第301話 組織は変質する
ディランと別れたアラタは、まず一度コラリスの元へと帰った。
これから何らかのアクションを取るにしても、その内容次第では今後の動きに大きな変化があるだろうから。
八咫烏の面々も屋敷に居て、話は早い。
クリス、第4小隊長オリバ、第7小隊長エバンスを呼びつける。
「即応状態で待機だ。戦闘準備までしておけ」
「「了解」」
「何をするつもりだ?」
「ちょっとな」
実際のところ、ディランから手紙を預かったところで何をすればいいのか、アラタは分かっていない。
これを使えばフェルメールの元へ何事もなく辿り着くことが出来るという事だけは知っていても、他はとんと想像がつかない。
それに、この手紙の使い方を決めるのは自分ではないと一線を引く。
父親に訊くべきだろう、彼はそう判断した。
「コラリス殿」
アラタが彼の書斎に入室した時、彼は机の上に何か細々としたものを広げて工作に勤しんでいた。
コラリスは彼の方を見ることも無く、ただ返事だけをする。
「どうした」
「ちょっとお話をと思ったんですが、何をしているんですか」
「これか?」
木? か石なのか、暗い色をしたパーツを持ち上げるコラリスに対して首を縦に振る。
「これは最近巷で流行しておる、『フィギュア』なるものじゃよ。自分で作る手間が愛おしいのじゃ」
「何作ってるんですか?」
「帝国が誇るクリスタルユニコーン1/10モデルじゃ」
プラモデル、そう思い浮かんだ言葉を、アラタはすぐに打ち消した。
これはプラモデルというより、
彼自身、寄木造については詳しく知らない。
奈良だか京都だかの仏像がそんな作り方をしていたような気がする程度で、詳細は何も知らない。
対象をブロック状に切り分けた状態で制作することで分業制を可能にし、巨大制作物に適した工法。
そこまで出てくれば満点だが、彼にしては頑張った方だろう。
そこにクリスタルユニコーンという未知の単語が出てきて、アラタは理解を諦めた。
「ディラン・ウォーカーと接触しました」
「……何と言っていた?」
「要領を得ない内容ばかりでしたが、商会が分裂した
アラタは預かった手紙を取り出した。
「これを届けてほしいと」
フィギュア制作に使う道具や木の破片が散乱している机の上に、そっと置く。
コラリスはそれを開けるか逡巡するようなそぶりを見せた後、結局何もせずにアラタに返却した。
「お主が向かった方が話が早いかもしれぬ」
「いきなり襲ってくるなんてことありませんよね?」
「何とかなるじゃろ」
またか、とアラタは嘆息した。
どうしてこう自分の周りにいる老人たちは人使いが荒いのかと。
誰もが長生きできるとは限らないこの世界で、老人と呼ばれる年齢まで生き残るにはそれなりに力が必要なのだろう。
憎まれっ子世に憚る、しぶとく、したたかでなければ生き残れない。
アラタは手紙をポーチにしまうと、軽く一礼してその場を辞した。
「自分以外の面子はここに残しておきます。何かあればあいつらが守ります」
「アラタ」
「なんです?」
「すまぬ。苦労を掛ける」
「そう言ってくれるだけ、どこかの賢者よりマシですよ」
そう笑いながら、アラタは部屋から退出していった。
再びしんと静まり返った書斎の中で、フィギュアを作る音だけが小さく響く。
それはとても孤独で、寂しい音だった。
※※※※※※※※※※※※※※※
「さて」
商会前まで来たアラタは、覚悟を決める。
最悪戦闘になり、かなりの人数を相手にしなければならないという覚悟を。
「ディラン・ウォーカーの使いの者だ」
「証明できるものを拝見」
屈強そうな門番2名に対して、至って平然と取り次いでもらえるように接する。
筋力は大事だが、魔術やスキルがあるこの世界では必ずしも聖杯という物はない。
だから必要以上にビビる必要なんてない。
警備の内、黒髪ツーブロックの方が手紙を検める。
確認と言っても、開封するようなことはしない。
宛名などを見て適当に確認するだけだ。
じきに検査はパスできたようで、手紙と共に中へ通された。
「ありがとう」
そう会釈して門をくぐると、大小さまざまな建物がいくつかあった。
以前少しの間だが滞在していた、キングストン商会本部である。
大理石を惜しげもなく使用した建物、複雑精緻な模様が刻まれた絨毯、絢爛豪華なシャンデリア、とりあえず上手いということだけが分かる絵画、あれやこれや、価値が低いものを探す方が難しい。
軍需産業とはそこまで金にならないはずだったが、そんなことを考えながら、この金の出所を想像する。
こんなに金を持っているなら、黒装束なんて作り放題だとも。
だから技術は出来る限り秘匿せねばならないと、アラタは気を引き締める。
ここで死ねば、間違いなく黒装束は解析され、ウル帝国にもその恩恵がもたらされてしまう。
商会は人の出入りが激しい分、見知った顔の人間は一人もいない。
単に忘れているだけというのもあるのだろうが、組織というのはそんなものだろう。
「旦那様、ウォーカー殿より用事を頼まれたという者が来ております」
案内してくれた執事が、部屋の中にいるであろうフェルメールに声を掛けた。
「通せ」
「では、どうぞ」
「ありがとうございます」
物腰柔らかな執事に見送られ、アラタは応接用の部屋に入った。
ここにたどり着くまでに通った道筋と同じように、例に洩れず豪華な装飾。
こんな屋敷で暮らしていたら疲れそうだという感想を抱きながら、アラタは久しぶりに再会した男を観察する。
——痩せたな。
それにあまり顔色も良くない。
寝てないんだろうなぁ。
「お久しぶりでございます。私、カナン公国の冒険者アラタと申します」
「カナン、カナン……大公選の時の!」
ひとまず思い出してもらえたようで、アラタはうやうやしく頭を下げた。
「本日はディラン・ウォーカーの依頼を受けてお手紙をお届けに参った次第であります」
「そうか。まあ掛けてくれ」
「はい」
金縁に赤いソファはふっかふかで、彼の腰を深く沈ませる。
咄嗟の時に動きにくいと、アラタは少し浅く座った。
彼からフェルメールの手に渡った手紙は封を破かれ、現在中身に目を通されている最中。
横目で表情の変化を汲み取ろうと試みているアラタだが、彼の眼にそれらしい変化はない。
もっとも、中に何が書かれているのか、そもそもどういった用向きなのか、彼はそれすら知らずにここまでやってきた。
そこの男は敵国のスパイです、やっちゃってください、そう書かれていても分からないのだ。
ひとまず読み終えたのか、手紙を机の上にポンと置いた。
椅子を軋ませながら、天井を見上げる。
「この前の東部反乱、君は従軍したのかい?」
「いいえ」
「ただ、商会がどんな関わり方をしたかは知っていると」
「ディランに聞きましたから」
ふー、と息を吐きながら、フェルメールは煙草を取り出し火を点けた。
商会のトップなのだから父親同様葉巻を吸うイメージを持っていたのだが、彼の想像とは裏腹にフェルメールは紙巻きたばこ派だった。
「君も吸うかい?」
「……ありがとうございます」
愛煙家というほどでもないが、家では視線が厳しくて碌に吸えないアラタは、こういった機会を逃さない。
煙が肺を満たし、気分が良くなる。
「強いっすね」
「だんだんとね」
堅苦しい面会も、こうなってしまえば喫煙所の雑談に早変わりする。
「父から何か言われたかい?」
「特に何も。俺に苦労を掛ける、とだけ」
「父さんらしいや」
少しむせながら笑う男の顔を見て、ここに至った経緯が分からなくなる。
喧嘩別れしたのならこんな風に笑うはずがないから。
「何があったか聞いてもいいですか」
フェルメールは2本目に火を点けながら答える。
「いいけど、特に面白みは無いよ」
「構いません」
「ほうか。じゃあ、どこから話すかな」
吸って吐いて吸って吐いて、たまに言葉を紡ぐ。
「商会は大きくなり過ぎたんだ」
「どのように?」
「名誉会長だろうと、会長だろうと、一人では何もできない程に。まあ組織の在り方としてはその方が正しいのは承知している」
3本目に突入した。
アラタは1本目を吸い終わった時点で終了だ。
「商売に関しては父さんの1/3くらいは才能あると思っていたんだけどね。結局僕らは、そう言った組織政治とかは不得手なんだよ。だから組織が変質するのを抑えられなかった」
「それが軍需産業への参入ですか」
フェルメールは頷く。
「今はまだいいさ。食料物資の手配や運搬がメインだからね。武器兵站部門なんて大した勢力じゃない。でも、それもいつかは変わってしまう。結果僕は傀儡として会長を続け、父さんは商会から追い出された。父さんの信奉者を疎ましく思ったんだろう」
想像よりずっと良くて、想定よりずっと悪かった。
それが彼の感想だ。
仲違いして袂を別ったのではなかった。
ただ、それならそれで仲裁して仲直りさせるくらいの仕事は買って出るつもりだった。
しかし、大人の世界はそう簡単ではない。
彼ら親子だけの問題ならどれほどよかったかと、アラタは唇を噛む。
「今は誰が商会を動かしているんですか」
「宝石部門、貴金属部門、建材部門、この3部門のトップが合議で運営しているよ」
「ぶっ殺していいですか。たぶんいけます」
「ダメだよ。それはそれで困る。商会は数えきれないほどの人間の生活に浸透しているんだ」
「はぁ。そっすか。あと俺に出来ることは?」
すっかり砕けた言い方は、フェルメールも好むところだったらしい。
彼の表情が気持ち柔らかくなった。
「そうだね……父さんをカナンに連れて行ってほしい。もちろん本人が望めばだけど」
「そうしたら、下手したらフェルメールさんはもう……」
会えなくなるかもしれない。
その言葉を飲み込んだ。
家族と会えなくなったアラタは、その事実の辛さを誰よりも分かっていたから。
フェルメールも分かっているはずで、その上で頼んでいることを承知している。
なら男の間にそれ以上の言葉はいらない。
「コラリスさんに聞いてみて、首を縦に振れば俺が絶対にカナンまで送り届けます」
「頼むよ。こういったことを頼める人もあまりいなくてね」
「何か伝えることはありますか」
携帯もなく、手紙も確実に届くとは言えない世界で、今生の別れになる可能性は大いにある。
だから、伝えられることは伝えておく。
その重要さは、幾度となく彼の体に刻み込まれていた。
「……組織が変わっても、僕は変わらない。だから父さんも変わらないでほしい。新しい商会を作って、キングストン商会より大きくしてほしい。そう伝えてくれ」
「必ず」
「君に会えて良かった」
「俺も、この前の冬から、何度もお世話になりました。この恩は忘れません」
「父さんを頼むよ」
「はい…………!」
懸念されていた妨害も攻撃も何もなく、アラタは商会本部を後にした。
代わりに彼が目にしたのは、親子の絆。
離れ離れになろうとも、決して千切れない確かな想い。
そんな実例があることをまざまざと見せつけられて、自分も親とそうあれたら、家族とそんな関係であれたらと、思わず涙腺が壊れそうになった。
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