第132話 金眼の鷲殲滅戦

「周りは固めたな?」


「ええ。Kの手下たちがうまくやっているはずです」


「よし」


 Bランクパーティー5名、黒装束2名。

 合計7名の急増タイアップ、不安がないわけではない。

 それに頭数も足りない、懸念事項は一つではなかった。

 だが、ハルツの眼には自信、決意、そう言った感情が漲っている。


「行くぞ、金目の鷲を殲滅する。残りは捨て置け」


「「「了解」」」


 作戦開始である。


「冒険者ギルド所属、ハルツ・クラークだ! 本局提携事業者より、魔力結晶の強奪被害を申請された! 貴族院は特殊状況下におけるギルド及び所属冒険者の一時的な執行権を認めた。よって今から強制捜査にご協力願う! 抵抗する者は容赦なく斬り捨てる!」


 貴族院に秘密裏に受理された強制捜査の書類の控えを掲げながら、声高にそう叫んだ。

 つまり、彼らのやることなすことに抵抗すれば斬り捨てる、そう言うことである。

 門の外で戦いの開始を宣言したハルツに続き、レインが扉を破壊する。

 錠前を破壊し、防御機能を失ったただの扉は驚くほどスムーズに入り口を解放した。


「突入!」


 聖騎士の力を乗せて、ハルツの声が邸内に響いた。

 正面から堂々と殴り込みをかけた7名を待ち受けていたのは、豪華な造りの屋敷、噴水、庭園、そしてその場にそぐわない男たち。

 間違いない、金眼の鷲である。


「23名、増えてます」


 真っ先に敵の数を数え終えたアラタが報告する。

 先日の監視中には10名程度しか確認できず、赤マントの接触時にも同程度の頭数しか行動していなかったはずだ。


「増員したか」


 非番だったり、この事態を見越して敢えて隠していた可能性もゼロではないが、クリスが言ったように、ラトレイア家は金眼の鷲の人員を補強していた。

 ハルツ達がそうであるように、敵もまた、これでもかというくらい金を掛けた完全武装で待ち構えている。

 建物本体までは庭、噴水を含めたパルテールのエリア、それらを超えて初めてお目当ての場所に辿り着くことが出来る。


 アラタ達の目的は主に二つ。

 一つは今目の前にいる、金眼の鷲の殲滅。

 最悪いくらかダメージを入れることが出来れば、死んだ者が魔石を奪ったことに出来る。

 もう一つは、赤マントの拘束。

 いったい何者なのか分からないが、ハルツやドレイクの見立てではこの国の人間ではない可能性が高い。

 アトラの検問をすり抜けることを生業とする運び屋から裏が取れたため、ほとんど確定していると言っていいだろう。

 こういう時特務警邏の情報網は非常に役に立つのだが、まさか局長が反レイフォード派閥だとは誰も思わないはずだ。


 ハルツの眼に、建物内を慌ただしく駆け回る使用人の姿が見えた。

 外にクリスの手下たちを配備しているとは言っても、ラトレイア家から人が出てきて通報されたら包囲網は簡単に崩れ去る。

 門を内側から閉じ、逃がさないようにするだけの数も足りない。

 であれば、敷地内で出来る限り速やかに拘束、動きを封じるほかない。

 それをするには目の前の私兵が邪魔、実際の状況を目にして、彼が判断に迷った時だった。


「ハルツさん、俺一人で十分です。皆は屋敷の中を押さえて赤マントを探してください」


 それはアラタから金眼の鷲への宣戦布告、というより侮辱にも等しい宣告だった。

 お前ら雑魚など俺様1人で事足りる、と。

 流石にそれは言い過ぎなのではないのか、ハルツは全員で突破するべきだと結論を出したかった。

 しかしそれが出来ないのは、先ほど言ったタイムリミット、それが頭に張り付いて離れない。

 金眼の鷲を殲滅する。

 しかしそれにばかり時間と人員を割くことはできない。

 数秒の空白の後、口を開いたのは彼ではなく、クリスだった。


「格好つけるのも大概にしろ。この敵は特殊配達課で請け負う、行け」


「……すまない、任せた」


 ハルツ達パーティーはそれだけ言うと、正面を避け迂回して建物へと向かった。

 彼の中でどのような葛藤が繰り広げられたかは定かではない。

 しかし彼は決断した。

 アラタとクリスにこの場を託し、自分たちは本丸を取りに行ったのだ。


 残された2人と、それを見る金眼の鷲。

 この場に敵は23人いるのだ、ハルツ達を追いかけようと半分程度、動き始めた。

 しかし、彼らが一瞬意識を逸らした瞬間、示し合わせたかのように消えた気配が2つ。


「ぐぁっ!」


「な、なぁっ」


 身体強化をかけた2人の足は瞬く間に距離を詰め、認識外からの急襲でまず2人、落とした。

 アラタは背後から心臓を一突き、クリスは首を短剣でそっと撫でた。

 建物に向かうハルツ達を背に、2人は武器を構え、その圧に敵は数歩後ずさる。

 がら空きの門から逃げ出そうとした者もいたが、敷地外の大通りには素行の悪そうな連中がワンセット。

 その程度で引けを取る彼らではないが、外にいるやつらと争っていると後ろから鬼がやってくる。


「てめえら、ここでやるぞ」


 23名改め21名、相手は2名、普通なら秒で圧殺して終了だ。


「数に任せて殺せ!」


 どこかの偉い人が、戦いは数だと言った。

 確かにその通り、尖った性能の駒がいくらかあったところで、圧倒的な地力の差は埋まるものではない。

 しかし、戦力比10.5倍、その程度の差、アラタ達は今まで何度もくぐり抜けてきた。

 現にアトラの街のゴロツキどもをクリスはたった一人で束ねている。

 女だてらに彼らに言うことを聞かせるには、並大抵の力では、求心力では到底不可能だ。

 アラタはアラタで、高校トップクラスの身体能力を素地に、異世界で文字通り死ぬほど鍛え上げられた実戦の日々は彼に人並み以上の力を授けた。


 つまり、こういうことだ。

 金眼の鷲、それくらいであればこの2人で事足りる。


 黒装束の効果のオンオフを切り替え、気配遮断を組み合わせ、魔道具としての防御力を生かせば持ち主の戦闘力は何段階も跳ね上がる。

 2人は常に半分包囲されたような形で戦っている。

 これ以上ないくらい難しい立ち回りを要求されるが、【敵感知】はアラタだけでなくクリスまで所持している。

 この距離なら視覚外からの攻撃でもある程度予測でき、回避まで可能な高性能スキル、それをクリスは持っていた。

 アラタの敵感知はざっくりと敵意が向けられていることが分かる程度のレベルだが、彼は彼で対応策を持っている。

 単純に、クリスの陰に隠れるのだ。

 別に盾にしようとしているんじゃない、そんなつもりは微塵もないというのが彼の主張だが、明らかに攻撃はクリスに集中している。

 予備のナイフも抜き、二刀流で交戦するクリス、流石に少し厳しいものがある。

 その間アラタは何やらブツブツと呟き、時折飛んでくる攻撃を捌きつつ準備をしていた。

 地面に魔力をジャンジャン投入し、それをコントロールすることに集中している。

 金眼の魔術師も攻撃魔術を起動、今にもクリスに襲い掛からんばかりだ。


 土属性の魔術は、魔力を広く流して、狙いを絞らせないんだぜ。


 こうで合ってるよな、ドルフ。


 贅を凝らした庭園、その一角が破壊された。

 舗装された道はねじ曲がり、噴水は破壊され、パルテールも植栽ごとなぎ倒されている。

 土棘、それの複数同時起動。

 魔力を感じることが出来る者であれば、地面からの攻撃だろうと造作もなく躱すことが出来る。

 それはアラタの攻撃とてそうで、いくつもの棘は躱され、防御され、叩き折られた。

 しかし、忘れてはならない。

 アラタの刀は結界を容易に張り、魔術起動の有用な補助となるのだ。


「石弾」


 クリスの陰から出たアラタは、土棘発動直後、3度、空中を斬った。

 元は未熟な魔力操作から来ていた魔力の残滓、それをコントロールし、魔術に転用する。

 石の礫が生成され、一定の質量を得ると撃ちだされた。

 金眼の視線は皆一様に下を向いており、反応の早かった数名のみが敵を見据えている。


「回避!」


 彼らの頭部の高さめがけて射出された全部で15の弾は、側頭部に命中し昏倒させたり、躱されたり、命中したが当たり所が良く大したダメージがなかったり、様々だった。

 しかし多くの敵は、彼の攻撃を躱すためにしゃがみ込んだ。

 畳みかけるような攻撃、反撃の糸口すら掴めぬまま一方的に攻撃される数秒間。

 土棘の発動からここまで、金眼の鷲を攻撃したのはアラタ一人。

 ではクリスは?


 1人の金眼の上に、影が迫った。


「あ………………」


 気付いた時には時すでに遅し。

 防具の隙間を通され、2撃。

 首元と脇腹。

 どちらも致命傷足り得るものだ。

 そしてそれは1人ではなかった。

 1人目はなす術なく、2人目は逃げようとしたが間に合わず、3人目は反撃したが敵わず、4人目にしてようやく立て直し、そこでクリスはアラタの隣へと収まった。

 瞬く間に7人。

 アラタの攻撃で4人、クリスで3人。

 残るは14名、ここまでの被害で既に金眼の鷲は壊滅と言っていいほどの損害を被っていた。

 これではいくら金を積まれても意味なんてない。

 死人は金を使わないのだから。


「K、やっぱり俺一人で十分じゃないか?」


「まあ……2人の方が速く片が付く。それでいいだろう」


「そうだね」


 残る敵も2人で速やかに殲滅する。

 その決定がなされた時、苦し紛れに敵が魔術を発動した。

 どうやらアラタが攻撃の準備を始めた時、同時期に用意を始めてようやく発動までこぎつけたみたいだ。


「貫け、雷槍!」


 確か、タリキャスの方の詠唱か。


 彼は以前、詠唱魔術についてドレイクに教わった時のことを回想していた。

 詠唱とは魔術回路の構築や魔力操作を言葉で体に刷り込むことであり、流派や地域によって差がある。

 つまり詠唱魔術に精通している魔術師なら、詠唱から敵の力量や身元を明らかにすることも出来る。

 アラタの中で『貫け、雷槍』で終わる詠唱はカナン公国の隣、北側にあるタリキャス王国、その地域一帯で使われるものだった。

 ダラダラと長い口上、ワシなら30発は雷槍を撃てると豪語した師を持ち、彼自身無詠唱魔術の方が性に合っていた。


 敵感知、気配遮断、痛覚軽減を切り、黒装束への魔力供給を止める。

体中から魔力をかき集め、即座に練り上げ、それを構築したゴンブト魔術回路に流し込むと、彼の周囲の温度が上がった。

 正面の敵に対して半身に構え、左手を前に出し、右手を後ろに引き、肘を肩のラインより高く掲げる。

 刀は鞘に納められており、今この一瞬、アラタは無防備だ。

 詠唱の後、少しのタイムラグののち、放たれた雷槍。

 それに対し、後出しながら詠唱なし、短時間で発動した炎槍。

 雷がアラタとクリスに迫り、あと数メートルに至った時、はち切れんばかりに胸を張ったアラタは溜められた力を解放し、身体を旋回、炎をリリースした。


 魔力がぶつかり、脆い方の魔術の組成が崩れ、もう片方の魔術はそのまま直進、貫通する。

 その行く手には敵の魔術師、撃ち負けた方の回避は間に合わない。

 相手を捉えた攻撃は、身体を吹き飛ばし、敵もろとも庭園中央にある屋敷最大の噴水及びオブジェに激突、そこで初めて、アラタの炎槍は鎮火された。

 敵魔術師はその場で死亡、残りもクリスがほとんど片付け、アラタが最後の1人と撃ち合う。


 斬りつけた刀は曲面を多用した鎧に流され、上手く攻撃が入らない。

 しかしそれでも攻めているのはアラタであり、時折織り交ぜられる雷撃、石弾は確実に体力を奪っていく。

 右下段からの切り上げ、初めて鎧以外の場所に刀が入り、鋒に生血が張り付いた。

 左腕は使用不能、握る力の弱まったメイスを叩き、その上を走らせるように、首まで一直線に振り抜いた。


「これで全部か」


「ああ、行こう。ビヨンド・ラトレイアと赤マントを拘束するんだ」


 23体の死体、それをたった2人が築き上げたというのだから、なるほど、金眼の鷲に特殊配達課の後任は務まらないわけだ、とアラタは納得した。

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