第183話 全て超えてみせる
4騎の馬が平原を駆け抜けていく。
替えの馬は用意していない為、そこそこの速度で。
今彼らが乗っている馬でカナン公国の首都アトラまで戻らなければならないから。
一応途中に点在する街で馬を替えることも出来なくはないが、アラタの想像ではそれは厳しそうだった。
グランヴァインを出て1日、馬を休ませるために一行は夜の間足を止める。
火を使うことは避けることが好ましい。
こういう時、魔道具は本当に役に立つ。
暖を取る魔道具。
水を熱する魔道具。
他にもあれやこれや、かさばるのが難点だが、出来る限り接敵を避けたい彼らには必要不可欠である。
「集合。今後の流れを説明する」
夜7時半。
馬に合わせて朝早く出発する一行はこれから寝る時間だ。
その前にミーティングと称してアラタは部下を集めた。
「行きは関所とか街とか普通に通ってたけど、帰りはそうもいかない。まず邪魔が入るからな。じゃあどうするか、クリス」
「時間はかかるが迂回するほかないだろう。まともに当たれば勝ち目はない」
「では、明日、明後日の詳しい行程を説明する」
カナンとウルを結ぶ街道は横一直線に真っすぐ伸びている。
この途中には城塞都市や関所、砦など、様々な拠点が存在している。
本来ならその先々で休息を取り、物資を調達し、場合によっては資金集めをして旅をするのだが、彼らにそんな余裕はない。
遊んでいる時間が無いというのが1つだが、もう1つは警備の眼をかいくぐる労力を嫌ってのことだ。
行き、一行がカナン公国を出るまではそう言った施設は避けて通り抜けていた。
帝国領に入ると、今度は堂々と通過していた。
しかし、帰りは全行程隠密行動である。
どの関所にも引っかからず、何とかしてアトラまで生還しなければならない。
示された道は複数本あるが、本命はこれ。
街道の南側にそびえるリンケッド山脈を越えるルート。
メイン街道ではないが、道としては確かに存在する迂回路だ。
砦や城が連続している道のりよりも、追跡される可能性は低い。
もし待ち構えていたとしても、アラタ達の為に組織された部隊しか存在しないからだ。
この手の隠密行動で一番厄介な点は、たまたま居合わせた敵部隊を相手にしなければならないケース。
つまり、それを避けるための山越え。
「では、やはり交戦はあると?」
リャンの言葉にアラタは目で返事をしながら続けた。
「いいか。敵は必ず来る。ディランがある程度抑えてくれているはずだけど、やっぱりどこかから漏れてもおかしくない。じゃあどうするか、はいキィ」
「えぇっと、全員仕留める!」
アラタは両手で罰マークを作った。
外れだ。
「それじゃ大変だから、まずはカナン国内に逃げ込みます。そこから先はもう走り抜けるだけだ」
真っ暗闇の中でも、アラタ、クリス、キィの3人はスキル【暗視】で周りが見えている。
キィから見たアラタの顔は、今までで一番無機質で、何も感じられない。
「出来る限り交戦は避ける。もし無理なら、適宜必要戦力を当てる。話は以上だ。夜の番は俺とリャン、2人は寝ろ」
初めて会った時、分かりやすそうだと思った男の人は、ここ最近、短い間に随分と親近感の湧く存在になった。
裏の世界の人間に、薄暗い世界の人間に近づいてきた。
仲間にも何を考えているのか悟らせないその隙の無さが、キィには悲しく見えた。
そして少年兵は目を閉じた。
※※※※※※※※※※※※※※※
翌日、一行は早朝から馬を走らせる。
これ以上急ぐことが出来ないくらい急いで。
山脈を超えると言っても、整備されている道全てが峰を通っていくわけではない。
むしろほとんどが谷間に沿って作られた道であり、アップダウンは激しくも獲得標高は大したことない。
急な登りもなければ急な下りもない。
馬が坂を怖がることもなく、一行は順調に道を走破していく。
「クリス、感知」
「…………もう追いついてきたのか」
「総員警戒態勢」
お互いに等間隔で距離を取り、共倒れを防ぐ。
トラップなどでの全滅を防ぐ構え。
逆に言えばお互いのカバーには不向きな陣形だ。
アラタ、クリス、キィは武器を抜き、リャンはスキルの起動準備をする。
「最低でも30はいるな」
「…………クリス、キィ、残って敵を食い止めろ」
最近のアラタらしい、冷えた声だった。
春も近いが、山から吹き下ろしてくるような底冷えした冷たさ。
合理的で、悲しくて、強い判断。
「「了解」」
キィは文句を言わなかった。
当然クリスも。
2人は手綱を引き、馬を止める。
下馬し、戦闘態勢だ。
「クリス、あれ絶対40以上はいるよ」
「最低30だと言ったはずだが?」
彼女は彼女でドライだ。
言葉の通り、予測よりも多かったがそれが何か? そんな感じ。
「もう少し可愛げがあるほうがモテると思うよ」
「子供が何を言うかと思えば。あと5年してから出直して来い」
共に臨戦態勢、共に二刀流。
短剣とショーテルを携えて、烏は飛翔せんとする。
そこに迫るのはウル帝国の軍隊。
正確な部隊名や所属は分からないが、明らかに訓練された動き、近隣諸国に恐れられている最強の軍隊。
足の速い馬で追ってきたからか、装備は全体的に軽装だ。
しかし、選りすぐりの追跡者たちはそれぞれが対人戦等のエキスパートだ。
諜報、隠密行動を主とする八咫烏では分が悪い。
戦力差20倍以上、彼女たちはここで捨て石になる。
「5年後も生きていられるといいな」
見た目の幼さに見合わない寂しそうな言葉が、キィの歩んできた人生を物語っていた。
物心ついた頃から毎日訓練、勉強、任務の日々。
毎日のように殴られるし、毎日のように仲間が死ぬ。
それは練習だろうと訓練だろうとお構いなしに。
そんな生活もリャンに引き抜かれた時に終わりを迎えたが、彼と苦楽を共にして生きてきた仲間たちは今日もどこかで戦っている。
「クリス、僕に合わせて」
「あぁ」
2人は元来た道を駆けだした。
向かう正面には騎兵が40以上。
左側は登ることのできない崖、反対側は森。
右に逃げ込めばもしかしたら生き残ることが出来るかもしれない。
だが、それでは戦力を分けられてアラタ達の元へ敵の手が届く。
2人の事だ、もしかしたら20人程度振り払ってカナン公国の領土まで逃げおおせるかもしれない。
だが、彼らをして『かもしれない』なのだ。
この任務は『絶対』でなくてはならない。
失敗は許されないのだから、もしもを、絶対にまで昇華させるために身命を賭すことも必要。
「突き殺せ!」
先頭から5頭程うしろから指示が下りた。
指揮官なのか、装備もワンランク豪華に見える。
彼は槍を持っていないが、代わりに持つ剣を振り上げ、それを合図に敵兵が2人に迫った。
まずキィの頭上に槍が降ってきた。
黒装束の防御力が高くとも、受けた衝撃はそのまま反映されるし槍の穂先をガードしきることは無理だ。
芯を食えばまず死ぬ。
極限の最中、少年のショーテルが穂先に触れる。
湾曲部分で槍の軌道は受け流され、男の子の生身の部分を捉え損ねた。
ニヤリと残虐な笑みを浮かべたキィは、剣で掴んだ槍の上で刃を走らせる。
行き着く先は持ち手の身体。
まずは指から、純粋な殺意に導かれたショーテルは馬上の敵に襲い掛かる。
——避けろ!
「……っ!」
死角からの攻撃。
それは集団戦の基本中の基本である。
【感知】系のスキルが存在するこの世界でも、それは常識だ。
目に見えない範囲からの攻撃に対する対処は難しい。
敵を屠ろうと剣を振るったキィの真正面から、あり得ない位置から槍がもう一本伸びてきた。
たまらずキィは左のショーテルで捌こうとしたが、子供と大人の力の差は少々酷だ。
途中で止めた右手と、影から繰り出された攻撃を防いだ左手、彼は槍に挟まれるような体勢のまま馬の突進力で押し戻される。
「……くっ、石だ…………」
魔術で隙を作ろうにも、地面との接触が安定せず魔力が拡散されてしまう。
アラタのように走りながら魔術を起動出来ればいいのだが、キィにはそこまでの魔術適正と魔力操作精度がない。
初めの攻撃をした兵と、その陰から突きを繰り出してきたもう一騎の敵。
並走する2騎に加えて迫る複数の敵。
あと1人攻撃に加わればキィは危ない。
——転ぶな。
「貴さっ……!」
馬の
馬だって生き物であるからして、頭の上に乗られたらそりゃ叫びたくもなる。
鳴き声は2つ、当然先頭を走る2頭、キィに攻撃している兵を乗せた2頭だ。
ブラインド攻撃を仕掛けるために異常に距離を詰めている2騎は、人間が片足ずつ乗ることも可能な幅で走行している。
クリスは飛び上がり、スクワットのような体勢で着馬、流れるような所作で斬りかかった。
2刀が横一文字に舞う。
そして金属音が2つ鳴り響き、彼女の攻撃は防がれた。
槍を片手に保持したまま、腰の剣で受けた兵士たち。
クリスのカウンターは見事なものだった。
それこそ反撃の余地をほとんど残さない程に。
しかし相手はそれを上回り、彼女の攻撃を防いで見せた。
となると次は彼らのターン、不安定な馬上、興奮する馬の頭に乗るのは非推奨行為だと言える。
「ぐっ、がっ……く…………っ!」
馬が急制動をかけ、ただ足を置いていただけのクリスは馬上から投げ出された。
そしてキィは槍の拘束から脱したものの、敵の勢いに押され転倒している。
先頭の兵は馬の制御に苦しんでいるが、残りは皆2人を仕留めようと突っ込んでくる。
2人の距離が空き、連携は困難。
キィが石弾を発動したが、それだけでは敵は止まらない。
まずは近いキィの方から、狙いを定めた敵兵は槍を構える。
リャン、助けて。
他の場所ならいざ知らず、戦場で祈りを捧げる意味はない。
もし神様がいるとするなら、そいつはきっと人間の殺し合い、戦いを見るのが大好きだから。
だから、死ぬときも助かる時も、それは祈りとは関係なくやってくる。
「星霜結界」
そして全ては星空に飲み込まれた。
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