第133話 少年とショーテル

 アラタとクリス両名が金眼の鷲を殲滅した頃、ハルツは焦っていた。

 ラトレイア家の主たる構成員、当主ビヨンド・ラトレイアを始めとして以下数十名の人間を任意同行という形で保護することには成功した。

 アラタやハルツ達の突入に遅れて、本来彼らと共に来るはずだった人員が続々と到着、伯爵家の人間を逃がさないための形は完成している。

 ここまでは想定通り、これ以上ないくらい完璧に相手を封じ込めることが出来た。


 まだアラタ達の勝利を知らない彼だが、金眼の鷲の全滅は時間の問題であると考えている。

 事実そうなり、計算通りに事は運んでいた、ただ一つを除いて。


「それらしいのはいたか!?」


「いない。隅々まで探したはずだが……」


 索敵を得意とするジーンもそれらしい存在をキャッチできていない。

 今まで発見した関係者はどれも事前に身元を調査し、家の人間であると分かっている人ばかり。

 変装の類も警戒したが、それらしい者は見つからなかった。


 先んじて逃がされていたのか、いや、それらしい情報は無かった。

 庭園、後は……隠し通路、もしくは潜伏中か。


「戻るぞ」


 同行を求めた以上、ある程度話の分かる人間がその場に残らなければならない。

 交渉、というより任意同行を拒絶されないためのご機嫌取りの為にルーク、実務的な話の分かるレインを残し、3人は再び屋敷の方へと向かった。


※※※※※※※※※※※※※※※


「屋敷の見取り図は頭に入っているだろうな」


「昨日何とか覚えた」


「よし」


 既に開けっ放しになっている正面玄関から2人が突入した。

 アラタが住んでいた屋敷なんて目じゃないくらいの広さの玄関。

 床は大理石、吹き抜け、自分の姿が映し出されるくらい磨き上げられた床。

 アラタは汚い足でこの屋敷に踏み入ることに若干の抵抗感を覚えつつ、それはそれとしてしっかり踏み込んだ。

 一方クリスは何の躊躇もなく土足で立ち入り、ズンズンと進んでいく。

 敵性存在の排除はほぼ完了した。

 後はラトレイア家の人間なり赤マントなりを見つけ出し、拘束するだけだ。

 誰もいない、無人の巨大な建物内を捜索する2人。


 まずは地下から。

 厨房や何かの作業場、物が多い分隠れるスペースは多く、地下通路があるならここからだろうと考えられる。

 それだけに2人もしっかり捜索し、それらしいものがないか入念に調べたが、何も出てこない。

 地下には何もないと判断し、1階に上がる。

 内開きの扉の蝶番には、庭園で拾っておいた植物の茎を挟み込んでおき、誰かが出入りしたか確認できるようにしておいた。

 結果2人が屋内に入ってから人の出入りはなく、窓などからの出入りもない。

 1階は大きめの部屋が数多くあり、ホールや応接間など、とにかく豪華絢爛である。

 壁に飾られたビヨンド・ラトレイアの肖像画が美化されすぎている点を除けば、総じてセンスが良く、金の使いどころを心得ている印象を受けた。


 そして2階。

 地上3階、地下1階のこの屋敷において、2階から上が屋敷に住まう者たちのプライベートな空間となる。

 大理石をベースに、いくつかの場所は絨毯が敷かれていた1階とは異なり、2階は全てが絨毯となっており、部屋の中は石造りだ。

 恐らく家の中でも位の高い人の部屋、伯爵家に名を連ねる人間の部屋だろう。

 散乱した荷物の中、開いていないクローゼット。


「K」


「ああ。いるな」


 誰かいる。

 【敵感知】に反応はないが、耳をすませば人の気配、息遣いが聞こえてくる。


「抵抗しなければ何もしない。出てきて欲しい」


 廃墟とはいかなくても、それなりに荒れた部屋の中で、クローゼットの扉が開いた。

 中には2人、共に使用人らしき服を着ている。

 片方は大人、オドオドして怯えている。

 もう片方は子供、こちらも彼らの事を警戒しているようだ。


「両手を挙げて、後ろを向いて欲しい」


 アラタの手には血の付いた刀が握られていて、それが目に入ってしまったのか子供の方がさらに怯える。

 それに気づいた彼は刀を後ろ手に隠したが既に遅く、アラタに対する子供の警戒心はマックスになっていた。


「A、刀を収めろ」


「うん」


 左肘を折りたたみ、刀の血を拭う。

 壊れない以上錆びることもないが、血の付いたまま刀を鞘に入れるのが嫌なアラタは入念に血をふき取り、そして納刀した。


「さあ、頼む」


 アラタが両手を広げ、何もしないと意思表示をすると、それでようやく子供の方も納得してくれたのか、無言のまま後ろを向いてくれた。


「はい、じゃあ先を歩いて屋敷から出てもらうから。まず部屋から出ようか」


 2人に背を向け、両手を挙げたまま使用人二人は扉へと歩き出した。

 その間、クリスは何か引っかかり成り行きを見守っている。


 ——おかしい。

 ハルツ達がこの程度の、素人が隠れていることを見逃した?


 何かを感じたら即警戒すること。

 特殊配達課の教えだ。


「A、構えろ」


 そう言い終わるが早いか、クリスが剣を振ったのが先か、部屋に火花が散った。

 アラタは首元を引っ張られ窒息しかけたが、何もしなければ大きく曲線を描いた刃、ショーテルに頭を割られていただろう。

 赤マントは大人と子供の二人組。

 目の前の2人も同じ構成。


「ケホッ。マジ!?」


「A、あいつかなりやるぞ」


 ドアを背にしてアラタ達と対峙する2人。

 片方は丸腰、もう片方の小さい方は両刃、日本刀とは逆の向きに大きく曲がったエチオピア発祥の武器を構えている。

 この異世界で、エチオピア発祥と言っても正当性があるかは分からないが。


「あー、上手くいくと思ったのにぃ」


 子供らしい無邪気な声が2人の耳に届いた。

 まだ声変わりもしていない、男の子の甲高い声だ。

 軽く剣を振り回しているその動作の中に、アラタやクリスと同じ、同種の匂いがする。

 殺すための技術、人殺しの技術。

 そこらにチンピラではない、きちんと殺し方を学んだ人間のそれ。


「貴様は何者だ」


 仮面の奥から問うクリスに対して、今度は子供らしからぬ残忍な笑みを浮かべた。


「お姉さん、K……クリスだね。ふふっ、猟犬の生き残りかぁ」


 クリスは反応しない。

 リアクションを取ることに意味がないから。

 ただ、本来秘匿されている彼女の身元、それが割れているとなれば相手は並大抵の使い手ではない。

 何せ彼女は死んだことになっているのだから。

 クリスは頭をフル回転させ、一つの仮説を立てる。


「貴様、帝国の手の者か」


「手の者じゃないよ、そのももがぁっ」


 聞いたら聞いた分だけ答えてくれそうな子供、ほぼ答えは聞こえたがそこに待ったをかけたのは一緒にいる男の方だ。


「黙ってくれ、頼むから」


「ひゃーい」


 非常に軽そうな同意が取れたところで、子供の口から男の手が離れた。


 ——アラタ、ドレイクに言われたことを覚えているか。


 今クリスが開いたのは彼女とアラタの専用回線、【以心伝心】だ。

 普段ならスキルを使わずそのまま会話するところだが、今はこうする方がいい。


 ——帝国の人間を傷つけるな?


 ——そうだ。殺しもダメ、傷つけたことが知られたらダメ、ならどうする?


 ——取り敢えず殺さずに捕まえて、傷つけた分は回復させる。


 ——よし、それで行こう。


 心の会話が終了した所で、2人のやることは決まった。

 殺さずに捕らえる。

 治せる範囲なら傷つけてもオッケー。

 その条件なら楽勝、そんなことを考えている時期がアラタにもあった。


「いっくよー!」


 年齢に似つかない、異常なスピードの斬撃がアラタに迫った。


「うぉっ!」


 左側からの攻撃、刀で受けた彼の耳のすぐ横まで敵の刃先が襲い掛かる。

 ショーテルの反りを活かした変則攻撃、これが厄介極まりない。

 アラタが受けた横でクリスが距離を詰める。

 今なら刺さる、そのタイミングで少年の姿がブレた。


 気配遮断か。


 装備、というより格好は使用人の姿のまま、剣一本のみを手に彼は元特配課の精鋭2名と渡り合う。

 クリスが撃ち合い、その少し後ろからアラタが魔術で攻撃しようと試みる。

 だがしかし、何故か魔術は使えない。


「A! 【魔術効果減衰】だ! 切り替えろ!」


「応!」


 A2のフレディが所持していたスキルの下位互換。

 ギルド支部長、イーデン・トレスが所持していたスキルと同種。

 そのスキル発動下では、魔術を満足に使うことが出来なくなる。

 フレディのスキルのように回路を構築すること自体が出来なくなることは無い。

 しかし、アラタの強みである魔術を封じられると、残るは最近素人臭さが消えてきた剣術だけが取り柄だ。


 子供である分、確かにパワーは足りない。

 身体強化をかけている身体なら防御が間に合えば確実に攻撃は止まるし、押し負けることもない。

 ただし、ショーテル、これが厄介な存在だった。

 アラタやクリスが攻撃を剣で受けると、通常ないはずの位置に刃先が存在する。

 そしてそれは確実に急所を殺りに来ていて、2人とも間一髪のところでダメージを避けている。

 狭い部屋の中での斬り合い。

 短剣を使うクリスはともかく、アラタの日本刀は少し分が悪い。

 少年の使うショーテルは刃渡りがやや短く、それ故まだアラタも被弾せずに済んでいるが、その分取り回しはし易く、自由だ。

 ドアを背にして戦っているという状況も彼らに有利に働く。

 戦う状況が変わればやりようもあるだろうが、魔術で壁に穴をあけることも出来ず、この部屋から出ることができない。


「えいっ」


 ショー、先、なんか、出——


「ぐっ! 石弾っ!?」


 アラタの左肩を穿ったのは床の石材を利用した魔術、石弾。

 2階の廊下とは違い、絨毯でおおわれていない分まだ見えるが、速度と威力が衰えることなく飛んでくる。


 見えていたはず、でも、反応できなかった。


 【魔術効果減衰】それの対象を選択することが可能なら、敵が魔術攻撃を仕掛けてくる可能性は十分ある。

 そのことを頭に入れた上での斬り合いで、地面に魔力が流れる感覚は確かにあった。

 ただ、分かっていても防御が間に合わない。

 それほどの起動スピード、コンパクトなモーション、術の威力と速度。

 彼が普段得意とする戦い方だ。


 魔術攻撃で崩し、剣術で大ダメージを狙い、端から削っていく。

 小さな自分の写し見が、今アラタとクリスに牙を剥く。

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