第158話 二角獣は人を選ぶ

 ノエルのリハビリ計画も後半、7つ目の村、マッシュ男爵領ナモン村にアラタ達黒装束は到着していた。

 本隊であるハルツやノエルたちは少し遅れて到着するが、前乗りした彼らにはこれから事前調査の仕事が待っている。


「よし、特配課の設備も使えるみたいだし、調査に入ろう。この辺りからゴブリンも出ると思うから、気をつけるように。だよねクリス?」


「ああ、全体的に魔物の脅威度も上がる。単独行動はしない様に」


「「了解」」


 オーベル村を先発する際にエルモはハルツに押し付けてきたので、元の4人組で行動中だ。

 ナモン、ダオ、レイク、レイテの4村近辺の魔物を掃討すればこの任務も終了する。

 旅も後半、黒装束たちの仕事ぶりも随分と手慣れている。

 魔物の調査も順調、植生も同時進行で問題なし。

 食料も特に注意は必要ない。

 新しいルールとして、キィが拾ってきたキノコに絶対手を付けてはならないというものが増えたが、これはいいだろう。

 スキル【毒耐性】を持つ子供が余りにも上手そうに食べるものだから、とアラタが手を付けたのが地獄の始まりだった。

 急いで緊急回線でハルツに連絡、タリアを呼んでもらうことで事なきを得たが、思わぬところに死の落とし穴は潜んでいた。

 そんなこんなで無事一行は調査を終了、遅れて到着したハルツ達に調査結果を報告して次の村へと向かう。


 ゴブリンが出るのか。

 丁度いいかもしれん、この行程にしてよかった。


 クリスの報告書に一通り目を通し終わったハルツは打ち合わせ地点からナモン村の中へと戻っていく。

 彼が戻ってきた時、荷解きがちょうど終わったところだったのかパーティーは休憩を取っていた。

 村人からの差し入れの果物を口にしながら談笑している所を見ると、どうやら現地住民と良好な関係を築くことが出来そうだと安堵する。

 森の中に点在する開けた土地、それが未開拓領域の村のほとんどだ。

 切り開いた大地は冬の寒さ、夜の冷え込みで凍結し、霜柱が立つ。

 それが日中、太陽の光で溶け出して地面を緩くする。

 朝方はざくざくと心地よい感触を楽しむことが出来るので、子供たちは何も育てていない畑に入っては霜柱で遊んでいる。

 そろそろいい年齢になってくるハルツは、朝からそんなものの為に外に出るなんてどうかしているとしか思えないが、彼も幼少期はそうやって外に出て遊んでいたくちだ。

 ベチャッとぬかるんだ地面を歩き、村長にあいさつをする。


「こんにちは。本クエストの請負責任者、ハルツ・クラークです。村長のティム殿ですね?」


 ハルツの相手は彼よりも少し歳を重ねているように見える初老の男性、名をティムという。

 彼の差し出した手をティムは握りながら挨拶を交わす。


「如何にも村長のティムです。ようこそナモン村へ。クエストを受注していただき誠にありがとうございます。ハルツ殿はあの、あのハルツ殿ですか?」


 どの俺だと思った彼だが、彼は世間の自己に対する評価に自覚的だ。

 ハルツはニッコリと笑顔を向けてこう答えた。


「私があの・・ハルツです。私が来たからにはもう大丈夫、魔物など一捻りです!」


 いくら普通の人間より強いと言っても、開拓最前線は常に魔物との闘いの日々である。

 彼らがSOSを発したということは、やはりそれなりに魔物駆除が大変である証左なのだ。

 魔物を減らすことも重要だが、一番は彼らの不安を取り除くこと。

 それがBランクまで登り詰めて彼が出した、このクエストに対する答えだった。


 ティムはスポーツマン然とした気持ちのいい笑顔に大層喜んでいた。

 それでは宿舎に案内しますと言って自ら彼らをもてなしたのだ、よほど待ち望んだ冒険者だったのだろう。

 村に到着、挨拶は宿泊準備などを完了させてから昼食。

 そうなれば午後からはいよいよこの地域におけるクエスト開始だ。


「ノエル、行きましょう」


 用意された部屋は2人用で、ノエルとリーゼは同室である。

 鎧を身につけ、額に鉢金はちがねを巻く。

 後ろでギュっと蝶々結びにすると、生気に満ち溢れた目を輝かせる。


「うん、行こう」


 1月もいよいよ中旬へ。

 年末から年を跨いで行われている魔物討伐クエストと並行したリハビリ。

 残された時間は多くない。

 そろそろ目に見える成果を、そんな空気感の中、ノエルは出発した。


※※※※※※※※※※※※※※※


「増えているな」


 村を出て、道を外れて森に踏み入ったハルツの第一声はそれだった。

 至る所から獣の気配。

 普通魔物や動物なんて、その気になって探すか偶然でもなければなかなかお目にかかれるものでもない。

 それこそダンジョンでもなければ、魔物に遭遇すること自体希少だのだ。

 だが、この森には奈良の鹿公園と同じくらい魔物が溢れている。

 鹿1種類ではないから多少は、そう思えなくもないが、鹿同様観光客に見えている分が全てではない。

 通常の参拝客が入ってこないような山中にも鹿はいるのだ、魔物とて同じである。

 目視で確認できたのはミノタウロス、フォレストウルフ、スライム、コカトリス、熊。

 恐らくトレントも潜んでいることを考えると、かなり密な状態だ。

 ノエルのリハビリに重点を置きたいのが本音だが、ここまでだとそうもいかない。


「全員、戦闘準備」


「ハルツ殿?」


 彼の側にいた兵士が不思議そうな声をあげた。

 それでもきちんと戦闘準備をしているあたりはしっかりしている。


「数が多い。まずはこの辺りの魔物を減らす。レイ殿たちは分隊単位で行動! ジーンはパーティーの指揮を執れ。リーゼとノエル様は私について行動します。戦闘開始!」


 聖騎士のクラスの能力を乗せたハルツの開戦の叫びによって、戦端は開かれた。

 軍は4人一組の分隊で声をあげながら敵に突撃していった。

 ハルツを除いたパーティーも同じく、魔物を追って森の中に消える。


「では2人とも、始めましょうか」


 ナモン村近郊の魔物討伐クエスト、開始である。


※※※※※※※※※※※※※※※


「あまり無理しないでくださいよ!」


「分かってるけどっ! これは少し……むんっ!」


 徒党を組む訳でもなく、積極的に襲ってくるわけでもない魔物を駆除することはさほど難しくない。

 強いて言えばゴブリンは群れで行動するので多少注意すべき点はあるが、見える範囲にいるそれらは既に駆逐された。

 3人は噛みつこうと飛び上がったフォレストウルフを口から真っ二つにし、通りすがりのスライムを両断し、ミノタウロスを単騎で撃破する。

一際鮮烈な戦いぶりを見せるのはハルツ、彼は現在コカトリスを端から捌いている最中だ。

 次いでリーゼも中々で、味方への誤射を防ぐために魔術を制限しても十二分な成果をあげている。

 そしてノエル。

 爆発的とまではいかなくても、魔物と戦い続ける数週間で彼女は戦いの記憶を呼び覚ましつつあった。


 調子が良い。

 思考と動きのズレが少ない。

 今日私は、剣聖の力をものにする。


 成功を確信するメンタリティ。

 上手くいく気しかしない精神状態。

 スポーツ科学の世界ではフローと呼ばれる現状である。

 有名なゾーンの一歩手前、とにかく根拠のない自信が湧いてきて仕方がない、これ以上ないくらいポジティブなコンディションは結果として外に出る。

 剣が軽い。

 しかし、同時に武器としての重さも感じる。

 思い描いた軌道、考えた時に既にそれはそこにある。

 考えたことが素直に実現できるのだ、そりゃ強い。

 ゴブリンの残りカスか数匹、ノエルの射程に入った。

 覚悟を決めているのか、逃げきれないと判断したのかそれらは拳を振り上げて彼女の方に向かって行く。

 それに対して低い体勢で腰だめに剣を構えた。

 構えたというより、佩いている。

 以前使っていた剣よりも数十センチ長い剣。

 バランスも違えば扱い方も異なる。

 身体を軸にして回転させるように回すと、軌道上の命が刈り取られた。

 刀身に血はついていない。

 それほど鋭く、綺麗に刃を通したのだ。

 刃こぼれ1つ作ることなく2匹のゴブリンを切って捨てたノエルは、そのままもう1匹を串刺しにする。

 心臓を一突き、振り上げた拳を降ろすことなく敵は息絶えた。

 依然敵の数は多い。

 だが、乗り越えられる、このまま剣聖の力をものにできる、そう考えていた時だった。


 ——あと少しで出ようかな。


「っ!」


 身体が重くなる。

 鎧の重量がそれ以上に、冬の寒さに筋肉が縮こまってしまったみたいに。

 先ほどまでの万能感はどこに行ったのか、ノエルの動きにキレがなくなった。

 手が汗ばみ、剣がすっぽ抜けそうになる。

 視線がブレる。

 どこを見たらいいのか、どこを見なくてもいいのか。

 不必要にキョロキョロと、そのタイムロスはノエルを後手に回らせる。


「ノエル! 大丈夫ですか!」


「待っ……や、やるから。大丈夫だから!」


 明らかに大丈夫ではない様子だが、リーゼも正面の敵を片付けなければならない。

 それは近くにいるハルツも同じで、しかし対処するほかないと笛を鳴らした。


「集合か」


「第2分隊、戻るぞ!」


 今の日本ではほとんど見ることの無くなった機関車の警笛のような甲高い音が森に響いた。

 緊急集合の合図である。

 絶えず鳴り続ける音へ向かって、魔物を討伐中の全員が急行する。

 リーゼはフォレストウルフの群れを、ハルツはミノタウロス2匹とトレントを相手にしていて手が離せない。

 縄張り意識の強いミノタウロスが喧嘩せずに向かってきているハルツは特にキツイ。

 ノエルの前には一体のバイコーンがいた。

 報告にない魔物の出現に、ハルツは黒装束の調査を疑い始める。

 しかし、一角獣ユニコーンの亜種または原種であるバイコーンは数が少なく、見つけられなかったのだと判断した。

 荒ぶる二角獣はどうもご立腹の様で、ノエルに対して容赦ない攻撃を向けた。

 魔物の中でも幻獣に近い分類のそれは、ダンジョンで戦ったスライムの変異種のように魔術を使う。

 2本の角の先から炎弾の派生、鬼火を打ち出し、無差別に周囲にばら撒く。

 迎え撃つノエルは顔色がどうもよくない。

 先ほどまでの調子なら多少時間はかかっても安全にバイコーンを始末できるはずだったが、この状態ではむしろ危険なまである。


 ——力が欲しいだろ? でも使い過ぎれば契約対象となり、私が顕現する。どうする? 私。


「っさい!」


 動きの鈍ったノエルに、バイコーンの突進が迫る。

 ここを越えねば、彼女に先はない。

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