第389話 当たらなければ(レイクタウン攻囲戦14)
フェンリル騎士団、ゼン・フルク上級騎士は、痺れる肩を抑えながら味方と合流した。
アラタの放った雷槍が掠ったダメージである。
対するアラタも、単身騎士団に突撃を仕掛けるほど愚かではない。
敵と対峙している1192小隊の面々の側に立ち、状況が膠着する。
騎士団3人をハルツたちが受け持ち、残る4人をアラタたちが引き受ける。
今のところ2つに分断出来ている状況下で、欲を言えばさらに細分化を進めたい。
しかし、ゼンがそうしたように、分が悪くなれば味方の所へと戻ってしまう以上、もう敵は戦力を分散させてくれそうになかった。
「ゼン、動けるか?」
モルトクは前を向いたまま後方のゼンに尋ねた。
走り回る分には問題なさそうに見えたが、実際は——
「かなりキツイ。時間経過で動けるようになるとは思うが、相手の魔術は想像以上だ」
「お嬢に勝てるか?」
「流石にそれはない」
「よし、それなら問題ない」
自信満々に言い放ったモルトクは、ハンドサインで指示を出す。
人差し指を立てて左右に振り分け、それから中指を追加してチョキの形にする。
2本の指をアラタの方に向けて、最後には首を掻き切るポーズ。
それだけで十分次の動きは共有される。
両翼に1人ずつ配置、残る2人がアラタを抑え、殺しきる。
このような時の役割分担は既に完了していて、マルコムが左、ゼンが右、モルトクとベネットが中央と相場が決まっている。
その間アラタは、地中に魔力を流しつつ、こちらもハンドサインで動きを指示していた。
同僚のクリスがいれば、彼女のスキル【以心伝心】であっという間に情報共有できるのだが、彼女がいないと中々面倒なプロセスが増えてしまう。
そうは言ってもいない者はいないし、属人性の高いスキルに頼りきりになるわけにもいかないので、アラタは首根っこを押さえるように親指とそれ以外の手を分けた。
それを小刻みに前へ繰り返し突き出し、左右からすり潰すようにオーダーを出す。
最後にアラタは自身を指さしながら、単身正面から挑む旨を通達した。
数名嫌そうな顔をした奴がいたが、これは自分の持ち場に不満があるというよりも、彼が単身囮になるようなポジションを自ら買って出たことに対する嫌悪感の表れだろう。
破滅願望があるわけではないにしても、アラタは最近自己犠牲の精神が過ぎる。
そしてその献身に頼りきりにならざるを得ない隊の状況が、輪をかけて不快なのだ。
そんなことをしているうちに騎士団の準備も整ったみたいで、互いにタイミングを計り始める。
先手を打つことが良いことであることに疑いの余地はない。
しかし、そう簡単に先走っていいものかという不安感が両陣営の中にあった。
故にお互い先手を譲る展開、相手に先に動いてもらい、対処的に自分たちが動きたいのだ。
このようなケースにおいて、状況を打開するのは空気の読めない人間である。
空気が読めないと言うとマイナス要素として捉えられることが多いが、別にプラス要素が全くないわけではない。
物怖じしない持ち前のマイペースさで、最適なタイミングというものを何の迷いもなく取りに行くことが出来る人材。
アラタが重宝するわけだと、アーキムは思った。
あのエルモでさえも場の空気の重さを感じ取って動けずにいるのに、キィは何の迷いもなく自然に歩き出した。
あまりに唐突に、そして空気に溶け込むように動き出したので、相手も一瞬戸惑って思考が停止しかけた。
戦況が動く。
「行くぞ!」
「と、突撃だ!」
アラタとモルトク、2人の指揮官の威勢のよさにはっきりと表れるアドバンテージ。
キィがそう動くかもと頭の片隅にあったアラタと、このシチュエーションで何の前触れもなく動き出せる人間がいるのかというモルトクの戸惑い。
その声は当然部下の動き出しに影響を与え、僅か20mしかない両者の距離感では、明確に公国兵へと有利に働く。
「出過ぎるなよ!」
「それ隊長です!」
新手のボケかと疑うほど前に出ているアラタに、騎士団は対処を余儀なくされた。
逆に言えば、彼さえ瞬殺できればあとはジワジワ削ることが出来る。
モルトク、ベネットがグンと距離を詰める。
「アラタに遅れるな!」
アーキムが左翼から叫びながら自身も先陣を切っていく。
彼もじきに敵とぶつかる。
先攻、銀星のアラタ、横薙ぎの逆胴。
これをモルトクは頭を下げて回避、ベネットはバックステップで間合いから外れた。
後攻、フィエルボアの剣筆頭騎士モルトク・フォン・マクシミリアン。
下方から突き上げるような刺突はアラタの右肩をギリギリ外して通り過ぎる。
そして両者の身体は真正面を向いていて、返す刀でアラタが胴体を真っ二つにしようと力を込めた。
「ベネット!」
アラタの追撃に対する防御は十分間に合っているモルトクは、1歩遅れているベネットに合図した。
今なら魔術が使えるという合図だ。
「うん?」
アラタの展開している魔力の周囲に、微弱ながらも柵のように魔力障壁が張り巡らされていた。
その範囲内なら問題なく魔術が行使できるのだろうが、せいぜい彼の周囲1.5m程度。
それだけの小規模な空間なら、モルトクに不意打ちは通用せず、ベネットには届かない。
「光射せ、雷撃」
珍しいことに、ベネットは初歩の初歩である雷撃を詠唱で使用した。
アラタは初めから無詠唱で使えたし、それは他の魔術師も同じ。
この世界では、詠唱を使わねば魔術を使えないというのはあまり褒められたことではない。
雷槍、炎雷などの上位魔術はさておき、雷撃程度に詠唱を使っているベネットの魔術師としての腕前は決して高くない。
2発の光の玉がアラタへ向かう中、モルトクは背後から迫りくる味方の攻撃をノールックで回避した。
彼の能力の詳細は不明なため、どのようなスキルセットで今の芸当をやってのけたのかは分からない。
とにかく、アラタに魔術が迫っていた。
——こんくらいなら余裕だな。
ガードに入ったモルトクの剣と打ち合わされるかに思えたアラタの胴打ちは、彼がスルリと脱力して刀の軌道を変更したことで迎え撃つ対象を変更した。
脱力と言っても、1kg前後ある金属の塊を操作しているのだから、生半可な操術では成しえない。
きちんと力のベクトルを損なわずに、それでいて左手を僅かに引くようにして刀身の向きを変える。
そうして半テンポ遅れて、モルトクのさらに右側にある物を斬った。
パチパチッ。
線香花火が弾けるような音と、青白く揺らめく光。
その発生源はアラタの刀身。
ベネットは曲芸に目を丸くして驚き、モルトクはそんな暇もなく次の攻撃に入っていた。
「おぉぉ!!!」
裂帛の気合を籠めて、モルトクは右下から切り上げる。
対するアラタは剣速が相手に及ばないことを悟ると、モルトクを斬り捨てるよりも刀と剣を打ち合わせることに注力した。
重厚で腹に響く金属音が鳴り響き、鍔迫り合いを所望するモルトクに対して、アラタはそこまで前かがみではない。
「面白い」
アラタの刀の
それはまるで無重力下のように、シャボン玉のように浮き上がり、地上から2m程度の所で制止した。
ベネットがアラタに斬りかかる中、彼はベネットに対して本当の魔術の使い方というのを教示していた。
魔力操作とは、このようなものなのだと。
「ベネット避けろ!」
「うおっ! 術師かよ!」
雷槍を使えるのに魔術を修めていない一般人がいてたまるかとアラタは思ったが、口にしている暇も考えている暇もない。
ベネットへ攻撃した際に意識が少し向いてしまったのを利用され、モルトクが鍔迫り合いから斬り返してきたのだ。
上手くアラタから見て左側に体を移動させながら、攻防一体の剣技で彼の首元を狙った。
鋒一寸を使って頸動脈を断ち切るような、嫌らしくも熟達の域にある技。
まあ、繊細な分回避の機会は十分残されていて、アラタは後ろに下がることでそれを回避した。
地面を蹴って軽く飛ぶ、余裕のない中では一見問題ないようにも見えるこの動き。
相手が2人いて、彼らが騎士団の上級騎士であるという事を鑑みれば、少々良くない選択だった。
雷撃の対処から復帰したベネットはアラタの右方から回り込むように背後を取りつつ距離を詰め、そこにジャンプで躱したアラタの身体が完全に入った。
ここ! とばかりに足を狙って低空の斬撃を放つベネット。
アラタのスキル【感知】はさっきから警報音を鳴らしっぱなしだ。
ピリピリと痺れるような感覚がアキレス腱に到達していたアラタの対処は、膝を折りたたんでタイミングをずらすしかなかった。
結果的に回避は成功、ベネットの攻撃は空振りに終わる。
それでも、アラタが背中を向けつつ不安定な体勢であることは覆しようのない事実。
正面、大上段からモルトクの真っ向打ち下ろし、後方からは腰だめにベネットが刺殺の構えで突進してきている。
一連の攻防の中で、初めて追い込まれたアラタは、体内の魔術回路を総動員して自身の足が地面に着地するのを待った。
着いた瞬間、最も先に接地するつま先から順に魔力をこれでもかと注ぎ込み、一直線に後方へと送る。
受け身の体勢で刀を横向きに頭頂部を守るように構えると、【身体強化】のスキルと魔術的な身体強化術を重ね掛けして撃ち負けないようにする。
正面からの攻撃をほぼ無意識で行った彼の注意力は、残るほぼすべてのリソースを以て後方に注がれている。
尋常ではない速度と量の魔力で大地に魔術回路を描き切ると、すぐさま術式を発動する。
アラタの持つ魔術の中で、物理的に最大防御力を誇る土属性魔術、地土の防壁。
これだけでもベネットの攻撃を防ぐには十分だが、アラタは性格が悪いのでもう一手間加える。
アラタが一番初めに習得した結界術、雷属性魔術の延長線上に位置する雷陣。
これを加えることで、魔力は濃いところから薄いところへ流れ込む。
アラタの膨大な魔力とやりあえば、剣に多少の魔力を流して自己強化をしていたところで太刀打ちできるものでは無い。
止めきれない攻撃を地面からせり出した土の壁に打ち込んだベネットは、魔術回路の逆流によって物理的に体内に電流が奔った。
「うぉ……重ぇ」
十分防げると思っていたモルトクの面打ちに思いのほか押し込まれたアラタは、地中の魔術回路を通じてカウンターが決まったことを確信していた。
互いに空振りの多かった組手、確かに当たらなければどんな強力な攻撃でもまるで意味を成さない。
しかしそれは裏を返せば、当たればそこまで威力のない攻撃でも相手の行動を制限するくらいのダメージを与えることは容易であるともいえる。
ベネットの体内に僅かな損害、アラタはアラタでモルトクの攻撃をまともに防ごうとした代償により、左手首の捻挫。
ここまでの時間、秒数にして僅か15秒。
戦いながら戦況を有利に進めたい両陣営は、筋肉などの身体的疲労よりも、思考を張り巡らせなければならないという精神的疲労への耐性を試されつつあった。
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