第251話 早すぎる

「ギルド自体がオワコンなのかもな」


 ハルツの屋敷で、ルークはコーヒーをすすりながら言った。

 その言葉の中には、ギルドに対する彼自身の不信感が多分に含まれていた。


「オワコンって何ですか?」


 パーティー最年少のレインが聞く。

 幼い顔の少年は実際幼いわけだが、年上キラーと言われる人懐っこさがポイントだ。


「ギルドの訴求力や求心力が低下してるってことさ。前支部長があんなんで、本来なら信頼回復に取り組まなきゃいけないところで、大公の娘と仲を悪くしてどうするって話だよ」


「確かに」


 ルークの説明は分かりやすく、レインに状況を理解させた。

 恨みつらみの話がギルドの権益や利益よりも先に来ているのがおかしいと彼は言っている。

 いくら独立していても、ギルドは国なしには存続できない。

 逆にギルドに居なくなられると国も困るのでお互い様だが、例えばカナン公国がアトラダンジョンの入場や拾得物に多額の手数料を求めるようになれば、ギルドの商売は立ち行かなくなる。

 持ちつ持たれつでやっていくことが正解なのに、こんなことをして何になるということだ。


「一つ解せねえのは、アラタやクリスの身元がばれるのが早すぎることだ」


「人の口には戸が立てられませんからね」


「だとしても早すぎる」


 ルークは、他の仲間に話していない情報がある。

 その情報と併せて考えれば、何となくこの件の全体像が見えてくる気がするが、彼は一人心に秘める。

 仮説が当たっているとして、それを暴露することで幸せになる人は誰もいないから。

 むしろ傷つく人の方が遥かに多い。

 だから、彼は伏せて話を続ける。


「ノエル様はどうなるんですかね」


「しばらく休業だろうな。ギルドの体質改善を待つか、貴族院経由で依頼をこなすか。迷うところだが……」


「ルークさんはどっちだと思います?」


「探索もありかもな」


「探索って、未開拓領域ですか?」


 驚いたレインは目を丸くする。

 ルークが頷いたからだ。

 未開拓領域への探索は、ギルドでも取り扱っている常駐型のクエストだ。

 しかし固定報酬は無く、不明瞭な判断基準で成果に応じて支払われる歩合報酬。

 任務の過酷さと長期任務という性質上、好んで受ける冒険者はいない。

 そんなクエストを選ばなくても、カナンには仕事が溢れているから。


「今のままなら、ノエルちゃんは首都を離れた方がいい。もちろんアラタたちもな」


「どういう意味ですか?」


「俺たちが忙しくなるかもしれないってことだ。正確にはハルツに回る仕事が増えることによって、だな」


 含みのある言い方に、レインも何かを察した。

 彼らの中で、ハルツに回される仕事が増えるということは特別な意味を持つようだ。


「ギルドとアラタ、ノエル様、ひいては貴族院を仲違いさせたい連中がいるんですか?」


「成長したな」


 ルークはレインの頭を乱暴に撫でまわした。

 まるで犬を褒めるときみたいに。


「俺も子供じゃないんですから」


「そうだな。クラスが芽生えれば立派な大人だ」


「アラタのクラスが無いのはどういうことなんですかね」


「さあ? こんだけ人が生まれてりゃ、少しくらいクラスが無い人間もいるだろうよ」


「聞いたことないですけどね」


「まだまだガキだな」


「そういうルークさんは他に知ってるんですか?」


「いんや? 俺も初めて見た」


「じゃあ子供関係ないじゃないですか!」


 ルークのコーヒーが空になったところで、2人の雑談の時間は終わる。

 ハルツたちが帰って来たからだ。


※※※※※※※※※※※※※※※


 ドアをノックする音が聞こえた。

 大方クリスが外に出ろとでも言いに来たのだろうと、アラタは扉を開けた。

 彼の予想とは裏腹に、そこに立っていたのはノエル。

 彼女は、あからさまに落ち込んでいた。


「どうしたの?」


「2,3日帰れなくなるかもしれないから、渡しておこうと思って」


 そんな彼女の手には銀貨が握られていた。

 数枚はあるから、2,3万円以上は確定である。


「ギルドに行ったんだってな」


 アラタはまだ・・それを受け取らない。

 バツが悪そうな顔をして、ノエルが作り笑いを浮かべる。


「喧嘩して、Dランクに降格してしまった。へへ……」


「相手は?」


「受付だ。私が悪かった」


 目を伏せているノエルを見て、クリスから言われたことを思い出して、アラタは事情を察した。

 殴り込みに行ったというところまでは耳にしていて、帰って来たと思ったら降格処分を受けていた。

 どう考えても自分の為に彼女が文句を言いに行って、我慢できずにやってしまった以外にあり得ない。

 アラタは、またかと息を吐く。

 ノエルが問題を起こしたことに関してではない、自分の傍に居るせいで人が不利益を被ってしまうことに対してだ。


「いつ帰ってくる?」


「分からない。多分謝罪すればすぐにでも」


「長引きそうだな」


「謝るくらい、私だって出来る」


 彼女の顔には、喧嘩したこと自体を反省している様子は微塵も無かった。

 やらかした側がそれではだめだろうと思いながら、アラタはその点を指摘できずにいた。

 そんなことをいう権利は、今の自分にはないから。

 溶かした銀貨2枚が重い。

 損失分の銀貨を補填するくらいはわけない。

 でも、彼女が貸してくれた銀貨は返ってこない。

 ギャンブルなんかに使って、溶かした過去は変えられない。


「早く謝って帰ってこい」


「うん、そうする」


 そう言うと、ノエルは再度銀貨を突き出した。


「返さなくていいから、ここにいてくれればそれでいいから」


「あっ、おい」


 半ば強引に銀貨はアラタの手に収められた。

 押し付けられたという方が適切なそれは、有無を言わせずに彼の懐に入ってしまう。


「行ってくる!」


 突然やって来たかと思えば、嵐のごとく去っていく。

 アラタはその勢いに乗りきることが出来ないまま、カネを持って立ち尽くす事しかできなかった。

 急いで階段を下りるノエルは、人を待たせている。

 これから大公である父親の所まで行くのだから、平時ならリーゼかハルツ辺りを連れていくことだろう。

 しかし今回は事情が違う。

 軽く法に抵触している彼女は、特権階級だとしても拘束は免れない。

 今回ノエルを移送するのは、レイヒム・トロンボーン。


「準備は出来ましたか」


「うん、待たせてすまない」


「……行きましょう」


 闘技場でアラタと接していた時に比べて、彼は随分と口数が減っていた。

 これからの自分の役割を考えて億劫になっていたのか、それともノエルという人間が得意ではないのか、それとも……


「父君のこともお考え下さい」


「ごめん。つい」


「事情を説明せねばならない私のこともお考え下さるとうれしいのですが」


「ごめん。気を付ける」


「というのは建前で」


「え?」


 またしても剣を取り上げられたノエルに、レイヒムは意味ありげに笑いかける。


「アラタ君の為にそこまで怒れる人がいてよかった」


「どういうことだ?」


「……失礼。忘れてください」


 うっかりしていたと、レイヒムは口を噤んだ。

 沈黙は金なり、言わねば何を考えても問題ない。


「意味が分からないのだが」


「今は父君への弁明でも考えてください」


「それはもう考えてある」


 ノエルの浅知恵程度で大公を出し抜けることは不可能なのだから、今ノエルが何を考えたところで意味はない。

 雷が落ちて、謝罪して、それで相手が許してくれるのなら御の字。

 そう上手くいかず、相手が告訴するなんて言い出したら、クレスト家はあらゆる手段を使って示談にもっていこうとすることだろう。

 それはそれとして、別枠のプランが進行していることを、当事者のノエルは知らない。


※※※※※※※※※※※※※※※


「アラタは実質活動停止、ノエルは降格と謹慎。私たちどうなっちゃうんでしょう」


「さあ、どうだろうな」


「真面目に考えてくださいよ。クリスだって仕事がないのは嫌でしょう? あ、シルちゃんありがとうございます」


 リーゼはシルの淹れてくれる紅茶が好きだ。

 しかし、今シルはコーヒーを勉強している最中で、いつでもどこでも黒い飲み物のことについて学んでいる。

 したがって出てくる飲み物もほとんどコーヒーで、リーゼは紅茶が少し恋しい。

 ミルクを入れてスプーンでかき混ぜる。

 黒と白のマーブルから徐々に薄茶色に変化していく。

 向かいのクリスはその作業を省いてブラックのままコーヒーを口にしていた。

 だんだんと上達してくるシルの技術を肌で感じると、なんだかうれしいのだ。

 そんな彼女にとってリーゼの指摘はどうやら的外れだったらしい。


「お前らが冒険者に拘り過ぎなんだ。アラタも言っていたが、理解に苦しむ」


「行ってませんでしたっけ? ノエルが冒険者に固執する理由」


「聞いたことどころかその話題になったことすらない」


 甘いコーヒーを一口飲み、リーゼは切り出す。


「竜ともう一度戦いたいんですよ」


「竜? ダンジョン最下層の?」


 頷きながらコーヒーを啜るリーゼは続ける。


「あの子は初クエストでドラゴンスレイヤーになっています。まあ剣聖の暴走だったわけなんですけど。ノエルはそれが忘れられないんですよ」


「だからダンジョン制覇を目指すのか?」


「それはそこまで興味ないみたいです。もう一人の自分が倒した存在を、今度は本当の自分が越えたいと、そう言っているんですよ」


「ふーん」


 戦闘狂バトルジャンキーなのだなと、クリスは彼女のことを定義した。

 その手の連中は、いつも究極の一戦を追い求める。

 それが過去に経験したものでも、まだ見ぬ戦いでも、追いかけずにはいられない。

 貴族なんて高貴な身分のくせして、難儀な性格をしていると憐れむ。

 オシャレや芸術、金儲けに興味を示して、綺麗なドレスを着て生活していれば大抵何でも手に入る身分に生まれたというのに、望んだものは違った。

 生きる為に戦う術を身に着けた自分とは真逆だと、クリスは相容れないものを感じる。

 しかし同時に、少しの親近感を覚えている自分にも気づいた。

 何が近いのか、具体的なことは答えられない。

 しかし、どこか似ていると、我ながら思う。


「だからあの時怒ったのかもな」


「何のことですか?」


「いや、違ったみたいだ。私なら間髪入れず仕留めていた」


 物騒なことだと分かりつつ、何のことかまでは分からないリーゼは、仲間になった得体のしれない同性のことを図りかねている。

 しかしアラタの連れというのだから、きっと悪い人ではないだろう、そう思い込むことにした。

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