第182話 帝都に別れを

——記録。

ウル帝国首都、グランヴァインにおける調査結果。


 カナン公国レイフォード公爵家当主、エリザベス・フォン・レイフォードの汚職に関する調査は1581年3月15日を以て終了。以下の記録を八咫烏の小隊長格に共有、証拠を同部隊隊長、アラタ・チバ、第1小隊副隊長クリス、平隊員リャン、キィに分散。


1.公国産の魔石取引に際して、参考価格を逸脱した取引額での商取引を確認。不足分や過剰分をウル帝国第1皇子バルゴ・ウルへの賄賂や公国内での違法な資金運転に使用した。尚、本件に関して、カナン公国貴族院財務局への届け出を改竄かいざんした嫌疑もかけられている。

2.同国クレスト公爵家長女、ノエル・クレストの参加する魔物討伐任務に際して、黒狼と名乗る私設武装組織を用いて彼女の暗殺を企てた。黒狼構成員はBランク冒険者ハルツ・クラーク率いる護衛により壊滅、逮捕された。また、同事件ではウル帝国からの工作員も関与しており、リャン・グエル、キィと名乗る工作員を捕縛、のちに処刑した。取り調べの結果、リャンはバルゴ・ウルからの指令で公国内部に潜入したことを証言している。

3.上述したウル帝国工作員2名に関して、入国の手引きをした容疑で取り調べを受けていたビヨンド・ラトレイアは嫌疑不十分で釈放されている。しかし、2名はこれを認め、手引きを受けたことを認める供述をした。本件の報酬に関してはバルゴ・ウルの個人事業からの支出があったとの供述があり、ウル帝国での調査の結果、証言通りの支出が確認された。

4.催眠効果のある魔道具を極秘裏に制作、テストと称して一般市民に対して使用した。冒険者集団催眠事件、昨年エリザベス・フォン・レイフォード暗殺未遂で処刑されたDランク冒険者アラタへの使用が疑われている。

5.レイフォード公爵家の運営するレイフォード物流、物流事業部特殊配達課は、通常業務の傍ら非合法活動を行っていた嫌疑がかかっている。同課は現在存在せず、不正資金の流れの記録とカナン特務警邏局長ダスター・レイフォードの証言を証拠として提出する。同課はその末期、口封じの為にレイフォード家によって処分されたことをダスター・レイフォードは述べている。


※※※※※※※※※※※※※※※


「真っ黒やん」


 それが報告書に眼を通したアラタの第一声だ。

 これらを全て覆すのは並大抵のことでは無理だし、例えそれを成し遂げたとしても薄暗すぎて貴族も投票するわけにはいかないだろう。

 クレスト家がクリーンだとのたまうつもりはない。

 こちら側から見て、レイフォード家が漆黒だというだけで、向こうも同じようにクレスト家のことを調べているはずだ。

 当然それを邪魔するよう八咫烏の内のいくつかの小隊には命令が下っているわけだが、全てをカバーできるわけない。

 いくつかはすっぱ抜かれて晒されてしまうのだろう。

 それでも、例え少しくらい何かあっても、これだけのことがあれば大公選に勝てる、この報告書の内容を見た者は全員がそう考えた。


「第1小隊は2時間後にここを出る。各々準備、挨拶、片付けを済ませておくように。第4,7小隊はそれを手伝ってくれるとありがたい」


 これがウル帝国におけるアラタの最期の命令だった。

 借りていた部屋のシーツを取り、部屋を掃除する。

 そこには何もいなかったかのように。

 床板の間に挟まった髪の毛すら存在を許さない、そんな清掃活動を2時間で行う。

 そう考えると中々ハードだが、4名は仲間の協力もあって準備を終えた。

 その中でもダントツに丁寧で、素早く作業を完了したアラタは一足早く商会の人間に挨拶回りをしていた。

 働いている従業員、建物内にいる幹部クラス、それから現会長フェルメール・キングストン。


「律儀だね。父さんにあいさつしておく程度で良かったのに」


「そうはいきませんよ、こうして何から何までお世話になったわけですし、荷物も置いていくんですから」


「ははは、荷物は有効活用させてもらうとするよ」


 荷物扱いされた第4,7小隊はこれからこの国を拠点にして忙しい日々を送るのだが、それはまた別の話。

 最後にアラタは彼の父のコラリスに会うために書斎に向かった。

 フェルメールの話では、今彼は例によって食事中だという。

 本当に食べることが大好きな老人だが、肥満体型ではないのだから、かなり気を遣っていることだろう。

 長生きする人間は、するべくして生きているのだと、そう思った。

 コラリスはいつも、書斎の隣にある専用のダイニングで食事を取る。

 だからまずは書斎から、そう思ってアラタはドアをノックした。

 コンコンコンと、3度のノック音は乾いたいい響きだ。

 隣の部屋にいるはずだから、反応は無いだろうと考えていた彼に、『どうぞ』と聞こえてきた時は意外さに驚いた。

 コラリスは食べるのが遅く、というより意図的に食事時間を長くとっているのかもしれないが、とにかく食卓に座っている時間の長い老人だ。

 もう食事を終えたのか、そう思いながらアラタは入室する。


「失礼します。お別れの挨拶と感謝を伝えに来ました」


 何と何と、コラリスは既に書類とにらめっこしている最中だった。

 アラタがこの建物に滞在している間、こんなことは一度もなかった。

 顔を合わせるときは大抵ダイニングに御呼ばれした時だし、話の内容も料理に関することがほとんどだ。

 大体、彼は既に商会の会長の座を引退した身。

 議員としての仕事があると言っても半隠居の余生を送っているに過ぎない。


「おお、来たか」


 声のトーンはいつになくまじめ。

 これが最後の最後に見せた彼の仕事テンションということか。


「帝都での全ての御恩に感謝を。そして、8名の仲間をよろしくお願いいたします」


 扉の一歩内側で、アラタは深々と頭を下げた。

 コラリスはそんな彼を一瞥すると、また書類に視線を戻す。


「忙しくて碌な送り出しもしてやれずすまんな」


「いえ、そんなことは」


「お前たちの集めた情報が中々に面白いものだったのでな、大公選に合わせてこちらでも使わせてもらうことにした」


「ご随意に。お役に立てたのなら光栄です」


 議員の仕事というより、権力闘争に忙しいのか、そう結論付けた。

 どこの国でも争い争い争い。

 つくづく嫌になると思いながら、それを引き起こしているのは自分だったと自嘲する。


「ではこれで。またお会いできる日を楽しみにしております」


 そう残し扉に手を掛けるアラタの背中に、人生の先輩から声が掛けられた。


「また食事の話をしよう」


「えぇ」


「それから、帝国からモノを買うときは商会を通せよ?」


「もちろんです。お世話になりました」


 アラタは黒装束に着替え、今着ていた服をリュックに収納する。

 全部合わせて30kgの荷物、これを2つに分けて馬に乗せる。

 他の3名も準備完了、商会の敷地内まで引いてきた馬と再会し、荷物を積み込むと、いよいよ出発だ。


「えーそれでは、本日3月15日付けでウル帝国における第1小隊の任務を完結、これより帰投する。第4,7小隊については今後もキングストン商会付き兼八咫烏ウル帝国支部の構成員として活動してもらう。何か質問はあるか」


 少しの間を挟み、何もないことを確認する。


「そう言えば」


 アラタは思い出したように最後の質問をする。


「大公選後、俺の事を殺したい奴は相手してやると言ったが、お前らとはしばらく会えないから今相手してやる。誰か殺りたい奴はいるか?」


 第4,7小隊の面々はブルブルと顔を横に振って否定した。

 非戦闘員の彼らがアラタに適うはずないからだ。

 もし彼の事を憎んでいて、殺害するなら誰かに委託するだろう。


「……よし。それじゃ行こうか」


 ——クリス。オリバとエバンスに念押しを。商会、特にコラリスさんを監視しておけってな。


 ——了解。


 数秒の沈黙の後、4人は目を合わせて頷いた。

 これでもうやり残したことは何もない。


「出るぞ」


 カッポカッポと正面入り口から出た一行。

 最後尾のキィが乗る馬の後ろ脚が出たその時——


「抜刀! 駆け抜けろ!」


 アラタはそう叫びながら手に持っていた槍を地面に突き刺した。

 柄などの木製部分が裂け、紫電が走る。

 隙間からは強風が吹き、雷属性と風属性の防御結界が展開された。

 後ろ以外の3方向から浴びせられた数十本の矢。

 一行が出るタイミングを見計らっての襲撃。

 一度出直すか、それとも駆け抜けるか。

 答えをアラタは既に口にしている。

 今出発しなければ、大公選に間に合わないかもしれない。

 関所での取り締まり強化を受けて迂回路を取るほかない彼らに残された時間は短い。

 アラタを先頭に、続くリャンが【魔術効果減衰】を起動、キィが続き、クリスが殿しんがりを務める。

 馬に問題はないが、騎手でもない人間を乗せ、さらに数十キロの荷物まで積んでいると、流石に速く走ることは無理だ。

 ハードな立ち上がりだな、そう思っているのは4人とも同じ。

 それが通常運転、ピンチがデフォルト。

 慣れたくない日常に慣れた第1小隊は、全員が落ち着いている。

 これは予想していた。

 展開的にはあまり望んでいなかったが、現実的な未来だと、そう考えて策を巡らせていたのだ。

 策と言っても大したものではない。

 敵の力を超える力でぶん殴る。

 自分たちが戦うのは無理があるので、思い切り他人の力を借りて。


「アラタ、貸しだよ」


「不本意だけど覚えとく」


「はははっ!」


 赤い髪。

 赤い眼。

 アラタが今まで出会った人間の中で、自分の事を殺した謎の男と同列に数えられる数少ない人間。


「頼んだぞ、ディラン・ウォーカー」


 城門の方へ向かって駆け抜けていくアラタの口から出た言葉は、風に乗ってその場から去っていった。


「頼まれたよ、アラタァ」


 恍惚とした表情をしたディランは、ブルブルっと震えた後真顔に戻る。

 ドレイクではないが、今の彼のクラスは【賢者】だ。


「さあ、僕は僕の為に、未来への投資をしよう」


 馬で走ること数分、帝都グランヴァインの西門が見えた。


「どけどけ! 通るぞ!」


「何者だ! 名乗れ!」


「キングストン商会の者だ! 書面もある! 取っとけぇ!」


 半ば強引に門を突破したアラタは通り掛けに紙を捨てていった。

 そこにはコラリス・キングストンの名前で様々な行為を容認する様に書かれている。

 堅牢な帝都の城門も、内側からならたやすく開く。

 門を通り抜け、トスカの街も抜ける。

 後ろにも、横にも、前にも、敵の姿はない。

 ディランはたった1人で敵と交戦していたが、仲間が敵を抑えてくれているのだろう。

 いつも通り慌ただしい出発になってしまったが、ともかくこれで帝都からの脱出は成った。


「全員、巡航速度まで落とせ!」


 トスカの外れでそう命令が下る。

 後はコラリスの書面で関所を通過するか、それとも迂回するかしてウル帝国を後にするだけだ。

 それだけなら入国するときにやっている、何ら問題はない。


 待っていてくれ、エリー。

 必ず、必ず助ける。

 君は怒るかもしれないけど、俺は君とならどこへでも行くよ。

 あと少しなんだ、それまで待っていてくれ。

 これから、君を攫いに、迎えに行くよ。

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