第150話 俺、俺、俺、俺、俺
黒装束に仮面を被った12名の戦闘員。
サヌル村近くの街道にて急襲を受けたアラタ達は、下馬して迎え撃つ構えだ。
「黒装束。レイフォード家か」
自分たちの身につけている装備はドレイクによるワンオフで、そのベースとなっているのはレイフォード物流事業部特殊配達課の装備である。
魔術用の回路を繊維に編み込むことで、魔道具としての効果を発揮する。
しかもアラタのような火を出したり電気を発したり、そんな原始的な構造ではない。
隠蔽、潜伏、隠密行動に最適化されたそれは使用者の存在を掻き消す。
そんな魔道具、魔術回路の仕組みが世に出回っていればもっと話題になるわけで、それはつまり技術を隠す何者かが存在するということだ。
レイフォード家が自分たちのアドバンテージ確保のために、この技術を秘匿していることは明白であり、ドレイクのように流出したものでなければその持ち主は公爵家に縁のあるものと断定できる。
両者の違いと言えば、4人がマントではなく丈の短いケープを着用しているのに対して、8人組がくるぶし近くまである外套を羽織っている点くらいだ。
両者睨み合いが続く。
アラタの一言以外誰も声を発さない。
——アラタ、指示を。
——ここでやる。
——敵は確認済みだけで8人いる。不利な戦闘は避けるべきだ。
——俺が敵なら俺たちが逃げたとして、サヌル村を襲う。
敵の気持ちになって動きを予測する。
基本ではあるが、残酷なまでに敵の立場になって考えを述べるアラタにクリスは少し押される。
だが、彼の思考は正しいのが事実だ。
——確かにな。ではどうやって戦う?
——俺が攻撃、クリスはキィとリャンを護れ。リャンのスキルは温存、使うタイミングは任せる。
攻撃1、守備3の布陣だ。
交信は終了し、男は気持ちを入れ直す。
俺たちが死ねば、敵の存在を知る味方はいない。
俺たちが逃げれば、村人は死に、ノエルのリハビリどころではなくなる。
どちらも捨てることはできない。
なら、どちらも拾うしかないだろうが。
覚悟を決めろ、俺。
頑張れ、俺。
命を懸けろ、俺。
「戦闘開始」
「キィ、リャンは私に付け!」
暗闇の中、アラタが敵に向かって突っ込むことで状況は開始された。
※※※※※※※※※※※※※※※
「リーゼ」
馬車の中に寝袋を敷き、床に就いたノエルとリーゼ。
ハルツ達護衛はテントを張り、見張りを立てた上でそこで寝泊まりする。
「何ですか」
2人とも髪を
冒険者をするならクリスのように短髪の方が好ましいが、単なる好みなのか、それとも貴族故なのか、2人の髪はそれなりに長い。
出発前はあまり元気のない彼女だったが、いざ出かけてからは安定しているし元気に見えた。
「私が頑張って呪いを克服したら、3人でどこに行こうかな?」
この場にいるのは2人。
残る1人は今戦闘の真っ只中にいる。
それを知らない彼女たちは、こうして予定通り寝ているのだが、それは責められないだろう。
ノエルはアラタの話をするとき、楽しそうで、嬉しそうで、それでもたまに酷く悲しそうな顔をする。
傷つけた時、決別した時の事を思い出すのだろう。
母親譲りの赤い目は綺麗だと子供のころからよく褒められていたが、落ち込むとその赤にも陰りが見える気がする。
彼女がどれくらいアラタの事を気に入っているのかは聞いてみない事には分からないが、リーゼ以外背中を任せて戦うような親しい人は今までいなかったのだ、彼女が彼に執着するのも分かる気がする。
それだけにリーゼは不安なのだ。
人格を乗っ取る為に剣聖は手段を選ばない。
それこそ平気で人を殺す、傷つけるだろうし、それがアラタだった日には元の人格は耐えられないだろう。
だからこそ、ハルツやドレイクは彼を遠ざけることを決め、アラタはそれに従った。
安全策としては確かに正しい、それ以外に選択肢は無かった。
ただ、その後彼と遭遇したノエルは期せずして暴走し、剣を失った。
ノエルにとって、アラタは大切な仲間であり、暴走のトリガーであり、取り戻したい
数年前、ノエルはある女性に言われた。
千切れぬ
離れ離れになっていても、それはまだ繋がっているのだろうか。
傷つけ傷つけられても、2人はまだ仲間でいられるのだろうか。
明るい声で聞いたノエルだが、内心不安でいっぱいなのが表に出ている。
隠し事なんて出来ないこの妹のような子が、リーゼは可愛くて愛しくて堪らない。
「アラタならきっと、ノエルの行きたいところに連れてってくれますよ」
「本当?」
「文句は言うかもしれませんけどね。でも、なんだかんだ言ってアラタはやればできる人ですから」
「…………へへへ、そうだね」
『こんなの、何回でも俺が止めてやるよ』
この言葉が、私を励ましてくれる。
大丈夫、大丈夫、今度会ったら、ごめんなさいして、それから言うんだ。
もう一回、3人で冒険をしようって。
その日、彼女の心の中にもう一人の人格は現れなかった。
※※※※※※※※※※※※※※※
「おらぁ!」
渾身の一撃が、敵の槍ごと肩を砕いた。
左肩にめり込む自身の武器、そしてそれを尚も押し込む丈夫過ぎる刀。
そうなれば次に来るのはとどめの一撃。
槍の直線に沿って首に向かって一直線。
黒装束は左手を手放して指が落ちるのを避けた。
そして全力で右手を突き上げて刀の軌道を逸らす。
だらんと垂れさがってしまった肩だが、命は助かった。
追撃に移ろうとしたアラタには、敵の魔術攻撃が飛来して邪魔をする。
暗闇だが、【暗視】を使い続けているうちはブラインドの類は彼に通用しない。
今アラタが相手をしているのは3人、残る5人はクリス達の方に向かっている。
クリス達は奇襲を受けてキィが怪我をしたことで、やや劣勢だ。
タイミングは任せると言っていた【魔術効果減衰】を既に発動し、全力で防いでいる状態である。
もとより戦闘はあまり得意ではないリャン、手負いのキィ、それをカバーするクリス。
5対3という構図、とてもじゃないが耐え切れない。
アラタは自分の中で、ギアを一段上げた。
今までが初回から3、4回くらいまでだとするなら、今は中盤、打順が一巡し終わり、敵の作戦も変わってくる時間帯だ。
既にスキルはフル稼働しているのだが、【身体強化】に回すエネルギーを増大させ、魔力を練る準備もする。
敵を減らさなければ、このままでは減るのは自分たちだと理解しているのだ。
雷撃が光を放つ。
暗闇に光る魔術は非常に映えるが、スマホはこの世界に存在しない。
大地を踏み込む。
同時に魔力を流す。
踏み込んだ力をスピードに変え、敵の右側からカーブを描いて距離を詰める。
敵もそれに対して1人はその場にとどまり、1人は下がり、1人は彼がスタートを切った方向へ位置を変えた。
石弾を発動。
雷撃とは対照的に、今度は闇に紛れての攻撃。
彼が元居た地点からの角度をつけた攻撃、アラタが得意とする型の一つだ。
しかし、敵も暗視持ちなのか片手に持ったシールドで防がれ、別の敵目がけて撃った石弾も叩き落とされる。
正対する敵に右側から斬りつけ、真上からのメイスを避ける。
敵は頭を下げてアラタの攻撃を回避し、その低い体勢のまま横薙ぎを繰り出した。
刀は無事でも先ほどの槍使いのように、自分の武器ごと身体を破壊されかねない。
瞬間アラタは跳躍し、メイスを躱しつつ頭から真っ二つにしてやろうと振りかぶった。
「……チッ」
下がった敵は暗視ではっきりと彼の視界に入っていた。
それを知っているからか、嫌がらせのように魔力をわざとらしく練り上げ、発動したのはなんてことのないただの石弾。
しかも一発、剣脊で防いだアラタはメイス使いを蹴飛ばし距離を取る。
中々やりきれない。
死にそうで死なない。
クッソ面倒だな。
……魔術師からやるか。
今度は角度を使わない。
遠隔起動するコストを考慮して、結界要素を含まない簡単な魔術で牽制する。
雷撃、水弾を同時使用して敵2人に打ち出す。
見た目派手な攻撃は敵の注意を引き、必要以上に動かすのに最適だ。
ギリ片手に剣、片手に盾を持つ敵の刃先がかすったが、想定の範囲内。
魔術師はちょろい、そう思いつつ、しっかりと敵の動きを想像して斬撃を撃ち込んだ。
「近っ」
逃げるか躱すか防御するか。
彼の予測はその3択であり、どちらにせよ彼は距離を詰めてボコるつもりだった。
しかし、双眸に映ったのは拡大された敵の姿。
彼の眼にズーム機能は無い、拡大したのではなく、近づいたのだ。
拳が見え、インパクトを感じる。
鼻が折れた感触がしたが痛くない。
アラタは構わず刀を振り抜く。
しかし空を斬り終わった手元にはまたしても敵の拳。
手首を横から捕まれロックを掛けられた。
そして肘関節を極められ、転がされる。
刀を放さなかったのは賞賛すべき点だが、おかげで【痛覚軽減】ありでもかなり痛む。
この極秘任務にアサインされるような人間が、遠距離でしか戦えない典型的な魔術師であるはずがなかったのだ。
合気に近いものか、それそのもの。
何らかの護身術の類を修めた動きにアラタは戸惑う。
刃物対刃物なら実戦の数で何とかできる彼だが、素手は意外に相性が悪い。
いってー。
手首、折れたかな。
まだ動かせる、大丈夫だ、折れてない。
鼻は折れたし息がし辛い、鼻血も出てる。
…………まずいな。
クリスだけじゃ5人は捌けない、せめて4人、いや3人。
あれやるか。
刀を握り直し、正面から構えた。
アラタと対峙している敵の内、暗視持ちは剣士と魔術師の2人。
メイス使いは勘と僅かな間で動いている。
その2人から見て、アラタの周囲の空間が歪んで見えた。
こんな時に眠気がやってきたのか、いやそんなわけないと思考を巡らせる。
視界全体がぼやけるのではなく、彼の輪郭がぼやけている。
まるで真夏の陽炎のように。
しかし、観察しているうちに、やがて本当に空間そのものが歪んでいるように見えてきた。
そして、
「消えた!?」
「3! 真下に撃て!」
【気配遮断】で薄めた気配に警戒を強めた敵は魔術師に地面へ向かった魔術を行使するように命じた。
この場合、使う魔術は風陣である。
外へと拡散するように起動し、敵の姿をあぶりだすと同時に行動を阻害する。
そこをカウンターで落とす、魔術戦の決まった勝ちパターンの一つだ。
だが、次の、正確にはそのしばらく後、彼らは陽炎の意味を理解する。
「ま、魔術が!」
風は、起こらなかった。
魔術は……起動しなかった。
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