第311話 本当に許せなかったのは

「筋肉痛だよもぉ~」


 第1分隊のキィは、自分の肩を揉みながら愚痴を溢した。

 昨日の模擬戦程度ではそこまで消耗しない鍛え方をしている少年兵でも、その後特別にアラタから手ほどきを受ければ筋肉痛もやぶさかではない。

 キィ、リャン、カロンの3名が特別疲労していたのは、特別高度な訓練を受けていたからだ。

 アラタ対3人での戦闘訓練。

 アラタは魔術禁止縛りで、この人数差。

 スキル【魔術効果減衰】を持つリャンがいるからこの縛りの効果は定かではなくとも、十分ハンデはついている。

 それでもアラタが勝つのだから、もう訳が分からない。

 自分たちと別れたときから、さらに強くなっていた小隊長を目の当たりにして、彼の成長曲線はどこまで伸びているのか疑問に思えてくる。


 そんな彼らは今日も、戦地へ向かって移動していた。

 アラタが部隊の人数分の馬を多少強引に獲得したことで、彼らは日中歩く必要がない。

 馬車や牛車に満載した物資を護衛しつつ、彼らは分隊レベルの連携やハンドサイン、戦闘中における状況判断や指揮権に基づいた指示などについて一通り学んでいる。

 戦闘技術はアラタが率先して教えているが、その他は正直門外漢。

 中央戦術研究所出身のウォーレン、士官学校出身のデリンジャー、元第1師団所属のサイロスが音頭を取って講義を行っている。

 一応北部方面隊のカイと、戦闘工兵カリキュラム修了者のテッドもいるのだが、彼らのおつむは少々出来が悪いようで教師は務まりそうにない。

 彼らは部隊として覚えることで手いっぱいで、とても他のことに手が回らないのだ。

 では彼らと同じくらい、座学が苦手でじっとしてられない第1192小隊長殿はと言うと、


「小隊長、これは?」


「1分間待機、2,2,1名に別れて行動。陽動、本命、後詰めの役割分担」


「じゃあこれは?」


「敵騎馬4、歩兵10以上、弓矢と魔術による遠距離攻撃の後、2個分隊が突撃。1個分隊がカバー、陣形は1・2・2。合ってる?」


 割と普通にこなせていた。


「もう覚えたんですか」


「リャンも覚えただろ?」


「私はまだうろ覚えくらいで……もう少し勉強します」


「サイン覚えるのは得意なんだ」


 八咫烏、特殊配達課、その前はサインプレーが山のように存在する競技の選手。

 彼がこういったものの暗記に秀でている理由はそれだった。


「でも、アラタは指揮権の小テストもクリアしましたよね?」


「そんなに難しくないだろ」


「いえ、結構難易度高かったですよ」


 地頭の良さで比較すると、リャン、ここにはいないがクリス、キィ、そしてアラタの順になる。

 そういう意味では戦闘以外の項目について、彼は平均以下のはずだった。

 それがどうだろう、妙に腹が立つ顔と共に自分要領いいですよ感を醸し出しているこの男は、少しおかしい。

 そう、彼にしては記憶能力が良すぎるのだ。

 リャンはこれしかないと決めつける。


「アラタ、スキルじゃないですか?」


「あー。かもな」


「何でしょう、記憶力が良くなるスキルとかですかね」


「そんなのもあんのか?」


「成長促進や補助系のスキルも存在するはずですが……アラタのユニークスキルだってその系統でしょう?」


「確かに」


「とりあえず名前を付けておきましょう。そうですね、【暗記】とかはどうです?」


「【暗視】と被るからナシで」


「じゃあ……記憶速度上昇とかは?」


「うぅーん」


 低く呻りながら、これじゃないなと態度に出す。

 確かに少しセンスが無かったなと、リャンは再考する。


「なんかこう、アラタらしい名前を……そうですよ、【一夜漬け】とかどうです?」


「俺のことバカにしてる?」


「い、いえ? そんなことありませんけど」


 疑いの目を向けてくるアラタに対して、リャンは目を背ける。

 そんなつもりは無かったが、無意識のうちに面白がっていたかもしれないと思ったから。

 変なところでいちゃもんを付けられては、今日の訓練に悪影響が出るかもしれない。


「まあスキルかどうかも分かんねーし、保留にしとく」


「それがいいです」


 コクコクと相槌を打つと、リャンは加速して先頭の方へと行ってしまった。

 一通り学習を終えたアラタとは違い、彼はまだクリアしなければならない知識試験が残っている。

 夏の終わりが近づいているというのに、空は雲一つなく蒸し暑い。

 あまりに残暑が厳しいものだから、黒鎧なんかとても着ていられずに小隊の面々は薄着になっていた。

 昨日だけでもう真っ赤に日焼けしていて、アラタも首から上は真っ赤だ。

 部下たちが勉強に励んでいる間、ヒマになったアラタは空を見上げる。


 スキルとは何なのか。


 彼はふとした時、そんなことを考える。

 クラスとは、魔術とは、一体何なのか。

 元の世界では眉唾扱いされていたそれらは、この世界では至極当然のように扱われている。

 魔術が使えると言ってバカにされることは無いし、むしろ尊敬さえされる。

 この点に違和感を覚えるのは異世界人の彼特有の悩みだったので、他の人間に相談したところで共感を得られそうにない。

 スキルと呼ばれても、仮称【一夜漬け】のように身に付いたのか釈然としないものも数多く存在する。

 そうなればもう、どこからがスキルでどこまでがそうではないのか、明確な線引きは難しいように思える。

 とまあこんな感じで思考を巡らせていくと、あるところを境にアラタの思考は停止する。

 脳みそのメモリオーバーフローを起こしてしまって、OSが緊急停止したのだ。

 そして最終的に彼が考えた事は、


「スキルって不思議だなぁ」


 この程度だった。


※※※※※※※※※※※※※※※


「あー今日はいい日だ!」


 出陣2日目にして、早くも酒に手を付けているエルモは上機嫌だ。

 今日も今日とて行軍後に訓練はあったわけだが、昨日のような激しいものでは無かったのだ。

 誰だってキツイ練習は嫌だし、厳しい上官がいなければ気分も軽くなる。

 小隊長殿はお出かけ中だ。


「アーキム小隊長代理殿は話が分かる人で良かったぁ」


「お前が練習嫌い過ぎるんだ」


「じゃあ明日はお前がアラタの相手しろよ」


「それは困るな」


 アーキムもエルモに勧められるがまま酒に手を付ける。

 軍全体に薄く行きわたらせるためのものだから、味も量も大したことない。

 それでも酒は酒、そこにあるだけでありがたいのだ。


「カロンもこっち来いよ!」


 奥の方でボッチ飯を食べているカロンに対しても、エルモは気さくに話しかけた。

 彼らは元々八咫烏や、八咫烏構成員が出戻りした特務警邏の出身者で、繋がりが深かった。

 カロンとエルモは一緒に仕事をしたことは無いが、それでも今は同僚。

 エルモの浅く広い交友関係は、彼もカバーしている。


「俺はいいです」


 出陣してからずっとこんな感じのカロンをどうにかして欲しいと、エルモはリャンから頼まれていた。

 確かに同じ分隊にこんな辛気臭い奴がいたら士気も上がらないと、エルモは一肌脱いでやることにした。

 彼はおもむろに立ち上がると、カロンの方に向かっていく。


「カロンよぉ、今からそんな調子じゃ持たないぜ」


「…………分かっている。ただ」


「ただ?」


 カロンは唇をグッと曲げて、思いを吐露する。


「隊長が俺たちを裏切って、あんなことになって、それでもまだ普通に接しろっていう方が無理だろ」


 カロンはエルモから奪うように酒を受け取ると、ペースも考えずゴクゴクとラッパ飲みした。

 感染症が流行っていれば非推奨な飲み方だ。


「まあ特にお前の隊は酷かったからなぁ」


「レイフォード家を叩き潰すためにあんなに頑張ったのに、結局利用されただけだった。俺は、仲間まで失ったのに!」


 彼の震える肩を、エルモはそっと支えた。

 大公選、あの戦いの裏で暗躍していた者たちの中で、大切な人を失わなかった者は誰もいない。

 ある人は仲間を失い、家族を失い、親友を失い、恋人を失った。

 誰がとかではなく、誰もがそうなったのだ。

 アラタたち第1小隊に裏切られたと思っているカロンは、未だ彼らに対して心を開けずにいる。

 彼はまだましな方で、それを心に秘めている人間も中にはいるのだろう。

 彼は真っ直ぐな分、すぐに吐き出してくれる。

 だからエルモも話しやすい。


「カロンよぉ、お前も旧八咫烏なら、アラタがどんな人間か分かってるだろ?」


「非情で冷徹な、俺たちのことを捨て駒程度にしか考えてない奴だ」


「なぁ、お前だってもう、分かってんじゃねえのか」


「…………なにを」


「レイフォード卿と一緒になりたいだけなら、向こうに付けばよかった。そうせずに彼女を負かせて、その上で助け出そうとしたんだ。あの人は捨てきれなかったんだよ。クレスト家派閥の人も、レイフォード家の当主も、どちらも。そんな人がさ、部下を使い捨てに出来るわけねえじゃん。少し考えればわかるじゃん」


「それは、そんなものは証拠にならない」


「八咫烏の再就職先を探してくれたりしてさ、そんなことしても何にもならないってのに。中にはアラタを殺そうとしてやむなく返り討ちに遭ったやつもいたさ。でも、アラタは殺さなかった。そういうことだろ。お前がアラタに怒っているのは、あの時自分抜きで勝手に行っちまったことにたいしてだ。家においてかれて駄々をこねてる子供のそれだ」


「そんなことは……ないはずだ」


 カロンの言葉には強さが無い。

 言い切る、断言する強さが。


「まあ飲め」


 カロンは勧められるままに酒を喉に流し込んでいく。

 いつしか周囲は静寂に包まれていた。


「お前は八咫烏の隊長の、戦士としてのアラタに心酔していた。だから自分を認めてくれずに置き去りにしたあいつに対して怒ってるんだ。なんで連れて行ってくれなかったのかってな」


「そうかもしれない」


「お前、しばらく無職で力も落ちてるはずなのに、アラタはお前を誘って自分の分隊にいれた。アラタはアラタなりに、少しは思うところがあったんじゃないか?」


「そうかもしれない」


「アラタに真実を問いただすのもいいけどよ、結果は分かってんだろ」


「…………隊長は理由もなくそんなことをする人じゃない」


「だろ?」


「なに勝手に俺のことヨイショしてんだよ。ポイント稼ぎかエルモ?」


「あっ! いやっ、これはですね、そのぉ」


「まあいいや。2人にしてくれ」


「了解であります!」


 大隊会議に出席していたアラタが帰ってきて、楽しい飲みの雰囲気は少し引き締まった。

 だがそれも束の間、アラタは中心から外れたところで腰を下ろしたことにより、再びどんちゃん騒ぎが始まった。


「隊長」


「んー?」


 カロンはもう、アラタを恨んではいない。

 本当に許せなかったのは、共に戦うほど強くはなかった自分だから。


「今度は俺を戦いに連れて行ってくれますか」


「これから戦争に行くわけだからな」


「今度はもう、勝手に暴走しないと誓えますか」


「今は軍所属だから、勝手したら軍法会議物だよ」


「隊長、真面目に答えてください」


 アラタは少しの沈黙の後、置いてあった酒に手を付ける。

 酔えないけども、それを口にした。


「……もう少し強くなって、俺についてこれるようになったら考えてやる」


「……そっすか。分かりました」


 返事をしたカロンは、邪魔する物が何もない星空を見上げる。

 大地で人が争っていても、空は美しい。


「カロン」


 みんなの方に戻ろうとした彼を、アラタは後ろから呼び止めた。


「あの時、勝手なことをして悪かったと思ってる。お前の部下が自殺したのも、俺の責任だ。だから今度は間違えない。そのつもりだ」


「……俺も、今度こそ戦い抜きます」


「よし、第1分隊は大丈夫そうだな」


「ええ!」


 アラタより年下のカロンは、ニッコリと年相応に笑った。

 過去の行いは消えないのなら、一つ一つ結び目を解くように、過去を清算していくしか道はない。

 アラタの贖罪の日々はまだ、始まったばかりだ。

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