第310話 アラタズブートキャンプ

「えーそれでは、今日から訓練を開始したいと思います」


 出陣して日中移動を続け、野営の準備が完了したところでアラタはそう言った。

 彼は第1192小隊の隊長で、自分を含めた20名の命を預かっている。

 今は輜重隊としての役割を与えられているものの、この戦争の最中に別任務に就くことが半ば確定している以上、訓練は欠かせない。


「あのー、小隊長殿」


「なんだエリック」


 クラーク家の私設兵だった男は、まず疑問を呈した。


「小隊以外も訓練に参加するのでしょうか」


「他の指揮官からの指名もしくは、志願者を募って訓練してくれと頼まれたからな」


「あのー」


 今度はリャンが手を挙げた。

 彼は大公選の時にアラタの下で行動を共にしている。


「なに?」


「人数、多くないですか?」


「指名が40数名、志願がその倍くらいいる。まあこんなもんだろ」


 そう言ってアラタはおもむろに槍を持った。

 槍の尻の方を使って、地面に一本線を引いていく。

 ある程度の長さのそれをひき終わると、槍の端についた土を取って綺麗にしながら、


「第1、第2分隊はこっち。第3分隊以降はそっちに立って。それから残りは……大体この辺で半分か。はい、これで模擬戦をやります」


 軽い口調でそういったものだから、一同がざわつく。

 総勢150名を超える人数での模擬戦なんて、軍に所属していなければそう体験するものでもないし、何より想像していたものと違った。

 彼らはもっと、Bランク冒険者でゴリゴリの武闘派のアラタから、戦いにおける考え方や細かい技術、そういった物を講義形式で教わることが出来ると考えていたから。

 実際、カナン公国全軍で同じようなことをやっている。

 ハルツも、レイヒムも、リーバイ中佐も、それぞれが講義形式で戦術や戦場における心構えを説いていた。

 アラタの部隊と、あと少しの変わり者だけが、行軍中に戦闘訓練をやると言い出している。


「小隊長殿、訓練と言えど負傷者は出ますし、本番のことを考えれば戦闘訓練はいかがなものかと……」


「いやさ、俺もそういうつもりで考えてたんだけど、今回の装備使ってみた?」


 逆質問された第3分隊長デリンジャーは首を横に振る。

 出発前日に渡された黒鎧を使用していないのは当然だった。


「これかなり使いこなすのに時間がかかりそうなんだ。フル起動するとかなり魔力を消費するし、かと言って少なすぎると隠密効果しか発揮できない。なら回数重ねて慣れるしかないかなって」


「しかし……」


 なおも食い下がるデリンジャーは、まだ士官学校を卒業したばかりの新人。

 アラタとは実戦のキャリアが違った。


「あーもーうっせえなー。木剣と木の槍は用意してやったから、とにかく戦闘訓練だ。これ以上文句言うやつはチーム分け関係なく俺が叩きのめす。分かったら準備ィ!」


「「「は、はい!!!」」」


 アラタの圧に押されて、100名以上の男たちが一斉に準備に取り掛かった。

 まだ日が落ちる前、多少空は赤くなってきたがそれでも日没までには十分な時間がある。

 訓練を終えて、それから食事を取る時間は十分確保されている。

 漆黒の鎧を身につけた部隊を含めて、両者は隊形を整える。

 アラタがいない方のチームを指揮するのは第5分隊長のサイロスだ。


「指揮官殿、指示を」


「先に小隊長殿を倒す。戦術的にも感情的にも、それが一番理に適っている」


「サイロスさんが気に入らないだけでしょ」


 隣にいた同分隊のギャビンが苦言を呈した。

 彼はアラタの強さを知っていて、かなり心酔している。


「大公選で暗躍した八咫烏の総隊長で灼眼虎狼の主力。噂の強さが本物か確かめさせてもらうとしようじゃないか」


 そんなこと言ったら、絶対ボコボコにされると思うんだけどなぁ。


 ギャビンは心の声を仕舞ったまま、アラタのいる場所からは距離を取ろうと心に決めた。


「始めていいか!」


「いつでもどうぞ!」


「よし! 試合開始!」


 向こう側からアラタの号令と共に敵が突撃してきた。

 サイロスはそれを迎え撃つべく指示を飛ばす。


「槍を構えて隊列を組め! 初動を受け流して分断する!」


「「「おぉ!」」」


 流石やる気に満ちた訓練参加者たち、初めて組む仲間同士でも実によく連携が取れている。

 あっという間に木の槍を突き出した隊列が完成し、相手を待ち受ける。

 それを見て満足そうな顔をしたサイロスの所に、遠くから声が聞こえた。


「馬鹿たれ! 分隊ごとに散開して迎え撃つんだよ!」


「あれは……第3分隊の……?」


 まだ全員の名前を憶えていないサイロスは、血眼になって必死に叫んでいる男の名前が分からなかった。

 黒っぽい緑色のアッシュをオールバックにしている男の名前はハリス。

 元八咫烏の構成員で、現在はパン屋で働いている。


「統率を乱すな!」


 サイロスは逆に怒鳴り返すと、視線を前に向けた。

 そろそろ前線がぶつかる頃合いだ。


「はぁ。分隊長、俺たちは下がりましょう」


 ハリスは何かを諦めたように、自身の直属の上司であるデリンジャーに進言した。

 彼は士官学校の新卒で、ハリスの言っている意味が分からない。


「せめて理由だけでも教えてくれないか」


 前線で兵士たちがぶつかった。


「私たちに支給された魔道防具は、大公選の時に八咫烏が用いていたものの進化版です。当時神出鬼没を誇っていた八咫烏、その中で【気配遮断】のスキルと合わせて最も闇に溶け込んでいたのは——」


 ハリスがそこまで言ったところで、後方の指揮官たちのいるあたりが吹き飛んだ。


「我らが小隊長、アラタです」


 黒装束改め黒鎧の性能を発揮して、アラタ達第1分隊が斬り込んできた。


「リャンはスキルを後方に集中、死角をカバーしろ」


「了解」


「キィ、あんまし深追いするな。カロンもだ。適当に掻き回して離脱するんだ」


「「了解」」


 【気配遮断】、黒鎧を併用して、まずは指揮官であるサイロスを粉砕した。

 至近距離に出現するまで、彼らは露ほども第1分隊の存在に気付かなかったのだ。

 それほど魔道具の性能と、彼らの技術が凄まじいということにもなる。

 これだけ大人数が入り乱れていれば、自然と個人に対する注意集中は減少する。

 つまり、少人数での戦闘よりも隠密性は高めやすいのだ。

 奇襲が成功したところで【気配遮断】をオフにして、代わりに【身体強化】と【感知】を全開にする。

 近接戦闘に全神経を傾けるつもりだ。


「離脱しろ!」


 アラタの合図で部下3名が場所を離れる。

 本来ならあまりやらない行動だが、初訓練という事もあってアラタも少しテンションが上がっているのだろう。

 キィ、リャン、カロンが抜けたところで、彼はギアを一段引き上げた。

 まず、眼前の一人の胴に横一文字に斬り込んだ。


「ぐぁ……」


 悶絶し膝をつくより速く、アラタは背後に向かって左足を引き出した。

 それに沿って彼の体は反時計回りに半回転し、攻撃を躱された相手は無防備になる。

 両者の体は至近距離で触れ合い、近すぎると思った相手は後ろに飛びのこうとした。

 しかしワンテンポ遅く、アラタの左肘が入り、裏拳が顔に入った。

 スキル【感知】による警告音が鳴りやまない中、最も重視すべき方向に意識を向けると、丁度いい具合に槍を突き出してきた相手がこちらを見ている。

 目が合った次のフレームで、アラタはきっさきを地面に向け、刃を体の左側に這うように構えた。

 彼の身体は右方向に傾斜していて、槍による刺突は誘い込まれたかのように刃の外側に外れていく。

 右足を強く踏み込み、高速で距離を詰めたアラタは木剣の柄を男の左肩に突き刺した。

 本当に刺さったわけではなくとも、めり込んだ木片は非常に痛い。

 ついでに左足でミドルキックを受けてしまった彼はここで退場、その時にはすでにアラタは次のアクションを完結していた。


「ま、魔術がっ!」


 リャンは既に離脱しているので、【魔術効果減衰】は働いていない。

 しかしこれだけの大人数がひしめく密集状態の中で、自分だけの魔力を展開して魔術を起動する行為は中々に難しい。

 それでもアラタの意識を集めることが出来るならと、腕に覚えのある者数名が雷撃と水弾と火球を起動しようとした。

 初級魔術なら発動できるはずだと踏んでいた彼らは、何かに魔力放出を阻害されている感覚に驚愕した。

 その悪寒の先には、小隊長がいたから。


「雷槍だけど、殺しはしない」


 けたたましい音を立て、数本の紫電が放射状に奔った。

 彼のいう通り、確かに威力は調整されていた。

 それこそ翌日には動けるようになるくらいには。

 ただ、それにしても厳しすぎる。

 今の範囲攻撃で十名弱がダウンした。


「散開しろ! 距離を取るんだ!」


「おっせーよ」


 指揮官不在の中、一度決めた陣形は変えようとして変わるものでは無い。

 アラタ単独ならともかく、正面では普通に兵士たちが押し合いを続けていて、そちらでは第1192小隊同士の戦闘が続いていたから。

 そうしている間に、内部は次々と食い破られていく。

 敵との距離僅かに数十センチという超至近距離の中、アラタはただの一撃も受けることなく状況を終了した。

 呻き声を上げながら地面に突っ伏している面々を見下ろすアラタの顔は、ただひたすらに冷たい。


「小隊長、残りが降伏しました」


「ご苦労。降伏した数とこちらの損害は?」


「今調べています」


「報告はなるべく早く頼む」


「分かりました」


 そういうと、第2分隊のバートンは仲間の方へ戻っていった。

 アラタは黒鎧の留め具を外して、上半身を身軽にした。

 上着を脱ぎ、鎖帷子を脱ぐと、下には灰色のタンクトップしかない。

 そろそろ日没という時間帯、横方向からの光は彼の肉体の陰影を強調しているようだった。


「報告します。降伏したのは43名、残りは死亡もしくは戦闘不能判定。こちらの損害は5名、第1、第2分隊の損害はありません」


「おっけー。負傷者の介護と一緒に飯まで済ませろ。必要なら治癒魔術師を手配する」


「了解です」


 再びバートンがその場から去ると、アラタは複雑な表情をしながら呟いた。


「おめーら口だけかよ」


 それは、他の部隊長からの推薦や自ら志願してまでやって来た兵士への失望が籠められていたに違いない。

 しかし、少しぼーっとした後、アラタは考えを改めた。


「やる気はあるから良しとするか」


 やる気以外何もなかった、技術も、体力も、精神力も何もかもなかった、そんな昔の自分を思い出して、これからどうにでもなるとアラタは笑った。

 その不気味な笑顔を横目で見ていたサイロスは、えらいところに来てしまったという想いと共に、意識を喪失した。

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