第169話 おじさん構文

「ほんとに知らない?」


「分かってたらとっくに言ってますって。何より私だってグランヴァインに来るのは初めてなんですから」


「そっか」


 ディランのおかげで無事? 帝都に潜入成功した八咫烏の第1小隊は、二人一組で宿に泊まっていた。

 4人同じ場所だと流石にまずいと言うことでこの判断だったのだが、この広い帝都で黒装束アリの彼らを見つけるのは至難の業だ。

 馬は当分使わないので駅に預けてある。

 この日まで預けるから好きに使っていい、その代わり期限がやってきて馬を返せない場合は代わりの馬と慰謝料を支払う。

 家畜が大事な資産であるように、馬も様々な使い道のある重要な物品だ。

 遊ばせておくのももったいないので世話をしてもらいながら彼らにも働いてもらおうということになる。


「絶対有名な奴だと思ったんだけどなぁ」


 アラタは人を見る目に自信を持っている。

 実際問題どうであるかは置いとくとして、特定のスポーツなら立ち居振る舞いを見ただけでどれくらい上手いかなんとなく分かるし、その根拠となるサンプルも大量に目にしてきた。

 その彼をして、ディランはヤバいと判断したのだ。

 その意見には他の3人も同意していて、あの男がその気になれば自分たちなどまとめて殺されるとさえ思ったほどである。

 そんな彼が自分たち、特にアラタに対して極めて好意的だったのは僥倖と言えよう。

 しかも別れ際に彼はこう言った。

 『またね、アラタ』と。

 アラタは自らの事をマッシュと名乗ったのに。

 つまり、この潜入任務、ウル帝国の中でも知っている者は知っているということだ。

 それが敵なのか味方なのか。

 少なくとも今は敵ではないのだろう。

 ディランの態度がそれを示している。

 であれば、レイフォード家と繋がっているのは帝国全てではないということだ。

 彼の一言は第1小隊に多くの情報をもたらし、その結果彼らの今後の方針が決まった。


「とにかく、第4小隊の到着を待ちましょう。それまでは情報収集です」


「……おう、そうだな」


 俺たちは踊らされているのかもしれない。

 半ば妄想にも似た彼の勘は、塵となって消えていった。


※※※※※※※※※※※※※※※


 2月9日、その日は朝から雪が降っていた。

 夜中の内からしんしんと降り積もった雪は、誰かがそこを通るまでフラットで真っ白な絨毯を広げて待っている。

 朝になり、大通りの店の前では雪かきが始まる。

 帝都でここまで雪が降ることは珍しいらしく、雪かきの手際はさほどでもない。

 取りあえず集めて端に寄せておくだけ。

 それはやがて凍り付き、溶けて消えるのを待つ。

 排雪用の側溝など存在しないのだ。

 そしてその前日、この帝都に忍び込んだ4匹の烏はと言うと、


「この部屋暖房ねーのかよ」


「仕方ありませんよ、一泊銀貨1枚なんですから」


「東〇インに泊まりたい」


 彼の頭の中にはユニットバス、トイレ、ベッド、小さい冷蔵庫、アメニティセット、朝食、ワンコインで洗濯器、それらで一泊4千円程度の格安ホテルがあった。

 時期やロケーションによって価格はまちまちだが、地方に出ればこれくらいの価格設定はザラにあった。

 それに比べてこの宿は、とアラタは肩を落とす。

 風呂なし、シャワー別料金、ベッドは固い、少し臭い、アメニティなし、朝食昼食夕食なし。

 それで日本円換算で5千円。

 正直比較対象が安すぎる節もあるが、彼からすれば舐めているのかと言いたくなる気持ちも分からなくはない。

 彼らは今、宿泊中の宿の中で震えていた。

 朝起きたら雪が降っていて、暖房魔道具も起動していなかったのだ。

 リャンなんて朝起きたら自分の布団の中にアラタがいたのだ、驚きもする。

 さらに自分の吐息が白くなっていて、ここは屋外かと聞きたくなった。

 そんな本日、彼らは人と待ち合わせをしていた。

 八咫烏所属、第4小隊である。

 エリン共和国からのキャラバンに紛れての潜入、これは上手くいく公算が高い。

 何せクレスト家の絡んでいる本物の行商なのだ、文句のつけようがない。

 同行した作業員たちがたまたま戦闘力が高くて、たまたま勝手に動いてしまっただけなのだ。


「リャン、あれ点けて」


「はいはい」


 ベッドから起き上がると、荷物の中から小型のランプのような魔道具を取り出した。

 底面にはつまみが付いていて、それをねじりながら魔力を注ぐことで動力を注ぎ込まれた魔道具は起動、稼働する。

 魔力を使って空気を温める、もっと言えば魔力伝導性の高い物質を円形に束にして、その中に伝導性の低い素材を通す。

 すると魔力干渉で生じた力場は抵抗を受けて熱エネルギーに変換され、中心の物質は熱を発する。

 異世界のヒーターだ。

 アラタは布団を被ったままヒーターの側まで近づき、それが発する熱を享受する。


「あったけぇ……」


 冬になり、寒さに弱いところが目立つ八咫烏のリーダーを見て、リャンはドレイクの家で飼っている白いケットシーのダイフクを思い出していた。

 飼い主に似たのか、飼い主が似たのか。

 それにしてもよく似ていると彼は笑った。


 往来を歩く人の足によって、降り積もった雪がすっかり蹂躙された後の事である。

 雪は降り止み、陽が出てきたことで気温は氷点下を免れるまでに上昇した。

 それに従ってかアラタ達も外へ出てきて集合場所に近づいていく。

 その場に行くのはアラタ、そしてキィ。

 その周囲を警戒するのがクリスとリャンの仕事だ。

 白化粧をした街並みに黒装束は目立つが、魔道具としての黒装束がそれを妨害する。

 メイソンが開発した索敵魔道具には引っ掛かるが、何もしなければ位置を特定することは難しい。

 その上認識阻害を引き起こす高度な魔術回路が編み込まれている。

 よほどの実力者、例えばディランでもなければ本気で隠れている彼らを見つけることは至難の業だろう。


「イェル、索敵」


「問題なし」


 ——クリス、報告を。


 ——問題なし。アリシャと呼べ、いつか間違えるぞ。


 ——分かったよアリシャ。


 黒装束はお互いをどう認識しているのか。

 答え、ほぼ認識できない。

 いつも行動を共にしていれば多少慣れるので、アラタがクリス達を見失うことはあまりない。

 だが、ほぼ初対面の仲間となれば話は変わる。

 一般的に黒装束が顔を合わせるときは魔道具の効果をオフにする。

 その上で合言葉で敵味方を確認するのだ。


「一緒にいても?」


「いいっしょ」


「第1小隊のアラタだ。よろしくな」


「第4小隊長のオリバです。指揮権を委譲します」


 ——くだらな。


 今アラタは非常に強い毒気を吐かれた気がしたが、気にしない気にしない。

 合言葉は忘れないように、そして敵にバレないことが重要なのだ。

 聞こえたらそれまでだが、忘れない為にはインパクトが必要である。

 結果アラタが辿り着いた旅路の果てが、『一緒にいてもいいっしょ』だった。

 最近どうもクリスに見下されている気がしてならないが、隊長は隊長らしくあるべきだと特配課のノイマンの言葉を思い出して自分を鼓舞する。

 完全密入城のアラタ達とは違い、第4小隊は表向きの仕事もあるから長居は出来ない。

 ただし、その最中に得た情報を共有する為の打ち合わせを手短に済ませる必要があっての集合だった。


「毎日は怪しまれる。基本は1日おき、緊急なら宿を尋ねてくれ」


「黒装束を使ってですか?」


「そうだな、それがいい。こちらから連絡するときは指定の場所にサインを残すから、基本毎日チェックしてくれ」


「了解です。あと先日の件ですが……」


「分かった。ご苦労様、これからも頼む」


「任せてください。絶対に成功させましょう」


「おう」


 ものの1分で打ち合わせは完了し、両者は別れた。

 オリバも部下1人とその場を離れ、撤収する。

 アラタも一度3人を集めて情報共有、今後の予定を伝えてその場は解散となった。


 リャンと共に宿に戻った後、アラタは部屋の床に白紙の紙を広げた。


「かなり大きな収穫ですね」


「ああ」


 第4小隊のもたらした情報は彼のペンの走りを加速させる。

 彼が初めに書いた文字は、バルゴ・ウル。

 この国の第1皇子の名前だ。

 それを丸で囲み、次いで書いたレイフォード家の文字と繋ぐ。

 ノエル暗殺依頼から、彼らがずぶずぶなのは分かっている。

 次に、ウル帝国第2皇子、ライノス・ウル。

 今度はレイフォード家と繋がない。

 皇帝と書いた文字と点線で繋いだ。

 これが、第4小隊のもたらした情報だった。


「この国でも継承権争いですか」


 図を見たリャンは心底辟易とした様子だ。

 半ば無理やり働かされていた彼は、この国にあまりいい思いは抱いていないのだろう。


「第1皇子、つまり長男がぼんくらだと問題が起こる。兄なら兄らしく常に弟の先を走ってなくちゃ、いつか歯車が狂っちまう」


「弟が大成する場合は多いと思いますが?」


「それはそれ、これはこれ」


 アラタは一通の手紙をリャンに見せた。

 それを受け取ったリャンは中身を見ていいのか彼の方を見る。


「読んでみ。腰抜けるぜ」


 なんてことはない、ただの封筒に入っていたのは珍しい純白の紙だ。

 真っ白な紙は高いから普通こんな手紙に使うことは無い。

 それこそなんかの賞状とか、国家間のやり取りだとかでしか使われない特別なものだ。

 たったそれだけのことでディランがやっぱりどこかおかしい人間だと分かる。

 だが、手紙の内容を見たリャンの驚きはそんなものではなかった。

 思わず紙を床に落としてしまうほどだ。

 ひらひらと空気に抵抗しながらも、純白の手紙は床に落ちる。

 それを拾いあげたアラタの額には冷や汗が流れていた。


「どんだけ先が見えてんだって話だよな」


 やっほー、なんか手紙って緊張するね☆

 僕は君と仲良くなりたいから、どうすればいいか考えて考えて、眠れない夜を過ごしたんだけど、君の役に立つ都合の良い男になる事にしたよ。

 アラタはズバリ、第1皇子と繋がっているカナンの政敵を倒したいんでしょ?

 なら第2皇子に会うことをお勧めするよ。

 でも残念、第2皇子は今東方遠征の真っ最中なんだ(;_;)

 だから代わりに、帝国議会の偉い人の援助を取り付けてきてあげたんだ。

 もしよかったら下に書いてある場所に来て欲しい、きっと後悔はさせない。

 今は忙しいけど、今度会えたらまた一緒に遊びたいな、なんてね♡


 ディラン・ウォーカー


「……………………」


 無言のリャン、彼の眼は死んでいた。


「オッサンぽい文面ってマジでキモイな」

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