第29話 昇格、嘘つき
もしノエルが大泣きしたことをばらしたら牛刀で解体すると脅された日から数日、その日もクエストを完了してギルドに報告に来ていた。
「はい、クエストの達成を確認しました。報酬は金貨4枚で評価の方は……アラタさんが昇格試験を受験可能です。どうします? すぐに試験を受けますか?」
昇格? 昇格か。
結構前に説明された気がするけど……忘れたわ。
「やったなアラタ! これで合格すればFランクから脱出だ!」
「ここまで長かったですね。FランクのアラタからEランクのアラタですか、感慨深いです」
2人が大げさに喜んでいる様子が気になるもののまあ悪いことじゃないのだろう、アラタは試験に前向きだったが一応どんな恩恵があるのか尋ねた。
「FからEの昇格では特に変化はありません」
「そうなんですか?」
「Bランク以上になればギルドから固定給がでます。他にも特典盛りだくさんですけど、そうですね、名を売る為には必要なプロセスとお考え下さい」
少々拍子抜けなシステムであるがこうやって本当のことを話してくれるだけ冒険者ギルドは良心的である。
あの手この手で受験料を巻き上げてみたり、中身の空っぽな称号が大量生産されるようなことはないのだ、とはいえこうも恩恵が少ないとこうしてアラタも昇格試験を受けるか迷ってしまう。
俺別にBランクになるまで冒険者やるわけじゃないしなぁ。
昇格試験はまた今度でいいか、そう思いアラタはテーブルの上の金貨に手を伸ばす。
俺にはランクより金の方が大事だ。
報酬は折半なので最低でも金貨一枚はアラタの報酬である、がアラタが金貨を手にするよりも早く2人の手によって金貨は回収されてしまった。
「おい、俺だって金欠なんだ、報酬くれよ」
「試験受けるよな?」
「そうです、試験、受けますよね?」
2人とも笑みを浮かべているが目が笑っていない、アラタは詰め寄ってくる二人から距離を取ろうと後ろに後ずさるが手続きをしていたのはアラタだ、後ろは受付のカウンター、追い詰められた。
「なんだよ、寄るな寄るな、怖いだろ。そんな顔しても受けるかどうかはまた今度決めるからな」
「全く、リーゼ頼む」
「はい、分かりました」
さっさと受けてしまえばいいものを、話の流れで引っ込みのつかなかったアラタにリーゼがさらに接近する。
何する気だ。
俺は何をされても屈しないぞ。
この前なし崩し的にうやむやになった膝枕をしてくれるとしてもこれは譲れないから…………
「…………私への借金、利息をつけてもいいんですよ」
「試験、謹んで受けさせていただきます」
「凄い凄い! 一体どうやって、凄いぞリーゼ!」
はー。
何というかこのなー、借金あるともうどうにもならないな。
アラタが昇格試験を受けることを了承すると彼の手に金貨一枚が握らされた。
これだけでは折半ではないが余りは借金返済分として2人に入るのだ。
そう考えると日本円にして10万円ほどの価値を持つ金のコインも急にむなしく輝いている気がしてきた。
アラタの装備は以前とは異なり軽装ながらもきちんとした冒険者と言う風貌に変化している。
帯刀するためのベルトは前から身に着けているとして、予備のナイフ、収納袋、非常に簡単な造りだが一部に鎖帷子を組み込んだ服、まさに駆け出し金欠冒険者そのものだがこんな装備でも一式揃えるにはそれなりに金がかかる。
生活費でかなりの額消えていくアラタからすればもうどうにもならない金額で縋るように2人に借金したわけだが2人は2人で嬉々として金を貸している。
ヒモかと言われると少々異なる気はするが、まあ否定はできないだろう。
そんな借金が災いして今こうしてアラタはギルド隣にある冒険者訓練施設兼闘技場に立っている。
彼はこれから魔物の討伐を試験として行い昇格の可否が決まると説明を受けたわけだが、魔物の種類までは説明されていない。
ゴブリン、ミノタウロス、他にも数種類の魔物を見て、戦い、討伐、捕獲してきたわけだが一人で戦うのは初めてである。
「それでは試験開始です!」
係の合図と同時に入り口から小鬼が3匹、ゴブリンである。
この施設は入り口が2重になっており捕獲した魔物をこうして安全にフィールドへ誘導することもできる。
もっとも、上位の魔物は壁を飛び越えるので注意が必要なのだが。
アラタはいつものように刀を抜き、静かに構えた。
この時すでにスキル【身体強化】、魔力による身体強化を重ねて発動している。
先頭の一匹を一撃で斬り倒すとアラタは改めて身体強化の重要性を体感していた。
まず攻撃が見える。
当たり前だけど大事な能力、そしてそれに対応するだけの身体能力。
躱し、受け流し、反撃する。
当たり前のことを高水準で実行するためのスキル、それが身体強化だ。
普段Cランク冒険者と一緒にDランク相当のクエストを受けている。
この程度はいつものクエストより遥かに簡単だ、ならゴブリンを苦しませないように。
ゴブリンの攻撃を躱しながら刀を緑がかった体に当て、そしてスゥッと抜くように振りぬく。
アラタは振り向かない、正面には攻撃を振りかぶったもう一匹のゴブリン、拳が振るわれる前に膝蹴りを入れ後ろにのけぞる小鬼を頭から唐竹割にする。
これで試験終了だ、アラタは一応とどめを刺したか確認したが結果は変わらずゴブリン三匹の討伐は完了した。
手に残る嫌な感触もだいぶ慣れた。
元の世界では意識したことなかったけど、ゴブリンは人を襲うしミノタウロスは商品として人気がある。
俺だってサメの歯が入ったお土産を買ったことがあるし人を襲ったクマが駆除されてかわいそうと思ったことはない。
多分そう言うことなんだ、実際に関わるかそうじゃないかと言う違いがあるだけで本質は変わらない。
アラタは言い聞かせるようにそう考えると試験の合格を素直に喜んだ。
「いやー、ゴブリンくらいでよかったよ。ミノタウロスとか出てきたらどうしようかと思った」
「アラタはFランク冒険者に何を指せようとしているんですか……死んでしまいますよ」
「え、俺もさっきまでFランクだったんですけど」
「そうでしたっけ? 昔のことは忘れました!」
この女はいつもいつも。
いつか絶対痛い目に遭わせてやるからな。
「何はともあれおめでとう! これでEランク、ヒモ脱出に一歩近づいたわけだ!」
こいつはこいつで、全く。
この前くらいしおらしいくらいがちょうどいいんじゃなかろうか。
「あのね、2人が周りに俺はヒモじゃないって言ってくれれば済む話なんですよ」
「まあまあ、とにかく昇格おめでとうございます! 今日はお祝いですね!」
俺の昇格を祝ってくれるのは嬉しいけどこの2人単に何か理由をつけて騒ぎたかっただけなんじゃないか。
アラタを置いてさっさと試験会場を後にしていった2人を見てアラタはそう思ったのだ。
※※※※※※※※※※※※※※※
「だからんぁ、貴様はもっと私を敬う気持ちを持つべきなんづあ!」
「は? 意味わかんね。そもそもノエル今何歳?」
「17歳だ! 不服かぁ!」
「いや、ないけど」
酔った時特有の間延びした声でアラタに対する愚痴を本人の目の前で垂れ流している少女は日本では飲酒できる年齢ではない。
まあ他の国ではもっと早くから解禁される国もあるしその逆もある。
二十歳になっていないから飲むな、とは一概に言えないのかな、そう思いながら今年で19歳になるアラタはアルコールを摂取する。
なんか苦いし匂いもキツイ、大人はこんなものを嬉々として飲んでいるのか、とアラタは早くも酒に対するマイナスイメージを蓄えつつあったがそれよりも憂慮するべき光景が広がっていた。
「リーゼ」
「ええ、これを見たら考えさせられますね」
これ。
そう。
これとは目の前で明らかに面倒くさい酔い方をしている貴族令嬢のことだ。
普段よほど抑えていたのか、ここぞとばかりに溜め込んでいたものが爆発している。
ノエルの性格上、普段から溜め込むような振る舞いをしているようには見えないが、抑えているのはリーゼの方だろう、とアラタは思ったが口には出さない。
出せばもっと面倒くさい絡まれ方をすることが目に見えているから。
ノエルの酔い方はあまり酒になれている人のそれに見えない。
前後不覚になるほど酔っているわけではないが、まあ、何というか、大人の酒の飲み方ではない。
いや、大人の飲み方ってなんだ、と自分で突っ込んだアラタはリーゼに話しかける。
「なあ、ノエルって酒飲むの初めて?」
「いえ、恐らく家で飲んだことあるはずですよ。けどなんといいますか、まあ家が家ですし多分ここまでは飲まなかったはずです」
「だよな、貴族様だもんな」
「一応ですけどね。今日はアラタの昇格祝いなんですから、楽しんでくださいね?」
「それはありがたいんだけど、その前にこいつを何とかしないと」
ノエルはつぶれてしまったのかテーブルの上で寝ている。
全く、日常的にこんな感じならリーゼの苦労が想像できる。
「おい、おい、ノエル、起きろ。今日はもう寝るか?」
何度か呼んでようやくもぞもぞと動き出しアラタの言葉に反応する。
「いや、まだだっ。貴様には聞きたいことがある」
アラタから見てノエルの眼は完全に座っていて、話に付き合うだけ無駄な気がする。
だからと言って無視しても面倒、適当に話を合わせるに限る。
「はいはい、なんですか?」
「……本当に故郷に帰りたくないのか」
うわ、びっくりした。
この状態でノエルがそんなガチな質問をしてくるとは思わなかったアラタは少し面食らった。
リーゼはと言うと意外な質問の答えを聞きたがっている表情、答えるほうが無難か。
「帰りたいかと言われればそりゃ帰りたい。でも方法がないし俺はそれでもいいと思っている」
「大切な人は……交際している人がいるんでしょう?」
「交際て、そんな固いものじゃないけど。……まあ、それはそうなんだけど、俺をここに寄越した奴の言うことを信じるなら向こうは向こうで俺がいなくても回っている、俺が会いたいと思っても向こうの人たちはもう俺に会っているからどうしようもないだろ」
「……嘘つき」
「はぁ? 俺は――」
「そんなに簡単に割り切れる人間がいるものか! 本当は帰りたいんだろう! そうだ! そうだと言え!」
「おい酔っ払い、俺の気持ちをお前が決めんな。と言うかもう寝ろ」
「いや! まだ私はお前に言い足り……な……クー。クー」
「マジかよ」
寝た、寝やがった。
言いたいこと散々言った挙句そのまま寝落ちしやがった。
はぁ、とにかく今日はここでお開きか。
「部屋に運ぶまでは手伝うから、その後はよろしく」
「はい、それはもちろんですけど……」
「なんだよ。お前もこいつと同じこと言うのか?」
「……いえ。ただ私やノエルが逆の立場なら確かに帰りたいと思うのかな、と」
「そっか」
ノエルを部屋まで運び、リーゼに後を任せて俺は自分の部屋に戻った。
歯を磨いてベッドに寝転がるとノエルに言われたことが思い浮かんだ、嘘つき、と。
「嘘つき、ね」
別に嘘をついたつもりはない。
もう会えなくてもいいと、そう本気でそう思っている。
でもノエルやリーゼからすればそんなことはあり得ないと思うのか。
アラタは自問自答する。
この世界に来たばかりの俺が同じ質問をしたら、俺はどんな答えをしただろう。
何としても帰りたいと言ったかもしれない。
それとも今と同じ答えを口にしたかもしれない。
ノエルが俺を嘘つきと、自分なら絶対に帰りたいと言ったのは今の生活が気に入っているからだろうか。
俺は元の世界で現状に不満を抱いていた。
肘がぶっ壊れて、監督は俺のせいでやめて、ほかならぬ自分のせいで今の環境があったにも拘らず、どこか周囲にその原因を求めていた……気もする。
俺がプロになれなかったのは俺のせいだ。
怪我をして選手生命が絶たれたのも俺のせいだ。
リハビリを続ければ他のポジションで復帰する道もあったのに、それを投げ出したのは俺のせいだ。
2人からすれば俺は元の世界に執着がないように映るんだろう。
あんだけ野球が好きだったのに、あれだけプロになりたかったのに、あれほど甲子園優勝したかったのに、俺の欲しかったものは結局何一つとして手に入れることが出来なかった。
俺の欲しかったものはあの世界ではもう手に入らない。
自問の末にある結論に辿り着く。
俺は自分で自分のことを嫌いになったんだ、向こうの世界で。
じゃあこの世界では?
俺はまだ俺を好きでいられるのかな。
俺の欲しいものはこの世界にあるのかな。
再び自分に問いかけるがアラタに答えが返ってくることはなかった。
思考が迷路に迷い込む。
「余計なことを考えるな。なるようになるさ」
アラタはそう呟くと眠りについた。
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