第181話 猟犬の誓い

「進捗は少しずつですが、確実に出てきています。現にこうしてレイフォード家派閥を責め立てる材料が揃いつつありますから」


「……よし、そのまま頼む。解散」


 商会の建物に借りている部屋はいくつかあるが、まだ本調子ではないアラタの病室で行うことが通例だ。

 第4,7小隊を中心に、第1小隊も加わった12名で捜査を継続している。

 彼らの成果物は日ごとに増え、今では大公選で勝負できそうなくらいには蓄積されていた。

 これ以上ないくらいに順調。

 元々時間がギリギリになってしまうことは分かり切っていたので、そこに目を瞑れば概ね問題なし。

 アラタが安心して療養に集中できるのも頷ける。


「あ、クリスは残って」


「分かった」


 密室に男女2人。

 何も起こらないはずがなく……という間柄でもないだろう。


「もう3月だ。そろそろ明確なプランを練る頃だと思う」


「誰を入れるか、だな」


 アラタは無言で頷く。

 彼らの目的は同じ。

 エリザベス・フォン・レイフォードを止めること。

 その先に、彼女と共に歩む未来を掴むこと。

 であれば、彼女には大公選で敗北してもらったうえで、共に逃げる。

 それこそが最良であり、最善のゴールだった。

 もっともこれは彼女に聞いたわけでも何でもないので、彼ら2人の利己的な考えでしかないのだが。


「まず私たち2人」


 当然この場の2人はその作戦に参加する。


「リャン、キィ」


「どうだろうなぁ。強制はしたくない」


「また甘いことを」


「いや」


 この作戦に参加する人員に必要な条件はいくつかある。

 その中で彼が最も重視するもの、それは自主性だ。

 自分の自由意思に基づいた決断。

 それは彼が最も必要だと、必要不可欠だと考えた項目だ。


「土壇場で命を懸けるのなら、それじゃ強制は無理だ。あくまでも自分の決断で、自分の足で一歩踏み出せる連中を集めたい」


「考えておこう」


「今回、ハルツさん達は頼れない。別口で協力者が必要だ」


「それは違うんじゃないか」


「どういうこと?」


 ちなみに、以前アラタは彼らに対してこの計画をそれとなく打診している。

 レイフォードを国外に追いやることが出来るのなら参加するか? と。

 ハルツの答えはNOだった。

 うやむやにした権力闘争の行く末は国家の破滅だと。

 例えクレスト家が敗北することになっても、それはそれとして決着はきちんとつけなければならないと、彼はそう言った。

 それだけで彼らの大公選に懸ける想いの強さが垣間見える。

 だから、アラタは彼らを計画に加えることを諦めていた。

 ただ、だからと言って計画に加えない理由にはならないとクリスは言う。


「今回、仮に大公がクレストに決まったとして、レイフォード家の連中が素直に従うとは思えない」


「暴動が起きるのか?」


 首を横に振るクリス。


「そんな小さなものじゃない。内戦だ、レイフォードは最終的に武力で以て政権を取りに来る」


「そう言うもんなのか」


「あぁ」


 選挙で大敗し、政権が交代したとしても、日本では内戦状態には突入しない。

 だが歴史を紐解けばそのような事例はいくらでも出てくる。

 近年では東南アジアの某国が分かりやすいだろうか。

 そこに至る原因は数あれど、最終的に平和的解決では自らの利権を確保しきれないと人が悟った時、人類の取る行動の中で最も唾棄すべきものは顕現する。

 それが大規模な共食い、即ち国内戦争である。

 例え世界が変わっても、人間の本質はそう簡単には変わらない。

 いつでもどこでも戦い、戦い、また戦い。

 それが人類の歴史そのものだ。


「特殊配達課、金眼の鷲、黒狼。これほど多くの組織が失われたのだ、これ以上は無いと信じたいが…………気になることがある」


「何?」


「これを機に、ウル帝国はカナンに武力介入してくるのではないか?」


「………………」


 まるで軍靴の足音がすぐそこまで聞こえてくるようだ。

 1つ足を踏み外せば、そこには絶望が待っている。

 ここまで複雑な様相を呈しては、もうアラタの頭はパンク寸前だ。

 自分一人ではもうどうにもならない、そんな時彼はどうする?

 答えはいつだって同じだった。


「俺はどうすればいい?」


 人に頼る。

 人に聞く。

 簡単なことだが、欠けてはならないこと。

 クリスは、『あくまでも私個人の考えだが』と前置きした上で、彼に道を示す。


「計画を大きく2つに分けよう」


「どんな風に?」


「レイフォード家の抵抗を抑える計画と、殿下を逃がす計画だ」


「…………両方に賛同してもらう必要なんて無いのか」


「そう言うことだ」


 クリスは立ち上がり、ベッドの端に掛けられていたアラタの黒装束を手に取った。

 剣聖オーウェン・ブラックの一撃を受けてケープは裂けてしまい、魔道具としての隠密効果を発動することが出来ない。

 商会の人間に用意してもらった裁縫箱を開け、仮止めの針を刺しながら、彼女は続けた。


「ハルツ・クラークには敵戦力を抑え込ませればいい。幸いクラーク家は軍部にも強力なパイプを持っていることだしな」


 彼女は黒い糸で敗れた箇所を補修していく。

 それはどこにでもある普通の市販の補修用の糸。

 キングストン商会にはこの魔道具を渡すわけにはいかず、相談することも出来ない。

 この場にドレイクかメイソンがいれば、そんな都合の良いたらればは存在しないのだ。


「お前の元仲間もそちらに参加させればいい。私たちは殿下を国外に逃がすことだけを考える」


「けど……イキってたけど正直うまくいく可能性の高い作戦なんて無くて……俺はどうしたら」


「ふん」


 チクリとした痛みがアラタの右太ももを襲った。


「痛ぁっ!」


 クリスの手に握られた針は、ほんの少しだけアラタの身体に到達している。

 血が出ない程度、しかし普通に痛い。

 アラタは【痛覚軽減】を起動して痛みを和らげる。


「何すんだよ!」


「お前、リーダーに向いてないな」


「は? 何言って……!?」


 彼女は何食わぬ顔で裁縫を再開した。

 5分の1終わったくらいだろうか。


「組織に長なら、不安そうにするな。いくら私が案を出しても、最終的に判断を下すのはお前だ。それなら自分の意見のように振舞え、自分の手柄だと、自分が決断したのだと、堂々としていろ」


「……分かったよ」


「それでいい。殿下は……そうだな、普通なら帝国の庇護を仰ぐべきだが、関門を突破出来るか……」


 クリスの手が止まり、考えることに集中する。

 限定的な、制限のある、小規模な戦力で彼女を護り、帝国にまで辿り着く。

 魔物の脅威はさほどでもない。

 それより問題は関所、地方に配置された軍。

 彼らが動員されれば突破は困難を極める。


「未開拓領域はどうなんだ?」


 常識知らずな男は、クリスの想像を超えてくる。

 専門外や、他分野のスペシャリストが革命的な助言をすることがある、その典型例だ。


「…………外縁部、いや、それでは追い詰められて……だが、やる価値は……勘付かれたら死か。それは他の場所でも同じ、でも、もしかしたら」


「俺良いこと言った?」


「とんでもないことだ、このバカが」


 そうは言いつつも、彼女の顔は可能性を感じていることを隠せずにいた。

 普通の事をしても普通の結果しか待っていない。

 それを超える何か、圧倒的な武力、政治的な取引、奇抜な発想。

 全部は無理でも、せめて考えることくらいは。

 それくらいなら、凡人の自分たちにも出来るはずだと。


「予備のプランを並行で走らせる。タリキャス王国、ウル帝国、エリン共和国、そして未開拓領域外縁部。この4つを逃亡先として選定、それぞれに対応できる策を用意する」


「本命はどれ?」


「非常に不本意かつ腹立たしいが、未開拓領域外縁部、お前の案で行こう」


「そこまで言わなくても良くない?」


 作業を再開したクリスは答えない。

 これは彼女なりの照れ隠しなのだろうか。

 それとも普通にアラタの事を馬鹿にしているだけなのだろうか。

 いずれにせよ、時間が無い。

 これから2人を先頭に、エリザベス・フォン・レイフォードを大公選から引きずり下ろしたのちに、国外へ連れ出すという国を揺るがす大事件を計画するのだ。

 2人とも、カナン公国なんて箱物に興味も執着もこれっぽっちもない。

 あるのはただ、純粋な怒り。

 国家なんて物の為に、自分の大切な人が命を落とそうとしている。

 国か、女か。

 以前アラタは彼女を守るために、彼女を止めることを決めた。

 その時、ドレイクから、女より国を取ることは賢明な判断だと、そう評された。

 彼がどう思っているかはさておいて、彼の行動は国に利する。

 そう言う意味では国を選んだととらえることも出来るだろう。

 ただ、コンセプトは変わらない。

 何よりも大事なのは、エリザベス・フォン・レイフォードの命。

 それが一番大事で、他の何にも代えられなくて、それだけが彼は、彼女は欲しい。


「直し終わったぞ。受け取れ」


「サンキュ」


 1本の縫い痕が残った黒装束は持ち主の手に帰った。

 ケープが無くても、他の装備も合わせればまだ使える。

 【気配遮断】持ちのアラタなら、これで十分だ。


「それから……」


 クリスはドアの方を向く。


「入って来い」


 彼らに加えて、2人の黒装束が入室した。

 リャンとキィだ。


「お前ら、聞いてたのか」


「いえ、どちらかというと人払いですね」


「私が頼んでおいた。余人に聞かせていい話ではないからな」


「【以心伝心】ね」


 クリス以外が部屋から出るとき、2人に何か命令した様子は無かった。

 ただ、彼女の持つスキルがあればこうして秘密回線で情報交換することが可能である。

 便利だが、自分を除け者にされると少し寂しいとアラタはキィの方を見た。

 視線に気づいた少年はプイッとそっぽを向いて知らんぷりを決め込む。


「私は貴方を、仲間を選んだ。アラタが私を選んでくれないのはフェアではないのでは?」


「……そっか。そうだったな。ごめん、そして頼む。俺の、クリスの為に、力を貸してくれ」


「喜んで。キィもいいですね?」


「リャンがいいなら僕もそれでいいよ」


 大人のリャンはアラタの心も汲むことが出来るが、まだ子供のキィは仲間外れにされてご立腹のようだ。


「そんな他人行儀なこと言わないでくださいよ。自分の意思で決めてください」


「………………手伝う。僕もやる」


「よし」


 アラタはベッドから起き上がり、仮面を取る。

 青い刻印はハナニラの紋様。

 それを目の前に差し出す。


「ん」


 一同は同じように仮面を構えた。

 イキシア、ニコチアナ、ツルハナナス。

 それぞれ違うモチーフの紋様が刻まれている。


「勝つぞ」


「「「おう」」」


 4人が、計画の参加者が皆生き残れるとは限らない。

 次こうする時はたった一人になってしまうかもしれない。

 もしかしたらそれすら、誰一人生き残ることはできないかもしれない。

 それでも、猟犬の魂は残り続ける。

 特殊配達課の頃から受け継がれてきたものは、形を変えてここにあるのだ。

 3月12日、その日、八咫烏第1分隊は、本隊とは別の目的を持って動き始めた。

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