第40話 事後処理

 俺の怪我は命に別状はないものの、それなりに深いものだったみたいだ。

 治癒魔術を使っても俺の体力が追い付かないのでゆっくり治す、そう言われて俺の体中に包帯やら添え木やら巻きつけられている。

 治癒魔術の恩恵にあずかるようになってからと言うもの、アラタの怪我に対する考え方にも大きな変化があったが、それでもこれは慣れなかった。

 骨折、裂傷、打撲、レパートリー豊富なけがを負っておいて全治1週間、いくらなんでもおかしいと思いつつアラタはその恩恵を享受している。

 元の世界であれば死も覚悟しなければならないかもしれない、そうでなくとも数カ月まともに動くことはできないだろう。

 そんな事実が彼にここは異世界なのだと実感させる。

 まずは体力を回復させて、リーゼによる治癒魔術を受けることが出来るようになるとそこからは早かった。

 アラタは一日寝てとりあえず治癒魔術による施術を受けると松葉杖ありなら立って歩けるまでに回復した。


「この世界にも松葉杖ってあるんだな」


 治療を受けても痛いものは痛いのでスキルを使っているが横になっている方がいいに決まっている。

 アラタは誰もいない部屋でベッドに立てかけられた松葉杖を見て呟いた。

 この世界がおかしいことくらいは俺にもわかる。

 元の世界で、誰が発明したものなのかは知らないけど、技術や思想の積み重ねが花開いて生み出された物がこの世界にも平気である。

 それは似たものをこの世界の人が開発したのか、それともこの世界はもう一つの地球なのか、ならなんで魔力やスキル、クラスなんてものがあるのか、疑問は尽きない。

 だがそんなアラタの悩みも吹き飛ぶくらいこの家の居心地は良いものだった。

 2人は事後処理に追われていて日中家にいない。

 状況が状況だしドレイクの家に居候状態なのだがこれが中々どうして、控えめに言って最高なのだ。

 先生が看病してくれているから大体のことは魔術で実現できる。

 そもそも雷撃一つしか使えない俺からしたら常に何らかの魔術が起動している先生はやっぱりおかしい。

 まあそのおかげで快適な療養生活を送れているから何も不満はないけど。

 それと一番驚いたのは先生の家に風呂があったことだ。

 感動した。

 この世界に来てから風呂に入ることは半分くらい諦めていた。

 将来金持ちになって自作する以外に道はないと思っていた、でも松葉杖があるんだ、風呂くらいあるだろ。

 しかも先生の家の凄いところは日本の一般住宅の風呂みたいなやつじゃなくて、温泉の大浴場みたいな造りをしているところだ。


「昔作ったんじゃ。当時の教え子たちも喜んで入っておったわ」


 先生はたまに昔の話をするけど決まって記憶があいまいになる。

 先生の年齢は知らないけどそれなりに高齢だろうし、まあ仕方がないことなのかな、そう言うことにしておこう。

 ドレイクがアラタの身の回りの世話をしている時、玄関の方でドタドタと音が聞こえたと思うと2人が部屋に入ってきた。


「ドレイク殿、冒険者に何をしました!?」


「そうだ、キモ……気味が悪い」


 いまキモイって言ったか?

 あいつらが聞いたら血の涙を流しそうだな。

 2人の言いたいことが分からないアラタだがドレイクはしまったという顔をしている。


「すっかり伝え忘れておりました」


 年齢にそぐわない『テヘッ』という仕草をすると真面目な顔に戻り事情説明を始めた。


「手紙を残したと思うのですが、ワシのやることと言うのはですな……今回の件に関わった者どもの記憶をですな、ちょちょっとすることでして」


 あれ? 普通に犯罪じゃね?


「ききき記憶の改ざん!? そんなことって実際に……あるんですか?」


 リーゼが驚いてひっくり返りそうになっている。

 ギリギリ耐えたがその反応は普通の人のそれであると言える。

 ノエルに至っては情報を処理しきれずにフリーズ、now loading……という状態になっている。

 しばらくしてロードを終えたポンコツマシンは、


「そ、そんなことが出来るのですか!?」


 やっと追いついてきて先ほどリーゼがしたようなリアクションを返した。


「記憶の改ざんと言ってもそんな大げさなものではないのです。催眠系の魔術で現実と夢の境界を少しあやふやにしてですな……」


 詳しい原理はよくわからないがドレイクがとんでもないことを気軽に話していることはアラタにも理解できた。

 現代でもそんなことできる技術は聞いたことがない。

 酩酊状態にして、みたいな感覚なのだろうがそんなに都合よく上手くいくものなのか?

 彼の中で今回やったことはさほど大したことない感覚なのかもしれないが、アラタはとんでもない人に弟子入りしてしまったかもしれないと今更ながら感じていた。


「あの、それでですね。ギルドの記録から決闘があったことは分かっているのですが……」


「そうだ。急に観客が暴れだして決闘は中止、それにアラタが巻き込まれて重傷、ギルドはアラタに対して慰謝料を支払うことになった」


 慰謝料……金!


「あくまでも参考なんだけど、それっておいくらくらい?」


 嘘です。

 普通に気になる。

 慰謝料をもらっても怪我したことに変わりはないけど、それでも金をもらえるなんて思ってもいなかった。

 クエストを受けるようになってから金欠にはならなくなったけど、家を借りたい俺にとっては朗報だ。


「がっつかないでください。アラタに対して金貨15枚、私たちにもそれぞれ3枚支払われます」


 150万円!

 一瞬で扶養家族の範囲ぶち抜いてしまった。

 それでもまだ足りないけど、だいぶショートカットできたな。


「うれしそうですね」


「そりゃそうだろ。いくらあっても困るものじゃないし。それに家を借りるならまとまった金が必要だし」


「家を買ったらパーティーを抜けるつもりですか?」


「いや? 安定した収入があるなら……やっぱ何でもない」


 2人の機嫌が露骨に悪くなるのを察知したアラタは言うのをやめた。

 誰だって自分の元を去ることを嬉々として言われたら気分が悪いに決まっている、軽率だった。


「まあいいです。ギルドの話はこの辺にして」


「えっ、決闘の処理とかまで済んだのか?」


 俺が寝ていたにしてもこの速さで、俺に事情聴取もなく事後処理が終わるとは思っていなかった。

 今帰ってきたのだって俺を呼びに来たのだと思ったくらいだ。


「ええ、私はこういうことが得意なのです。主にノエルのせいで」


「ああ、なるほど」


「なに納得しているんだ! 私だってこんな大ごとをやらかすことはない!」


「そうですね、でももう少し小さな事なら……分かりますね?」


 ノエルがどんどん小さくなっていく、心当たりがありすぎるのか。


「まあ早く片が付くのはいいことだから、ありがとうリーゼ。これからどうする?」


「私は孤児院に行きます。この前のことに関してはこっちの方が重大ですから」


「そうだな、私も行く。あそこの人たちとはしっかりと話し合わないとな」


 やばい。

 2人とも完全に目がやばい。

 この2人だけを向かわせたら確実に問題が起こる。


「あ、あの。2人とも、俺も行っていい?」


「アラタが? 別に構いませんが。ドレイクさん、アラタは外に出ても大丈夫ですか?」


「うむ。激しい運動をしなければ問題ないじゃろう。行ってくるといい」


 ドクターからの距離が下りたのでアラタも支度をして外出しようと……


「あれ、2人は?」


「お二人ならもう出かけたぞ。急いだほうがいいの」


「先生ぇ、分かってやってるなら悪質ですよ」


「はて、何のことやら」


 完全に、圧倒的に置いてかれたけが人は松葉杖を一生懸命動かして早歩きくらいのペースで街を歩いていく。

 もうしんどい。

 帰ろうかな。

 孤児院で起きることは容易に想像できるが、そこまでの道のりが厳しすぎて早くも帰ろうか迷い始めたアラタは突然声をかけられた。


「おう、ヒ……冒険者のアラタ、ちょっといいか?」


「いまヒモって言った?」


「いいや? 俺は冒険者のカイルだ。本当に申し訳ないんだがあまりあの時のことを覚えてなくてな。それでもこんな怪我をしているお前を見かけたから謝ろうと思った、すまなかった」


 俺の記憶だとこいつは傍観していただけで直接危害を加えようとした奴じゃないはずだけど。

 記憶の改ざんでそこらへんもあやふやになっているのかな。


「いいよ、もう気にしてない」


「それでいいのか? もっとこう金をせびるとか」


 こいつらの改ざんされた記憶の中で俺のイメージがどうなっているのか聞く必要がありそうだな。


「金……今度飯おごってくれよ。それでチャラだ」


「まあお前がそう言うなら」


「あとヒモって呼ぶのはやめてくれ。他の奴にも言っておいて」


「あ、ああ。わかった」


 今アラタの目の前にいるカイルという男は実直な男だった。

 ランクはD、パーティーメンバーのキーンとアーニャも同じくDランク、まだ上位の冒険者ではないがアトラの冒険者ギルドの中核をなすランク帯の冒険者の一人だった。

 彼はアラタが孤児院まで行きたいというと背中にアラタを乗せて駆け出した。

 これがまた結構なスピードで、人一人担いで走れるスピードではなかった。

 まあここは異世界、走れているのだから話はそれで終わりなわけだが、アラタの中でカイルと言う男は最強のアッシーという位置づけになった。

 遠目にアラタを置いていった2人の背中が見える。

 2人のところまでおんぶって言うのもなんか嫌だったアラタはカイルに礼を告げてここまででいいと降ろしてもらった。


「ありがとうカイル。またね」


「おう! じゃあまたな!」


 薄く身体強化と痛覚軽減をかけて少し急いで孤児院の入り口を目指す。

 まあほぼタッチの差だし実質追いつけて良かった、アラタはそんな自分の考えの甘さを呪った。

 カイルにもっと近くまで送ってもらうべきだった、というよりカイルにも手伝ってもらえばよかった。

 当然と言えば当然だが2人はアラタより先に孤児院に到着して、その対応に出たのがリリーだったのだ。

 まずいと思って2人を制止しようと声を出そうとした瞬間、それよりも早くノエルの平手がリリーの頬に当たり乾いた音が鳴った。

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