第278話 脳筋的解決手法

「今日はよろしくお願いします」


「こっちこそよろしく頼む。期待しているぞ」


 ダンジョンの入り口でアラタとハルツたちは集合した。

 今日、彼らはアトラダンジョンの攻略を本気で行う。

 予想外の事態が進行していると見られている迷宮内部では、どのようなアクシデントに見舞われるか分かったものでは無い。

 出来る限り早期の決着が求められる。


「ドレイク殿は?」


「後で第5層の入り口に飛ぶから先に行けって言われました。あの人転移術使えるんですよ」


「ま、今更驚きはしないな」


 2人がそんなやり取りをしている間に、準備は整ったみたいだ。


「アラタ行くぞ!」


 ノエルが彼らを呼んでいた。

 ハルツの仲間たちも準備万端だ。


「行きましょう」


「あぁ。今度こそ、な」


 こうして一行はダンジョンへと入場した。


 先日の偵察及び下準備の際と同様に、第1、第2層はスルーする。

 ここには敵らしい敵はいないし、いたとしても他の冒険者に駆逐される。

 魔物の異常発生でもしない限り、この辺りで敵を見つける方が難しい。

 そしてそれは第3層に到着してからも大体同じである。

 先日しっかりと間引かれたこのフロアの魔物の数はまだ回復しきっていない。

 再生成までに8時間程度のクールタイムが存在していて、それから徐々に洞から発生する。

 今は最大値のおよそ3割と言ったところか。

 低位の魔物とたまに遭遇して、討ち漏らすことなくそれらを処理する。

 ただ、今回面倒なのは仕留めた魔物たちの死骸を処分しなければならないという点にある。

 自分の仕留めた獲物は自分で処理するのが基本な冒険者だが、物理的に不可能な場合は後処理を他の冒険者にアウトソーシングする場合が往々にしてある。

 ノエルやアラタくらいに戦闘能力に特化していると、その傾向はより顕著になる。

 しかし今回はダンジョン制覇クエストに挑む手前、戦闘行為に携わるのを許可できる人間に厳しい制約がかけられる。

 例えば外注した冒険者に第3層の掃討を任せて自分たちが下に降りるなど、そう言った行為を監視できないからこその処置である。

 まさかギルド職員が現地で監視するわけにもいかず、撤退に必要な予備選力としてハルツたちを認めている程度。

 だから彼らはこうして倒した魔物の死骸から金になる部位を切り分けて、残りを埋めなければならない。


「クリス、リーゼ、来てくれ」


 唐突にアラタが2人を招集した。

 丁度作業に一区切りついたクリスは足早に、解体の真っ最中だったリーゼは手に付いた血を拭いながら彼らの方へと向かっていった。


「そろそろ行くか?」


「ですね。効率も悪くなってきましたし」


「賛成だ。第4層でも同じことをするのだからあまり時間はかけたくない」


 念のため宿泊道具を持ってきている彼らだが、クリスは今日の内に決着を付けたいらしい。

 まあ好き好んでこんな暗闇に長居することも無いだろう。

 とにかく方針は決まった。

 第4層に向かう。


「ノエル、そこまでにして移動するぞ!」


「分かった!」


 ノエルは黒イノシシを解体している最中だったようで、こちらに目をやることなく返事をする。

 アラタは暗闇の中、【暗視】で彼女の作業が見えていた。

 他の2人がどこまで気付いているか分からないと前置きしつつ、アラタは内心驚いていた。

 元々刃物の扱いならパーティーの中で頭一つ抜けているノエルだが、その度合いがさらに開いている。

 料理人が肉を捌く時のように、魚を3枚におろすときのように、迷いのない太刀筋で魔物が解体されていくのだ。

 勿論敵が強くなればこうはいかないだろう。

 しかし、同じことをやってみろと言われて出来るか、アラタには自信が無い。

 明らかに前とは違う面を見せられて、嫌が応にも期待は膨らむ。

 今のノエルならもしかしたら、そう思わせるだけの覇気を彼女は纏っていた。


「出発します!」


 少し距離を取ったハルツたちに合図をして、4人は第4層に向けて出発する。

 道中で遭遇した魔物は襲ってこない限り相手にしない。

 解体するにもいちいち足を止めなければならなく、時間の無駄になってしまうから。

 第3、第4層はあくまでも下準備まで。

 全滅させるのは第5層からの帰り道。

 こうしてかららは階層構造のダンジョンを下へ下へと下っていく。

 それはまるで奈落へと落ちていくように。


 第4層に降りてもやることは同じだった。

 魔物を排除し、死骸処理を行い、また排除する。

 第4層に生息する脅威度の高い魔物と戦っているのだから、油断はできない。

 些細なミスで命を落としかねない敵の強さのはずなのに、アラタはどこかフワフワとしていた。

 これは、甲子園に続く大会に似ている。

 ここを勝たなければ先は無いというのに、つい先を見据えてしまう。

 そうしていくつもの強豪が散っていったというのに、中々思うようにいかない。

 それでも頭で考えるより先に刀が敵に触れるのだから、アラタという人間の戦闘力は大したものだ。

 周囲も彼が少々集中力を欠いていることを承知しておきながら、あえて泳がせている。

 彼はタンク役としてドラゴンと対峙するから、余計なことを言ってコンディションを崩したくない。

 アラタの調子が気になるところだが、道中は実に安定して魔物を間引くことが出来た。

 これ以上ないくらい順調な滑り出しだ。

 そして、関門に到着する。


「お待たせしました」


「時間通りじゃな。ワシも今しがた来た所じゃ」


 封鎖された第5層への入り口で、一行はドレイクと合流した。

 ダンジョンに入場したのが朝の7時で、現在10時。

 実に3時間かけてここまで到達したと考えると、中々にスムーズに計画は進行している。


「ドレイク殿、手間をかける」


 自分たちが単独制覇に挑戦するから、という趣旨でノエルは彼にそう言った。


「ノエル様たちがやらなければワシに依頼が来ておりました。どちらにせよ問題はありますまい」


「それもそうだな。今日はここを頼む」


「かしこまりました」


「小休止だ。15分後に出発する」


 ノエルが音頭を取ったが、これは元々予定にあった休憩なので各々なし崩し的に休みに入る。

 未だに決まった指揮官がいないこのパーティーの状態は少し考える必要がありそうだ。

 それもこれも、今日という日を生き残ったらという話だ。


「アラタ」


 休憩中、ドレイクはアラタをみんなと少し離れたところに呼びつけた。

 アラタも無言のままそちらに行く。


「例の物じゃ」


「ありがとうございます」


 彼が手渡したのは薬の瓶。

 中には禍々しい色をした青緑の液体が封入されている。

 この世界でこんな見た目をしている薬品は、用途が限られてくる。

 ポーション以外にあり得ない。


「副作用の方はどうじゃ?」


「問題ないです。大量生産して売り出せばいいのに」


「おぬし、わしが初めてポーションをくれてやった時のことを覚えておるか」


「まあ。使ったら3日間魔力を練れなくなる奴ですよね?」


「そうじゃ。あれは安全装置なのじゃよ。薬物による魔力量増強はそれくらい危険なものなのじゃ」


「でも先生は俺に渡すじゃないですか」


「こうでもしなければおぬしはもっと悪い薬物に手を出すじゃろうからな」


 ふんと鼻を鳴らしたドレイクに対して、アラタも反論する。


「一緒ですよ。まあ感謝はしていますが」


 そう言うとアラタはポーチにそれを収納して離れようとする。

 いつまでも一緒にいるとノエルが近づいてきて何の話をしていたのか知りたがる。


「アラタ」


「何です?」


「寿命の話、あれはこのポーションも関わっておる。使用を迷ってはならぬが、出来るなら使うな」


「了解です」


 彼にそう忠告させたものは一体何だったのか。

 今頃になって後ろめたい気持ちになったのか、まさか彼に限ってそんなことは無いだろう。

 しかし、使い捨てるように酷使してきたアラタに対して柔和な態度を取るようになったこともまた事実。

 彼の中でも何かが変わり始めていた。


「全員集合してくれ」


 ノエルが一同を再集合させる。


「これよりダンジョン最下層、第5層に侵入する。雑魚は極力相手にしないで火竜を倒す予定だ」


 やっぱり少し変わったなとアラタは思う。


 今のノエルは迷っていない。

 自分のように余計なことにも気を取られていない。

 この戦いが終わったら、なんてことは微塵もないのだろう。

 こいつみたいになれなくても、こいつの役には立ちたい。


「邪魔になるようならクリスが捌いてくれ。リーゼは全体の指揮と回復、アラタはドラゴンの……聞いているのか?」


「あ……あー。ダイジョブ」


「まったく。アラタはドラゴンの攻撃を凌いでくれ。大役だ」


「任せろ」


「では、勝とう」


 強い意志の込められた、決意にも似たそれはいやおうなしに士気を引き上げる。

 それぞれが武器を手にしたところで、ドレイクは入り口を開くために杖を振った。

 厳重に構築されたバリケードが、みるみるうちにはがれていく。

 ぽっかりと空いた第5層への入り口は、以前来た時よりも不気味で、それでいて熱かった。

 ドラゴンが近いと誰もが直感する。


「行くぞ」


 アラタが先頭に立って一同を引き連れていく。

 まだボスは近くにはいないようだが、ふとした曲がり角で遭遇することがあるかもしれない。


「クリス」


 アラタから指示が飛ぶ。

 索敵しろという意味だ。


「近いな。ただ存在感が大きすぎて分からん」


「俺もだ。全員気を付けろ」


 【敵感知】持ちの2人はドラゴンの存在を明確に推し量ることは出来ない。

 何せ相手が敵意を持って待ち構えているのではないのだから。

 ルークの【感知】であればそれも分かるのだろうが、今回それは禁じられている。

 それでは単独制覇として認められない。

 ただ、第5層に入ったばかりだというのに辺りに充満している魔力と熱気が、近いと言っている。

 ボス戦はもうすぐそこだ。


「アラタ」


 クリスが何かを感じた。


「分かってる」


 アラタも同様、センサーに反応があったらしい。

 それすなわち、火竜が敵対行動を取っているということになる。

 侵入者に対して、明確な殺意を抱いているということだ。


「散開しろ!」


 ノエルの命令でそれぞれが距離を取る。

 しかし生憎まだ第5層の入り口も入り口、それほど広い空間は確保されていない。

 メインフロアに向かって一直線の向こう側から、強大な魔力反応が伝わってきた。

 皆まで言う必要は無い、ドラゴンだ。


「アラタ!」


「やってる!」


 ブレス攻撃が飛んでくるとして、その効果範囲はこの通路全体を覆い尽くしてなお余る。

 であれば、ここで逃げ場はない。

 道は前に広がっているだけだ。


「刀の先で引っかけるみたいに…………具体的にイメージを……壁を抉るように、それから…………」


 ぶつぶつと独り言を溢しながら、アラタは刀を構えた。

 大上段に構えた彼の体の至る所から、常人なら即昏倒レベルの魔力が展開されていく。

 漏れ出して無に帰るのではなく、体外でコントロールされている状況だ。

 それは水を掴むように、カーテンを閉めるように。

 そう言ったイメージの中で、アラタは魔力を練り上げては体の外側で制御していく。

 体内から放出するプロセスを並行していては、コントロールに支障が出ると、彼は練習の中で理解していた。

 必要なのは膨大な魔力量、魔術の技能、結界術の素養、本番で成功させる胆力と集中力、固定観念にとらわれない自由な発想、そして覚悟。


「膜を……いや壁を…………後ろに受け流して、それで」


 もう同じ失敗はしない。

 俺は俺を、少しは価値のある人間だと思いたい。

 みんなのような人間に、なりたい。


「ゔゔゔぅぅううらぁぁああっ!」


 奥の方で何かが光ったのとほぼ同時に、アラタは刀を振り下ろした。

 魔力のカーテンを纏って前に、皆を守るように、攻撃を受け流すように、火竜の膨大な魔力に対抗するようにそれを展開した。


 轟々と音が響き渡り、その後に訪れた一瞬の静寂。

 自分たちが無傷であることを悟ったノエルは、いつの間にか走り出していた。


「突撃!」


 一本道の向こうに待ち構えている火竜に向かって、パーティーは鬼のように殺到していった。

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