第56話 闇夜に笑う

「ふざけるな! 断固として拒否する!」


 ギルド2階、会議室にノエルの怒鳴り声が響いた。

 大声でわめきたてることも珍しくない彼女だが、ギルドの会議室、恐らく真剣な話し合いの場で意味もなくそんなことをするほど無作法でもない。

 つまり彼女がこうして抗議していることにはそれなりの理由があるのだ。


「しかし、これは貴族院からの正式な要請で……」


 ギルド職員の女性は恐る恐ると言った様子で話を続ける。

 彼女は冒険者ではないが、日頃から曲者ぞろいの冒険者を相手に仕事をしている。

 多少の恫喝ではびくともしないし、そんなことをしようものならギルドの権限でペナルティを与えるほど毅然とした態度で職務にあたっている。

 そんな彼女がこの恐れよう、それほどノエルが怒っているということもあるが、彼女自身今こうして自分が言っていることに多少なりとも引け目を感じているのだろう。

 ギルド職員はこの場ではただのメッセンジャーに過ぎないわけで、それを詰めるノエルの気持ちは分からなくもないが正直不毛である。

 彼女を責めたところでどうにかなる話ではないのだから。


「貴様ぁ、こんなことが通ると思っているのか!?」


「ヒッ、も、申し訳……」


「ノエル、その辺にしてください。みっともないです」


 こんな時、ノエルをコントロールし周りとバランスを取るのはリーゼの仕事だが、忘れてはならないのは彼女もノエルに負けず劣らずの激しい気性の持ち主であるということである。


「あなた、ただ上からの情報を伝えるのなら月に金貨4枚もお給料はいりませんよね? どうします? 減給してもらいますか?」


「そ、それは……」


「2人ともその辺にしなさい。あなたは取りあえず業務に戻って、退室してください」


「し、失礼しました」


「さて、どうしたものか」


 ギルド職員に助け舟を出した金髪の壮年男性の名前はハルツ・クラーク、リーゼの叔父である。

 彼の目の前にはクエストの書類、その一番上には貴族院から指名された冒険者の一覧がある。

 その中にハルツやリーゼ、ノエルの名前があるのは当然だが、唯一のEランク冒険者、アラタの名前もあった。


「どうするもこうするもありません! 拒否、こんなクエスト断固拒否します!」


「そうだ! アラタにB~のクエストはまだ無理だ!」


「しかしなぁ」


「叔父様!」


 ハルツは綺麗に整えられた髭を触りながら天井を見上げる。

 彼はアラタという人間に会ったことは無かったが、冒険者としての経歴だけ見れば今回のクエストに参加させることも特段おかしくは無いと考えていた。

 しかしEランクはEランク、最低でもBランク相当と評価された本件に参加させるのが不安であることもまた事実だった。


「よし、彼をここに連れてきてくれ」


「叔父様!」


「ハルツ殿がそう言うなら私にも考えがある。私たちはこのクエストに参加しない」


 ノエルはそう言うとリーゼの手を取り退出しようとする。

 それほど今回の措置には納得がいかないのだ。


「だめです。お戻りください」


 ハルツの方が年上、リーゼの叔父であることからノエルとも親子くらい年が離れているが彼はノエルに対して敬語を使っている。

 言葉には彼女を敬う意味が込められているがそれに乗せられた力はノエルをその場に釘付けにした。


「ハルツ……殿ぉ!」


「ルーク、彼をここに」


「それはいいけどよ、肝心の彼はどこにいんのよ?」


 ハルツに指名された細身の男はこれもアラタのことを知らないらしく、ハルツに場所を聞く。


「リーゼ、教えなさい」


「叔父さ……孤児院で稽古をしているはず……です」


「だそうだ」


「オッケー、ちょっと待ってな」


「叔父様!」


 本日3回目の叔父様はまたも無視されルークは部屋を出て孤児院へと向かった。


※※※※※※※※※※※※※※※


「今日の俺は一味違いますよ」


「それは楽しみだ。さあ、始めようか」


「行きますよ!」


 初手雷撃、からの結か――


「アラタ君! アラタ君はいるか!」


 孤児院の入り口で細身で軽装の冒険者らしき男がアラタの名を呼んでいる。

 アラタは不意を突かれて雷撃が掌で弾けてしまう。

 まだ魔力を練り上げ終わる前だった分、威力は抑えられて痛めの静電気くらいの刺激だったが急な来客に組み手は一時中断される。


「自分がアラタです」


 子供が扉を開けるとスルリと敷地内に入ってきた男は一直線にアラタの元へと近づくと、いきなり彼の手を取り引っ張り始めた。


「話は後だ。まずはギルドまで来てくれ」


「え、それはちょっと……姐さん」


「いいよ、行ってきなさい。ルークもちゃんと飯食いなさい」


「ははは、俺はこんくらいが一番いいんです」


 2人はどうやら知り合いだったようで、そのシャーロットが行ってきなさいと言ったからまあ大丈夫かとアラタは考えることをやめた。

 孤児院の外に出ると男はアラタの手を離しついてくるように促すと走り始めた。


「話の概要を話しておく」


 ルークはそう前置きをすると事の顛末を説明した。

 貴族院から指名でクエストが来た。

 それ自体は珍しいことじゃない。

 現にノエルとリーゼの2人もそう言ったクエストを受けていたし、それはアラタも知っていた。

 今回問題なのはそこから先、今回のクエストの難易度はB~、つまり最低でもBランク、もしくはそれ以上の難易度になる事が予想されるクエスト、その参加者に指名された冒険者のリストにアラタの名前もあったのだ。

 初めは2人のパーティーメンバーということで適当に組み込まれた間違いだと思われた。

 だが確認してもらっても決定は覆らず、Eランク冒険者をB~のクエストに参加させる異例のクエストとなった。

 当然それに反発するノエル、リーゼ両名、ノエルは爆発寸前で暴れ始めそうになるし、リーゼはリーゼでギルドの職員を詰めるわでもう大変なのさ、というのがルークの説明だった。

 だから取りあえず当事者の君に来て欲しいとうちのリーダーが言った、そこまで説明した所で2人はギルドに到着した。

 中に入り階段を上がる、2階に上がるのはこの街に来てすぐギルドに説明に来た時以来2回目だ。

 廊下の両側にそれぞれ部屋があるが、手前から二つ目の右側の部屋、それが今回の会議に使われていた。

 扉を開くと横長のテーブルがいくつか並べられ、一番奥に黒板がある。

 学校の教室みたいなレイアウトだが、生徒ポジションにいるのはギルドでも高位に位置する冒険者たちだ。

 知らない顔も当然あるが、アラタが把握する限りでは全員Dランク以上の冒険者である。


「よく来てくれたね」


 教卓は無かったが、ポツンと一つ孤立するように置かれた席に座っていた偉丈夫がアラタに声をかける。

 そうか、この人がルークさんが言っていたリーダー。


「ハルツ・クラークだ。以後よろしく」


「あ、はい。アラタです、よろしくお願いします」


 部屋中の視線がアラタに注がれる。

 今までのギルドで感じたような敵意は感じない。

 だが、視線の質で言えばこちらの方が数段嫌な感じがする。

 値踏みするような、彼の一挙手一投足を観察し、アラタという冒険者を推し量るような雰囲気。

 注意深く、油断することなく、仲間として、もしくは敵として、この男は自分にとってどのような価値のある人間なのか見つめられたアラタは過去を回顧する表情を見せたが存外平気そうだ。


「自分が呼ばれた理由はルークさんから聞きました。詳しい説明をお願いします」


 アラタの目は真っすぐハルツを見据えている。

 ハルツもそれに応えるように立ち上がり、口を開いた。


「アラタ君、君は指名を受けてクエストを受けたことはあるかな?」


「いいえ」


「それなりに実力を認められた冒険者になると、クエスト依頼を名指しでされることがある。今回のクエストはダンジョン内のバランス調整目的の魔物討伐、依頼者は貴族院、そしてその指名リストに君の名前があった。Eランクの君の」


「裏があると思いますか?」


 アラタは回りくどい聞き方が苦手だ。

 最短で欲しい答えを取りに行く。


「ある……と私は考える」


 即答したハルツだが、その声は決して軽くはない。

 自分たちの知らない何らかの理由でアラタをこのクエストに組み込んだ、それがポジティブな理由である可能性は限りなくゼロに近い。


「ほら! ハルツ殿もそう思っているんじゃないか!」


 今まで黙っていたノエルが叫んだ。

 アラタから見てもよく我慢したほうなんじゃないかと感心したが、我慢していた分勢いは強く溜め込んでいたものが噴出する。


「集団催眠を忘れたのか! また同じことがあったら貴族院は責任を取れるのか! 取れないなら私たちはクエストに参加しない!」


「ノエル様、貴方は保護観察中の身、クエストを断れないことくらい承知のはずでしょう」


「ぐっ、だ、だけど……」


 保護観察中と聞いて、どうせノエルのことだ、お偉いさんに失礼かまして執行猶予の最中なのかなと想像を膨らませるアラタだが、今重要なのはそこじゃない。

 クエストで何が待ち構えているか分からないが、それでもノエルは、それに従ってリーゼはこのクエストを受けなければならない。

 2人についていくには俺はまだ力不足、それは分かっている、何度も思い知らされている。

 でも……最近思う。

 やりたいことがなくなって、どうしようもなく無価値になってしまった俺の人生。

 この世界に来てからろくなことが無いけれど、それでもたまに笑えて、この日々もそう悪いものじゃないと思えるのは誰のおかげか。

 俺は恵まれている、初めて出会ったまともな人がこの2人だったから。

 その2人が行かなければならない、俺も行かなければならない、それを暴れて無理を通そうとする2人には感謝している。

 心配してくれてありがとう、大切に扱ってくれてありがとう、と。


 ――――忘れたい過去、ありますか。やり直したい過去、ありますか。


 そんなのありすぎて答えきれない。

 でも、今こうして生きている現実が、これから歩む未来がそれになりたくはないと、忘れたい、やり直したい過去にしたくないと心の底から思う。


「俺、クエストに参加します」


 リーゼ、良い仲間を見つけたな。

 ハルツは笑う、思い通りに物事が運んだからではない、むしろ思い通りに事は運んでいない。

 だが、そんな中でも彼のような男が姪とその幼馴染の側にいてくれる幸運に対して、男は笑った。

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