第276話 もう一人の自分を越えろ
「だから、バッて飛んでズバッて斬ったって言ってるじゃないか」
「お前それ、説明しているうちに入らないからな?」
「あまり覚えていないんだ、仕方ないじゃないか」
過去にドラゴンを一刀両断した経験の持ち主であるノエルに当時の状況を聞き取りしていたアラタは、手応えの無さに呆れている。
「リーゼは? 一緒にいたんだろ?」
「その、私は気を失っていたので……」
「ほんっとうに肝心なところで役に立たない奴らだな!」
「うっさいうっさい! 覚えてないものは覚えてない! 知らないものは知らない!」
アラタの言い方も言い方だが、ノエルも黙って言われっぱなしという性格ではない。
この二人をセットにしているとすぐに言い合いに発展する。
そんなときはいつだってクリスの出番だ。
「その辺にしろ。ここはドレイクの所に行くべきじゃないのか?」
「そうだな、先生には話もあったし」
「はいはい! 私も行く!」
「全員で行くんだよ。ハルツさんたちはどうします?」
パーティーで向かうことは決まっていると言ったアラタはハルツにも訊く。
サポート役と言っても情報は知っておくべきだから。
しかしハルツは手のひらを見せてノーと断る。
「すまんな。俺はこれから家に戻らねばならんのだ」
「そうですか。じゃあ後で情報は共有しますから」
「そうしてくれると助かる。今日はこれで解散でいいか?」
「えぇ、お疲れさまでした」
会議はそれで終了、ここからは別行動となる。
今日を除いて3日間の猶予というか準備期間があるから、また会う機会もすぐに来るだろう。
こうしてアラタ達4人はアラン・ドレイクの元へと向かった。
ドレイクの家は、アラタがどこか懐かしさを感じる形をしている。
玄関で靴を脱ぎ、スリッパに履き替える。
縁側などは無くても、どこか現代日本の建築様式を継承しているように見受けられるのだ。
現代日本だから、和室が絶対条件ではない。
あくまでもそれっぽければアラタの心は満たされる。
温泉チックな大浴場までついていると来たら、アラタは自分の屋敷を持っているがこの家の風呂に入りたいと思うことは多々あった。
それなりに居心地の良い場所に向かうのだから、本来はウキウキのはずだ。
しかしアラタの表情は暗い。
それはなぜか。
答えは単純明快、ノエルの金を使い込んだことはドレイクの耳にも入っているはずで、彼がそれに言及しないことなど性格的にありえないからに尽きる。
絶対に小言を言われるかいじられるか、どちらかだ。
そんなことを考えながら家に到着し、入り口の扉を叩く。
「先生、俺です。アラタでーす。クエストの件で来ました」
間延びした声で家主を呼ぶ。
もしかしたら外出中なのかも、それなら書置きだけおいて出直して……とそんな都合の良い話はなく、普通にドレイクは玄関に出てきた。
そしてアラタを見るなり開口一番で、
「貴族様のヒモとは羨ましいのう」
とアラタの予想通り嫌味を言ってきた。
しかしここまでは予想できたこと、アラタもカウンターは用意してある。
「元です。訂正してください」
「ご本人はどのようにお考えですかな? のうノエル様」
「アラタは今もヒモだと思う」
「あのさぁ」
「その辺に。いい加減話が進まん」
クリスが再度ストップをかけたところで、ドレイクは一行を中に招き入れた。
彼のことだ、話のあらましは説明するまでもなく把握しているに違いないと彼女は考えていた。
それなら早く本題に入りたい、こうして茶番劇などに興じることなく。
ドレイクは来客があると決まって茶と茶菓子を出す。
出すのはほとんど紅茶で、ブレンドの内容はその時々によって違う。
奇をてらったのは好まないのか、基本的には名前が付けられているようなブレンド比率ばかり。
それもハーブ系は苦手なのかこれもほとんどない。
「アップルティー? ピーチティー?」
ノエルは紅茶を口にすると首をかしげる。
初めは桃の香りがするのに、すぐにリンゴの風味が鼻腔を吹き抜ける。
それからまた桃の余韻を感じるから、なんだか不思議な感じだ。
アラタはこの類の紅茶をミックスジュースと捉えていた。
フルーツオレ的な立ち位置である。
「アップルは少しだけ入れております。メインはピーチティーじゃな」
ドレイクはいつから用意していたのか、人数相当のカップケーキまで出してきた。
盗聴器やGPS装置のようなものが付けられているのではないかと、アラタは本気で心配になってきたからだをまさぐる。
結果それらしいものは何もなく、ただの奇行に終わった。
「何しとるんじゃ」
「いえ、何も」
「まあよい。で、用件は?」
ドレイクは紅茶を口に運ぶ。
「クエストの件で来ました。バックアップに入っていただけるお礼というか挨拶と、ドラゴンの情報を聞きに来ました」
「なるほど。じゃがノエル様とリーゼ様も倒しているはずでは?」
「それがこいつら何も覚えていないって、全くふざけてやがりますよ」
「アラタが優しくない」
頬を膨らませながらカップケーキを頬張るノエル。
口の中にため込んでいるのかわざと膨らませているのか分からない。
「借金減らしてくれたら優しくなりそう」
「騙されちゃいけませんよ。この男にはキッチリ耳を揃えて返済してもらいます」
ノエルはすぐに騙されるからと、リーゼが間に入る。
アラタもアラタで、隙あらばノエルの優しさというかおバカなところに付け込もうとする。
全く油断も隙もない組み合わせだ。
「ドレイク殿、ダンジョンボスについて教えてほしい」
3日間の準備期間はノエルが自分から設定した。
それだけあればなんとかなるというのが一つ、もう一つは現在不測の事態が発生しているダンジョンをこのまま長期間放置するのは危険だと思ったから。
本当ならあと2週間はダンジョン攻略に注力したいところを、少し無理を押している。
これ以上の遊びはNGだった。
「そうじゃのう。少々お待ちくだされ」
そう言ってドレイクはその場を辞する。
奥の部屋に向かったから、何か持ってくるものがあるのだろう。
さほど時間を置かずに戻ってきた老人の手には灰色の布がある。
正確には、布にくるまれた何かが本命だろう。
机の上にそれを置くと、ゆっくりとめくり上げていく。
「貝殻ですかね」
「平らすぎる。それに赤いし……」
アラタの観察通り、貝類にしては平た過ぎて二枚貝としての役割を果たせない。
「これは鱗だな」
「正解」
クリスの考え通り、ドレイクが持ってきたのはドラゴンの鱗だった。
美術鑑賞用から工芸品、果てにはその強靭さを買われて装備の材料にもなる。
その魔力伝達性の高さは魔術回路の外皮に使われるほどだ。
アラタとクリスが身に着けている黒装束にも粉末状にして練り込まれた竜鱗が使われているのだが、彼らはそれを知る由もない。
「これは1542年の物じゃから、えぇーと、39年前の物じゃな」
「私たち生まれてませんよ」
「それでこの保存状態か」
リーゼとノエルはその教養から驚き、アラタとクリスにはそのすごさがいまいちよく分からない。
古いってだけじゃないの? そんなことを考えているアラタには間違っても竜鱗なんてあげてはいけない。
豚に真珠極まれりだ。
「ドラゴンって言っても、でっけー魚くらいなんですね」
「昔はの」
そう言うと鱗を一枚取り、アラタに手渡す。
ギターのピックくらいのそれは、薄くて向こう側が少し透けて見える。
「魔力を流した上で、折ってみなさい」
「分かりました」
アラタは何の気なしに魔力を流した。
流動的に、スムーズにそれが駆け巡った感触は黒装束と似通っている。
そして、それを2枚に割ろうとした。
ポテトチップスを割るがごとく簡単にいけると思っていたアラタは、思いのほか苦戦する。
「くっ、はっ」
だいぶ力をかけて、ようやく1枚の鱗が破片になる。
百聞は一見に如かずというが、これはその典型だろう。
「竜鱗は魔力が流れている状態じゃと非常に強力じゃ。そして、この戦利品は1542年の物。今のドラゴンはそこから数えて38代目じゃ。言いたいことが分かるな?」
「先生、何代目の意味を教えてください」
「倒された魔物は、基本的に二度と蘇らない。当然じゃな、それが自然の摂理じゃ」
基本的にと前置きした以上、例外が存在することに他ならない。
「ドラゴン、正確にはレッドドラゴン、火竜とも呼ばれるの。あれは死んでは生まれ変わりを繰り返しておる。戦闘経験を継承し、徐々に強力に成長し、討伐されるたびに強力になってダンジョンに舞い戻る。それがダンジョンボスたるゆえんじゃ」
「先生は何回ドラゴンを倒しましたか」
「33回じゃ」
「いい加減にしてくださいよ、何してんすか」
思わずアラタは立ち上がり、猛抗議する。
これから挑むドラゴンは既にドレイクの手によって超絶強化が施された後だと知ったからである。
彼が席を立ったことで体が机に当たり、竜鱗が数枚落ちた。
ドレイクはそれを拾おうともせず、真っ直ぐ彼の方を見た。
「弱ければ良かったと?」
「そうじゃないですけど、命がけですから」
「おぬし何を弱気になっとるんじゃ?」
ドレイクは心底不思議そうな顔をする。
「敵が強ければ戦わないなど、おぬしに一番そぐわぬ行動じゃろう」
「…………確かに」
「早うダンジョン制覇して、汚名をそそげ」
「はい」
アラタの腹は決まった。
あとはどうやるかだ。
「ドレイク殿から見て、攻撃の布陣はどのようにすればいいと思う?」
ノエルは先頭で戦う気満々だったが、賢者たる彼の意見も気になっている。
どうしてもそれは違うというのなら、サポートに徹する覚悟までしてきた。
だが、彼女は恵まれている。
我を通すだけの確かな素養を持っている。
「アラタ、おぬしが壁となり皆を守れ。クリスはその補助、リーゼ様もこ奴らの回復に力を。そして竜の防御を抜くのはノエル様を置いて他にはおりますまい」
「やっぱそうなるか~」
負担が大きそうなポジションを紹介されたアラタは頭を押さえた。
誰かがやらなければならないのだから、彼はきっと拒否しない。
アラタが自分の役割を受け入れたところで、今度は別の問題が発生する。
「私に竜の装甲を突破できるだろうか」
「頑張ってください」
意外とスパルタ気質のリーゼはそれしか言わない。
信頼の表れでも、本人は不安だというのに。
「ドレイク殿の口ぶりからして、チャンスはそう多くない。私が決めなければアラタとクリスが死ぬ。斬れる確証が無ければクエストは無理だ」
上から下まで、感情の起伏が激しいノエルらしい悩みだ。
一度悪いイメージが浮かぶと、それが中々離れてくれない。
そんなときフォローするのは誰の役目か。
今まではリーゼ一人だっただろう。
しかし、今はアラタもクリスもいる。
とりわけアラタは変わろうとしている。
仲間の為に命を使おうとしている。
「この役割で行こう。ノエルがアタッカーだ」
「だからそれは——」
「覚えてねーのか知んねーけど、前は斬れたんだろ。お前なら出来るってことだ、頑張れ。剣聖の人格が成し遂げたことだってごねるなら、越えてみせろよ。もう一人の自分を越えろよ」
「出来ればいいけどさ。出来なかったでは済まないんだぞ。アラタはなんでそんなに落ち着いて……」
「お前なら出来ると思っているから。ノエルを信じて俺は耐える。だからぶった斬れ」
「そうですよ、ノエルならできます」
「出来なくても死にはしない。せいぜい黒焦げになるくらいだ」
「それを死ぬって言うんだよ」
俺が真っ黒になってもいいのかとクリスに詰め寄ったが、彼女は反応せずスルーする。
適当に返事をしたら10倍になって返ってくることは経験済みだ。
生まれたときから近くにいたリーゼは別として、アラタは市井で出来た数少ない繋がりだ。
クリスもまだ打ち解け切れていないが、これから仲良くしたいと彼女は思っている。
そんな仲間たちが、いけると、信じていると言っている。
普段乗せられがちなノエルは、こういうのなら乗せられてもいいかなと思った。
「……分かった。私、やるよ」
「決まりだな」
アラタはカップケーキを一つ頬張ると、器用に包み紙をはがした。
それを取り皿の上に置いて、紅茶で流し込む。
「というわけで先生、練習用に何か硬い物用意してください」
「まあ出来ぬことはないが……」
「ノエル、頑張れ」
「うん」
ノエルの口角は自然と上がり、笑みを作る。
本当に出来る気がしたから。
あと3日、出来るだけのことはやって、その上で成功させようと誓う。
もう一人の自分を越えるために。
剣聖の少女は頂を目指して山を登り始めた。
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