第198話 煌々と照らす槍

「おい、あんた大丈夫か?」


「誰か! 医者を呼んでくれ! 人が倒れている!」


「こっちもだ、早く!」


 先ほどまでのそれと少し様子の異なる喧騒が街の一角で起こった。

 現場にいる民衆にはこの意味が分からないが、この情報が然るべき人間のもとに到着した時、事態は動く。

 人ごみから出て裏路地を通り抜けていくアラタたちに、追手が続々と到着するのにそう時間はかからなかった。


「そっちに行ったぞ! 遠距離から仕掛けろ!」


 松明を持った追手が黒装束に迫る。

 【暗視】を持っている者はこの暗闇でも簡単に動くことができるが、そんなスキルを持っているのは少数派で、ほとんどの者は照明に頼るほかない。

 それが第1小隊にとってこれ以上ないアドバンテージとなっている。

 光源から暗闇は非常に見え辛く、暗闇から光源は非常に見やすい。

 そうなるとリャンでさえ敵の位置の把握には苦労しない。

 逃げる一派はキィがエリザベスとリャンを誘導し、クリスとアラタが敵の攻撃をさばいている。

 矢を撃ってきても、魔術を飛ばしてきても、罠を張っても、昼間と同じように見えているアラタたちにとって、格下の相手では捕まえられることなどあってはならない。


「エリー、走れるか!」


「……うん、走るわ!」


 切れる息の隙間から、かろうじてまだ頑張れると聞こえた。

 心は折れていないから大丈夫としつつ、アラタはエリザベスの限界を判断した。

 ただ走るわけではなく、敵に命を狙われながらの逃亡は想像以上に体力を消耗してしまう。

 第1小隊は慣れっこだが、エリザベスはそうもいかない。

 なら、彼女が気を休める時間を稼ぐことも必要だと、アラタは飲み終えたポーションの空瓶を捨てた。


「クリス、片づけてくるからみんなを護れ」


「了解」


 加速した攻撃手が仲間から離れた。

 グンッと体に加速度が付与される。

 体をより前傾姿勢に、より低く、より速く。

 急激に加速したアラタに、敵の注意が集まった。


「一人離れたぞ! 絶対に仕留めろ!」


「ここで引き剥がす」


 前方を塞ぐ敵と、アラタが接触した。

 初撃は刀による攻撃。

 これは敵が下がることで外れる。

 それと入れ替わるように、左右から敵が槍を繰り出してきた。

 同じタイミングで建物の上から弓兵が彼のことを狙っている。

 スキルのアラートが鳴りっぱなしの頭の中で、アラタは使う魔力の量を決めた。

 大体3割。

 これに加えて刀と小道具と敵の武器を使って敵を倒す。

 まずはこのピンチを切り抜けるべく、アラタは刀を構えた。


「死ね!」


 左右からのクロスファイア、この手の攻撃を捌くことは難しい。

 難しいなら、簡単なところまで問題を細分化する。

 まず、アラタは土棘の広範囲版、土壁を発動した。

 舗装路をバキバキと壊しながら壁がせり出してきて、敵の動きを邪魔する。

 これで1人除外した。

 となれば、見るのは1つ。

 そう考え、カウンター気味に斬り返したアラタの脳内に特大の警報がけたたましく鳴り響く。

 風を切り裂きながら一直線に進むのは、複数本の矢。

 敵との距離が近い中、彼だけを狙い打った腕前は大したものである。

 もしかしたら味方にあたってしまうことも覚悟のうえでの一射なのかもしれない。

 攻撃をキャンセルしたアラタは、槍を体捌きのみで躱す必要があった。

 目の端に、槍の穂先が迫る。

 カウンターを放っていれば敵を確実に倒せたタイミング、それほど相手とは力の差がある。

 しかし、アラタの刀は敵にあたることなく地面に突き刺さった。

 強風吹き荒れる防御結界、風陣を起動したのだ。

 高性能な魔道具である彼の刀を介して、風属性に練り上げられた魔力が円環を描きながら循環する。

 それは春に発生しやすい竜巻のようであり、内部の者を守る揺り篭でもあった。


「雷撃」


 冒険者になりたての頃は、風と雷の二重結界など考えもしなかった。

 しかし、研鑽を積んだ彼はやがて、そこまで難しいことではないかもしれないと、そう考え、それを使いこなすようになっていった。

 そして今、風陣を使いながら紫電は四方八方に撒き散らされ、周囲の敵に少なからずダメージを与えている。

 威力は死なない程度に調整して、その代わり数を多く、発射速度を速くしている。

 それも決して簡単なことではないのだが、これもアラタは使いこなしている。

 雷属性との親和性の高さと、初めて習得した雷撃という魔術。

 これならアラタはかなり自由度の高い戦い方を展開できるまでに成長していた。


「あと…………」


 結界を起動したまま、アラタはぐるりとあたりを見渡す。

 背後には味方が走ってきていて、その後方には敵が迫っている。

 そして両隣の建物の上には敵の狙撃手が健在。

 敵感知に回す体力、魔力をカット。

 暗視を強化、残りは身体強化を残して全解除。

 一瞬だけ身体強化を強め、アラタは壁を走った。

 窓枠や屋根、木組みの部分に足をかけながら垂直の壁を駆け上がり、最後の一歩を全力で踏みしめ跳躍した。


「上だ! 撃て!」


 観測手兼護衛が叫ぶ。

 しっかりとエイムしている弓兵は、空中のアラタに向かって矢を発射した。

 対するアラタは空を舞っている間、身体強化まで解除、これで暗視しかスキルを使っていない状態になる。

 そして、残りは魔術回路の構築と魔術使用に注ぐ。

 使う魔術は炎槍。

 そこに少しだけアレンジを加える。

 変更箇所はたった一箇所、射出部分。

 特に何もしなくてもいいその部分に、アラタは可能性を感じていた。

 もし発動部分を、まるでケーキの上にデコレーションする生クリームのように変えてみたら。

 出口の形で形状変化することができたら。

 射出するところを閉じたり開いたり、そして、出口を分割する仕切りを加えてみたら。

 瞳孔は開き切り、極限の集中状態の中、アラタが炎槍を発射するより前に敵の矢が彼に届いた。

 防御に回す魔力もカットしている今、彼はただの的だ。

 空中に舞う的に矢を当てる、それがうまくいくのか。

 その結果次第でアラタはダメージを負い、最悪死ぬ。

 これは賭けだ。

 力の差があるといっても、数が違いすぎる。

 命を懸けて最速で敵を倒す。

 これが、彼の選んだ道。


「俺の勝ちだ」


 矢は急所を外した。

 刺さった矢は2本。

 左肩を掠める形で1本と、太ももに突き刺さったのが1本。

 どちらも動脈を外していて、出血こそあるものの即行動停止に至るものではなかった。

 ストッピングパワーが、足りなかったのだ。


 花火のような閃光が弾けて、短い炎の矢は辺りに降り注いだ。

 アラタの右手から打ち出されたそれは、両側の屋根に位置取っていた敵にもろに直撃し、肌を焼いた。

 人の肌が焼けると、組成成分が焦げたような鼻につく嫌な臭いがする。

 患部は爛れ、早急に手当てしないと痕が残る可能性が高い。

 空中に駆け上がった勢いそのまま、アラタは進行方向左側の屋根に着地した。

 【痛覚軽減】を切っていた分、鈍い痛みはのたうち回りたいほどのものだったが、戦闘中ということもあってアドレナリンも多量分泌されていたのだろう、彼が屋根の上を転がることは無かった。

 スキルにより痛みが引くと、落ちていた弓矢を1セット奪い取る。

 市街戦を想定して射程を短く、小型化されたそれは、弓を射ることに慣れていないアラタでもそれなりに扱えた。

 【暗視】を再起動し、暗闇に向かって矢を放つ。

 1本、2本、3本と、立て続けに。

 敵は上を取られたと判断し、追う足が鈍る。


「キィ! クリス! 殲滅しろ!」


 彼の命令に対して反応は無く、代わりに路地に悲鳴と断末魔が響いた。

 暗視で見る限り、敵の数はそこまで多くなさそうだ。

 さらに数発アラタは上から矢を射ると、急いで受けた傷の応急処置に入った。

 ナイフで矢を叩き折り、刺さった部分ごと固定してしまう。

 後で外科手術が必要だが、ひとまずこれで問題ない。

 スキルを起動してもまだ少し痛む足と肩を気遣いながら、アラタは通路へと降りる。


「報告」


「クリア」


「クリア」


「ダメージ」


「アラタ以外ゼロ」


「よし、移動する」


 追手を確実に足止めした第1小隊は、走ることをやめた。

 エリザベスの体力が人並みであることと、アラタの負傷が理由だ。

 アラタの方は戦うことに関して問題ないが、流石に負荷をかけ続けるわけにもいかない。

 無理をするタイミングは選ばなければならないから。

 そんな一行は闇夜に紛れてアトラの街を出るべく、進み続ける。

 馬を用意すると足がつくので今回は徒歩での逃走となる。

 となれば、考えるべきは城門破りを行った後の追跡をどう躱すか。

 これに関して、具体的な解決策はまだない。

 それほど彼らには時間がなく、切羽詰まった状態なのだ。

 そして、そういったことは得てして重複しやすい。

 泣きっ面に蜂、というやつだ。


「リャン! スキル起動!」


 アラタの合図で再び戦闘態勢に移る。

 彼らが武器を構え、先制攻撃とばかりにアラタが仕掛けた。

 まずは石弾を15発。

 闇に紛れればそれだけで脅威だ。


「各自回避」


 路地の奥から、冷静な声が聞こえたと思ったそのあと、続けていくつもの金属音が響いた。

 数は10もなかったから、残りは躱したのだろう。

 それだけで【暗視】ホルダーかそれに準ずる能力を持つ一団であることが推察できる。

 アラタ、クリス、キィには、そんな敵の姿がはっきりと見えていた。


「ハルツさん、道を開けてください」


「すまない。断る」

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