第48話 彼の謎、彼女の謎

 オークション会場では大規模な捕縛劇がくりひろげられていたわけだが、オークションの規模に対して成果は芳しいものではなかった。

 会場の護衛をしていたと思われる敵は一掃したが、敵かと思われた黒装束は交戦することなく撤退、参加者と目されていた者の多くは姿を消した。

 しかしその一方で大物の逮捕もあった。

 カナン公国、フリードマン伯爵家現当主、フレディ・フリードマンが逮捕されたのである。

 身柄を拘束したのはレイフォード公爵家当主エリザベス・フォン・レイフォード、沙汰は追って下されるがこれでアラタ達を取り巻く環境にも変化が訪れた。

 今までちょっかいをかけてきていた張本人が逮捕されたのだ、当事者たちの気持ちも軽くなるというものである。

 会場が落ち着きを取り戻し掃討戦の後始末は始まる頃、浮かない顔をしている美女が1人。

 なぜこの場にあの人がいたのか。

 なぜ傘下のはずのフリードマンを自ら逮捕するようなことをしたのか、庇うことだってできたはず。

 あの子は昔から読めない。

 彼女は必死に考えを巡らせたが結局答えは出なかった。

 そんな時、


「絶壁からでもリーゼみたいな高みに這い上がることも夢じゃな――」


 ――ガツンッ。


「ぶっ飛ばしてやる!」


 ノエルが再び暴れ始めた。

 彼女の脳裏にはギルドでの惨劇が浮かび上がる。

 まずいです、このままでは会場が崩壊しかねません。


「何やっているんですかノエル! 前にも言いましたよね? いい加減大人になってください!」


「だって! こいつが悪いんだ! デリカシーがないにも限度がある!」


 リーゼは必死に止めようと聖騎士の能力を使う。

 しかし相手は剣聖、彼女の力をもってしても剣聖のノエルを完全に抑えることは極めて困難だ。

 ノエルを後ろから羽交い絞めにするがジタバタと暴れられて動きを止めきれない。


「その柔らかいものを私に当てるな! イヤミか! 私への当てつけか!」


 もう無茶苦茶だ。


「そんなこと言われても……あるものは仕方ないでしょう!」


「なんだとぉ!? とにかく放せ! 私はこいつを成敗しなくてはならないのだ!」


「全く、あんたらは何やってんだい」


 アラタ曰く、女子がくんずほぐれつしている姿は誰にも邪魔できないらしいが、残念ながら彼はその光景を見ることはできないまま気を失っている。

 その場に現れたシャーロットのおかげでようやくノエルは沈静化したがアラタは倒れたまま動かなかった。

 他の冒険者や警邏にその場を任せ、ドレイク邸まで戻ってきた一行はようやく一息つくことが出来た。

 ノエルはかなりご不満のようだったが多少冷静になったみたいで、今はアラタのことを睨みつけるだけである。


「じゃあ私はこれで。ドレイクさんも大変ね」


「弟子の面倒を見ることは生きがいじゃよ」


 それもそうか、そんな顔をしたシャーロットはそのまま家を後にしようとしたがリーゼが呼び止めた。


「ちょっと待ってください。協力者と言うのはシャーロットさんの事だったのですか?」


 オークション掃討戦の要、競売開始の合図を送り冒険者たちを導く。

 リーゼの持っていた魔道具はペアとなる水晶を砕くともう一方も砕けるという仕組みのものである故、誰かが開始合図をしていたことは知っていたがそれが彼女だとは知らなかったのだ。


「そうさ、私がその協力者だよ。それがどうしたんだい?」


「いえ、私たちに味方すれば孤児院が危なくなるかもしれないんですよ? それなのに何で……」


「別にあんた達の陣営に付いたわけじゃないよ。そこで伸びている子は私の教え子だ。弟子を師が助けるのは当たり前の事、それだけさ」


 それだけ言うと彼女は家を後にした。

 シャーロットは一人になると大きく息を吐く。


「今回はなんとか乗り切ったけど……次はどうなることやら」


 そう呟くと孤児院へと戻っていった。


 シャーロットがその場を後にしてからしばらくして、アラタは目を覚ます。

 覚ましたのだが……目の前には怒りMAXのノエルが立っている。

 ここから先は気を付けて発言しなければ、文字通り命に関わる。


「おはようアラタ、気分はどうだ?」


「うーん、顔が痛いけど……オークションで競り落とされたあたりから記憶があやふやなんだよな」


「え? ちょ、大丈夫か? それじゃ私に言ったことは?」


「……え? 何か言ったっけ?」


 どうやら先ほどのやり取りはアラタの記憶から抜け落ちているらしく、殴られる前の記憶もないらしいとノエルは考えた。

 良かったような、なんだか納得いかないような気がして釈然としない。


「むぅ、まあいい。ではもう一度聞こう。ギルドで何やら言っていたが……あれはどういうことかな?」


 懲りずにノエルは質問する。

 もうやめておけばいいものを。

 アラタアイズで鑑定するに、絶壁ではないけれどリーゼと比べれば限りなくゼロに近い、というかゼロで近似できる。

 しかしここで間違えるわけには、俺はオークションでの記憶を失っていて、覚えていないという体なんだから。


「年頃の子が自分の体の感想を求めるってどうなんだよ? 少しは慎みを持て」


 その慎ましい胸部みたいにな。


「ならいい! また失礼なことを言ったら本当に殺ってしまう所だった!」


 これからは気を付けよう。


「それより俺の刀ある? 他にも色々となくしたんだけど」


「いや、見てないな。まだオークション会場にあるかもしれない、探しに行くか?」


「俺だけでいいよ。他にもやることあるだろ?」


 アラタはリーゼに場所を教えてもらいオークション会場へと戻ってきた。

 会場には事後処理に追われている人たちが多く出入りしており、ギルドの職員から国の偉そうな人、火事場泥棒に来たような見た目の人間までとにかくたくさんの人がいた。

 顔見知りのギルド職員に状態を聞いたところ、人手が足りないみたいで会場内の物資にはまだ手を付けていないみたいだ。

 何を回収したのか後で見せてくれればそれでいいという条件で入場し、アラタは記憶を頼りに自分が繋がれていた辺りを中心に持ち物を探す。

 会場内は雑多にモノが置かれていて、どこに何があるか全く予想できない。

 商品として管理するなら分かりやすいようにしっかりとカテゴライズして管理しておいてほしいと思ったが彼がそれを伝える相手はもういない。


「責任者がいたら文句を言ってやるところだけど」


 そもそも責任者がだれかなんて知らないしいたとしても捕まったか死んだ後だろう。

 諦めて自力での捜索を続けていると見覚えのある道具を見つけた。


「おおっ、これは!」


 煙玉、ナイフ、その他俺の所持品たちは見つかった。

 ひとまとまりになっておかれているし、間違いなく俺のものだ。

 会場の全体像は把握していないけど俺が拘束されていたエリアから随分と遠くに保管していたものだ、まあ取り返されにくいようにしていたのかな。

 アラタは持ち物を確認しながら装着し直して不足品がないか確かめると、一番大事なものがないことに気付く。


「……ない、刀が、ない」


 他の物はこの世界に来てから手に入れた替えの利く消耗品ばかりだ。

 最悪ここで無くしてもまた買えばいいと思っていた。

 だけどあれば、あの刀だけは替えが利かない、唯一無二の品物だ。

 フレディが言っていたようにあの刀と同等の性能を誇る武器はこの世界にはないだろう。

 もっと言えばフレディがそうだったようにあの刀を詳しく調べられたら……俺が何者かバレるかもしれない。

 一刻も早く刀を見つけなきゃ、俺は今更ながら事の重大さに気付いた。

 やばい、マジでヤバイ。


「もしもし、そこのあなた。探し物はこれですか?」


 綺麗な声だった。

 何といえばいいんだろう、鈴が鳴るような声? 透き通るような声? どう表現したらいいのか分からないけどとにかくきれいな声だ。

 ついさっきも俺はこの声を……


「どうしたんですか? 大丈夫ですか~?」


 その人は不思議そうな顔をしてアラタを覗き込んだ。

 急に距離を詰められたけど不思議と不快感も無ければ驚きもしない。

 まるで初めからこんな距離感の関係だったような気さえする。

 彼女の手にはアラタの探し求めていたものが握られている。


「あ、それっ、それ俺のなんです」


 そうは言ったものの彼女の持っている刀がアラタのものであることを証明する術はない、これは私のものと言われればそれまでだ。

 そう言われればどうすることもできなかったが、アラタがそう言うと彼女はあっさりと刀を彼に向けて差し出した。


「はい、どうぞ」


「あ、ありがとうございます」


 余りにもあっさりと帰ってきた刀を受け取り彼は不思議と質問を投げかけていた。


「自分で言うのも変ですけど、こんなにあっさりと返してもらって大丈夫ですか?」


 彼女の仮面の下をうかがい知ることはできなかったが、アラタの質問がおかしかったのか彼女は少し笑いながら答えてくれた。


「ふふっ、おかしな人ですね。あなたが自分のものだと言ったのに。いいんですよ、今度は無くさないようにしてくださいね?」


 それだけ言うと彼女はくるりと向きを変えて元来た道を引き返していく。

 アラタの中で生まれた違和感、今確かめなきゃ、彼は知ることを望んだ。


「あの!」


「なんですか?」


「おなっ、お名前は……あとなんで仮面を」


「私の名前はエリザベス・フォン・レイフォード。一応公爵です。エリザベス、もしくはエリーと呼んでくれて構いませんよ」


「エ、エリザベスさん。その、仮面は……」


「これですか。私有名人なので必要のない騒ぎにならないようにこうしているんです」


 そういうとエリザベスは2人しかいない通路で仮面を外した。

 固い、綺麗だが無機質な紋様が刻まれた仮面の下に隠された素顔は……


「ハル……遥香、遥香! なんで!」


「ハルカさんが誰かは存じ上げませんが、私はハルカではありませんよ」


「い……え? いや、だって、その顔は……いや……何でもないです」


 2人はそれ以上言葉を交わすことはなかった。

 アラタは迷っていた。

 彼女はあまりに俺の彼女に似すぎている。

 と言うか瓜二つとかいう次元を超えている。

 生まれたての双子でももう少し違うと思うし、それに遥香に姉妹はいない。

 俺は半分に分裂して、半身だけ転生してきた。

 なら他にもそういう人が……いやでも俺と近しすぎないか?

 大体、あの人は公爵だと言っていた。

 俺は冒険者としてその日を生きるのに精いっぱいで、あの子は貴族の中でも凄い地位にいる。

 そんなことがありえるのか?


「あいつがここにいるはずがない」


 世界中には瓜二つの他人が自分を含めて三人くらいいるとされている。

 異世界なら6人になるのかな、そのうち一人にたまたま出会ったのかな。

 今回の件についても腑に落ちないことが沢山ある。

 なんで今まで尻尾を出さなかったフレディがポカをやらかした?

 そんなに俺にご執心だったのか?

 黒装束はなぜ命令を無視した?

 あいつらは何者、誰の指示で動いている?

 他にも不思議なことはたくさんあるけれど、考えすぎか。

 元の世界で警察官とかだったら分かるかもしれないけど、生憎俺はただの学生だ。

 考えても答えは出ない。


「ハル、今頃何しているかな」


 アラタは今後どう立ち回るべきか真剣に考えるのだった。

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