第135話 かまってちゃん
ラトレイア家の屋敷における騒動の結末は、死亡した私設部隊、金眼の鷲構成員が冒険者ギルドと取引のある魔石業者から非常に貴重な魔力結晶を奪い、それは伯爵家の指示だった、ということになった。
伯爵からすれば身に覚えのないことで責任を取らされそうになり、酷い災難なわけだが、探られると痛い腹を持つ彼とて大ごとになるのは避けたかった。
完全に嵌められた形だが、身の潔白を証明するには彼は汚れすぎている。
金眼の鷲を
そう言われた伯爵は誠に遺憾ながら首を縦に振った。
表向きは金眼の鷲の独断専行、それの監督責任を負うべき雇い主だが、彼らの巧妙な手口を鑑みれば、伯爵にその咎を負わせるのは少々酷である、というのがクレスト家からの意見だ。
裏ではレイフォード派閥からの決別を約束させられ、ラトレイア家はこの大公選から脱落することになった。
そして、クレスト家派閥にとってこれ以上ないくらい都合よく事が運ぶことになった最大の功労者たちはというと、
「さて、知っていることを話してもらおうか」
まだ仕事の最中だった。
ドレイクの家に帰ってきた彼らは、捕縛した赤マント2名を一緒に連れてきた。
赤マントと言っても見た目はラトレイア家の使用人そのものであり、絵面は完全に人攫いのそれだ。
アラタは未経験だが過去に同じようなことをしたことのあるクリスは尋問姿が板についている。
地下訓練場、その中央付近に拘束されたまま離れ離れに座らされる2人。
まだ名も知らない彼らを囲うように、クリスは逃走防止用の結界を張る。
地中空中、球体状に彼らを取り囲んだ魔力は彼女によるものではなく、魔力結晶を動力源として活用したものだ。
その為クリスは魔力をほとんど消費することなく、結界の維持に集中力を割く必要もない。
結界の外側から話しかける彼女に対して、大人の方はまるで聞く耳持たぬと言った様子だった。
それなりの年齢、整えられた髭を生やしていて、恐らくハルツと同年代くらい。
アラタやクリスよりは遥かに年上、そんな感じだ。
戦闘中、子供の方が口走ったことがもし真実なら、この2人はお隣のウル帝国の人間ということになる。
大人の方の、決して口を割らないといった覚悟を決めた目、これは分かる。
でも、子供の方はそうじゃない。
どこか楽観的というか、この状況を楽しんでいる、そんな風にすら見えた。
第一、ちびっこの方は床が抜けたくらいで崩せるような使い手に思えなかった。
彼がこの手の引っ掛かりを感じるとき、大抵何かあることは経験則で分かっている。
こいつらが隣の国の人間でもそうでなくても、何か意図があってわざと捕まった、彼にはそう思えてならないのだ。
「K、ちょっと」
——何だ?
——ちびっこの方に聞いたほうが早いかも。
——だが嘘だったら意味がない、ばらして情報のすり合わせを行うべきだ。
特配課に所属していた時にも教わったことだが、ただの取り調べにしろ、尋問にしろ、拷問にしろ、情報というのは裏が取れなければならない。
確かな証拠、現代では信頼性という意味で一次情報が重要視されるが、こんな状況では公式発表など望めるはずもない。
ではどうするのか、答えは簡単、積集合を取るのである。
複数の情報源からの情報を擦り合わせ、整合性を突き詰める。
虚偽の受け答えをしている可能性を考えるのは当然だが、その上で複数人がAと言えばAである可能性は極めて高い。
それぞれ取り調べをする、その上で嘘を嘘であると看破する。
それが今2人に求められている仕事だ。
——取り敢えず俺に任せてくれない?
【以心伝心】を通じて伝わってくるアラタの感情には、自信と言えるほどのものではなくても、何とかなるだろ、そんな漠然とした安心感があった。
——やってみろ。だめなら言え、私が代わる。
アラタは結界に近づき、2人と目を合わせようとする。
大人の方はそっぽを向き、子供の方は子供らしい瞳で彼を見ている。
「名前は?」
「……………………」
「僕はキィ、こっちはリャン。リャン・グエルだよ」
大人の方は口を開かなかったが、子供の方から彼の名前は勝手に出てくる。
まあ名前など左程情報量を持っていないので、あくまで入り口に過ぎない。
「キィ、君達はウル帝国の人間なの?」
戦闘中、大層口が軽そうだった男の子に期待半分、そう言った感覚で聞いてみた。
ダメならダメで他の方法を考えよう、そう考えていたアラタにとって、キィの口から飛び出てきた言葉は想像の斜め上を突き破るほどのものだった。
「うん。僕とリャンは伯爵おじさんのおうちに帝国の人を引き入れる準備をしに来たんだ。それでね、おじさんがあれはだめこれはだめって言うから、僕たちも困っていた所なんだ。それでね——」
「キィ」
男が初めて口を開いた。
静かな声だった。
男らしい低い声、そしてよく通る音質。
一聞無機質にも聞こえるその声の中には、生来の優しさと任務に邁進する厳しさが同居している。
名前を呼ばれた、それだけであれだけおしゃべりだったキィが静かになり、複雑そうな顔をしながらも、それ以上何も話さなくなった。
——クリス、もう無理そう。
——上出来だ。子供は別室で取り調べる、お前はこいつを見張っておけ。
——了解。
念話が終了すると、結界を解除しクリスはキィを縛っている縄の端を掴み、立ち上がらせた。
これだけ口が軽いのだ、洗いざらいすべて吐いてくれたらいいなとアラタは期待する。
そうしてリャンの見張りをすること数十分。
結界を再起動し、逃走を防止すると後は暇だ。
キィと違い、リャンは話しかけても応えることがないし、かといってこの場を離れるわけにもいかない。
訓練をしようとも考えたが、敵の目の前で手の内を晒すことがご法度なことくらいわかる。
結果、アラタは椅子に座って待機するだけで何もすることはなかった。
そんな彼の元にクリスから緊急の連絡が入ったのは、彼女がキィを連行してから50分が経過した後だった。
見張りはどうするかと聞くと、ドレイクにでもやらせておけとクリスは言う。
よほど何かあったのか、そう思って階段を上がり、キィが連れていかれた部屋に入ってアラタは事態を把握した。
このガキ、猫かぶってやがったのか。
「お兄さんも来たの」
「キィ、さっきとは随分様子が違うな」
反抗的な目、ふてぶてしい態度。
今こいつを解放すれば、勝算の有無に関わらず、きっと2人に襲い掛かるだろう。
「話すことは何もないよ。それよりお腹すいちゃった、何かない?」
「貴様、調子に乗るのも大概に……」
アラタが地下で待機していた間、クリスはこのすれたガキと押し問答していたらしく、彼女の不快感は最大値を更新しているみたいだ。
任務に忠実で、特配課のメンバーからも一目置かれていた彼女だが、一緒に生活してそのメッキが剥がれつつある。
本来は感情豊かで、大飯食らい、結構些細なことで心を揺さぶられるような人間、それがクリスと言う人間だ。
2人の睨み合いを見ながら、アラタは状況を整理する。
クリスが冷静ではない分、自分は客観的にこの状況を観察することが出来るのだ。
さっきまでペラペラ、今は非協力的。
違いは場所、後は人。
クリスが気に入らない……女が嫌い?
それにしては、逆か、俺がいないから。
「キィ」
「…………何?」
「ク……こいつが席を外したら話してくれるか?」
「むりっ」
食い気味で拒否され、彼の推理は外れると共に、アラタの心に10のダメージが入った。
10のダメージは、例えるならそう、テストの結果が非常に良いもので、学年1位を取った確信をした隣でそれを上回る点数を持つ友達に話しかけられたくらいの傷だ。
多少傷ついたアラタだが、彼の心はそこまで軟な鍛え方をしていない。
すぐに次の仮説に想いを巡らせる。
俺じゃダメか。
っつーかあの場にはクリスもいたわけだしな。
じゃあ…………
指をパチンと鳴らし、会心の回答を出した。
「キィお前、リャンを困らせたいんだろ! それか構ってほしいか、どうだ!」
えぇ!? という顔でアラタを見るクリス。
そんなことを自信満々な顔をして言ってのけるのか、そんな驚きだ。
しかし彼女はこの後、更なる驚きを体験することになる。
みるみる赤面するキィだ。
先ほどまで、あれほどクソガキ丸出しで自分の言うことなすこと全て無視だった少年が、アラタの言葉を聞いて別の意味でだんまりしている。
図星だったのか!? という顔でクリスはアラタを見た。
意外と人を見る目があることが証明された正解者アラタは、勝ち誇ったようにクリスの肩を叩く。
「やっぱり俺くらいになるとさ、
彼女のことを本名で呼び、煽る彼が後でどんな目に遭わされたのかは伏せるとして、真っ赤になっているキィ、勝ち誇るアラタ、虫の居所が悪いクリス、3人の居る空き部屋にドレイクがリャンを連れて入ってきた。
「と、いう訳じゃな」
「リャン…………」
このタイミングでの入室は、今まで外で聞き耳を立てていたことを意味している。
偶然にしては出来すぎなタイミングだからだ。
アラタのまぐれで全て言い当てられ、ドレイクの用意の良さで全てばらされたキィは肩をすくめ、あからさまに落ち込んでいる。
見事な師弟の連携によってスピーディーにネタバラシと相成った取り調べは、ひとまずここで終了した。
「キィ、何でなんだ。なんでお前はいつも……いや、そうだったのか」
自分に構ってほしかったから問題を起こしていた。
子供の駄々としてはよくある話だが、この状況では度を越している。
先ほどまでの威勢のよさはどこに行ったのか、キィはひたすら小さく縮こまり委縮している。
彼から聞こえたのはたった一つ、
「ごめんなさい」
それだけだった。
その謝罪は複数の事実を意味していた。
一つは純粋な過ちを認めたということ。
そしてもう一つ、キィが暴露した内容が、事実であるという裏付けである。
もちろんこの謝罪が嘘であるなら、そこから成り立つ推論も全て水泡に帰す。
しかし、アラタには嘘を言っているようには見えず、ドレイクが何の反応もしないことから彼も嘘ではないと判断している。
クリスはそう見て、彼らの出自と証言を採用することにした。
「クリス殿、こやつらはいつ処分するんじゃ?」
十分情報は得た、もう要らない、そんな意味だ。
ドレイクがキィらを見る目はどこまでも無機質で、使い終わった茶葉を見ているような、そんな関心の無さがにじみ出ていた。
その視線を感じてキィは身震いし、隣にいるリャンの方に少し寄る。
クリスはこいつらに好意的じゃないし、先生も何もなければ殺すんだろうなぁ。
あぁ嫌だ嫌だ、殺さなくていい人まで何人も。
もっといい使い道があるって言うのに。
「先生」
「何じゃ?」
「こいつら、もらってもいいですか?」
廃棄する流れだったが、アラタがそう提案してくることは想定内だったのかドレイクは表情を変えないまま聞き返す。
「何に使う?」
「仲間にして戦力にします」
「裏切りの危険性は?」
「う~ん、それはちょっと…………」
寝首を掻かれればエリザベスを助けるどころではなくなる。
それは彼も困る話で、アラタは思い悩む。
どうすれば裏切りを回避して、仲間として組み込めるのか。
特配課A2、フレディのスキル【回路掌握】が非常に有用であるように、リャンの【魔術効果減衰】も捨て難い。
キィは純粋な戦闘力。
恐らくあの場で本気を出していなかったことを考えると強力な武器になる。
だが、それはそれで暴れられた時に押さえきれる保証がないことと同義であり、困りの種だ。
仲間にしたくとも、効果的な策を打ち出せない弟子を見て、ドレイクは仕方ないかと助け船を出すことにした。
「大人の方は対策が出来るまでワシ預かりにする。子供の方がこやつを見捨てられないのならいい首輪になるじゃろう」
「と、いうことは?」
「その首、しばし預ける」
それだけ言うと、ドレイクはリャンを連れて退出していった。
これにて一件落着、アラタは多少の警戒心を残しつつキィの拘束を解く。
「これからよろしくな、キィ。俺はアラタだ」
「…………よろしく」
恐る恐る手を取った少年は、アラタの手となり足となり、西へ東へ走り回ることになる。
そんな未来を、彼はまだ知らない。
「ほら、クリスも挨拶して」
「断る」
「頼むよ」
アラタにそう言われては、彼女も断ることは出来ず渋々手を差し出した。
「クリスだ、よろしく」
「…………ブス」
いきなり始まった喧嘩を止める為に、アラタが割って入りクリスの右ストレートを食らった話はまた別のお話。
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