第390話 祝!道路開通(レイクタウン攻囲戦15)

「ムゥゥゥウウウ!」


「ヌォォォオオオ!」


 アラタの後ろから迫っていた騎士団のベネットは、逆にカウンターを貰って膝をつく。

 そこに向かうは1192小隊のテッド、カイ、カロン。

 たまらずその場を離れたベネットにより、アラタとモルトクの攻防を小隊で取り囲むという構図になっていた。


「離脱するんだ!」


「モルトク!」


 個々の力量で勝る騎士団だが、流石に4人ぽっちでアラタたちを相手取るのは分が悪かった。

 チャンスだと認識した瞬間、両翼の敵に対処していた隊員たちの一部が離脱、槍や剣を構えてモルトクに殺到した。


「俺たちの勝ちだ」


 圧し潰すように上から体重をかけているモルトクは、現状アラタに対して有利な体勢を取ることが出来ている。

 しかし、そのアドバンテージも完全に潰えた。

 一刻も早く周りの兵士に対処しなければ、串刺しになってあの世に行くのは彼の方だ。


「チッ」


 ここからだというところで、鍔迫り合いは解除される。

 追撃班の中で最も速く攻撃を繰り出したカイの槍でさえ、モルトクにはあと一歩届かなかった。

 それぞれダメージはありつつも、四肢の欠損など重篤な怪我はなし。

 そのような状態で両者再び距離を取ったところで、アラタは立ち上がって息を整えた。


「お前ら、仕留めろよ」


「いやぁ、無理でしょ」


「だな。攻撃が全然当たらない」


「お前らなぁ」


 アラタ1人で4人中2人を引き受け、残る2人を小隊全員で処理しようとしたのにこの結果。

 だらしがない奴らだと言いかけたが、ここは我慢だとグッとこらえる。

 部下と同様の感触はアラタも感じていたし、何より彼の想定では今頃モルトクもベネットも死んでいるはずだったから。

 彼の見立てが甘かった、そう言わざるを得ない。


「おいモルトク、しっかりしろよ」


「ベネットの心配してやれよ」


 仲間から小突かれた上級騎士は、未だ痺れの中でもがいているベネットに言及した。

 4人の中でも一番後方に引っ込んでいて、かなりの衝撃があったことを想起させる。

 それほど意表を突いたカウンターで、無防備な状態でアラタの雷陣に踏み込んでしまったという事だ。

 騎士団の内訳としては、戦闘続行可能なのが3名、少し厳しそうなのが1名。

 対してアラタたちは、元々戦闘に参加していた12名全員が動ける。

 ただし、内3名は魔力消費が大きくこれ以上魔術を使えそうにない。

 命に別状はなくても、戦闘に必要なエネルギーの枯渇が近づいていた。


「どうしたもんかな」


 正面の敵を警戒しつつ、アラタは周囲の様子を確認した。

 相も変わらず包囲を維持するために敵と交戦中の味方部隊、その損耗は決して少なくない。

 そして自分が率いている第1192小隊、こちらも限界が近づいてきている。

 モルトクも似たようなことを考えているのか、眉間にしわを寄せて思案中だ。

 どう転んでもあまり旨くない、そう先に判断を下したのはモルトクだ。


「一度退くぞ。これ以上は意味がない」


「いいのか? 味方はまだ——」


「お嬢が出てきていないのだから、俺たちだってオフだろ? これ以上タダ働きはごめんだ」


「確かに」


 4名の中で同意が取れたところで、彼らは帰路に就くべく剣を収めた。


「というわけで、続きはまた今度な」


 そう言い一方的に状況を終了させようとしたモルトクに対して、アラタはそこまでお行儀が良くない。

 今日はここまで、そう言われても自信の納得がいかなければどこまでも戦い続ける問題児。

 アラタの左手が上がった。


「総員、攻げ——」


「アラタ! 撤退だ!」


 低く、太く、よく通る、大きな、まるで太鼓のような声。

 土でドロッドロに泥に塗れたハルツが、アラタたちの右手から叫んでいた。

 よく見るとその前にはモルトク達と同じ装備に身を包んだ3名の騎士の姿が。

 これで終わりか、と潮時であることを感じ取ったアラタは、その左手を握り締めた。

 隊員たちも走り出す用意をやめ、次の指示を待っている。


「……帰るぞ。第1小隊と第2小隊が最後尾だ」


 戦闘終了時、どちらか一方が先に下がろうとすると、もう少しだけ戦果を挙げようと追撃が必ず発生する。

 しかし今回は、そんな面倒なことにはならなかった。

 お互いに帰ろうという意見の一致により、騎士団は東側へ、小隊は西側へと別れた。

 そしてそれに従って共同作戦の指揮官たちも包囲を解除して撤退の流れへ、こちらは少しだけ小競り合いが続いたが、極めて軽微な損害でその日の戦闘を終えることとなった。

 1日中続くと想定されていた戦闘は、正午前に終了した。


※※※※※※※※※※※※※※※


「激戦地しか担当しないし、その内希望者いなくなるんじゃね?」


「かもな」


「かもなってアーキムお前、そしたら段々隊が細くなって、いつか取り返しのつかないことになるぞ」


「そういうお前はいつになく真剣だな。特務警邏の頃からそれくらいやればよかったのに」


 アーキムは拠点にしている民家の玄関にある階段に腰かけながら、酒をあおっていた。

 ワインやウイスキーや、そんな上等なものはすっかりと姿を消してしまった。

 生ぬるいエールくらいしか、アルコール飲料は残されていない。

 その隣で干し肉のスープを啜るエルモの表情はひたすらに暗い。


 第1192小隊を中核とする第301中隊。

 コートランド川の戦いで発生した損害を補填し、100人部隊として再編した後から数えて、死者21名、負傷者48名。

 言葉の上では、甚大な被害もしくは壊滅状態。

 負傷者の中で完全な脱落者は僅か8名であることを考えると、現状の戦力は71名。

 1.5個小隊が全滅した計算になる。

 戦う度、軍が消耗していくのは仕方がない、ある種人命もコストとして計上しなければならない。

 ただし、戦うのが、兵士が人間である以上、そこには感情というものが介在する。

 あの部隊に行けば必ず激戦地に送り込まれる、生存率80%、そんな情報が出回ることを防ぐ術はない。

 エルモの言うように、いずれこの中隊への配属を拒否する兵士も出てくることだろう。

 だから、部隊の戦績は非常に大事に扱わなければならないのだ。


「アラタは?」


 エルモは何杯目になるか分からないグラスを傾けているアーキムに尋ねた。


「会議だ。大方司令部の小言に付き合わされてでもいるのだろう」


「苦労が絶えないなぁ」


「こればかりは同意だな」


 真っ暗な空の海に浮かび上がる半月。

 少し涼しくなってきて、夜に鳴く虫の種類も変わってきたというのに、人間様のやることは相も変わらず殺し合い。

 早く帰って特務警邏にある自分の席でダラダラとコーヒーを飲みたいというエルモの願いは、月に辿り着くのと同じくらい困難な事に感じられた。


「こってり絞られましたねー」


「ねーじゃないが。マジでさぁ、これからリャンが会議出てくれよ」


「無理ですよ、私は元々帝国の工作員だったんですから」


「あーそうだったな。すっかり忘れてた」


「まあ私としては、もうすっかり公国人の気分ですけどね」


「それは良かったね」


「えぇ」


 街の中央に位置する冒険者ギルドの支部。

 そこを司令部として扱い、アラタは毎日のようにそこに呼ばれ、芳しくない戦果について説明を求められていた。

 そんなこと言われても、相手だって必死に戦ってるんだから思い通りにいかないのは当たり前だろバカが。

 という言葉を飲み込んだうえで、今日も、昨日も、その前も、アラタは出来る限り言葉を選んで報告をした。

 その結果、今日も今日とてアラタの評価は下がり続けている。

 15年以上も戦争が無かったら、本番に上手く動けないのはある意味正常なのかもな、とアラタは考えた。

 本来それは非常にまずいことなのは自明だが、事実としてそうなのだから否定しようがない。


「リャンさ、【魔術効果減衰】の使いどころが無いな」


「ですね。密集していたら元々魔術なんてほとんど使えませんし」


「もう少し後ろにずらすか」


「私は別に……」


「今日の会議で言ってたけど、もう外は完全放棄して中で戦うじゃん? そうしたらスキルの使いどころは必ずやってくる。そこまで脱落されると困るのよ」


「……そうですね、少し考えてもらえると助かります」


「おう、じゃあ今日は——」


「アラタ、ちょっといい?」


「タリアさん。なぜに?」


「いいから」


「あ、じゃあ私はこの辺で……」


「あー……うん、お疲れ」


 何か勘違いしてそうだなとリャンを見送ったアラタは、促されるままタリアの後をついて歩いた。

 時刻はもう10時を回っていて、そろそろ寝なければ体力が回復しそうにない。


「タリアさん」


「なに?」


「そろそろ寝ないと。それにタリアさんも一日治癒魔術使ってますよね?」


「……私はいいのよ」


「そうですか」


「また無茶な戦い方したでしょ」


「どこで聞きました?」


「そりゃあ、同じエリアで戦っていたのだから、嫌でも耳に入ってくるわ」


「あー」


「ねえ、何でそんなに頑張るの?」


「そう言われましても……」


「アラタあなた、相当変な人よ」


「そうかなぁ」


 首をかしげるアラタの方を向き、後ろ向きに歩き始めたタリアは、月明かりに照らされたアラタの身体を観察する。

 傷だらけ痣だらけ、常に疲労していて、自転車操業状態の肉体。

 従軍している兵士の中でも飛び抜けて高い負荷を受け続けている彼を見て、タリアは治癒魔術師としての倫理責任が爆発した。


「変よ。アラタ、少し抑えて戦いなさい」


「そんなこと難しすぎて出来ないですよ」


「じゃないと、あと数年で2度と戦えない身体になっても知らないからね」


「マジっすか!?」


「マジよ。それが嫌ならセーブしなさい」


「……かー、うーん、まあ、分かりました」


「全然分かってないじゃない」


「分かりましたって」


 少しムッとした表情を見せたアラタを見て、タリアは足を止めた。

 アラタと向かい合って、彼の右手を取る。

 ガサガサで、ボロボロで、分厚くて、強靭な戦士の手。


「ねえ、私は本気で言っているのよ」


「それは分かってますけど……」


「この手は、いつかもっと沢山の人の命を救うために使いなさい。戦争なんかで使い捨てちゃダメ。いい? 分かった?」


「……分かりました」


「よろしい! 話はそれだけ! 送ってくれてありがとうね!」


「あ……」


 いつの間にかタリアやハルツが使っている民家まで来ていて、このために呼ばれたのかと解釈する。

 中隊長にそんなことさせる人聞いたことないぞと心の中で考えつつ、治癒魔術師としての彼女の言葉は大事にする。

 将来云々は抜きにしても、もっと効率的で効果的な体の使い方がある。

 そうタリアの言葉を曲解したアラタは、帰り道で戦う動きをイメージしながら帰っていった。


 翌日、公国軍は城壁の外へ出なかった。

 単に反撃能力が底をつきかけていたというのもあるし、内部の準備に人員と時間を割きたかったというのが大きい。

 301中隊は再編を行わないまま、待機状態で1日を終える。

 そしてその日の夕方、ついに住宅工事が完了するのだった。

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