第388話 戦況、崩れず(レイクタウン攻囲戦13)

「報告」


「デリンジャー、ギャビン、ウォーレンが戦線離脱、敵はまだ誰も脱落していません」


「3人とも生きてんの?」


「問題ないです。ただ、相手も時間稼ぎ目的みたいです」


「そうか」


 浮いた駒だったオズウェルを仕留めることが出来たのは、ある意味ラッキーなことだったのだとアラタは評価する。

 まとまっていれば数で勝る第1192小隊でも攻めきれない相手、生半可な戦い方ではとてもではないが戦況を動かせそうになかった。


「リャンはハルツさんの下につけ。俺は小隊に合流する」


「了解です」


 彼らがオズウェルを仕留めたのは戦場のメイン部分から少し離れた場所、そこから本命の騎士団がいる場所まで移動する間に、アラタは今後の方策を練らなければならない。

 1192小隊の離脱者は先ほど報告があったわけだが、ハルツ率いる小隊もそれなりの損害を被っているはずで、被害の規模によっては一度包囲を解除することを検討しなければならない。

 そんな時、敵が大人しく引き下がってくれればいいが、騎士団のメンバーを1人殺したことが知られたら、恐らくどこまでも追撃してくるだろう。

 アラタの中にある種の確信めいたものがあったので、ここは真正面から戦ったうえで時間稼ぎをしなければならないと腹をくくる。

 そして、彼は次の戦場へと到着した。


「中隊長殿入ります!」


 第301中隊の部下の声で、戦闘エリアを囲んでいた隊員たちの壁が消え去った。

 ぽっかりと開けられた穴の先には、小隊の背中が見えている。

 アラタは収めていた刀に手をかけながら、スキルを一通り再起動する。

 【感知】、【痛覚軽減】、【身体強化】、それらをフル起動すれば彼の中で戦闘準備が完了する。


 ——殺しきれるのなら、殺しきる。


 非常に高望みな展望だが、それくらいの戦果が無ければこの状況を覆せそうにないのだ。

 特に、未確認の情報ではあるものの、ディラン・ウォーカーがこの戦場にいる可能性が高い。

 フェンリル騎士団だけでも手に余るのに、あんな奴が戦場に乱入してきたら場が壊れてしまう。

 だから、今のうちに戦力を削いでおかなければならない。

 単体の戦闘ではなく、この先を見据えた戦い方を決定しなければならないのが彼の辛いところ。

 とにかく今は1人でも多くの敵を斬る、そう覚悟を掌に込めて、アラタは刀を抜きつつ乱戦の中に入っていった。


「おい、あれ」


「言わなくても分かっている。レン殿の見込みが正しいかどうか、俺たちで確かめてやろう」


 アラタが刀を引っ提げて場に現れた瞬間、一瞬戦闘が止んだ。

 公国軍は彼を組み込んで戦いたいので、一度乱戦を解こうとするのは自然な事。

 対する帝国軍は、しっかりと体勢を整えられるのは嫌なはずだったが、案外これを見逃した。

 そして意味深な言葉を口走るモルトク・フォン・マクシミリアン。

 彼とアラタの間に直接的な面識は無いものの、キィとクリスを経由して報告は受けていた。

 モルトク側からすれば、今まで伝聞でしか知り得なかった公国軍のエースとの初顔合わせである。


「オズウェルはどうした」


 モルトクが、明らかにアラタへと投げかけた。

 対して、アラタは現在脳みそをフル回転させて最適解を模索している。

 時間にして実に0.5秒、整った。


「何のこと?」


「我々と同じ服を着た茶髪の剣士はどうなったと聞いている」


「知らねえ」


「……そうか、嘘つきは死ぬべきだな」


 ハッタリか、それとも嘘を見破るスキルでもあるのか。


 考えたところでこの場では答えが出ない。

 とりあえずアラタは、小隊の一番先頭に立って刀を構えた。


「集団からはぐれたら死ぬからな。お前ら気張ってけよ」


 大柄な背中が、ついてこいと語っている。

 小隊各員は、疲れを忘れて失いかけていた集中力を取り戻す。


「こいつらの首を、オズウェル・カウニッジ上級騎士に捧げよう」


「「「応」」」


 対してフェンリル騎士団、フィエルボワのつるぎの4名は横1列に並んで武器を構えた。

 板金鎧、鎖帷子、それから青と銀色を基調とした統一装備。

 戦力差は3倍強。

 騎士団の残る3名はいまもハルツ率いる部隊と交戦中だ。

 アラタが戦線に加わったことで、一体どんな変化が表れるのか。

 モルトクが剣を高く掲げ、それを振り下ろした。


「殲滅せよ」


 瞬間、アラタたちの足元に感じる鋭い魔力。

 先ほどまではアラタが魔力を張り巡らせていたというのに、綺麗に隙間を突かれた。


「回避!」


 その場から緊急脱出的に飛びのいた次のコマで、10から15ほどの土棘が彼らを襲う。

 一部は八咫烏を貫かんと到達したが、それぞれ防御が間に合った。

 その視界の端で、次の攻撃が始まっている。


「カロン、テッド、ヴィンをカバー!」


 アラタの素早い指示は、騎士団の追撃を一瞬だけ躊躇わせた。

 彼らは小隊の個人名を知らないが、次のアクションを言葉で表現されたことは分かる。

 ヴィンセントは長いのでヴィン、これは今後定着していく呼び方なのだが、本人はどう思っているのか無表情すぎて分からない。

 狙いを看破されたが、それでも初撃は間に合う。

 小隊が三手に分かれてカバーに向かう間、攻撃意識の非常に強いアラタ、キィ、アーキムが斬り込んだ。

 キィはショーテルの二刀流、アーキムが短く太い山刀のような両刃の剣、アラタはお馴染みの日本刀。

 全員が近接武器を使用している以上、大混戦は必至。

 小隊と騎士団の乱戦が始まった。


「エルモ仕切れ! それからバッカスもだ!」


「おっけー」


「了解!」


 アラタが放った2度の太刀は、悉く敵の盾に阻まれた。

 木製に金属のフレームを使用した安価な防具。

 恐らく騎士団の持ち物ではなく、その辺で拾ったものだろう。

 アラタとメインで斬り合っている騎士、ゼン・フルクは後ろ体重で防御重視。

 はっきり言って、まともに戦うつもりは無いように見えた。

 評価値的には恐らくアラタの方が少し上、それを理解しているからこその持久戦の構え。

 アラタというエースを抑えているだけで、ゼンからすれば仕事を果たしているのだ。

 相手の意図は見え見えでも、それを打ち破ることが出来ない状況にアラタは非常にフラストレーションが溜まっている。


「……くっ」


 かといって他の敵に目をやれば、今のように鋭い反撃が差し込まれるのだから気が抜けない。

 少しずつ、少しずつ、2人は集団から引き剥がされていく。

 戦闘をコントロールしているのはゼンの方、アラタはそれにうまく乗せられてしまっている状態だ。

 眼はゼンを捉えていても、【感知】である程度周囲の情報を取得し続けているアラタは、味方に脱落者がいないことを再度確認していた。

 戦闘に参加している第1192小隊のメンバーは全員が問題なく動き続けていて、それを遥かに下回る騎士団の連中の動きはそれ以上。

 このままでは、隙を突かれて徐々に味方が脱落するケースが想定される。

 そうなる前に、この敵を処理しなければならない。


 ——ギアを上げよう。


 様子見と時間稼ぎのコンセプトから、ワンセットで殺しきる本気モードへの移行。

 跳ね上がる魔力と気迫に、嫌が応にもゼンは引き気味になる。

 彼も騎士団の精鋭、上級騎士だが、なるほど、これはレン殿が執着するわけだと理解した。

 この密集地帯で無理矢理魔術を起動するために地中に流し込まれた、圧倒的な量の魔力。

 この中から純粋な魔術行使に用いられる魔力量は、全体の10%にも満たないだろう。

 しかしそのことを考慮した上でも、なお化け物じみた攻撃の手数。


「ふぅー…………」


 これはスキルではない、クラスの力。

 時に混同されがちなこの2つの力は、似ているようで全く違う。

 スキルは例外を除けば後天的に身につけるものだが、クラスは先天的に体に宿るものだとされている。

 まあ、クラスが発現するのは満15歳になった瞬間なので、今では同一視する声も少なくない。

 とにかく、ゼンのクラス【軽戦士】による補助効果で、短時間の制限付き瞬発力と敏捷性の向上が付与される。

 それからスキル【最短探索】を使用して、アラタの攻撃を回避するために最適なルートを構築した。

 この時点で、アラタはまだ魔術を発動していない。

 ゼンの行動が完全に定まったところで、それに吸い寄せられるようにアラタの攻撃が始まった。


「死ねカス」


 戦場で言葉遣いが荒くなってしまうのはまあ仕方ないとして、アラタの雷撃は回避された。

 そこまではまあ良くあることなので、続いて土棘、地土の防壁を使って敵を誘導しようと試みる。

 この時点でゼンはこの後発動するであろう魔術をある程度看破していて、軽戦士の効果で思考に追いつくだけの身体能力を確保している。

 アラタは彼からすれば最も好ましくない方向に向かったゼンに対して、一抹の違和感を覚えた。

 動きが変だと。

 勘にしても速すぎる、もっと違う何かだと。

 異世界人である彼が違和感の渦中にあるとき、それは大抵この世界特有の事象によるものだと彼自身経験則で分かっていた。

 そうなれば怪しいのはスキル、クラス、魔術。

 攻撃の前提条件が破綻していると断定したアラタは以降の攻撃を全て中止、地中に流していた魔力を惜しげもなく使い捨てた。

 その代わりと言ってはなんだが、先ほどまで辺りを自身の魔力で覆っていたのだからこんなことも出来る。


 ——雷槍。


 制御が難しかろうと、混戦の中だろうと、使いたいときに魔術を使えるように苦心した末に彼が出した1つの答え。

 発想自体は彼が黒装束として4人で活動していたころから既にあった。

 魔力を体外放出し、一時的に周囲の空間を自身の魔力で満たす。

 その中であれば、外部からの魔力干渉を意図的に行わない限り何とか魔術も使える。

 これは一種の結界術で、似たようなことは彼の師匠であるアラン・ドレイクもやっていた。

 ただ、この技術は彼が独自に発案、実現したもの。

 自分で考え抜いて生み出したものの練度は、そうでないそれとは比べ物にならない。


「魔力多すぎるって!」


 【最短探索】の予測から外れ、【軽戦士】の補助ありでも完全には回避しきれないほどの高速魔術攻撃。

 痺れる左肩を抑えながら、ゼンは味方の方へと寄っていく。

 1人で抑えるにはこれが限界だと悟ったのだろう。

 かくして戦況は再びアラタとゼンを交えた乱戦に巻き戻る。

 ここまで共に脱落者ゼロ、明らかにアラタの加入が功を奏している。

 ただし、やられっぱなしになるほど帝国の名門としての看板は安くない。

 個々の戦闘力で見れば強いのはフェンリル騎士団。

 状況が膠着してくれば、相手の力を把握していけば有利になるのは騎士団の方。

 そろそろ攻撃に転じようという騎士団と、それに対応しなければならない1192小隊。

 まだまだ、今日の戦いの終わりまでの時間は長い。

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