第152話 狼たちの生まれ故郷
「リャン、黒狼の反応は?」
「ありません」
「よし、ハルツさんを迎えに行ってくる」
黒狼を名乗る敵勢力との夜間戦闘が終わり、ノエルの護衛を務めるハルツと彼が接触したのは午前10時の事だった。
尾行の類は無いと判断、森の中で待ち合わせ後、黒装束の拠点へとハルツ、そして治癒魔術を使えるタリアを伴ってアラタは帰還した。
「タリアさん、2人分頼めますか?」
「大丈夫。軽傷みたいだし、午後には元通りよ」
アラタ、リャン、ハルツは拠点内で情報交換だ。
黒装束が調査したサヌル、グンダサ、ヒッソス、オーベル村付近の生物分布、そして何より重要な黒狼の存在。
確認できただけで8名、しかもアラタ擁する黒装束で一人も仕留められない精鋭部隊の報告はハルツの顔を曇らせた。
リャンの機転で魔道具を張り付け、近くにいないことは確認できるという事実は多少気を楽にさせたが、それでも一筋縄ではいかない任務には毎度のことながら慣れない。
「それで、その魔道具は一体どのようなもので?」
アラタは昨日の晩、発信装置について説明を受けていたが、ハルツに説明するついでに彼も再度説明を聞く。
リャンが実物を見せた方が速いと言い、持ってきた竹筒。
トントンと軽く叩きつけ、中から出てきたものを見て、2人は絶叫した。
「おいおいいおお! キモッ! 生きてる!?」
「噛みつかないだろうな。あともう仕舞ってくれ」
眠気と戦いながらで適当に聞いていたのか、どんなものか知っているはずのアラタまで驚いている。
ただ、何度見ても慣れないものであることは確かだ。
これは魔道具というより、生体兵器と言った方が近い見た目をしている。
ヒル、短いミミズ、イソメ、そんな見た目のそれは、釣りや山に慣れていない人はどうしても嫌悪感を抱いてしまうだろう。
うねうねと動きながら、取り付く物体を探すそれは生き物ではないと主張する方が難しい。
リャンが筒の中に納めてからも、彼と2人の間には距離が出来たままだ。
取り残しはないのか、もしあったら自分たちに張り付くのではないのか、それが怖いのだ。
「も、もういない?」
「いないですよ。それにあれは魔道具ですから。そんなに気にしなくても」
リャンは平気なようだが、嫌がらせに全振りしたような見た目をしているそれを敵に張り付け、体内に侵入しているというのだから、少し敵が可哀想に思えなくもない。
ハルツの好奇心から少し話題が逸れてしまったが、黒狼の件についてハルツから情報の擦り合わせがある。
「特務警邏から数名退職者が出たそうだ。他にも行方知れずのものがいるとか。これがそいつらのリストだ」
ハルツが机に置いた紙には、6つの人名と身元、特徴などの個人情報が記されていた。
「アーキム・ラトレイア、バートン・フリードマン。これはあれですか、そう言う編成ですか?」
この6人が黒狼のメンバーである確証はないが、アラタの目に付いた名前があった。
二つとも彼にゆかりのある苗字を冠し、昨日の斬ったほうの魔術師と剣と盾持ちの情報と似通う部分が多い。
そう言う編成かという彼の疑問に対し、ハルツも『恐らく』と返した。
「発案者は誰だと思います?」
「エリザベス・フォン・レイフォードではないのか?」
だとすると相談役達が噛んでいるのか?
「分かりました。敵は俺たちの黒装束と同じものを持っていますから、気をつけてください」
「承知した。では今日より共同任務、必ず成功させよう」
丁度治療を終えたタリアが出てきて、ハルツ達との接触は終了した。
クリスとキィはすっかり元気になり、今からもう1戦出来るくらいには気力が満ちている。
アラタは2人にも黒狼の構成員と思しき人間の情報を共有し、その後少しの間休憩時間とした。
ノエルたちが村に入り、村の顔役たちにあいさつ、打ち合わせ、それから行動を開始するまでまだ時間がかなりある。
アラタとリャンは徹夜であることもあり、警備を回復した2人に任せてアラタとリャンは寝ることにした。
洞窟の中は魔道具のおかげで暖かかったが、布団の類はなく、持ってきた寝袋だけで何とかするほかない。
布を挟んで伝わってくる地面のごつごつした感触。
それが嫌だったアラタは一度寝袋から出て、寝袋の中に着替えや黒装束を敷き詰める。
それからもう一度入り、これくらいで我慢するしかないかと諦め、就寝した。
土の匂いが鼻に届く寝床、決して快適ではなかったがこれからしばらくこんな生活が続くことを考えると早めに慣れるに越したことは無いと、適応する方向に気持ちを切り替えた。
※※※※※※※※※※※※※※※
「ん……今は、3時か」
予定していた睡眠時間は3時半までだが、少し早く起きたアラタは寝袋から出て荷物をまとめ、リャンが起きるまでの間を道具の手入れに費やした。
黒装束に故障個所がないか、魔力を流しながらチェック。
ブーツを磨き、手甲の糸がほつれている部分をカットする。
刀は冗談みたいに新品のままだが、汚れは付くし、柄の糸の隙間には土が入り込む。
それを丁寧に取り除き、鞘に付いた汚れを取り、刀身に問題がないか確認する。
相変わらず歪み一つない刀を鞘に納めると、その頃には3時半になり、リャンも目を覚ました。
「よーし、集合。飯にしよう」
いつまでも警戒していても無駄に消耗するだけだと割り切り、4人そろって食事を摂ることに決定した。
机の上には肉や野菜の入ったスープと、今後の予定を決めるべく地図や行程表などが広げられている。
敵に殺された馬の肉、自生していた小松菜、ドレイク経由で入手した固形コンソメ。
他にも適当に食べられる食材を入れて煮込んだリャンの適当男料理が完成した。
馬肉を使うのに味噌がないのがやや不満なアラタだったが、味は問題ないようで食べながら今後の予定を詰めていく。
「キィ、ショーテルは振れそうか?」
「うん。もう大丈夫」
治癒を受けて少年は全快し、これからはしっかり戦力になりそうだ。
「オッケー。取り敢えず、黒狼の身元が一部分かったから共有。あとは……」
「ラトレイアとレイフォードか」
ハルツからもらった紙を読み、先ほどのアラタと同じ反応をしたのはクリスだ。
特配課壊滅後常に行動を共にしていた2人は同じところに注目する。
「そーなんだよね。多分俺とクリスをご指名なんだと思う」
「ではこちらから仕掛けますか?」
2杯目のスープを飲み干したリャンは聞きながら3杯目に突入している。
クリスもそうだが、肉体の強さは内臓の強さとある程度相関がありそうだ。
「それなんだけど、向こうの方が数は上なわけだし、ちょっと工夫がいるなぁと思って」
アラタはそう言うと、何も書かれていない紙とペンを取り出し、インクにつけた。
羽ペンなんて見た事すらなかったアラタのそれは、インクのつけすぎで紙にポタリと落ち、黒い染みを作る。
それから彼が書き始めたのは、隣に置かれている地図の簡略化された写しと、それに加筆されたいくつかの絵だった。
「へたくそ」
「うっせ。相手がここを見つけていてもいなくてもいい。適当に行動してここをばらして誘い込む」
「罠だと見破られませんか?」
「そこなんだよなあ」
リャンの指摘にアラタは頭を抱える。
昨日のやり取りで、お互いに敵がどれくらいの技量を持っているのかイメージを持った。
そして、倍の人数でして誰も死ななかった黒装束に対して、黒狼が警戒心を高めるのは当然であり、慎重に行動するだろう予測はつく。
実際より過大評価する可能性すらあるのだ、誘っても何かあると読んで敵も動かず膠着する可能性は大いにあり得る。
「……やるならこちらのフィールドでやりたい。無理に敵の位置を探らないように。黒狼の倒し方はハルツさんたちとも話し合うから、取り敢えず待機かな」
「アラタ、ちょっといい?」
有効な作戦が出ないまま打ち合わせが終わるかに思えたが、そこで手を挙げたのはキィだ。
「いいよ、どうした?」
「僕たち以外の人にミスさせて、それに対応する形で動くのはどう?」
「どういうこと?」
「あのね、例えばハルツさんが敵の目に付くような状態でここに来るでしょ。そしたら慌てて僕たちが拠点を移すんだ。それを敵が見ていたらどう思うかな?」
案を聞いた3人は各々の脳内で状況をシミュレーションする。
ハルツさんは少し嘘臭いか。リーゼあたりなら適役か?
移動先の準備が気取られないようにする必要があるな。
キィ、こんなに成長して……泣きそう。
「ありだな」
「ああ」
「ですね」
満場一致で可決されたキィの欺瞞行動案。
中々大掛かりな作戦になる予感がして、その準備をいったい誰がするのか。
お互いに顔を見合わせて、『こいつらにやらせよう』と心に決める大人3人。
果たして貧乏くじを引くことになるのは誰なのだろうか。
その日、本隊は村に逗留する手続きや準備のあれこれで結局リハビリは行うことはなかった。
夜になり、再度ハルツから変更後の予定を聞いたアラタは就寝前に3人に明日の予定を伝達する。
「明日8時からノエルが魔物討伐に入る。俺たちは周囲の警戒任務だ」
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