第57話 Aランククエスト

 クエストの内容はかいつまんで説明したらこういうことらしい。

 ダンジョンの魔物が増えてきて、冒険者や軍、警邏では駆除しきれなくなっている。

 だから腕の立つ冒険者をまとめて発注して、バランス調整を行うというものだ。

 ダンジョンは全部で5階層、普段の魔物の数を1とすると、現在3、つまり普段のダンジョンの3倍危ないらしい。

 しかもこれは未確定情報、別にダンジョンの隅から隅まで魔物の数を数えたわけじゃない。

 第1階層から第3階層までの魔物の数を複数の冒険者から聞き取りおおよその数を予測しただけに過ぎない。

 もしかしたら3倍も魔物はいないかもしれない。

 だがその逆もあり得るのだ、決して簡単なクエストではない。

 メインクエストは魔物の駆除、それに付随して魔物が増えた原因、活性化した原因の解明、危険度を判断し、クエスト換算でC以上と判断された場合その排除。

 クエストの開始は明後日の朝、明日の夕方に集合、ダンジョン前に陣取った状態で夜を明かし朝一で突入する。

 参加人員は10パーティー45名、現在アラタ達参加者はその準備に追われている。


「俺は先生の授業をキャンセルしてクエストのことを伝えてくる。準備は任せた……リーゼ」


「はい、ドレイクさんによろしくお願いします」


「なんで私には任せないんだ! おかしいだろう!」


「だって、ねえ?」


「もういい! 早く行け!」


 いつものノリを終えてアラタは一人ドレイクの元へと向かった。

 本来は今頃魔術の勉強をしているはず、刀を使った結界術のことを話せると思っていたのにとんだ誤算だ。

 アラタが家に到着した時、ドレイクは珍しく玄関の前で待っていた。


「すみません。ギルドから呼び出しを受けていました」


「よい、状況は把握しておる。明日と明後日の勉強はなしじゃな?」


「それでお願いします。クエストが終わったらまた来ます。じゃあこれで」


 今日はまだ動かないとはいえ、明日の日中まで準備はかかりそうだとアラタは足早にその場を後にしようとする。


「アラタ、これを持って行け」


 呼び止められたアラタは踵を返しドレイクの掌にある物に眼をやる。

 彼の掌には水晶のような石とこれも宝石があしらわれた首飾り、その二つがあった。


「これは?」


「転移魔術用の魔道具と……まあお守りみたいなものじゃ。首飾りの方はお主が身に着けよ、お主じゃぞ。それと魔道具の方は魔力を込めれば起動するが大人数を移動させる故、発動まで30秒かかる。危ないと思ったらすぐ使え、使い時を誤るでないぞ」


 恐らく高価な魔道具、そんなものをポンと渡してくれて感謝しかないのだが、今回に限ってそんなに色々と渡してくれる師にアラタは一抹の不安を覚える。

 以前転移の魔道具とポーションをくれた時はえらいことになったからだ。


「先生はこのクエストについて何か知っていますか?」


「知らぬ。じゃがアトラダンジョンでこんな事今まで起きてこなかった。勿論10パーティーでの合同クエストもな。じゃから何かあると踏んでいる。アラタ、必ず2人を守り抜け、誓いを立てるのじゃ」


「うぃ、頑張りますけど……俺の方が弱いんです、あまり期待しすぎないでくださいね?」


「アラタ」


 ドレイクの声でアラタの背筋が伸びた。

 いつもの適当な言葉かと思って適当な返しをしたけど、いつになくまじめな感じだ。


「人間守りたいもの全てを守れるほど万能ではない。じゃが……」


 一呼吸置いた時、2人の目が合った。

 少し茶色がかった黒の瞳と、黄土色をベースに白藍を散らしたような瞳。


「じゃが大事なものは何があっても守れ。死守じゃ、分かるな?」


 死守、死にかけたことまでなら何度かあるアラタはその言葉の重みを少しだけ理解している。

 その言葉は素直に耳に入ってきて、青年は無言で頷く。


「何としても、何があっても最も重要な結果をもぎ取るのじゃ、よいな」


 再び無言で頷く。

 アラタはそのまま回れ右をしてその場を後にした。

 あの賢者があそこまで言うのだ、アラタも既に分かっていた。

 このクエストは必ず何か裏がある。

 だが回避することはもはや不可能だと。

 正面からぶつかり、乗り越えるしか道は無いのだと、そう理解していた。

 アラタは首にかかるものをグッと握りしめると2人に合流するために走り出した。


 その日の夜、そして翌日の日中はクエストの準備に追われた。

 宿泊するための道具の用意、装備などのメンテナンス、各種打ち合わせ、あっという間に一日が経ちギルド前にクエスト参加者たちが集合する。

 アラタを除いた冒険者たちは全員Dランク以上、アラタのようにキャリーしてもらったわけでもなく、地道に実績を積み上げて今のランクにいる者たち、弱いはずがない。

 全員の集合を確認すると予定時刻より少し早く討伐隊は出発した。

 首都アトラの内部にあるダンジョン、アラタが足を踏み入れるのはこれが初めてになるがこの都市はこのダンジョンを中心に発展していったという古い歴史を持つものだ。

 予め割り振られた役割毎の作業に移って、日没までに野営の準備及び食事を終える。

 ここでパーティーというくくりはあまり意味をなさないが、アラタは今回のクエスト、サポートがメインの為夜通し見張りをする。

 だから2人用のテントを用意するだけで事足りたのは良かったが、一応クエストにも参加するのでトータルで見ると微妙なところだ。

 明日の編成は、ノエル、アラタが前衛組、リーゼは中衛と後衛の間付近、分類上は中衛に所属する。

 このような大規模なクエストではパーティーと言えど一緒に行動できるとは限らない、それがクエスト前の緊張と相まってより一層不安感を煽る。

 ダンジョンから魔物が這い出てくることは無い。

 というより軍が入り口を警備しているので冒険者の出る幕は無いのだ。

 だが一応見張りは立てるようで、アラタは夜通し起きているわけだがそんな時リーゼがテントから這い出てきた。


「ちょっといいですか?」


「いいけど、まだ寝れないのか?」


 リーゼは頷くとアラタの隣に腰掛ける。

 彼女はただアラタの隣に座るだけで、何か話をするわけでもなくただそこにいる。

 まだ夜は長い、アラタのほかにも見張りはいたが一緒に行動しているわけでもないし2人の側には誰もいない。

 しいて言うのならテントの中にノエルがいるが絶賛爆睡中だ。


「このクエスト、嫌な予感がするんです。なのに巻き込んで……すみません」


「そんなことか。別にリーゼが巻き込んだわけじゃないだろ。気にすんな」


「それはそうですけど……本当はアラタは元の世界に帰りたいんですよね」


 リーゼはその辺に落ちていた棒で地面に何か書きながらそう言った。

 2人だけで話す機会は意外と少なく、アラタはリーゼからそのことを始めて言われた気がした。


「……まあ、そうだなぁ。帰りたいよ」


「これが終わったら帰る方法を探しましょう」


「いや、まだいい」


「へ?」


 帰りたいと願うアラタの意思に寄り添う提案だったのだが、それを断られたリーゼは気の抜けた声を上げる。


「帰りたいけど、お前らにも世話になっている。だからまだいい」


 この世界に来て、少し本音で人と話すことが増えた気がする。

 横浜明応のエース、あの千葉新じゃなくて、何者でもないただのアラタとして振舞えることは悪いことばかりじゃなかった。


「ノエルにも、お前にも、俺はお前らに出会えてよかった」


「それ、口説いているんですか?」


「俺彼女いるって言わなかったっけ?」


「言いましたよ。でもカナンは重婚が認められていますから」


 アラタにはリーゼがどこまで本気で言っているのか分からない。

 余り恋愛に積極的ではない彼には恋の駆け引きなんてものは無縁だった。

 好きなら好き、そうでないのなら違う、告白されるまで、告白するまで向こうがどう思っているか考えることは少なかった。


「そんなつもりはない。日本は重婚禁止なんだよ」


「じゃあ私が本気だと言ったら?」


 暗い、篝火は焚いているがすぐそこにはない。

 だからリーゼの顔は彼には見えない。

 【暗視】を使えば普通に見えるが、彼はそうしない。

 単にそうする頭が無かったかもしれないし、そうするべきではないと思ったのかもしれない。

 それにアラタにその気は無かった。

 確かにリーゼは綺麗だけど、始めて間もない共同生活で問題点が山のように湧いて出ている。


「俺は……」


「ふふっ、嘘でーす! 実は私も許嫁がいるんです。どうですか? ドキッとしました?」


「いや? 全然?」


「はぁ、からかいがいの無い人ですね」


 そう言うとリーゼは立ち上がる。

 彼女がテントから出てきてそんなに時間は経っていないが、アラタとは違い明日彼女はフル稼働することがほぼ確実なのだ、もう寝る時間だ。


「おやすみなさい。見張り感謝します」


「ああ、おやすみ。明日は俺を守ってくれよ」


 リーゼは頷くとテントの中に戻っていった。

 なんだ、からかわれただけか。

 恋愛ムードが漂うと彼の脳内には半同棲状態だった彼女、清水遥香の顔が浮かぶ。

 ハルにももう会えないのか、そんな寂しさを感じながら夜は更け、やがて朝を迎えた。


 翌日、早朝から冒険者たちは一人も欠けることなく集合する。

 その先頭に立つのはリーゼの叔父、Bランク冒険者ハルツ・クラークである。


「これよりダンジョン内の魔物を掃討すりゅ!」


 盛大に噛んだ。

 全員から笑いが起こりハルツの顔は真っ赤になる。


「行くぞ! 討伐開始だ!」


 昨日の夜まで漂っていた重苦しい雰囲気はどこかへと霧散してしまった。


 ――大丈夫、何とかなる。


 アラタ達は順番にダンジョンに侵入、第1階層の入り口で隊列を組む。

 討伐クエスト、開始だ。


※※※※※※※※※※※※※※※


ウル帝国歴1580年9月12日

カナン公国 冒険者ギルドアトラ支部

クエスト名:アトラダンジョン内バランス調整目的の魔物討伐

クエスト難易度:A

参加者:Bランク冒険者ハルツ・クラーク以下10パーティー45名

結果:魔物の討伐は概ね完了。魔物増加・活性化要因の駆除に失敗。冒険者45名中、軽度の物を含めた負傷は26名。負傷者全員が冒険者として1カ月以内に復帰。残りの冒険者19名は全員


                死亡。

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