第49話 オークションの結末

 気が付いた。

 ここはどこだ?

 私はあの後……


 男の記憶はオークション会場でアラタを競り落とした後、邪魔が入り拘束されたところで止まっている。


「そうだ、私はアラタ君を競り落とした後……」


「気が付いたようね。気分はどうかしら?」


 透き通るような声だった。

 私はこの声の持ち主を知っている。

 だが声は同一のものでも、音に宿る冷たい感情が今まで自分に向けられたことはなかった。


「エリザベス様、これは一体!?」


 男はレンガ造りの無機質な部屋、今こうして自分か括り付けられている椅子以外何もない部屋に関して質問する。

 もっと言えば今自分が置かれている状況、どうして自分はこんな汚い椅子に縛り付けられているのか、そう言った趣旨の問いでもある。


「フレディ、貴方は今まで私に良く尽くしてくれた」


 彼女の声色は先ほどとは打って変わって温かみのある優しく語り掛けるような口調だ。


「そ、そうですそうです! 私は今までエリザベス様に誠心誠意尽くして――」


「しかしいつからだろうね、君の歯車が狂い始めたのは。そう、丁度新しい魔道具のテストを頼んだあたりからかな」


 再び一転、声は冷たく鋭く刺すような音に変わる。

 そしてフレディに対しての彼女の追及は尚も続いた。

 まるで薄氷が張っている真冬の水の中にゆっくりと指を浸けるように、この殺風景なレンガ造りの部屋の冷たさを伝えるように。


「貴方は今まで頼んだことしかできないような能無しではなかった。必ず私の期待した以上の成果をもたらしてくれた。だからこそ今まで何か問題を起こしても庇ってきた、揉み潰してきた。ですが……」


「エリザベス様! 此度の失敗誠に申し訳ありません! ですが何卒! 何卒もう一度機会をお与えいただきたく! 何卒!」


 彼は分かっていたのだ。

 見捨てた相手に対する主の容赦のなさを。

 だが同時に配下の者への優しさも知っていた。

 だからこそそれに縋った。

 他に手が無かったのだ、もはやこの女の慈悲に縋る以外に自分の生きる道が無いと、理性と本能の両方で理解していた。


 だが、


「私が話しているというのに割って入るとは。貴方は自分が何をしたのか理解していますか?」


「そ、それは、誠に申し訳ありません!」


 感情を含まぬ口撃から、徐々に彼女の内面にある熱を感じる口調へと変化が見られてきた。


「大体にして、貴方は今回もそうでしたね。私がアラタさんにお近づきになろうとタイミングを計っていたというのに、貴方はズカズカと不躾にも私の前に横入りして色々とやっていましたね」


「ど!? どういうことですか、私はただ……」


「貴方もあの子も、私の気も知らず…………もういいです。貴方の処分は私に一任されているので。後は任せましたよ」


 そう言うと彼女は部屋から出ていった。

 残された男は考える、人生で一番、きっとこれから二度とないくらい考える。

 どこで間違えた?

 アラタ君にちょっかいをかけたところか?

 いや、それよりも更に……


 ……ブシュゥッ。


 男の右耳に何かが破裂したかのような音が聞こえた次の瞬間、彼の右腕はボトリと床へ転がった。


「ギッ、ギギギ、ギャァァァアアアアアア! うでっ、ううう腕がぁぁぁあああ!」


 なくなった右腕の付いていた位置を押さえようにも左手は拘束されて動かすことはできない。

 触覚を捥がれたアリのようにジタバタと動くがどうにもならず、ただ大量の血液が流れ出ていく。

 いつの間にか黒装束、フードを目深にかぶった人間が一人立っていて、こちらを眺めていた。


「おい! 今すぐ止血しろ! ティンダロス! 俺の命令が聞けないのか!」


 ティンダロスと呼ばれた黒装束は困ったような仕草でフードの上から頭を搔いてみる。


「やれやれ、私がお前の腕を斬り落としたのだが。よほど混乱していると見える」


 エリザベスは部屋から出ていき、残されたのは自分とこの黒装束のみ、状況を見れば当たり前の事実だが、そんな当たり前のことをようやく把握した男は惨めにも喚きたてる。


「私は! 私は! これからもっとのし上がって! ようやくアラタ君も手に入れたのに! あと一歩で隠された真実にたどり着くことが! くそぉ! 何故、何故だ!」


「あと一歩足りなかった。それだけのことだと思うがな」


 黒装束がそう言い終えると、男の首は彼の足元に溜まった血の海へバシャリと転げ落ちた。

 隠された真実、それは一体何のことだったのか。

 アラタの隠している秘密なのか、それとも全く別の……今となってはそれを知る者はいない。


「思った以上に知恵が回るようでしたね。危ないところでした、まさかここまで突き止めていたとは」


 女は独り言を呟く。

 その言葉の端から分かることは、どうやら彼女にとって秘匿しておきたい事実は秘匿されたままの状態を保つことが出来たということだけである。

 彼女は書斎に火を放ちその場から立ち去った。

 少ししてフリードマン伯爵家は当主フレディが屋敷に火を放ち自殺、伯爵家の勢力は散り散りになったという話が広まり、伯爵家跡地には誰も近づかなくなった。


※※※※※※※※※※※※※※※


「なあ、これで一応決着はついたのか?」


 ドレイクの家にすっかり居座ってまるで自分の家のように振舞っているアラタは、台所から頂戴してきた食べ物をかじりながら聞いた。


「さあ? どうでしょう。少なくとも伯爵家が御取り潰しになったことですし、アラタに手を出す人間はいなくなったと思いますけどね。それより私にもそれください」


「そうだな。とりあえず当面は何も起こらないんじゃないのか? それより私にもくれ」


「だといいな。俺も早く家が借りたいし」


 この世界に来てしばらく経つ。

 慰謝料とかを合わせればそれなりに金もたまった。

 そろそろ一人暮らしをするくらいの金は貯まっただろ。

 アラタは手にしたドライフルーツを2人に奪い取られながら、1人暮らしをするべく家を借りる決意をするのであった。

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