第41話 事後処理2
孤児院の前でパシンと乾いた音が鳴った。
こんなことならカイルにも手伝ってもらえばよかったと考えたけどもう遅い。
ノエルがリリー様に掴みかかっていて、リーゼも止めない。
全く、何のためのお前がノエルの隣にいると思っているんだ。
「おいノエル! リリー様に何すんだ!」
「うるさい! こいつはアラタを裏切った! このぉ、貴様のせいでアラタは!」
「いいから手を放せよ。おい……強、なにこれ、全然動かねぇえ!」
ノエルは完全にキレていて手が付けられない。
俺のことで怒っていてその俺がやめろって言っているのに聞く耳を持たない。
「リーゼも止めろよ!」
「止める理由がありませんから」
こいつまで……リーゼは手を出さない分まだましだけどこれどうやって収拾つければいいんだよ。
アラタが四苦八苦してノエルを引き剥がそうとしている間リリーはノエルに締め上げられされるがままになっている。
「ノエル、やめて。頼むから」
「引っ込んでいろ! 私はこの女と話をしている!」
話って、一方的に詰め寄っているようにしか見えねえよ。
とにかくこの2人を引き剥がさなきゃ。
「えい」
「ひぁあ! アラタ! 何をする!」
威力を押さえた雷撃をノエルの脇腹に打ち込み強制的に引き剥がす。
純粋な力比べで勝てない以上こうするしかなかった。
「リーゼ、こいつを少し預かっておいてくれ。リリー様、行きましょう」
ノエルはブツブツ文句を言っており、リーゼも本当に渋々と言った様子で不機嫌なことを隠すこともしなかったが、それでも荒ぶるノエルを押さえてくれていることを確認するとアラタだけ孤児院の中に入った。
遠くでノエルが喚いていたが気にしない様にしようとアラタは意識を切り替える。
こうしている間もリリーは一言も発することはなかった。
孤児院の中ではいつも通り元気そうに子供たちが遊んでいる。
姐さんの姿は見えないが他の皆の姿はちらほらと、やはり後ろめたいのかアラタに眼を合わせようとしないがこちらを窺うようなびくびくとした視線を時折感じていた。
……俺たちそんな他人行儀な関係じゃないだろ。
なんだかこの数日でリリー様やみんなと随分距離が出来てしまったような気がする。
高校の間地元から離れていて、久しぶりに帰省して、それなりに仲の良かった友達を見つけても挨拶すらしなくなる。
脳内にあまり気持ちのよくない思い出がよみがえり、今度はそうなりたくない、ここの人たちとはそうなりたくないとアラタは話を切り出した。
「リリー様、あの後貴族から接触はありましたか?」
ストレートな質問。
本来ならもっとオブラートに包んで聞き出そうとするところなのだろうがいい聞き方が思いつかないのだ。
リリーは話さない。
ただ首を横に振る。
アラタはそれを見てよかったと、フレディからの接触はなかったのだと安堵した。
「リリー様、姐さんは?」
リリーはまた何も言わない。
ただ首を横に振るだけだ。
あの時姐さんだけが俺たちを選んだ。
みんなはそうじゃなかった。
どっちが正しいとかじゃない、どっちを選んでも、どちらの人もみんな後悔している。
しばらく無言の時間が流れ空気が淀む。
…………気まずい。
というかリリー様、何で何も言ってくれないんだ?
こんなんでどうやって会話を広げろと?
こんなのムリゲーすぎる。
「……アラタさんは責めないのですか」
消え入りそうな小さな声で彼女は言った。
だが彼の耳はリリーの言った言葉をしっかりと拾う。
「俺Sじゃないんで。俺は死ななかった、子供たちに危害が加わることもなかった、これで――」
「なんで、なんで言わないんですか。何で、私のせいだって、なんで言ってくれないんですか」
人を慰めたり、励ましたりするのも中々難しいな。
この人は自責の念に囚われていて、でもその原因である俺はこんな感じで、リリー様からすれば俺が怒り狂って殴ってくれた方が楽だったのかもしれない。
自分以外の誰も自分を責めてくれる人がいない、自分で自分を責めることでしか、罪の意識が薄まることはない。
それは俺にも経験がある。
でもそれじゃずっと心のどこかに罪の意識があるまま解放されることはない。
「俺が軽率でした。子供たちが標的に、デイブが誘拐されかけたこともあったのに匿ってほしいなんて、あの場でリリー様に選択を迫ったのは俺のミスです」
リリーは何も言わない。
アラタの言いたいことが伝わったかは分からない。
すぐに立ち直れなくてもいいからまた前みたいな関係に戻りたい、そう願いながらアラタは門のところまで戻ってきた。
戻ってきたのだが、ノエルが仁王立ちで待っている。
両腕を胸の前で組んでこちらを睨んでいて何するか分からない怖さがある。
「お待たせ……何?」
「リリー! 私の頬を殴れ!」
…………Mかな?
「急に何を……?」
見ろ、リリー様も困惑している。
俺も困惑している。
「さっきはいきなり頬を張ってすまなかった! だから殴れ! それでお相子だ!」
リリーはあっけにとられたまま動けない。
アラタも動けない。
こいつは何を……というか自分でやっておいて自分でイーブンに持って行こうとするなんてこの娘ちょっと頭おかしいのかもしれない。
「あの、無視していいですよ?」
アラタが声をかけるが今度もリリーは無言だ。
だがノエルの方へと歩いていき……
ペシッ
頬を軽くたたいた。
ノエルのそれと比べると全然優しく、ビンタと言うよりぺちぺちと触ったという方が的確なくらい弱弱しいがされた側のノエルは満足げだ。
「よし! これで仲直りだ!」
もうめちゃくちゃだ。
リーゼもこうなる前に止めろよ。
と思ったけどなんか目を押さえている。
泣いてんの? 何でぇ?
なんか、『ノエルも成長しましたね』みたいな顔しているけど全く成長していないしなんなら現在進行形で意味不明な奇行の真っ只中にいるからね?
こんなことで関係が修復できるわけ……
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
あれぇ?
俺がいろいろ気を遣ってあれだけ言っても何も反応なしだったのにビンタ一つで解決?
女の人って、それは違うか。
異世界人の女の人ってよくわかんね。
いまいち釈然としなかったけど、事後処理としては何も進展していない気もするがリリー様が良かったっぽいし、まあ少しは意味があったか、考えるのはよそう。
ノエルのビンタに仲直りのまじないでもかかっていたのかと思うアラタだったが、実際アラタもどう接したらいいのか分からなかった。
彼が元居た業界では来るものは厳選した上で迎え入れるが、去る者は追わないどころかいなくなったことにも気づかない。
特別な事情を除けば彼らのもとを去るのは多くの場合、練習や寮生活に耐え切れなかったか人間関係のトラブルである。
一年の時から主力としてチームをけん引してきたアラタにとって、壊れた関係は放置する物であって修復するものではなかったのだ。
一行は再び孤児院の中に入り他の仲間とも仲直りした。
状況を考えればアラタ達を敷地内に入れなかったことは正解である。
そもそも匿う約束も孤児院全体ではなくシャーロット個人と結んだ口約束、その場の勢いで彼女が独断で判断したものだ、彼らに罪はない。
孤児院の中、奥の方の一室に彼女の部屋はある。
孤児院同様あまり上等な造りではないが、それでも人の住んでいる独特の感じはする。
「姐さん、いい加減出てきてください」
リリーがドアをノックしながら声をかけるが反応がない。
それからも何度かドアをノックしてみるが、相変わらず返事はなく、アラタは本当に姐さんがこの部屋に引きこもっているのか疑わしくなってきていた。
まあ彼の場合、疑うだけで何をするわけでもないのだが隣にいる2人は違う。
「リーゼ、探知」
「はい。……いますね、1人」
リーゼが室内に人がいることを魔術で確認すると、ノエルが腰の剣に手をかける。
「おい、おいおいおい!」
「まどろっこしい! 修理代は後で払う!」
ノエルが剣を振ると轟音を立ててドアが吹き飛んだ。
こんなの強盗の手口だ、隣に立っていたアラタは心の中で叫んだがもう扉は粉微塵になっていて、すべては後の祭りだ。
呆然として突っ立っていることしかできないアラタとリリーを放置して、実力行使派の2人はずかずかと部屋の中に踏み込んでいく。
中にはぼさぼさの髪、青くなった髭と普段からは想像できないくらい落ちぶれた重戦士の姿があった。
だがそんなことよりも、扉を吹き飛ばされたという衝撃が彼女の目を丸くさせている。
「あ、あんた達……」
シャーロットが何か言うよりも早く、ノエルの左手が胸倉をつかみ半ば強制的に立ち上がらせた。
なんでいつもそんな暴力的なんだ、もっと平和的に……
「子供たちは全員無事、アラタも死ななかった。どうだ! アラタは凄いだろう!」
「私が安請け合いしなければ、もっと他にも何かいい手が――」
「うるさい! あの時はあれがベストだった! シャーロット殿、あなたがアラタを鍛えてくれなかったらアラタは死んでいたかもしれない。だから胸を張れ! 引きこもるな!」
「私は子供たちを危険に晒そうとした。だから」
「負い目を感じているなら誠心誠意謝罪しろ! 許してもらえるか分からないからといって退くな! ずるいぞ!」
「ノエル、もう降ろして……姐さんも元気出して」
自分より体の大きいシャーロットを片手で持ち上げている少女にもうどこからツッコんでいいのか分からなくなっていたが、彼の目にはシャーロットの表情がいくらか柔らかくなった気がした。
「アラタ、すまなかったね」
「平気です。姐さんが鍛えてくれたから生き残れたんです」
「リリーにも心配をかけた。すまなかったね」
「いいんです。どちらも大切なものですから。私も間違えました」
「よし! じゃあこれから謝罪行脚だ!」
意気揚々とシャーロットを吊るしたまま外に出ようとしたノエルを流石にアラタとリーゼの2人が止め、その場でお開きとなった。
赦すことに慣れていても、相手の求めていることが赦しだとは限らない。
アラタにはリリーも、シャーロットも、それ以外の皆も、彼らがそれぞれ欲しているものが分からなかった。
なんだかんだ言ってこいつも人のこと分かってやれる奴なんだな、アラタの中でノエルの評価が多少上がったわけだが、
「ねえねえ、私かなり役に立った?」
「……そうだね」
「褒めてくれてもいいぞ? 尊敬してもいいぞ?」
可愛くねー。
心底うざったいノリだ。
こいつ本当に一回痛い目に遭ってへこんでくれないかな。
さっきからずっとこんな感じで、まさか明日以降もしばらくこんな感じになるんじゃないだろうな?
勘弁してほしい。
アラタは正直ノエルがしばらく調子に乗った状態になるのは半ば諦めていた。
今回俺はほぼ役に立たなかったし、こいつばっか上手くいくのは納得いかない。
彼はそんな心のモヤモヤを抱えたままドレイクの家へと帰っていった。
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