第37話 黒幕

 敵は漏れなく雷撃を食らい倒れた。

 アラタは相手が死んでいないか不安になるが今の彼にそれを気にする余裕はない。

 とにかく包囲が解けた。


「走れ!」


 三人は包囲に出来た穴を突いて敵を突破する。

 もう孤児院は目と鼻の先、アラタは勝利を確信した。

 しかし同じ時、アラタより目の良いノエルはそんな自分の目を疑った。

 孤児院の門付近で何か争っている。

 シャーロットとリリー、他の皆も一緒にいる、けれどその様子はどこかおかしい。


「アラタ、ここはダメだ」


「はぁ?」


「二人とも、こち……ら……何で」


 大通りに面した孤児院、迫りくる冒険者たちを振り切り、行く手を阻む敵を突破してここまで来た。

 それは俺たちが孤児院に入ることを阻止するための対策なんだと、そう思っていた。

 アラタの推測は普通のものだ、10人中9人はそう考えるだろう極めて一般的な答え。

 邪魔されているからそれを突破すれば相手の嫌がることが、望んでいないことが出来る。

 だが結果はどうだろう、反対側の通りから先ほどよりも多くの数の冒険者たちが押し寄せている。

 そして肝心の孤児院はというと、


「あんた達! 邪魔すんじゃないよ! どきなさい!」


「姐さん! 分かってください、仕方がないんです!」


 三人は既に孤児院の前まで来ている。

 後は敷地内に入って他の一切合切全てをシャットアウトすれば一件落着だ。

 だが、彼らは中に入らない、入れない。


「姐さん! 開けてください! 俺たちにはここしか!」


「アラタさん、すみません! すみません!」


 門を開こうとするシャーロット、そしてそれを阻止しているリリーや他の皆、アラタにはまだ状況は理解できていないが、それでも今ある選択肢は一つだけだ。


「ここで戦おう! 門は必ず開く! だから耐えるぞ!」


 正直ここで門を開けてくれる可能性はかなり低い。

 それはアラタ達三人とも分かっている。

 だが、両方向から敵に挟まれ乱戦は必至、その上アラタはかなり疲労している。

 とてもじゃないがここから行く当てのない逃走を続ける余裕はなかった。

 中の人を押し切りシャーロットが門を開くのを待つ、一縷の望みに賭けたアラタは再び乱戦の真っ只中に巻き込まれた。


くっそ、こいつら、戦い慣れている。

 攻撃のモーションが……つーか魔術発動するときブラインドが……


「うっぐっぅ!」


「アラタ!」


「大丈夫! まだいける!」


 今彼が交戦している敵は一人一人が明らかにDランク以上、つまりアラタが闘技場で戦った冒険者より格上の相手である。

 その上正気を失っているとは言えパーティー単位での行動、向こうの方が連携に分があるのは自明だった。

 一行は三人、対して敵は10人以上、アラタは8人まで数えたところでやめた。

 フロントを張る人間の隙間から確実に遠距離の魔術が飛んでくる。

 そのほとんどがアラタにとって見たことの無い、初体験の魔術であり避ける以外の対処法を取る事もできない。

 目の前の敵が目隠しになって直前まで攻撃が見えず、かと言ってそのまま受けるわけにはいかない。

 すでに数発、きついものをもらってしまっているアラタは一か八かに賭けた。


「ノエル! リーゼ!」


 それだけで二人は意図を察し、距離を取るべくその場から飛びのく。

 だがそれに合わせて冒険者も距離を取り2人に襲い掛かった。

 同じ手は二度通用しない、遠距離戦ではリーゼに頼りきりになってじり貧、予備の煙玉もなく、そんな状態では気配遮断も使えない。

 門も未だに開く様子はない。

 このままじゃ、俺たちは……

 体力も限界近く、このまま嬲り殺しに遭うのかとこの世界に来てから何度目かの死を感じ始めたその時、


「はい、そこまで」


 男性にしては少し高いよく通る声がその場に響き、全員が戦闘をやめ声の方を見た。

 礼服? なのかよくわからないがとにかく高そうということだけは伝わってくる仕立ての良い服を身にまとった金髪の男がそこには立っていた。

 その後ろには黒一色の装備に身を包んだフードの一団が控えていて、相当な猛者の雰囲気を出している。

 そんな状況にも存在にも心当たりのないアラタは彼らが何者か分からない。


「冒険者諸君、これ以上の騒ぎはやめてもらおうか。この場はこのフレディ・フリードマンに任せてもらおう。さあ、散りたまえ」


 誰だこの人。

 有名人か?

 とにかく助かった。

三人と真剣で斬り合いまでしていた冒険者たちも、さっきまでの殺気が嘘のように霧散し武器を収めて解散していく。

 正午から戦いっぱなし走りっぱなしだったアラタはようやく一息ついて刀を収めた。

 この人の声がなければ、そうだとするとまだ冒険者の波に揉まれていたと考えると、アラタは感謝を伝えるべきかとフレディと名乗る人物に近づいた。


「アラタ! 止まれ!」


「止まってください!」


「止まりなさい!」


 ノエル、リーゼ、シャーロットが三人同時に叫ぶ。

 いきなり何事か、フレディに向いていた視線を三人の方に戻すために振り返る。

 そして、


「やれ」


「うぅっ!」


 腹部に鈍く生じた痛みにアラタの思考回路はショートする。

 何をされたのか一瞬分からなかったのだ。

 腹を蹴られたのだと気づいた時には、彼は地面に転がっていた。


「ぐぅう、な、なにを」


 立ち上がろうにも痛覚軽減が解除された、もう起動するだけの体力が残っていない。

 アラタは今日一日で負った傷の痛みに身を強張らせて耐えているがそんな状況では立ち上がることすら容易ではない。

 地面に転がっているアラタを心底満足そうな顔で見つめる男は一歩前に進むと、この場に全く合っていない雰囲気を纏いつつ自己紹介を始めた。


「いやぁ、会いたかったよ。冒険者のアラタ君、私はフリードマン伯爵家当主、フレディ・フリードマンだ。そちらのお二人とはお友達なんだけど……」


 そう言いながら二人を見る彼の目は糸のように細く、そして言葉とは真逆の感情を多分に含んでいた。


「まあいい。君は呪われた剣聖の少女の元にいるべき人材ではない。私の元に来たまえ」


「あ、あの、さっきあなたの指示で蹴飛ばされたわけで、そんな状態で行くわけが……」


「アラタ! 逃げろ! ここは私が引き受ける!」


 2人がアラタと黒装束の間に割って入り逃げるように言った。

 アラタから見たその後ろ姿は、今まで見てきた彼女たちのどんな後ろ姿よりも余裕がなく、ギリギリであることを語っていた。


「剣聖の力なしで君はこいつらに勝てない。だがここで力を使えば君は冒険者を辞める。それでもいいなら私とアラタ君の邪魔を続けたまえ」


 剣聖の力、アラタにこの言葉の本当の意味はまだわからない。

 だけど今までもクラスの力を使っていたということなら、それとは違う力なんだろうか。

 もし彼の言うことが事実なら、ここでノエルが本気で抵抗すればノエルは冒険者を辞める。

 だがノエルの眼に迷いはない。


「現実は待ってくれない。それでも、そんな現実に打ち勝ちたいから私はこの契約を結んだ」


「なるほど、冒険者を辞めるほうを選ぶと。……ですが」


 フレディはにやりと笑うと一枚の紙を取り出す。


「そうはならない。クラス補正強化術式の前であなたは戦えない」


 クラス補正強化術式、それが言葉の通りの効果を持つとして、何故ノエルが戦えないかアラタは知らない。

 ただ、ノエルの持つ剣はカタカタと震え、アラタを見る目には恐怖、怯えの感情がありありと浮かんでいた。


「ノエル……一体」


「クラーク家のご令嬢も、剣聖の守護が至上命題であるならこの場で動くことを禁じます。術式を発動してもいいならどうぞ抵抗を」


「リーゼ」


「アラタ…………すみません」


 ノエルは剣を構え続けているが戦える状態になく、リーゼに至っては完全に戦意を喪失している。

 何が彼女たちをそうさせているのか分からない、分からないがこの一連のやり取りでアラタが理解したことが1つ、


「あんた、性格悪いだろ」


「よくわかったね。……やれ」


 黒装束たちが動き出した。

 だがアラタもこのやり取りの最中何もしていなかったわけじゃない。

 よくわからん露店で掴まされた丸薬、僅かばかりの希望を託して口にした結果、ドレイク特製のポーションに比べれば効果は無いに等しいがそれでも、もう1ラウンド戦うだけの力は回復した。

 スキルフル起動、回路構築、雷撃!


「…………は?」


 アラタの伸ばした左手の先、そこから雷は発生しなかった。


「発動しない!?」


 魔力操作をミスした覚えは……おかしい、どういうこ――


「ぐぁっ!」


 魔術不発の衝撃の一瞬、ほんの少しできた隙間からボディーブローを通され、呻きながらもカウンターで切り返したアラタの刀は躱され逆に腕を少し斬られる。


「っっっ!」


 攻撃は止まない。

 連携して死角から確実に攻撃を当てに来るのだ、今のアラタではこの攻撃は捌けず、逆にアラタの攻撃は全て見切られている。

 しかも雷撃はなぜか起動しない。

 そもそもなんで孤児院の皆は俺を裏切って……デイブの誘拐、それは姐さんの勧誘もとい人質、そんな陰険なことする奴は……


「姐さん! 子供たちは!」


「余計なこと考えるんじゃないよ!」


「あぐっ、ぐうぅ」


 斬られた!

 やばい、背中を斬られた。

 とりあえず距離を取ったけど、もう痛覚軽減は起動していない、生身で受けた痛みがそのまま流れ込んでくる。

 アラタの足元に血が垂れる。

 まっじい、結構がっつり斬られた、これ。

 真実に届きかけた一瞬、一瞬だけ気が逸れた時に受けた傷はアラタの動きを止めるのに十分すぎるものだった。

 拘束され地面に座らされる、その間2人は動くこともできずにただじっとしていることしかできない。


「さあ、話をしようか」


「この状況について説明を求めたいのですけど」


「ああ、そうだね。この一連の騒動の黒幕は私だ。冒険者を扇動して君に不快感を持つよう仕向けたのも、決闘を行わせるまでに持って行ったのも私だ」


 開いた口が塞がらない、今のアラタはまさにそんな状態だった。

 この騒動のすべての元凶は自分であるとカミングアウトしたのだ。


「自白を、貴族ならそんなことをしても許されるんですか?」


「いや? 流石にそれはないよ。これは真実、世間に公表される事実は違う。暴走する冒険者を退け、アラタ君を助け、恩義に感じたアラタ君は私の部下となる。これが事実だ」


 現代の価値観で、いや、この世界のルールでも多分非合法なことを平然と口にする彼に対するツッコミどころは山のようにあるが、それよりも気になる謎が残っている。


「なんでEランクの俺をあなたが欲しがるんです? 他にいいやつがいっぱいいるでしょう」


「宝石には目がない質でね。特に原石は自らの手で磨きたいんだ」


 そう言うとフレディはアラタを見て舌なめずりした。

 見る人が見れば軽いホラーだ、そして不快感を覚えたのは周囲の人間だけではない。


「お断りします。キモいおっさんの下で働くなんて死んでもごめんだ」


「うん、私も自分の容姿には自覚的だ。真っすぐな君をこれからぐちゃぐちゃにできると興奮するよ」


「うぐっ!」


 殴られた。

 鉄の味がする。

 口の中が切れたのか。


 フレディは下卑た笑みを浮かべアラタを品定めするように見つめる。


「君の体に頼み込むとしよう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る