第279話 火竜vs剣聖
「突撃ィ!!!」
ノエルの号令で一同はドラゴンに向かって殺到した。
道は第5層の入り口から一直線、元来た道はドレイクが守っているから問題ないとしても、攻略者たちが敵の攻撃を避けるスペースが無い。
だからこそ初撃をアラタが受けざるを得なかった。
火竜の咆哮を人間一人で受け切るのもヤバいが、悠長なことを言っている余裕は米粒一つ分もない。
一刻も早くこの不利な状況から脱出し、ドラゴンを打ち破らなければならないのだ。
ノエル、クリスが先行し、その後ろをリーゼが行く。
アラタは防御していた分、遅れて彼女たちの背中を追っていた。
今の一撃で周囲にあったルクシオキノコは全滅し、明かりが消える。
【暗視】を起動したり支援魔術で視界を確保したりして、足元に注意する。
アラタの眼が奥に鎮座しているドラゴンを捉えた。
紅く、大きく、禍々しい。
空想上のドラゴンと違うのは、羽が無いこと。
空を飛ぶスペースなんてないこのダンジョンにおいて、羽は不要なものだったのだ。
初めからこの竜種には羽が無いのか、それとも長い時間をかけて退化したのか、それは分からない。
大型の
調べた情報通り、火を放つ咆哮は一定のクールタイムが必要なようだった。
彼らならそれまでに距離を詰めて攻撃を叩きこむことが出来る。
「クリス右! リーゼ左! ノエルディレイ!」
最後方を走るアラタから指示が飛び、それに従って2人は左右に展開してノエルは走る速度を落とした。
そして彼は刀を収め、右手に集中している。
攻撃のタイミングを合わせるため、カウントダウン。
「3! 2! 1! ゼロ!」
カウントに合わせて雷槍を撃ち出したアラタは、コントロールが完璧であることを確信する。
槍は真っ直ぐ火竜の胸部に向かい、直撃した。
まるで侵入者を見下ろすように頭を持ち上げていたドラゴンは、急所のはずの腹を惜しげもなく広げている。
アラタがそれを狙わないはずが無かった。
そして左右よりクリスとリーゼが接近、クリスは軽い攻撃を数度浴びせて、リーゼはメイスによる重い一撃を足に食らわせた。
そうしたら今度はタイミングをずらしたノエルの番である。
ここで首を落とせれば、早々にクエストの90%程度が達成されることになる。
もう一人の自分から教わった、剣聖の力の使い方を実践する。
短く、鋭く、強力に、強大に、一瞬で全ての力を出し切るように、クラスの力を注ぎ込む。
気力というあいまいな動力源で動作するこのクラスの力を最大限引き出すのは、己の欲望。
偽る事の無い、純度100%の自己欲求。
かくして剣は振るわれた。
結果は見ればわかる。
——失敗だ。
「間をすり抜けろ!」
クリスがドラゴンの背中側から叫んだ。
一直線の通路では相性が悪く、有利な場所へと移動したい。
アラタはクリスに続き、ハルツらを伴って巨大蜥蜴の横を通り抜けた。
リーゼは剣が折れてしまったノエルをキャッチしてお姫様抱っこのまま反対側の隙間を通り抜ける。
ファーストコンタクトは火竜の勝利だが、息をつく余裕は無いし、相手に与えてはならない。
クリスから指示が飛ぶ。
「アラタと私が引き付ける! リーゼはノエルの回復! ハルツはそれに付け!」
出し惜しみしている余裕は無いと、ドレイクから受け取ったポーションを摂取する。
明らかに体に悪いそれは喉をドロリと通り抜けて、吸収され次第所定の効果を発揮する。
摂取から効果が出るまで、およそ20分。
即効性に欠ける分、効果はお墨付きだ。
アラタは石弾を1つ生成し、それを手に取る。
振りかぶって、投げた。
剣聖の剣が通らないような巨大生物にどれだけの効果があるのか定かではなくとも、【身体強化】ありの彼の球もまた、常軌を逸している。
ドスッと鈍い音を立ててめり込むと、周囲の温度が少し上昇した。
「来るぞ。クリスは俺の後ろに」
「お前が防いだら突っ込む。援護しろ」
「了解」
刀を抜いて先ほどと同じように、ブレス攻撃に対抗して魔力を練る。
このアラタという男の凄いところは、練習で出来ることを本番でもしっかりできることだ。
その勝負強さこそが、彼をここまで引き上げてきた。
「ぬぉぉぉぉおおお! 行け!」
今度も完璧に防ぎ切ったアラタの影から、白い仮面を着けた女性が飛び出す。
しかしその存在感はあまりに希薄で、ドラゴンも気づいていないように思える。
黒装束は奇襲に使う物、正面戦闘では役に立たないと思われるかもしれないが、こうして役に立っている。
それ故に彼女たちはこれを手放せず、高額な制作整備費用をドレイクにたかることを止められない。
「粘膜までは守れまい!」
そう言って一直線に眼球を狙いに行った彼女を見て、アラタは目のあたりがムズムズする。
一言で言えば、怖い。
仮面の下で瞳孔の開き切った彼女は、逆手に持った短剣で球体を串刺しにしようと試みる。
「……チッ」
短い舌打ちの後、クリスは迫りくる手を躱して飛び降りた。
アラタの傍に降り立って下がりつつ相手をする。
「やれた?」
「あいつ、瞬膜を持っている」
「何それ?」
「瞼の代わりだ。硬い」
「織り込み済みなら突破できる?」
「可能性はあるが……ドラゴンは知能が高い、2度同じ手が通用するかは怪しい」
「なるほど」
外皮が硬いことは了承済みだったアラタにとって、この事実は結構重かった。
鱗どころか、目まで硬いなんてどうしたらいいのか、というのが率直な感想である。
クリス、リーゼでは決定打に欠け、アラタも炎雷をはじめとした強力な魔術を封じられている。
それならノエルの一撃に賭けるしかないのだが、それは先ほど剣と共に砕け散った。
中々にまずい状況、ドラゴンを誘いつつダンジョンの奥に向かっているこの状況も問題の先延ばしでしかない。
既に直線は終わり、ダンジョンらしい広大な空間に出ている。
ノエルたちに続いて下がり続ける2人だが、有効な攻撃手段がない以上このままでは嬲られるだけ。
体勢を立て直す時間が欲しかった。
そんなとき、彼らの進む方向から声が聞こえた。
「ドラゴンを撒いた後、Dの4に集合! 散れ!」
「了解」
「オッケー」
クリスに少し遅れて、アラタも仮面を着ける。
そして魔力を流し、他のスキルをオフにする。
使用するのは【気配遮断】だけ。
これで離脱は簡単にできる。
ドラゴンもこれほど体格差があると見つけるのにも一苦労するのか、案外簡単に彼らを見失ってしまう。
やはりダンジョンボスの特性として、硬いことが何より厄介なのだ。
クリスとアラタを最後尾に散開して、一同は火竜を撒いたあと集合地点で再開した。
休息と今後の方策を立てるための撤退だが、生憎第5層にはドラゴン以外にも魔物は生息している。
奴ほどではないがどれも危険度の比較的高い生物ばかりで、気が休まらない。
竜の首元めがけて振るった初撃で剣を折ってしまったノエルは予備の剣を使用しているが、どうにもキレがない。
目の前の敵を片付けないことには満足に作戦会議を行うことも出来ないのに、これではいつまで経っても敵が減らない。
アラタは、消耗覚悟で全員を囲む結界を起動する。
「アラタ!?」
突然の隔離空間にリーゼが驚いたが、彼女はすぐに目の前の魔物をメイスで叩き潰す。
結界内には魔物も封入してしまったから、それらを片付けないと危険だ。
やがて結界内の魔物は掃討されて、ようやく一息つけるようになった。
「ノエル、来い」
アラタは刀を握ったまま、彼女を自分のところまで呼びつけた。
ノエルは何も言わずに彼の元まで走る。
「ごめん、失敗した」
「反省するのは後だ。とりあえず、予備の剣を俺に貸せ。そんでこれを使え」
そう言うとアラタは刀から手を離した。
結界が維持できるか心配なリーゼはメイスを手にしたが、好ましいことに陣は解けない。
足から魔力を流して維持しているのだな、とクリスは推察する。
「これを? 私に?」
「そうだ。初めからこうすりゃよかった」
「でも……アラタもこの剣じゃないと攻撃を捌けないし」
「剣じゃなくて刀な。俺の場合は何とかなる。武器が使い捨てみたいになるけど」
アラタは半ば強引にノエルから剣を受け取る。
「クリス! お前の剣も貸してくれ!」
「返せないのなら貸してほしいというな。くださいと言え」
「寄越せ」
「まったく、お前は山賊か」
ぶつぶつ文句を垂れながらも、何だかんだクリスは頼みを聞いてくれる。
アラタは元々所持していた大振りのナイフに加えて、ノエルの予備の剣とクリスの短剣の合計3本を手中に収める。
あとはノエルがこの刀を手にするだけだ。
「早くしろ」
「次はうまくいくだろうか」
剣聖の力をフルに利用して届かなかった相手に、ノエルの心は折れかけている。
このままではいけない、そう考えたリーゼがノエルに近づこうとするよりも早く、アラタがメンタルコントロールの極意を伝えた。
「出来る出来ないで図るんじゃねえ。出来るようになるためにはどうすればいいのか、それだけを考えろ」
それが出来れば苦労はない、誰だってそう思う。
だから後押しする一言が必要だ。
「ノエルなら出来る。俺はそう思っている」
腰のホルスターから鞘を外して、ノエルに向けた。
これを受け取り刀を握れば、やることはおのずと定まってくる。
逆にグダグダと御託をこねれば、自分たちはここで終わる。
そんなのは嫌だと、彼女の魂が叫んでいる。
この感情だけは、唯一と言っていい剣聖の人格と共有している思いだ。
だから、剣聖の少女は鞘を取った。
「やってみる。ううん、やるよ。私やるよ」
「行こうぜ。隙は俺らが作り出す」
小休止はここまで、第5層のどこかにいるはずのドラゴンを再度見つけ出して、これを討伐する。
その為にアラタは自分の大切な刀を彼女に託した。
ノエルの攻撃力がドラゴンの防御力を上回れなければ、それで終わってしまう。
「アラタ、みんな」
「あ?」
刀を引き抜いたことで、結界が解けてダンジョンの魔物が迫ってきている。
「ありがとう」
剣聖の力を乗せた一太刀は、近づいてきた魔物をこれ以上ないくらいに綺麗な切り口で両断し、彼女が先ほどまでとは違うことを如実に表していた。
火竜 vs 剣聖、両者の火花を散らす攻防が、今始まる。
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