第287話 パーティーと呼ばれるのだから

「ノエル様! この度はお誕生日おめでとうございます! このマリルボーン、ノエル様の健やかなご成長を…………」


「ノエル様ノエル様! わたくしマッシュはノエル様がダンジョン制覇を成し遂げたと聞きまして感涙が止まらず!」


 会が始まってから30秒、ノエルの周りには会場中の人間が集結していた。


「デジャヴですね」


「何が?」


「いえ、こっちの話です」


 公爵家の一人娘であるノエルの誕生日は、様々な思惑でパーティーに参加する魑魅魍魎で溢れ返る。

 そして今回は何といっても、父親シャノン・クレスト公爵が大公に就任して初めての誕生日会、新しい体制で1枚噛みたい連中からすれば、決して逃すことのできないイベントなのだ。

 開始早々、ノエルの眼は死んでいる。


「リーゼ、助けに行けば?」


 無責任なことをアラタが言う。


「それ、私に死ねって言ってるのと同じですけど」


「じゃあクリスが行って来いよ」


「断る」


「じゃあシル……は流石になぁ」


「アラタ、これ持って帰っちゃダメ?」


 シルは目の前に広がっている宝石のような料理に完全に心奪われている。

 この世界にタッパーウェアが存在したら、ノータイムで包み始めていたことだろう。


「後で頼んでみような。とりあえずその袋はしまって」


 風呂敷に料理を包みかねないシルの手を抑えて、アラタは再度壇上に目をやった。

 ノエルからの挨拶が終わった瞬間、川魚の産卵みたいに人が集まり、ノエルは飲み込まれた。

 あの中でノエルは一人一人から自分のことを覚えてもらうための自己中心的なプレゼンを受けていることだろう。

 せっかくの誕生日なのにそんなスタートは少し可哀そうだと思いつつ、自分にはどうすることも出来ないと料理に手を付け始めた。


「お前らは今日そんなに飲むなよ」


 気分よく酒を流し込んでいるリーゼとクリスを見て、アラタは一応注意する。

 屋敷を出る前に確かに伝えたはずだったが、今の2人の脳内からはすっぽり抜け落ちてしまっているように見受けられたから。

 リーゼは一瞬固まり、グラスをそっと置く。

 対してクリスはムスッとしながらグラスの中身を空けてしまう。


「おい、今日は世話しないからな」


「頼んだ覚えは無い」


「このっ……2回は無いからな」


 そう最後通告をした後、アラタは方々へのあいさつ回りのために席を立って歩き出したのだった。


※※※※※※※※※※※※※※※


「アラタお前……スーツ似合うな」


 パーティーメンバー、それからクラーク家の人間と思しき人たちと談笑していたハルツは、思わずフォークを落としそうになる。

 普段黒装束を身に着けて泥臭く戦うアラタとはかけ離れて見えたから。


「あはは、元が良いからですかね」


「元からというより……少し大きくなったか?」


「親戚の叔父さんみたいですね」


「いつからお前は兄上の子供になったんだ」


「リーゼの保護者的な感じなんで、ハルツさんと兄弟ですかね」


「冗談を言うな」


 そう言いながらも、ハルツは楽しそうだ。

 冒険者の後輩であり、姪のリーゼの仲間であり、何かと面倒を見てきたアラタは彼にとっても特別な存在である。

 そんなアラタに対して、ハルツはそういえばと向かい側に座っていた男に目配せした。


「アラタ、リーゼの婚約者だ」


「あぁ、そんなことを聞いたことある気が……」


「フェリックス・ベルサリオです。よろしく」


「アラタです、よろしく」


 クラーク家と血の繋がりは無いが、彼ら同様金色の髪を持つ男は爽やかな笑顔を見せた。

 貴族で、士官学校主席で、伯爵家の子女を婚約者に持ち、おまけにイケメンと来ている。

 ここまで凄いと、もう嫉妬心や競争心なんて湧いてこない。

 自分の考えた最強のキャリアのさらに上を行かれた時、人は素直に感服して尊敬するのだ。

 長身金髪美形男子にアラタが間抜けな顔を見せていると、相手から話を振ってきた。


「ハルツ殿と同じBランク冒険者と聞いています。どうですか、ぜひ軍に入りませんか」


「軍隊ってきついんじゃないですか?」


「いえいえ、アラタ殿くらいなら何の苦でもありませんよ」


「そうかなぁ」


 軍隊と聞けば筋肉ムキムキのカウボーイハットを着た頭のおかしい教官が、死ぬ寸前まで自分たちのことを追い込んでくるイメージが強い。

 であれば、何か差し迫った事情でもない限りその門を叩こうとすることは無いだろう。

 もっとも、これはただのアラタの想像というか妄想なので、実情とは乖離があることに留意するべきである。


「アラタはまだしばらく冒険者をしなければならないんだ。軍に勧誘するならその後にしてくれ」


「そうでしたか」


「そうなの?」


 フェリックスはともかく、本人も驚いている。


「大公とそういう約束をしただろうが!」


「そんなこともありましたね」


「お前、もしかしてそろそろ辞め時とか考えていたんじゃないだろうな?」


「そ、そんなことないですヨ?」


 辞め時を考えていたというよりも、大公との約束が忘却の彼方にあったことを思い出したアラタは少し焦る。

 ハルツのようにキッチリとした人間は、約束事を違えたり忘れたりすることが嫌いだと分かりきっているから。


「他に出来る仕事も無いですし。当分は続けますよ」


「見ているからな」


「ウィ」


 挨拶もそこそこに、メイソンの父親の所やモーガン子爵の所にもいかなければならないアラタはその場を辞した。

 そのスーツの背中を見送りながら、ルークは満足げに笑いながら酒を飲む。


「元気そうじゃん」


「そうだな」


 ハルツも同意する。


「そんなに大変だったんですか?」


「好青年に見えましたが」


 ノエルの兄2人が当然の疑問を呈した。

 噂に聞き及ぶような人間と同一人物にはどうしても思えなかったから。

 無慈悲で、冷酷で、残酷で、手段を択ばず、気づいたら背後に立っている、不吉な黒色の影。

 のちにエリザベス・フォン・レイフォード公爵の逃走を幇助し、大公選後の混乱を引き起こした人物。

 それが彼らの知るアラタという人間だ。


「あいつもだいぶ落ち着いたよなあ」


 あの時は大変だったとばかりにルークは言う。


「そうね、あんたなんてちょちょいで畳まれてたからね」


「タリア、そんなことないだろ」


「実際アラタさんは強いですよ。僕勝てる気がしないです」


 若く、酒の美味さが理解できないルークはジュースをジョッキで飲んでいる。

 砂糖もそれなりに貴重なカナン公国では、このジュースも随分と贅沢品だ。


「アラタが軍属か。命令違反で営巣送りになる未来が見えるな」


 ハルツがそう言うと、周りもそれに同意する。


「だとしても、今のアラタ殿にはそんな雰囲気は感じられませんでした」


フェリックスは少し食い下がる。

 アラタという人間がそれほど気に入ったのだろうか。


「まあ、そう見えたのなら俺たちも苦労した甲斐があるってものだな」


 ハルツは一息にワインを飲み干し、大公とその傍に居るであろう自身の兄のところへと向かっていった。


※※※※※※※※※※※※※※※


「あ゛ぁ~。やっと落ち着いた」


 おっさんのような声を出して疲れを吐き出しているのは、あいさつという名目でもみくちゃにされた今日の主役、ノエル・クレスト。

 相手にも悪気はないことくらい理解しているが、それでも善意が人に迷惑をかけることを彼女は知っている。

 誕生日会と言っても、友達だけを呼ぶような楽しいものでは無い。

 パーティーと呼ばれるのだから、それらしい規模に参加者、プログラムが組まれていて、主役は息つく暇もない。


「ノエル様」


「分かっている。今行くから」


 これからドレスを着替えたのち、ダンスの時間に入る。

 ここまで来ると少し貴族テイストが増して、アラタ、クリス、シル、他にはハルツ以外のメンバーなどは退席する。

 追い払うわけではなく、別の広間で続きを楽しむわけだが、ここから先は貴族の時間がやってくる。

 そう言った文化にハルツは心底辟易としていて、自身も仲間と共に退出した。

 それでも、アンオフィシャルな会合の場でもある誕生日パーティーは外せないイベントなのだ。

 これも大公の娘としての責務とノエルは割り切る。


「ダンスかぁ」


 着替え中のノエルは前日にしっかりとレッスンを受けたので、これからの催しに心配は無い。

 ただ、リーゼ以外いなくなった場所で踊ってもそんなに楽しくないだろうというのは少しある。


 アラタが、クリスが、シルが貴族だったなら。

 そう考えたすぐ後に、こうも考える。

 自分が貴族ではなかったら。


 そんな仮定は成り立たないと思いながら、ここ最近彼女はそのことについて考えずにはいられない。

 最近、貴族という肩書が邪魔に思えることが増えてきたから。

 でも、邪魔されたくない日常は、自分が貴族であるがゆえに許されている、成立しているものだと分かっていて、それが腹立たしい。

 自分が貴族でなかったら、大公の娘でなかったら、アラタはとっくに自分の元を去っている。

 だから、これは仕方ないことだとノエルは部屋を出た。

 廊下を歩いて大広間に戻り、ダンスをして少し会話をしてそれで終わりだ。

 使用人が付き従いながら、ノエルは歩いていく。


「お、ノエルが色違いになった」


「アラタ?」


 ノエルの行く方から、アラタがメイソンと一緒に歩いてきた。

 彼はノエルの方を見るなり、着替えた彼女を色違いと言ったのだ。


「どうしたんだ? メイソン殿は……」


「ビジネスの話だよ。くくく、ビジネス!」


「アラタ殿、僕は了承したわけでは……」


「かてーこというな。とりあえず、ダンス楽しんできな」


「うん。アラタ、どうかな」


「どうかな? うん……」


 薄いピンク、ほぼ白を基調としていた先ほどのドレスと異なり、今ノエルが身に着けているのは青いドレスだ。

 青というより、碧いドレス。

 髪を下ろしていつもと違う雰囲気に、ヒールを履いているから身長も気持ち伸びている。

 その辺に関する評価を求められて、アラタは少し固まっていたが何の気なしに答えた。


「いいんじゃない? 似合ってるよ」


「へへへ……やっぱり?」


「そうだね、似合ってる。ということでメイソン行こうぜ」


「アラタ殿、僕は…………」


 気乗りし無さそうなメイソンの腕を掴み、アラタは反対側へと行ってしまった。

 ノエルは少し惜しそうな顔でそれを見送ると、口元に笑みを浮かべて歩き出した。


「ねえ」


「なんでしょうか」


「今日はいい日だ!」

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