第153話 勝てるといいな
私の力は迷惑をかける為にあるんじゃない。
剣聖の力は、仲間を傷つける為にあるんじゃない。
「ノエル、準備は良いですか」
「あぁ。行こうリーゼ」
ハルツ率いるBランクパーティー5名。
さらにカナン中央軍所属の4分隊からなる1個小隊16名。
さらにその外側には秘密裏に派遣されたアラタ率いる黒装束4名。
それにリーゼを加えた総勢26名がノエルのリハビリを支援する人員だ。
黒装束の忙しさから分かるように、大公選本番前のこの時期にこれだけの戦力を彼女の為だけに割くのは中々特異な光景だ。
それだけ公爵の息女である点と、剣聖のクラスを持つ点が特殊なケースということであると言える。
サヌル村の集落を出て、森の中を北に進む。
グンダサ村に通じる道、整備されているが街道のように隅から隅まで管理が行き届いているわけではない。
先日の黒装束が遭遇したようにスライムが道を塞いでいたり、オウルベアの縄張りに入ったりすることもある。
今回はそれこそが期待しているものであり、魔物や動物に向けて剣聖の力を行使してコントロールを再習得させるのだ。
「アラタ」
「んー?」
その様子を遠くから見守る一団。
真っ黒な装備は森の中で目立つからという理由で草木でカモフラージュをしている。
こうしておけば平常時は黒装束に魔力を使わなくて済むとリャンが提案した。
そんな中アラタに話しかけたのはキィだ。
「ノエルさんは剣聖に勝てるかな?」
「……知らね。でも」
アラタは除いていた望遠鏡から目を離し、別のものを見るような顔をした。
「勝てるといいな」
彼は
再び望遠鏡を覗き始めた時、その時には既に今の彼女たちを見ていた。
「変なの」
そう言うとキィは腰を下ろして隣を歩くアリに興味が移り、それ以上ノエルについて聞くことはしなかった。
ノエルの周囲には6名の護衛が付いていた。
リーゼ、それにハルツ達だ。
四方を各分隊が警戒し、索敵する。
ハルツ達はその報告を逐一受け取り、ノエルの為に使う獲物を検討する。
スライムは話にならず、かと言って冒険者ギルドにおける彼女と同等級であるCランクの魔物は少し心配だ。
出来ればD、いやEランクが望ましいと彼が考えていた時、右方を警戒中の分隊から報告が入る。
「アルミラージの群れを確認。その数最低5」
「予想される数は上限でいくらくらいだ?」
「は。およそ20程度かと」
「……よし」
剣聖に捧げられる生贄が決定した。
事前情報に合致した魔物、ウサギによく似たアルミラージを討伐する。
ウサギと同じく食肉と毛皮が獲れる為カナンをはじめ多くの国で飼育、捕獲されている魔物。
最大の違いは額に生えた1本の角であり、螺旋を描いた形をしているそれは永遠の象徴が転じて長寿の象徴として人気がある。
アルミラージの寿命は長くても10年に届かないことから、長寿の象徴とすることには懐疑的な意見も多くあるが、安価に手に入る角が魅力的であることには変わらない。
一行は進路を右に取り、道を外れて森の中へと踏み込んでいく。
大人数での行動は警戒心を強めるので2個分隊は広く展開し待機、残りがノエルに付いて行動する。
「準備は良いですか?」
「うん」
返事をした彼女の腰には長らく握っていなかった剣がある。
ダンジョンでアラタが破壊してからもう一度造り直した高価な剣。
初めの武器は親からもらったものだったが、これだけの業物を自分の稼ぎで注文することが出来るのだから、ノエルの冒険者としての優秀さが見える。
※※※※※※※※※※※※※※※
「明日はいよいよですが、その前にお勉強の時間です」
リハビリ開始前日、顔役へのあいさつなどを終えた2人は借りた建物の一室にいた。
一度完全にコントロールを失い、危うくAランク討伐対象として粛清されかけたのだ、今一度やるべきことを見据える為の確認作業だ。
「ノエル、剣聖の力とは何ですか?」
「クラスの力だ」
彼女が答えた通り、特別と言ってもクラスはクラス。
リーゼはその先にあるものの説明をする。
「そうですね。クラスの力は魔力、筋力、体力などを与えてくれます。それに加えてスキルの補助や特殊な能力もありますね」
リーゼは紙に絵を描いて説明する。
クレスト画伯の独創的な図によると、中心のヒトデを模した造形のそれがノエルもしくは人間であり、その中に書かれた円がクラスの力を示しているらしい。
ノエルは幼馴染の特殊な美的センスにうすうす気づいていたが、本人はいたって真面目なので話に集中する。
「じゃあクラスは何を基にしているのか。はいノエル」
「剣聖は気力を糧にして動いている」
円の中に大きく、『気力』とこの世界の文字で書き込まれた。
「これはクラスや行使する力によって異なりますが、まあノエルの場合はそうです。気力を消費して剣聖の力を引き出し、行使する。これが基本ですよね」
「でも、私は契約が……」
「そう。それが特殊な例。ノエルは去年、もうすぐ2年になりますね。力のやり取りに関する契約を剣聖の人格と結んだわけですから……」
ヒトデの隣にもう一つヒトデが生成され、それらが糸で結ばれる。
「こうなります。魔術を行使する際、魔力でパスを作るように、気力でクラスの力の通り道を作り、その上で気力を支払って力と交換するんです」
クラスは分からないことだらけだ。
まず気力という定量化できないエネルギーを通貨に交換される謎の力。
何故か満15歳になった時に全ての人間が得ることが出来るはずの力。
はずというのは2人が例外を見つけてしまったから。
異世界人にはクラスがないのか、それとも彼が特別な人間なのか。
彼に特別で良かったと言ったなら、そんな特別嬉しくないと顔をしかめるだろう。
「ノエルは通常支払うべき代償を使わずに力を行使できるわけですから、瞬間火力が非常に高いです。でも、ツケは向こうの人格の任意のタイミングで支払いを求められるわけですから、貸し借りがある限り常に乗っ取りのリスクはあります」
リーゼは乗っ取りのリスクをツケの指数関数と定義した。
行使した力が線形的に詰みあがっていくのに対して、剣聖の人格は対数的な感じ方をするからだ。
ある一点に到達するまで、剣聖はツケを貯め続けようとするだろう。
しかしその限界点を超えると、それなりの時間顕現するのには十分な時間を確保できている状態になり、後は外のタイミング次第となる。
つまり、如何にツケの残量を少ない状態で力を行使できるか、これが剣聖の力を押さえる鍵である。
もちろん剣聖の人格も主がアレとはいえバカではないので、ツケを小出しに行使したりはしない。
むしろ力の前借りをそそのかし、ノエルに代償を支払わせようと虎視眈々と狙っている。
そこまでリーゼは書き終えると、ペンを置き締めくくる。
「まずは代償をきちんと支払うこと。次に力の前借り契約を破棄できるようにもう一人のノエルと交渉すること。いいですね?」
「うん。……リーゼ」
今日は早く休みましょうと広げたペンや紙を片付け始めた彼女に、ノエルは一つ、気になることを聞いた。
「2年前、サラという女がいたのを覚えているのか?」
「ええ」
ノエルのクラスが発言して間もない頃、レイテ村でティンダロスの猟犬と思しき敵と交戦した時の暗黒騎士。
彼女もクラスの呪いに悩む人間であり、最後はリーゼの援護も含めたノエルとの戦いに敗れ、散った。
「あいつに言われたんだ。千切れぬ
「バカですね。なんで私がノエルとの関わりを絶たなくてはならないんです? ノエル不足で死んでしまいますよ」
そう言うとリーゼはノエルの頭を優しく撫でた。
緩くカーブのかかった自分の金髪とは違う、真っすぐな黒髪を流れに沿って撫でる。
『私が不足する?』と不思議そうな顔をしたノエルは、少し恥ずかしそうに照れながら笑った。
「へへへ、私、頑張れる気がする」
「皆ノエルが復活するのを待っています。一緒に頑張りましょうね」
※※※※※※※※※※※※※※※
そして時間は元に戻る。
両刃の剣を構えたノエルを取り囲むアルミラージ。
そしてさらにそれを取り囲む兵士やハルツ達。
臆病な性格のアルミラージは逃げまどっているが、ジーンの起動した結界のせいで逃げることが出来ずにいる。
狩りのやり方としては正しいのだろうが、人間のリハビリの為に殺される一角獣を思うと少しの罪悪感がなくもない。
「やるぞ」
剣を構えた。
下段、自分の身体の右側に構える。
上から叩き殺すように振るのではなく、下から救い上げる様に斬るつもりらしい。
「キュ?」
ノエルと一匹のアルミラージの目が合った。
瞬間、身体強化をかけた体は動き出し、魔物を射程圏内に捉える。
だがアルミラージもみすみす殺されてはくれない。
まさに脱兎の如く走り出して生にしがみつく。
気力を支払う。
ツケはダメ。
貸し借りはダメ。
スキルの補正も剣聖の力の内、使う量を間違えないように——
「斬った!」
結界外で見ていたハルツが声をあげた。
しかし、
「ノエル! クラスの力を使えていませんよ! もう少し力を強めて!」
「分かっている!」
一匹仕留め、次の獲物に目を向けるノエル。
自分自身分かっているのだ。
貸し借りを作ることを恐れるあまり、クラスの力を引き出すことが出来ない。
身体強化も素のままで、クラスの補正はかかっていなかった。
もっと強く力を行使することを試みながら、彼女は一匹、また一匹と魔物を狩っていく。
クラスの力が無いとここまで違うのか、そう周囲に思わせてしまうほど、ノエルがアルミラージを全滅させるのにかかった時間は長かった。
このレベルの魔物18匹、以前のノエルなら追いかけることも含めて2分あれば余裕だった。
今のアラタでももう少し時間があれば何とかなるだろう。
彼女が魔物を全滅させ、結界が消えた時、太陽は彼女たちの真上まで到達していた。
1匹あたり6分強。
それが今のノエルの力である。
「お疲れ様です。休憩にしましょう」
「……あぁ」
そこから少し離れた高台で、2人の黒装束が望遠鏡を畳んだ。
「しばらくダメそうだな」
「クリスは分かるのか?」
一足先に昼食を摂り、彼女と後退で監視につくアラタはクリスの口ぶりが気になった。
まるで過去に同じような経験をしたもしくは経験をしている人を見たことがあるような口ぶりだったからだ。
クリスは日向に座ると、アラタが用意しておいた昼食を広げ始めながらこう言った。
「呪いを克服するのはそこまで簡単なことではない。それだけだ」
そう言うと彼女は弁当に手を付け始めた。
すました顔をしていても食事中の彼女は楽しそうだ。
「とか言ってさ、クリスのクラスは盗賊だから呪いとか関係ないの知ってた?」
「僕もそれ思った。あの人ってちょっと知った風な口ぶりで話すときあるよね」
食べ終わった鳥の骨がアラタに飛ぶ。
躱されたそれは地面に落ちてアラタがそれを拾う。
「お前、痕跡は出来る限り残すなよ」
「黙れクラスなし」
「え、アラタってクラス無いの!?」
「い、いやぁ~、アハハ…………」
キィはその日、出会ってから一番死んだ目をしたアラタを見たという。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます