第151話 前哨戦終了、ということは
アラタが千葉新だった世界には無いエネルギー、魔力。
それは元の世界の常識からすればあり得ない超常現象を引き起こす、この世界の
新しく手にした力だからこそ、初めから持っていなかったものだからこそ、彼はそれを重視した。
何が出来て、何が出来ないのか。
自分のキャパシティ、他人の平均的なキャパシティ。
魔術の使い方、結界への転用方法、そこに付きまとう制限。
そして、彼の出した答えの一つ。
治癒魔術とは、他人の体内に魔術的効果を及ぼす技術である。
だからこそ、そこには才能が必要不可欠であるのだと。
彼にはそれが出来ない、だが、それは同時に彼にある技のヒントを与えた。
魔術を行使するには魔力で構築した回路を使う必要がある。
魔力を外部に展開すればするほどその難易度は上がり、必要とするそれも増える。
「ま、魔術が!」
驚く敵を見て、アラタは力を抜き、流れるように動き出す。
彼がやったのは、魔力の体外放出。
ただぶっ
魔術を行使するほど精密さは求めない、ただそこに留める。
そうすると何が起こるのか。
答えは目の前にあった。
俺の勝ちだ。
一撃。
魔術師に浴びせると、展開した魔力を介して抵抗を感じていた敵の魔力が弱まった。
手押し相撲で手を引っ込められた時のように、それでいて逆らわずに前のめりになるように、押し合っていた魔力は行き場を求めて流れる。
土棘、並列起動30。
1/3程はうまく発動せず、魔力は霧散した。
しかし、残りのおよそ20個は敵を穿ち、戦闘不能に陥るほどのダメージを与えるに至った。
敵が魔術阻害を受けてから僅か2秒のカウンター。
それでアラタが対峙していた3名はダウン。
辛うじて致命傷は避けたものの、肩口を切られた魔術師の眼前には彼の2撃目が迫っている。
「…………
仕込んでいた魔力はすべて使ってしまった。
アラタは残り少ない魔力を体内で練り上げ、刀を介して地面に流し込む。
攻撃をキャンセルし突き立てた刀から、小石が池に落ちたような音が鳴った。
水陣は先ほどの風陣のように不発には終わらない。
彼を中心に360度水しぶきを噴出し、炎槍を防ごうと試みる。
ただ、注ぎ込まれた魔力量も、接触面の攻防のバランスも、天秤は炎槍に傾いた。
煙を上げて蒸発した水陣、威力を弱めつつ貫通した炎槍。
ガードした人間はどこに行ったのか。
炎槍の全面だけでなく、360度に目眩ましを兼ねて魔術を展開し、気配遮断と併用して黒装束の効果を使った。
狙いは炎槍の術者。
魔術が来た方向に向かって行けば暗視が敵を捉えているから斬りかかることはできる。
だが、アラタが石弾を向けたのは先ほど土棘で倒したメイス使い。
これ見よがしに向けられた左手。
手練れが彼の気配を察知し、行動を読むギリギリのやり取り。
一瞬の中で敵の行動を読み取り、誘導するのは高校時代からのアラタの十八番だ。
しっかりクリス達についていた敵5名の内2名を誘引することに成功。
後は攻撃をキャンセルして仲間と合流する。
これで片が付いた。
敵は魔術師が重傷、残り二人も行動不能。
——クリス、ダメージ報告を。
——命に届くダメージなし。キィと私は治癒魔術を使えると助かる。
ノーダメージとはいかなかったか。
アラタが全力を出すのが遅れたからか、思ったより敵を引き付けることが出来なかった。
キィを庇いながら、リャンのサポートをするのは荷が重かったみたいだ。
それでも戦況はこちらに有利に働いており、アラタはこのまま戦闘を継続したかった。
——アラタ、実はリャンが……………
【以心伝心】を通じて何かを聞いたアラタはニヤリと笑い、一歩下がる。
アラタが圧倒した敵は回収され、撤退の構えだ。
「特殊配達課は営業再開したのか?」
ダメもとで話しかけてみた彼だが、案の定答えは返ってこなかった。
必要な時にしか話さない彼らから何か情報を取ろうとするのも大変だ。
アラタは方向性を変えてみることにした。
「帝国に国を売った売女に仕えるのも大変ですなぁ。自分の権益が確保できれば国が滅ぼうとどうでもいいなんて、お前らは糞に群がるハエみたいだな」
敵方だけではなく、後方から殺気を感じつつ想い人を売女、糞呼ばわりするアラタは自分の本音がどこにあるのか分からなくなる。
ただ、心を傷つけながら言ってみた価値はあったみたいで、魔術師の男が口を開いてくれたのだ。
「お前らは何もわかっていない。この大公選の本質も、その先にあるものも。何一つだ」
「その話長い?」
「……殺してやる」
「俺らもお前らも、結局それしかできねえのが限界だ。いくら言葉遊びをしたところで、力が無ければ正しさは正義になれねえよ」
味方に肩を支えられながら、ギリギリ意識を保ちアラタを睨みつける男。
仮面の奥にはまごうことなき人殺しの眼が怪しげに光っている。
彼はその後何かを言おうとしたが、仲間に止められ渋々黙る。
その代わりなのか、隣にいた男がアラタの質問に一部答えた。
「特殊配達課は確かに無くなった。我等は黒狼、闇夜に紛れて敵の喉笛を嚙み千切る。また会おう、元冒険者よ」
普通の人なら暗闇に紛れていつの間にか敵が消え、驚くところなのだろうが、彼やその仲間にははっきりと黒狼と名乗った敵が街道を引き返していくのが見えていた。
「……どう?」
「いないです。撤退した模様」
暗闇に紛れて撤退した黒狼の行動が見せかけであり、自分たちを追いかけてくる懸念は確かにあるが、今の彼らの気持ちは軽い。
リャンの言葉に何か特別な信頼があるかのように、アラタはあっさりと移動を開始した。
「あー、1頭減ったか」
アラタが敵を引き付けている間、彼とクリスが乗っていた馬は戦場とは少し離れた位置に止めていたのだが、リャンの馬はそんな暇もなく殺されてしまった。
これからは4人で2頭の馬を使わなければならない。
多少の不便さはあるが、首都でもないこんな田舎では新しい足を調達する手段も限られてくる。
ケガをしているキィとクリスを馬に乗せ、残る2人は轡を引いて拠点へと帰還する。
キィはいくつかの刀傷と右肩の脱臼、クリスは打撲とかすり傷だった。
「タリアさんとリーゼが参加している。明日には治療を受けれるはずだ」
消毒などの応急処置だけ済ませ、2人を寝かせた。
今日の歩哨はアラタとリャン、もうすぐ朝になるが警戒は必要だ。
洞窟を利用して作られた拠点は入り口を偽装すれば見つかりにくく、ただ出入り口が1つしかないのがネックな隠れ家である。
出入り口を出て、正面10メートルほどの位置に座っている2人は、凍える夜をお湯を作って凌いでいた。
大技を連発して実はかなり魔力も体力もギリギリだったアラタは何もせず、リャンが自分の分まで湯たんぽを作ってくれているのを見つめている。
「それにしても、発信装置ってどういう仕組み?」
アラタが敵の撤退を真と認め、自分たちも拠点へ直行したのにはそれなりの理由があった。
クリス経由でリャンが敵にマーカーをつけたを報告を受け、それならとここまで帰還したのだ。
「あれはですね、メイソン君の作品で——」
細かい仕組みは結局理解できず、メイソン・マリルボーン作で敵の接近を察知できるということしか分からなかった。
アラタが一番驚いたのはそれがドレイクのものではなくメイソンのものであるという事実である。
自分たちに決して好意的ではないはずの彼から思わぬ贈り物が届いたのだ、普通に驚く。
「アメとムチですかね」
湯を沸かし、少し冷まして容器に入れたリャンはそう言った。
なんでも、アラタとクリスの態度が酷過ぎて、その後に優しい言葉をかけた自分のことを信用しているというか、優しい人だと思っているみたいらしいですと彼は言った。
怖い教師や指導者がいれば、その隣の普通の人間が菩薩か何かに見えてくるのと同じと解釈する。
隣の芝生は青く見えるというか、芝をガソリンで燃やす男の隣にいる一般人はまともに見えるものだ。
「黒狼、って名乗りましたね」
「かっけー。リャンは知ってる?」
彼は首を横に振った。
特殊配達課のことを知っているのなら、レイフォード家に関係があるのだろう。
そこまでは黒狼を名乗らなくても分かることで、結局得られた情報はまだ活きそうにない。
「俺たちも何か組織の名前つけるか?」
「じゃあ黒鳥とかどうですか? 向こうは狼ですし」
「それ烏じゃん。まあ、候補の一つって感じだな」
毒にも薬にもならないくだらない言葉を交わす時間が続く。
その後も順調に時は流れ、やがて空が白み始めた。
「朝ですね」
「ああ、これから本番ってマジ?」
「らしいですね。ゆっくり休みたいです」
任務が本格始動する前から、随分とハードな仕事を請け負っている黒装束。
夜が明け、回復したクリスと3人中2人で警備をローテーションさせて過ごすこと数時間。
アラタが秘密裏にハルツと接触したのは、午前10時の事だった。
未開拓領域付近での魔物討伐任務。
任務に従事するノエル・クレストの護衛、開始である。
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