第36話 並々ならぬ殺意

 一歩前に踏み出す。

 拒絶した一歩を埋めるように、覚悟を決めて立ち向かうように。

 敵が彼の間合いに入る。

 刀が振られる。

 彼が渾身の力で振るう刀の刀身には、鋭く造り込まれた人を殺傷するための刃が付いている。

 だが敵の体を捉えたアラタの斬撃が敵を切り裂くことはない。

 すべて峰打ちでダメージを与えていくのだ、金属の棒で打ち据えられる衝撃はあるが頭部にでも入らない限り命には届かない。

 本来ならば衝撃で刀身が歪んでしまうような使い方でも、この刀なら問題ない。

 アラタはここにきてようやくこの異常な刀の使い方と言うものを掴み始めていた。

 いくら相手が冒険者とはいえ、いつも稽古をしている相手に比べれば、隣で戦う仲間に比べれば可愛いものだ。

 迫りくる斬撃も、蹴りも拳も、飛び道具でさえアラタにかすりすらしない。

 それでも1対28、常に走り回ることによる体力の消耗は非常に激しく、アラタは肩で息をしている。

 だがそれだけ、たかが息切れ程度でこの窮地を乗り切れてしまうのだ。

それほどこの世界に来てからアラタが受けてきた、積み上げてきた訓練は苛烈なものだったのだ。

 ここまでくれば観客たちも認めざるを得ない。

 彼は、ヒモのアラタと揶揄されている新参者はEランクの中で突出した存在なのだと。

 別にランクを偽っているわけではない、ギルドでの功績を獲得するペースよりも彼の成長がはるかに速いのだ。

 観客がそれを理解しているのだ、実際に彼と相対している冒険者たちはより鮮明に実力の違いを突きつけられていた。


 やばい。

 やばいやばいやばい!

 話が違うだろ!

 こいつは全然大したことないって、俺たちより弱いって言ってたじゃないか!

 ふざけんな! CはムリでもDランクくらいの力は余裕であるぞ!


 決闘開始から縦横無尽に走り続けてきたアラタは流石に疲れて敵との距離が詰まってきている。

 だが一斉に攻撃できているかと言えばそうでもない。

 アラタは穴となっている敵に張り付いて複数人に同時攻撃されることを防いでいるのだ。

 特にアラタが一番初めに潰した者のように、遠距離系の攻撃を持つ冒険者は中々参戦する機会を掴めずにいた。

 故に前衛の冒険者たちはアラタと実質的にタイマンせざるを得ないのだ。

 これでは数の優位が生きてくるまでに時間がかかる。

 こちらは本気で殺りに言っているというのに、向こうは刃のついていない武器で戦っている。

 これほどの屈辱はないが、彼らでは相手にならない。

 その事実が彼らをより一層刺激する。

 真剣に手を抜いているアラタに対して、そんな風にしか相手をしてもらえない自分自身に対してムカムカと腹が立ってくるのだ。

 決闘開始から数えて7人目が戦闘不能に陥った時、アラタと相手達の間に距離が出来たことで両者足を止め呼吸を整える。

 アラタからすれば上出来もいいところであった。

 人ひとり戦闘不能にするのにもかなり体力を使う。

 今の時点でアラタは結構ヘロヘロだったし、この後逃げるかもしれないことを考えたらここですべてを使い切るわけにはいかない。


 ……試してみるか。


「なあ、この辺で終わりにしないか?」


 こいつらも痛覚軽減を持っているはず、でもそれは完璧じゃない、痛覚遮断ではない。


「俺ももうしんどい、お前らも分かっただろ? 俺だってそれなりに頑張って、あの2人にふさわしくなろうとしている」


 これ以上痛い目には遭いたくないはずだ。


「だから、さ。試合は終わり! 仲直りして飯食おうぜ!」


 アラタは縋った。

 それはいけないと、何度同じ間違いを繰り返しても、彼は人の善性を否定することが出来ない。


「……てやる」


「…………ろす」


「ぐちゃぐちゃにして…………ける」


「なんていった? 終わりでいい?」


「……殺す」


 一閃。

 光が駆け抜けた。


「……へ?」


 厳密には魔力攻撃、光の速度には遠く及ばない。

 それでもアラタの反応速度をゆうに超えたそれはEランクのそれとは隔絶された威力の魔術だった。

 それは観客席から、参加者ではない人間から放たれたのだ。


「殺せ! ぶっ殺せ!」


 先ほどまでは怒号と歓声は五分五分、どちらかと言えば歓声のほうが大きかった。

 だが今は違う、会場にいるほとんどの人間がアラタへと並々ならぬ殺意を向けて殺到している。


「いや……マジですか。ノエル! リーゼ!」


 冒険者たちの様子も先ほどからおかしい。

 こちらを見ているが俺を見ていない、彼らにはいったい何が見えているのか、分からないがアラタはここにいてはいけない。


「暴動になるって、俺嫌われすぎでしょ」


 もはや嫌われているとかそんな次元ではないことを理解していたが、誰に向けてでもなく呟くと煙玉を炸裂させて気配遮断を起動した。

 時を同じくして観客席の一角でも煙が上がる。

 こちらの爆発は一度ではなく複数回発生し、そのたびにフィールドで上がる煙の方向へと進んでいく。


「アラタ! どこだ!」


「でかい声出すな。ばれるだろ」


「二人とも早く、外に出れば安全なはずです」


 2人は気配遮断を使えないがアラタに触れている状態ならスキルの効果を受けることが出来る。

 もっとも、1人で使用するときが一番効果が高いわけだが。

 三人は闘技場の外に出るとしばらく走り続け、距離を取ったことを確認してスキルを解除した。


「はー、ギリギリでしたね」


「気付かれないのもドキドキするな」


「リーゼ、決闘は終了? それとも無効?」


 この決闘の行く末、それがいま最もアラタが気にしていることだ。

 リーゼは難しい顔をして考えた末、


「どうでしょう。どちらとも言えませんが個人的には終了であってほしいですね。もううんざりです」


 ノエルも彼女と同意見の用でうんうんと頷いている。


「それよりさ、会場の人たちおかしくなかったか? 気が振れてたぞ」


「それは私も思った。アラタ、お前本当に嫌われているな」


「いえ、多分ですけど集団催眠みたいな状態なんだと思います。あの状況であれは流石に……なんですか?」


「いや、もしそうならなんで二人は大丈夫なの?」


 当事者であるアラタはかからないというのはまだ理解できるがおかしくなっていた彼らと同じ場所で同じように観戦していた二人が問題ないというのは少しおかしい。

 油断した所を背中からバッサリいかれることもあり得るくらいだ。


「まあ、剣聖だし」


「私も聖騎士ですから」


「お前ら本当に……まあ無事でよかった」


 普通のクラスの恩恵はほとんどないって言っていたけど、こいつらみたいな普通じゃないクラスの保持者はそれだけで人生勝ち組じゃないか、とアラタは心の中で毒づいた。


「これからどうする?」


「やはり宿に戻らない方がいいでしょう。この混乱で宿は危険ですから。私たちの本家でもいいですけど……今は時期が悪いです、シャーロットさんに保護を求めるのが正解かと」


「だよな。今もそっちに向かっているし少しの間匿ってもらおう」


 孤児院までたどり着いてしまえば猛者たちが保護してくれる、そこに辿り着くまでが勝負だ。

 今のところ邪魔するものもなく孤児院まであと数百mという所でそれは姿を現した。

 何事もそううまくは行かないということだ。


「リーゼ、ノエル」


「ええ、やりますよ」


「頼むぞ二人とも」


「アラタも戦うんだ。大丈夫、私たちもいる、いけるよ」


 闘技場でアラタが戦った冒険者達よりは装備も佇まいもそれらしい。

 敵が攻撃態勢に入る。

 こちらもアラタ、ノエルが前に出てリーゼは支援の準備に入る。

 身体強化、痛覚軽減を起動、気配遮断の起動準備、雷撃用に回路構築まで済ませると刀を握り構えた。


「行こう」


 三人は大通りを孤児院に向けて一直線に突っ込む。

 当然敵もそれをさせまいと応戦するわけだが、アラタは戦闘中、どこか違和感を感じていた。

 何か見逃して……いや、見逃したわけじゃない。

 何か重大なことを忘れている気が、なんだろう?

 そもそもこいつらはどこから湧いた?

 見知った顔もいくつかいるがそもそも闘技場からまっすぐここまでやってきた俺たちに追いつけるのか?

 ここに来ることを見越して待ち構えていたのか?


「俺たちの行動が読まれている?」


 乱戦のさなか、アラタの声に反応するものは誰もいない。

 ノエルとはそれなりに近い位置にいるがそんなことまで気を張る余裕はない。

 何せこちらはけがを負わせることも躊躇するのに向こうは一切の迷いなく武器を振ってくるんだ、あり得ないだろ。

 この乱戦の中、ノエルやリーゼにやられて戦線を離脱するものが何名か出たがアラタはまだ生きている。

 自分自身でその状況に疑問符を持つ彼は今の状況を整理する。

 俺が敵だとして、迎え撃つなら少し多すぎるくらいの戦力で戦うけど、2人のおかげもあってこうして膠着している。

 俺は誘導されている?

 でもなんで?

 どうやって?

 いや、理由はどうでもいい。

 もし俺たちの行動が読まれていて、ここにこうして邪魔ものが配置されたのなら……孤児院がゴールでいいんだよな?

 それで終わりになるんだよな?

 自分の中で問い続けても答えは出ない。

 ただ、孤児院に行こうとする俺たちとそれを阻止しようとここにいる冒険者たち、もう俺のパーティー脱退をかけた決闘なんて口実に過ぎないことは分かり切っていた。

 ただの私怨でここまで統率の取れた行動がとれるとは思わない。

 間違いなく黒幕がいて、それは貴族関連の相手、そこまで分かればもう十分だ。


「ここが正念場、出し惜しみなしで行く」


 ポケットからポーションを取り出す。

 ドレイクからもらった強壮剤、赤黒く、明らかに体に良くない成分が満載されている色をしている。

 人口着色料が入っていてくれた方がまだ納得できるくらい禍々しい色をしたポーション。

 アラタは覚悟を決めて一気に飲み干した。


「うっわ、まっずぃぃぃいいい!」


 空になった瓶が音を立てて割れた。

 なんだこるぇ、異常にまずい。

 苦くて甘くて辛くてしょっぱくて酸っぱい。

 アラタの口内では代わる代わる不快な味が千変万化して押し寄せていた。

 だが同時に得も言われぬ高揚感に包まれる。

 体が軽くなり、体内をめぐる力も増えている。

 平常にしていても魔力のコントロールが出来なくなるくらいの量の魔力があふれてくる。

 万能感に包まれる中アラタは雷撃を起動する。

 普段意識して行っている回路構築と魔力のコントロールがほぼ無意識に、感覚的にできる。


「二人とも! 合わせろ!」


 ノエル、リーゼ両名は雷撃の発動を察知してアラタから距離を取る。

 それに合わせて今まで構築したことのない大きさの回路に大量に練り上げた雷属性の魔力を流し込む。

 そこから発せられる雷撃の魔術は闘技場で使ったものがスタンガンほどの威力だとすると、まさしく落雷と表現できるほどの威力で四方八方に地を這うように走った。

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