第47話 玉を転がすような声で「さようなら」
呪われた剣聖、そう呼ばれた少女の方を見ると、なんてことはない、いつものノエルが立っていた。
天才? それとも天災の方かな? どっちかと言うと天災の方がしっくりくる気がするけど、そんなこと言おうものなら殺されてしまう。
というかこのドンピシャのタイミング、後少しでも到着が遅れていれば俺は……助けてくれるタイミングが絶妙過ぎないか?
まさかこいつら……いや、助けに来てくれたのにそんなことを考えるのは失礼だ。
「お待たせしました。会場は制圧したんですけど、予想より広くって。立てますか?」
「ああ、大丈夫だ、ありがとう」
アラタを拘束していた鎖はリーゼの手であっさりと引きちぎられた。
まだ枷はアラタの手足についたままだが、これで自由に動くことが出来る。
聖騎士さん、それは人間のできることではないんです、とアラタは心の中で呟いたが兎にも角にも彼は解放され、事の元凶は壁にもたれかかっている、彼らの勝利だ。
「がはっ、よもやここがバレるとは。アラタ君の言う通り少し視野が狭まっていたようです。ここは一度引くことにしますからアラタ君、また今度会いましょう」
フレディがそう言い放つと、どこからともなく武装した敵が出現した。
彼らの装備は統一されていないが、アラタから見て敵はそれなりの強さを持っているように見えた。
以前孤児院の前で交戦した黒装束と同等くらいか、丸腰で相手できるレベルではないとアラタは後ずさる。
そんな彼とは対照的に、2人は前に踏み出す、やる気満々だ。
「おい、そいつらは……」
「大丈夫、すぐ片が付くから下がっていろ」
ノエルは彼の方を振り返ることなく言った。
そんな言葉を聞いてアラタは何故か安堵した。
普段ならノエルの根拠のない自信なんていつも悪い方に転がるのに、調子のいいことばかり言って痛い目に遭っているのに。
何故かその言葉からはそんな印象を受けなかったのだ。
ノエルが大丈夫と言った、なら大丈夫だ、本気でそう思えた。
敵の数は10人以上、人数差だけで考えれば絶望的、逃げることすらままならない。
だが2人は剣を抜く。
敵に抱き起されたフレディは烈火のごとく怒り狂うかと思ったが、存外冷静さを保っていた。
彼は懐から一枚の紙を取り出す。
アラタはそれに見覚えがあった、孤児院の前で見た、クラス補正強化術式というやつだ。
「くくっ、これさえあれば一人脱落、クラーク家の令嬢だけでこの人数を捌ききれますかな?」
「やってみろ」
「は?」
「やってみろと言っている」
ノエルのリアクションが予想外のものだったのか、素っ頓狂な声を上げた彼は次第に怒りの感情を表出させていく。
「……舐めるなよ小娘。貴様はこれで終わりだ!」
フレディは先ほどリーゼの放った矢を受けて手に傷を負っている。
貫通している傷跡は痛々しい限りだが、そんな事全く意に介していないようにビリビリと紙を破くとニタリと笑った。
以前同じことが起こった時、ノエルは苦しみ始めて動けなくなった。
今度も同じだとすれば、戦えるのはリーゼ一人、もしかしたらリーゼもノエルの方に気が逸れて戦えなくなるかもしれない。
アラタの懸念は至極真っ当なものだったが、実際にはそうならなかった。
「……案外大したことない」
「へぇぁ!? 何故! 何故正気を保てる! 剣聖の暴走だぞ!」
アラタから見て、ノエルの様子に何ら変化はなく、どちらかと言うとフレディの取り乱しようの方が半端じゃない。
直刃の両手剣を正面に構え臨戦態勢のノエル、彼女からは魔力、なのかは分からないが生気が
魔力と言うものの存在をつい最近知ったばかりのアラタでさえその力の存在をはっきりと感じるほど、確かな魔力、気力はノエルの周囲を駆け巡り彼女をサポートする。
ノエルはフレディへ向けて、もしかしたら自分自身に向けてかもしれないがぽつり、ぽつりと話し始めた。
「私はこの力が疎ましかった」
「出来ることなら今からでもこんな力捨てたい」
「でも、これは私が望んだことだったんだ」
「私は冒険者を夢見た。その夢は叶った」
「だから、私は次の夢を抱こうと思う」
「殺せ!」
その一声で敵がノエルに殺到する。
一部はリーゼが受け持ったが、それでも3、いや4人がノエルに向けて同時に襲い掛かった。
アラタはその日、初めてそれを目の当たりにした。
呪われた剣聖の力、第2段階で足踏みしていた少女が最終段階へと足を踏み出した瞬間を。
時代は確実に属人性を排除する方向へと歩んでいる。
だがそんな時代において、それでもなお個の力が全体に影響を与えようとすることを象徴するかのようなクラス、【剣聖】。
アラタが瞬きする間に、敵はノエルによって斬り伏せられていた。
まさに刹那の出来事、今のアラタでは何が起こったのか理解することすらできない。
振るった剣には一滴の血も付いておらず、本当にその刃を使ったのかすら分からない。
ただアラタの前には、彼の目には黒髪のポニーテールをなびかせて彼を守らんとする剣聖の姿があった。
「私は……リーゼとアラタ、他のみんなと一緒に冒険者で在り続けたい」
「なら、私は契約に従い、持てる力を全て引き出す、それが正解だったんだ」
ノエルがそう言い終わる時には、既にリーゼは敵を拘束し、斬り、叩き潰していた。
先が重くなっている杖で頭をカチ割られた敵、風の刃で切り裂かれた敵、氷の柱に拘束され動けなくなった敵、倒した数はノエルより彼女の方が多い。
「終着です。フレディ・フリードマン、あなたを拘束します」
もはや彼を守る人間は誰もいない。
冒険者によって会場は制圧される最中であり、オークションの参加者は逃げまどい、捕まり、斬られ、命を落としていた。
ここまでくれば作戦通り、冒険者サイドの勝利は揺るがない。
オークションはぶち壊し、圧倒的敗北を味わうことになったフレディだが、彼の目は事ここに及んでもまだ怪しい光を帯びている。
「アラタ君、またね」
「お前、これだけのことをしておいてただで済むと思っているのか!」
「うん? 私がいつ何をしたと? 確かにここで捕まれば私とてただではすむまい。しかし現状私はここから離脱するだけの余力を残している。私が罪を犯したというのなら証拠を持ってくることだ。もっとも、それは不可能と言うものだけどね」
アラタは録音機器がないこの世界に歯噛みする。
目の前でこれだけ自白していても捕まえることが出来ないなんて、どう考えてもおかしいだろ。
「それでは私はこれで失礼するよ。おい、後始末は任せる」
フレディがそう言うとどこからともなくいつぞやの黒装束が現れ行く手を塞ぐ。
どうやらここからもう一戦交えなければならないようだとアラタはスキルを起動しようとした。
刀も他の武器も何もない、2人が倒した敵の武器を使うべくアラタは足元に落ちている剣に手を伸ばす。
「さあやれ! 皆殺しだ!」
敵が来る。
三人は武器を構え臨戦態勢に入った、が結果として戦闘にはならなかった。
敵が動かないのだ。
黒装束は武器を手にしているが、三人に向かっていこうとはしない。
「おい、猟犬、何をしている! さっさと行けぇ!」
フレディに急かされても尚、猟犬と呼ばれた彼らは動かない。
アラタは状況が理解できていなかったが、それでもこの状態は自分たちにとって好ましいケースだと思い至った時、それはやってきた。
舞台袖、暗い通路の向こうからカツン、カツンと床を靴が叩く音がする。
その靴は、こうして戦闘が繰り広げられている場所において場違いと言える種類、ハイヒールだった。
その靴の持ち主は仮面をつけていて顔が見えない。
「だれ?」
「……レイフォード」
アラタは面識がないが、リーゼは彼女を知っているようだった。
頭髪は黒色、長さは肩まで届かないくらい、仮面の下の顔をうかがい知ることはできないがその佇まいはこの場にそぐわないくらい優雅なものだった。
「いやですねリーゼさん。昔みたいにエリザベスかエリーって呼んでくださいよ」
リーゼの知り合いなのか? それにしては険悪なムードでどうしたらいいか困るけど……
「エリザベス様! お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。少々お待ちいただければ――」
「フリードマン伯爵」
冷たい声だった。
さっきリーゼに話しかけた声の持ち主と同一人物とは思えない程冷たい声。
抜き身の刃を首筋に突き付けられたかのような冷たさだった。
フレディも今までの余裕が嘘だったかのように緊張している。
「あなたには期待していた。でもまさかこんなことを裏でしていたなんて。流石に私もかばうことはできない。分かるわね?」
「エリザベス様……一体何を……」
固まっている彼の元へツカツカと近づいた彼女は2人にしか聞こえないくらい小さな声でこう言った。
「あなたは知りすぎた。さようなら、今までありがとう」
「エリザベス様!?」
2人にしか聞こえない小さな声は、玉を転がすような美しい声だった。
パチン。
彼女が指を鳴らした瞬間、黒装束たちがフレディを拘束する。
身動きする暇など与えられず口、目を塞がれ闇へと連れていかれる。
一瞬の出来事にあっけにとられて唖然としていると彼女はアラタの元へと近づいてきて、
「あなたがアラタさんね。2人と仲良くしてくれてありがとう。これからも二人をお願いね」
「あ、はい」
余りに綺麗な声にアラタはそう答えることで精一杯だった。
誰に似ているとか、顔が見たいとか、そんなこと気にする余裕なんてほんの少しもなかった。
彼女はアラタに一言かけると再びどこかに行ってしまった。
すでに黒装束の姿も消えており、オークション会場の鎮圧は完了している。
最後の最後にドタバタして何が何やら分からない状態でオークション掃討戦は終結した。
エリザベスと呼ばれた女性は何者なのか、フレディと既知の間柄に見えた、彼は彼女にへりくだっていた。
謎は解決するどころか増え、深まるばかりだったが考えても仕方がないとアラタは自分の状態に目をやる。
解放されたとは未だ彼の両手足には枷が付いている。
早いところ鍵で解錠して帰りたい。
「あの、2人とも来てくれてありがとう。この拘束解いてくれない?」
「アラタ、その前に私に何か言うことがあるよな?」
久しぶりにノエルとまともに話をした気がする。
さっきまでの戦闘モードから一転、こちらの方がノエルらしいと思ったアラタだったが彼女の顔を見て全ての出来事を思い出した。
笑顔で問いかけてくるノエルの眼は笑っていない、アラタはギルドの演技を思い出す。
「いや、ノエルが何を言いたいのかはわかっているよ? でもあれは演技だ。だからな、別に本心で言ったとかじゃないんだよ?」
「アラタ、こんなところに奴隷契約の首輪が落ちているのだが」
「おい、嘘だろ? それを持ってこっち来るな! リーゼさん! 助けてください!」
リーゼは反応しない。
何を考えているか分からないが深く集中していてこちらの声が届いていない。
「ちょっと、俺も気にしていること言われてムキになっていたんだ。だからそれを降ろして、頼むから」
「じゃああの時言ったことは冗談だったと信じよう。その上でもう一度聞く。私の胸が何だって?」
そう言うとノエルは腰に手を当て胸を張る。
そもそも鎧を着ているわけで体型なんてほぼ分からない。
アラタは隣で固まっているリーゼをちらりと見た。
いくら体型が分からないと言っても、リーゼくらいスタイルがいいと流石に違いが分かる。
アラタの視線は腕組みをしているリーゼの手の少し上に吸い寄せられる。
アラタはこの時リーゼと比較したことを死ぬほど後悔した。
「ノエル、落ち着いて、これは、えーっと、そのー」
アラタは一度息を吐き落ち着こうとする。
そして、
「お前はまだ成長期だから絶壁からでもリーゼみたいな高みに這い上がることも夢じゃな――」
アラタは顔面を首輪で殴られた感触を感じつつ意識を失った。
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