていた所、二つ目は軍の施設が多い崋山が今から行く所であり、初年兵の訓練施設、総合病院、保養施設や、他の銀河へ行くためのシャトルの施設とそのステーションがあり、そして三つめは実戦部隊で地球担当のいわゆるEP達のコロニーだ。
今だに、伯父さんたちは戻らないので、どうすればよいか相談できずに居た。だがふと思いついて、例のTシャツは着ずに訓練施設のコロニーに行く事にした。マナミはTシャツを着ない事を心配したが、崋山は目立つことだけは避けたかってので心配しないでと、精一杯元気そうに振舞って出発した。マナミは
「崋山、大丈夫かしら、Tシャツ着ずに元気そうにしてたけど。もう当分帰って来れないし、会えないし、行き来が気安く出来ないのは判っているのかしら」
「あれは空元気ってものよ。たぶん黄色いTシャツは必要になるわ。訓練が終って、初年兵になる頃にはね。そうだ、誕生日プレゼントが良いわ。今度の輸送機が出る時までに用意しましょ。喜んで開けたらTシャツだったりして、きっと笑うわ」
崋山は、最初の頃はTシャツを着ずにカサンドラでいても、そこそこ新人類の能力は出ていたし、なんとか目立つことなく楽に訓練できていた。体力造りの訓練は一般的な能力と見られ、一ヶ月経つと次に射撃の訓練が加わった。1人ずつ射撃訓練用の部屋に入り実戦用の色々な銃で訓練することになった。1人ずつになるのは、誰かのミスで怪我をしないようにという用心だ。戦闘シーンのホログラムが何種類もあり、静かに狙い撃ちする練習もあった。
1人ずつの訓練なので、崋山は他の見習い兵士のレベルが判らなかった。十日ほど経って、崋山は訓練の責任者の幹部軍人に呼ばれた。シエル大佐という人である。訓練の初日に見習い達、13人で話を聞いたきり会うのは2度目だ。彼の部屋に入ってみると、彼と数人の上官の軍服の男たちがいた。
「やあ来たな。みんな、彼が依田崋山、例の特殊能力の初年兵だ」
『特殊能力?』
崋山は自分がしくじったことを悟った。シエル大佐は言った。
「依田君、そんなに硬くならなくていいんだよ。知っていることと思うが。わが軍は最近苦戦を強いられている。いやいや、心配するな。別に難しいことをしろと言うわけじゃないんだ。君にしてみれば簡単な事だ。今回の初年兵にこんな特殊能力者が入ってきてくれて、渡りに船と言うものだ。何、君にかかっちゃ簡単なことさ。実はわしらの苦戦はこの軍隊にすでに敵が入り込んでいて、つまりスパイだな。こっちの策が筒抜けになっているんだ。そこで君の腕を見込んで、そのスパイをやっつけてほしいんだ。と言うことで、今日から君はスナイパーとして正式な兵士になる。見習いではない。ちゃんと日給が定められ、任務が遂行できればどんどん上がっていくよ、だがうまくいかなくても心配要らない。何十年もスナイパーをやっている兵士でも、うまくいかない時もあるよ。だから後のことは考えずに、しっかり言われたとおりにやってごらん。世間一般の噂を真に受けてはいけないよ。スパイに向けてのかく乱作戦をやっているからね。さて、君の腕はどんなに遠方からでも、狙えば百発百中だそうだから、危険はない。しかし油断せず事が終ったら、速やかに現場を離れなければならない。つまり、慌てず騒がず、周囲に印象を残してはならないと言うことだ。実際の任務としては、そこの所の方が大事なんだよ。肝に銘じておきなさいよ。では、任務を彼らから聞きなさい。私はこれで失礼する。極秘だそうだから、私が知るわけにはいかない。君なら絶対出来ることだからね、心配はいらない。では皆、私は失礼する。知る必要もないだろう」
「もちろんだ。尽力に感謝する」
崋山はげっそりした。しくじりもいい所だ。下手をすれば、何十年も辞められなくなる。
「心配は要らない。君なら、簡単なことだ。では説明しよう。明日、本部司令官達がこの基地に視察に来る。その中にスパイが居るのだが、SPが付いているから下手をすれば仲間どうしで争うことになる。だから君は麻酔銃でそのスパイを撃つんだ。なに本人はちくっとするだけで、いや当たり所に寄れば何も感じずに倒れることになる。見た目は心臓発作に見える薬が入っている。体の中に入れば外側の銃弾、と言っても硬化ゼラチンだが、溶けてしまうから証拠は残りっこない。そこで救急車に乗って病院に行く訳だが、そうはさせず、われわれが確保して尋問することになっている。他にもスパイが居るに違いないから、吐かせたいんだ。やってくれるね。ホログラムの訓練では今回の距離以上遠方でも百発百中だそうだから。君にしたら、たやすいことだろう」
「はい。判りました」
そう答えるしかないだろう。カサンドラになって射撃訓練していた崋山は、あまりにも訓練がおもしろくて、しくじってしまった事を嘆いた。
上官たちに身一つで付いて行くことになった。何かもって行きたい物があれば取りに帰るよう言われたが、Tシャツは家に置いてきてしまった。あれが無くてもこうなってしまったのだから、この際どうしようもない。
「べつに、ありません」
と答えると、上官たちは今時の子は家族の写真とかは持たないんだねえと、笑った。
そのまま上官たちに付いていくと、ひと通りの、身元の判明しない私物をくれて、上官用の宿舎らしきところに入った。上官たちの中でも、比較的下っ端らしき人に、とある部屋のドア前までつれて行かれ、これからのことを説明された。
「明日までこの部屋で待機していなさい。部屋から出てはならない。明日は早いからね、早く寝た方がいいぞ。明日任務の説明をする。君がここにいることは、極秘だから誰にも連絡を取ってはならない。連絡を取れば電波の発信がわかるシステムが此処には付いているからね。すぐに判って、任務不履行で𠮟責を受けることになるぞ。軍とはそういうものだ。知っているだろう。だから、その君のシステム帳は持っていてもいいが、使うのはネット情報だけにしなさい。電話はだめだ。君を信用して取り上げないんだからね。それから食事は係のものが、部屋まで持ってくる。つまり事が始まるまで、この部屋に缶詰だ。では明日6時にこの部屋に迎えが来る。私たちは此処までだ。任務遂行班達が来るから、言われたとおりにしなさい」
カサンドラは1人残されて、明日を迎える事になった。
「撃たれてチクッだって。ほんとかなあ」
カサンドラは何か彼らの説明に引っかかるものを感じたが、何故だか良くわからないまま当日を迎えた。
早い朝食を何とか食べ終えると、6時きっかりに任務遂行班というやつらが迎えに来た。
初めて会うやつらだったが、どうも、アンドロイドのように感じる。内心、『どういう事だ?まずいぞ』警笛が鳴るような感じだ。どきどきしながら説明を聞く。
「初めての仕事は緊張するだろうけど、頑張れよ」
とにっこりされた。いよいよ確信した。と言うことは、ズーム社のやつらの仕事?しかしズーム社がこの軍隊に幅を利かせているとは知らなかった。こんな事をして何が目的なんだろう。まさか戦争に負けてほしいのか?負けたら敵の銀河系のやつらにやられるって話だろ?今から俺がやるやつは、確かこの軍の、No.2じゃないか?そいつがスパイの訳ないだろ。
どうなってる?考えろっカサン。カサンドラは昔のカサンを出したかった。チクリ、チクリはあの時ママが言っていた事だった。基地から出て、居住区に向かい、射撃現場の高層ホテルに軍の車両で向かいながら、以前のカサンになっていた。キッと任務遂行班のやつらを見回すと、
「お前らズーム社のやつらだな。あの会社の思うとおりにはさせないぞ」
「何?ズーム社?何だそれ」
ひとりがポカンと尋ねると、別の比較的賢そうなひとりが言った。
「えっと、地球のシステム会社だな。それがどうした」
あれ?ちがうのか?あたりに妙な雰囲気がただよってくる。
「こいつ何か知っている」
別の奴が察したようだ。だが、ものすごい力で腕をつかまれ、
「どっちにしても、やることはやってもらわないとな。死にたくはないだろ。こっちは4人だぞ。勝てると思うか」
にっと笑っていた奴が、またにっと笑った。
「イタッ。勝てない」
「だろ?」
カサンはピンチである。どっちみち、任務が終ったら殺されそうだ。
「お前ら、アンドロイドだろ。アンドロイドは人間に危害を加えてはならないって、法律があるだろ。お前らのシステムに入っていないのか?」
やけになって、カサンが叫ぶと、
「何、寝ぼけた事言っているんだ。俺らは人間じゃあないか」
きょとんと、とぼけられた。
「へえ、そんな法律があるのか」
1人が感心したように言った。
こいつら、知らないのか?何故知らない?
カサンは、はっとした。
『俺らの地球の軍のやつじゃない。敵のスパイってこいつら?無理だ。抵抗したら殺されるな。本当に。こんな事で殺される訳にはいかないし、どうしよう』
仕方なくカサンは彼らにつれられて、ホテルまで来た。副司令官達が来られたので見回りに来たと、ロビーで言うと、あっさり信用されて、エレベーターで堂々と指定場所に到着した。
「あのう、あんたらで、やったら?僕、見てるから。たぶんいつもやっているんでしょ」
「あほう、今日は高度な任務なんだ。こっちが見てるだけだ。お前しか出来ない。わざとはずしたら命は無いからな」
仕方なく、カサンは準備を始めた。だが気がつく。これはカサンには出来ない。カサンドラしか出来なさそうだ。俺が撃てば、わざとじゃなく本当にはずすぞ。カサンドラが出てこなければ今日で命は無い。すると、カサンドラに変わった。涙が出てきた。
「ごめんね。まだ会った事もない人。やらなきゃ、殺されるんだ。やっても殺されそうだけど」
「いやいや、言うことを聞けば殺さないって。それは任務に入っていないし」
「黙ってろよ、せっかくやる気になっているのに」
「いや、冷静にさせないと。失敗させるわけにはいかないぞ」
やつらの話しから、どうやら命中した後殺されることはないらしい。カサンドラは少しほっとした。標的を探しながら距離を合わせていると、説明で写真を見て顔を確認させられていた副司令官と、SP達が豆粒のように見える。現実ではかなり遠いのが判る。考えても仕方がない。射程を合わせるとやけ気味に撃った。はずすか当たるか運任せのレベルだと思った。どっちにしてもこれが自分の運命になるのだ。
すると、副司令官がふらふらしながら、SPの1人に抱きかかえられるのが見えた。
「ほう、命中したな」
やつらの1人が「任務完了。撤収します」と報告している。
四人は、非常階段の方に向かい出したので、あれ、行きと違うんだと思いながら、付いていく気にならず、エレベーターへ向かった。第一この階から階段でおりて、速やかに立ち去れるのかな。そう思っていると、付いて来ないのを直ぐ彼らに気付かれ、
「おいっ」
と声がしたが、丁度閉まったので何とか別行動が出来た。テクテク降りるよりこっちの方が早いので、たぶん四人より先に一階に着くと、SPが2,3人走ってこのホテルに入ってきた。その中に知った顔が居た。シオンと同じクラスだったラウルだった。
「どうした。ラウル」
とぼけて聞くしかない。
「崋山じゃないか。お前怪しいやつ見なかったか?副司令官が誰かに撃たれた」
撃たれた?感づかれているじゃないかと思ったが、
「いや、別に。それよりどうしてSPがここにいるの。副司令官と居なければいけないんじゃないのですか」
「SPの先輩から言われたんだ。このビルから発射されるのが丁度見上げた時見えたから、行って犯人を捜せって、そう言った後、救急車に乗り込んで行ってしまった」
「でも、こっち来た頃にはもう逃げているんじゃないですか。それより今何人で副司令官を守っているんですか。救急車が来たってことは、生きているんでしょう」
先輩たちは、はっとして、わっ追いかけなければ。と騒ぎ出した。丁度駐車場にカサンドラたちが乗ってきた軍の車両が置いてあったので、
「あれは僕の乗っていた車なので使っていいですよ。病院に向かいたいんでしょ」
と言ってやった。カサンドラも、もうヤケである。
「ありがとう。だけどお前はどうして此処に?」
[それよっ]と、思ったが
「あ、このあたりの警備です」
とごまかした。
「ありがとー」
と何度もお礼を言われ。彼らを見送った。間に合うかな?無理だろな。先輩ってやつはどういうつもりで、ラウルたちに犯人を捜せと言ったのかな、犯人探しは軍の警察の仕事だろうに。あ、俺、捕まるのかな。まずい。
ラウルたちが行ってから、何だかホテルの裏が騒がしいのに気付いた。裏の様子を見に行ったら、何と例の4人は非常階段から飛び降りたらしく、死体がつぶれて重なっている。死体はどう見ても人間のようだ。警備員が叫んでいた。
「犯人は5人ホテルに入ったのだが、死体は4人だ。お前、この事、軍警察に電話しろ。犯人が1人逃げているとな」
カサンドラはそうっと表に戻った。フロントの人も野次馬で裏に行っているらしく、誰もいないので、ロビーのソフアに座り、しばらく悔やんでいると、ラウル達が血相を変えて戻ってきた。
「崋山、どうしょう、居ないんだ。病院では地下駐車場に入って行ったと教えてもらったけど、だけど、救急車だけがあって中は空っぽだった」
「ええっ、普通玄関に止まるでしょ。あっ、そうだ。この車のシステムから監視カメラにアクセスしてみたら?」
「どうやって?」
悔やんでいるうちに崋山に戻っていたので、軍のシステムにアクセスしてみた。
「すごいな、崋山。いつ覚えた」
後ろで一年先輩たちが感心していた。崋山は罪滅ぼしにラウルたちの加勢をすることにした。道路に沿って設置してある軍の監視カメラには、救急車が病院の地下駐車場に入ってしばらくすると、白いボックスカーが出できて走り去るのが写っていた。他にうろついているのは個人の車両のようで、タイミングと大きさからいって、この車に間違いないだろう。皆の意見が一致したので、次々に監視カメラをたどってボックスカーを追うと、とある軍の建物の地下駐車場に入っていった。ここだな。
「行こう」
ラウルたちはまたこの車を使おうとしたが、
「ちょっと待って、誰か信用の置ける上司はいないのですか。あなた方では多分荷が重過ぎると思いますよ。もっと人数がいるでしょ」
「それもそうだな。だけどこうなったら味方ってのが、誰が誰だか判らないぞ」
「そうだ。伯父さんに連絡してみる」
崋山は伯父さんはこの近くには居ないだろうけど、信用の置ける人はわかっていると思い、事情をかいつまんで説明した。自分のピンチははぶいて。この事はラウルたちの前では言えない。
伯父さんは、崋山たちが、今どこにいるのかを聞くので伝えると、助っ人をそこに寄越すから、ラウルたちは彼らと副司令官を救出に行くようにと言った。崋山はそこで待っていろと、伯父さんが迎えに行くからと言われた。
伯父さんは丁度このコロニーに来ていたらしい、何だか話さなくても判っている様な感じだった。すぐにべテラン風の軍人たちが来て、ラウルたちは行ってしまった。伯父さんはいつ来るのかな。しおれて待っていると、しばらくして来た。3年ぶりだ。
「崋山、元気だったか。まずいことになったねえ」
以前のようにわあんと泣くことはできなかったが、本当にまずくなってしまった事、判ってくれている様だ。
「どうしよう」
崋山はどうして言いか分からなかった。
「僕、罰せられるの」
「いや、罰せられろどころか、敵を見ているのだから命を狙われるぞ。軍法会議の前にやられる」
「殺される前に、伯父さんにだいたいの事言っておこうか」
「いや、知りたくないね。ほら、カメラが回っているんだから、俺が知ったら俺もやられるよ」
「うわあん。殺されるんだ」
「いや、そうはさせるもんか。付いて来なさい。もう、伯父さんがかばえるレベルじゃあないことは判るな。こうなったら連合軍に頼るしかない。お前、例のTシャツ着ていないな。伯父さんがたくさん買ってやったのは、何のためか判ってなかったようだな」
「着ていたら、こうはならなかったっていうの」
「うむ、アンドロイド4人ぐらい相手に出来ただろうにと思ってね」
「それは、ちょっと無理そうだった。それより副司令官どうなっちまったの」
「彼らが何とか救出するだろう。それはいいんだ」
「じゃあ、何が良くないの?」
「早く乗りなさい」
慌てて伯父さんの車に乗ると、伯父さんは言い出した。
「身にしみているだろうが、ここは敵に進入されてしまった。伯父さんたちや、味方は。と言っても今や誰が味方だか判らなくなっているが、ここを引き払う。とにかくここは敵の手に落ちたと言っていいだろう。お前は連れて行けない。やつらに会っているだろ。いや誰かは今聞きたくない。お前は知りすぎているから狙われる。狙われている者は皆と一緒には行動できない。関係のない人の命も危なくなる。彼らは宇宙船ひとつぐらい、打ち落とそうとしかねないからね。だからお前は、連合軍に入るしかない。丁度傭兵を募集しているんだ。連合軍がね。しかしここには能力的に通用する者が少ないから、推薦できず集まっていない。それに本当の前線だから皆行きたがらないしね。だが人数がそろわなくても近々出航すると言っている。そこにお前を入れるしかない」
「ええっ、僕、共通言語とか判らないよ」
「お前、学校の教科に入っていただろう。」
「でもみんな、共通言語の成績良かったら、連合軍行きになるって言っていたし、先生も本気で教えないし」
伯父さんはため息を付いた。
「伯父さんは目立つな。とは言ったが。勉強するなとは言っていないぞ」
「確かに。でも全然と言えるくらい判らない」
「それはお前の身から出た錆ってやつだ。伯父さんはもう知らんぞ。間に合えば教科書を、送ってやろう。後はお前が考えろ。今から勉強すれば『逃げろ』くらいは覚えるんじゃないかな」
「ちなみに、逃げろは何ていうの」
「ふん、Tシャツも送ってやる。間に合えばな」
「そんなあ」
崋山はすっかりしょげてしまった。そうこう話しているうちに連合軍の支部に着いた。伯父さんが降りてから、きょろついているので、崋山も真似てきょろつくと理不尽にも、
「きょろきょろするな」
と言う。
「まだ、つけられては居なかった様だ。さあ急いで入ろう」
建物は目立たない普通のビルだったが、中に入ると、地球の軍隊とはデザインのまったく違う。不思議な服を着た人達が意外と大勢行き交っている。この人達は人間ではないのかな?アンドロイドとは違うけど、普通の人間でもなさそうだ。
「お上りさんみたいにきょろきょろするなって」
また伯父さんに言われた。
「しょうがないでしょ、不思議な人達がいるね」
「彼らは連合軍の人型ロボットだよ。命令に忠実だ。わしらは彼らに護衛されて本部に撤退だ。彼らは敵が判るようにできている」
「ええっ。俺のことどう思うかな」
「馬鹿な地球人。人間に化けていても、敵が判ると言っているんだ。私の知っている男が、この支部の責任者だ。さあ彼のところへ行くぞ」
ベルさんと言うその人は、たぶん新人類だと思う。崋山は今まで自分しか新人類はいない環境だったが、もし大人の新人類が傍にいたなら、もっとましな人間になっていただろう。と、つくづく思った。
はいはい仰るとおりで、とひふれしたくなるレベルだと感じた。
「ベルさん。これが、甥の崋山です。先ほど連絡してから、まだ敵は彼を追って来ませんでした。ですから難なく連れて来られたのですが。どういう事になっているのですかねえ」
「はは、副司令官を捕まえ損なって。計画狂いの対応に追われているのさ。それほど多くの人数は入り込んでいないようだね。だが数は少ないがシステムに入られている。君たちは撤退するしかなさそうだねえ。しかしこれ以上の事は出来まい。何せ。崋山を逃がしちまったからねえ。崋山、お前うまく逃げたものだな。その逃げ足の速さが自体を大きく左右させる事になる。これからあいつらはお前に散々やられるさ。おまえがここに入ったからには、勝負は十年もかかるものか。それはそうと、依田君は副司令官達が来たら直ぐ1便で出発して本部に直接報告したほうがいいだろう。さあ、崋山、何があったか始めから話してみなさい。誰がスパイか見当が付くかもしれない。ここに来た、最初の日から、かいつまんでね。シエル大佐や上官たちと接したときのことだけでいいから」
そこで崋山は、上官たちの様子を感じたままに話した。
「ふうむ。シエル大佐ともあろうものが、そんな規則違反をするとは、妙だな。それからその上官の服を着たやつらの風貌は覚えているかな。名乗らなかったんだな。そうだな、TY5番君を呼ぼうかな。彼は人間の記憶をある程度は読める」
ベルさんはロボットのその人を呼ぶと、
「TY5、彼の記憶を読んでくれ。昨日会った上官の風貌に合うやつが居るかもチェックしてくれ」
崋山はそのロボットと、数秒見つめ合うと彼はもう記憶を引き出したらしく、すらすらとやつらの名前をベルさんに伝えた。伯父さんも知っている人らしく、仰天している。
「たぶん、敵の手にかかって、彼らは死んでいるだろうな、アンドロイドだろう。TY5、この事はここの軍の本部と、連合軍本部に連絡してくれ。さて事情が判明したからには、崋山君は無罪放免だから、本当のところは敵が君を消しても意味無いんだが、向こうはそんなことは知らないからね。しばらく連合軍の傭兵になるしかないね。案内係の、ロボットがもう直ぐ来るから、それまで伯父さんと過ごしなさい。当分会えないからね。しかし依田君もひどいな、こんな事が無かったら、彼を連合軍には入れてくれなかったんだろうね。やれやれ」
「すまない、しばらく合わない間にだいぶ逞しくなっているけれど、数年前までは、とても勤まりそうには見えなかったんだ。悪く思わないでくれ」
「ははは、君が子煩悩だという噂は聞いているよ。では私はこれで失礼するよ。どうやら緊急会議のランプが付いた」
入り口近くで赤い光がチカチカし出したと、崋山も気がついていた。ベルさんが部屋を出る時、ドアの向こうは何だか慌しそうだった。
「崋山しばらくお別れだな。今までのようにはいかないぞ。今度からは全神経をとがらせるんだぞ。こういう状況なんだから、油断してはならない。お前は感が鋭いから何かまずい状況になったら、直ぐわかるだろう。アンテナを張り巡らせていろ。もう、ぬかるんじゃないぞ」
「うん、分かったよ。心配しないで、何とかやっていくよ。絶対ズーム社をやっつける前には死なないから。退役ができるだけ早まるようにする。まだどうすれば良いか判らないけど、きっと伯父さんたちの所に戻ってくるから」
「うんうん、そうしろ。待っているからな」
「伯父さんは目を潤ませながら、崋山を抱きしめた。ここは、いつもだったら、崋山も涙するところであるが、なぜか涙は出なかった。逞しくなったんだな。崋山も自覚した。
崋山の人生の次のステップが始まった。
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