第28話 再始動
アラタは死にかけながらスキル【身体強化】と魔術的な身体強化を習得し、その後彼の知らない所で2人はシャーロットとひと悶着あった翌日、三人は宿の食堂に集まっていた。
「おはよー。今日からクエスト復帰するからよろしく」
「……ああ、うん」
元気のないノエルの返事に、アラタの矮小だが危機察知能力だけは高い脳みそはフル回転する。
うーん、あの後姐さんに何か言われたのか、まあそれが本命だけどもしかしたら女の子の日という可能性も……触れないでおこう。
理由がどうであれ勝手に落ち込んで勝手に立ち直る、アラタの女性に対する認識はざっくりそんな感じだったのであえて触れず放置して自分の関係ないところで立ち直るのを待つことにした。
リーゼはもはや挨拶すらなく、二人同時に女の子の日とは考えにくいことからアラタはこの状況の原因を昨日自分が帰った後の出来事だと断定した。
その後気まずすぎる朝食を終えなおも元気のない2人の醸し出す空気感に堪えかねたアラタは立ち上がる。
「まあとりあえずクエスト受けに行こうぜ」
その一言で三人は部屋に戻り準備を終え再集合、ギルドへと向かった。
道中も相変わらず重たーい空気が漂っていてアラタはなんだか自分が悪いような気がしてきた。
空気を悪くしているのはノエルとリーゼの2人なのでアラタに非はないはずだが明らかに自分も関係していることについてなのだろう、彼のいたたまれなさが頂点に達した時、一行は冒険者ギルドに到着した。
建物に入るといつも通り冒険者たちの視線が三人、特にアラタに注がれたが直接絡んでくる奴は一人としていない。
最近ようやくアラタに対する扱いも落ち着いてきて楽になってよかったと思う反面、今日こうして絡まれていないのは俺のおかげではなくこの2人の雰囲気のせいではないのか? とまたどうでもいい方向に思考が引っ張られてしまうアラタである。
三人は募集中のクエストの概要を掲示しているエリアで今日受けるクエストを吟味しているのだが、どうにもろくなものがない。
以前レイテ村で2人が担当したクエストのように、泊りがけ、さらに入念な準備が必要なクエストはほとんどが指名制でありこういった場にクエストは掲示されない。
ノエルが勝手に受けてきた野菜収穫クエストは難易度こそ様々なものがあるが、野菜収穫と言う業務は非常に量が多くまとめて掲示されている。
そのため適正な実力を持つパーティーを適当にあてがうことのできるように一般にも公開されているのだ。
その点今掲示されているクエストには本当にろくなものがない。
アラタが1人で担当するレベルのお使いと大差ないクエストがほとんどで、Cランクの二人が受ければ後進育成や適切なレベルの冒険者を良心的価格で提供するギルドの理念に反してしまう。
アラタはせっかく身体強化を身に着けたことだし命の危険がないことが大前提だがある程度能力を必要とするクエストを探していた。
そんな中ノエルが一枚のクエスト用紙を持ってきて無言のままアラタに手渡す。
「これ受けるのか?」
無言で頷くノエル。
アラタは字が読めない、従ってクエストを吟味するにしても隣でリーゼに翻訳してもらわなければならないが今回もまたリーゼ翻訳機を利用する。
「森での薬草採取。こんなの受けてどうするんですか?」
アラタへの翻訳作業をしているうちにいくらか元気を取り戻したリーゼと比べ、ノエルは未だに暗いままだ。
「薬草、薬草、何が薬草なのか分からないけどこれは簡単すぎじゃないか?」
「そうですよ。これはFランク一人分のクエストです。アラタはともかく私たちには簡単すぎます」
「微妙にディスるのはやめてほしいな。でもリーゼの言う通り、こんなクエストでいいのか?」
「…………ああ、これにしよう」
久しぶりに口を開いたことに安堵してアラタはついこのクエストを受ける方向性で話を進めてしまう。
「俺もたまには楽なクエストがいいかなって思うけどリーゼは?」
「私もアラタとノエルがいいならそれでいいです」
「じゃあ決まりだな! すみません、このクエスト受けます!」
こうして三人は彼らの実力と比較すると非常に簡単な薬草の採集クエストを受注した。
報酬は銀貨2枚、明らかに足が出ているが受けてしまった以上やるしかない。
森までの移動は徒歩、というかランニングであることは変わりなかったが現地についた段階でほぼクエストは終わったようなものである。
魔物も多く生息する地域だがミノタウロスの一件のようにこちらから襲い掛からなければ魔物は基本的に近づいてすら来ない。
リーゼに薬草の見分け方を教えてもらったアラタだが、いまいち雑草との区別がつかず諦めてそれらしい植物を見境なく集めることにした。
黙々と作業していると適当に葉をむしっているアラタの籠だけみるみるいっぱいになっていくがそのうちほとんどが薬草ではない植物だ。
彼が後でリーゼに怒られることは確定事項として、それでも採集に精を出しているとノエルが話しかけてきた。
「アラタは元の世界に帰りたいか」
なるほど。
これが本命か。
アラタは昨日自分を除け者にして行われた女子会の内容を推察する。
冴えわたる俺の第六感によると対外的に孤児設定の俺を村から引きずり出したことをとがめられたんだろう、そうに違いない。
本日も彼の頭は残念だがノエルの問いはその件とは関係なく素直に答えられるものだ。
アラタは特に何の含みもなく質問に答えた。
「帰りたいよ、普通に」
「……そうか、そうだろうな」
「でも無理なんだ」
「え?」
アラタの答えには続きがあった。
帰りたい、けれども、
「俺は元の世界で重傷を負って二つに分裂した。で、片方がこっちに来てもう片方は向こうに残った……ハズ。だから俺の帰る場所はないよ」
「分裂!? アラタの世界の人間は死にそうになると分裂するんですか?」
もうリーゼは元気だな。
すっかり明るさを取り戻して今は異世界人の不思議な生態に興味津々な彼女を見てアラタはそう思った。
「そんなわけないだろ。刺されて意識を失ったら2人になっていたんだ。そこで自分の事神とかいう奴に色々説明されてここにきて、って自分で説明しておいてやっぱり胡散臭いやつだな、あいつ」
この世界に来るまでの経緯を一通り説明したが改めてあの自称神は怪しすぎると思う。
なんか俺って状況に振り回されてばかりだな。
「アラタ……その、私たち……ここでお別れしよう」
「…………俺振られた? 付き合ってもいないのに?」
私たち友達の方がいいと思うの、だから元の関係に戻ろう。
そう言った趣旨に受け取れる発言を受けて、軽口をたたいているものの意外とショックを受けているアラタに対して、ノエルは真剣そのものだ。
「思えば今までがおかしかったんだ。アラタに隠し事をして、アラタの弱みにつけ込んで、それで仲間と呼んでもらえてそのつもりになっていた。私にアラタと一緒にいる資格なんてない」
なんか面倒くさいモードに入ったな。
ノエルはあまりそう言うタイプに見えなかったけど。
アラタはどちらかと言うと頭空っぽにして話が出来る相手の方が気楽に接することが出来ると自己評価している。
自分も大概空っぽだし相手が一生懸命考えてくれたのに適当な返事しか返せないとなんか申し訳ない気持ちになる。
その点ノエルは気楽に話せる人だったけど今目の前にいるのは何やら面倒くさい理屈をコネコネしている女の子だ。
「やっぱし今日のお前変だぞ。簡単なクエスト受けたいとか帰りたいかとか、挙句別れようとか。体調悪いのか?」
アラタが手を伸ばしてきて私の額に手を当てる。
掌の熱を感じる、それに手はなんかざらざらしている。
きっと剣を振りすぎて皮膚が硬化しているのだろう。
「熱は無し。リーゼは何か知ってる?」
ノエルの異常の原因が昨日自分が帰宅した後のシャーロットとの会話にあると断定しているアラタからすればリーゼは絶対に詳しい事情を知っているのだが話してくれない。
知っているけどノエルの口から聞けと言うことなのだろうか。
「話してみて、それで解決することもあるだろ」
「アラタはなんでそんなに優しくしてくれるの?」
「優しく、そうか、俺は優しいか。……うん、俺は優しいな。なんで、何で優しく……特に理由なんてないかな。強いて言うなら二人には命を助けてもらった借りがある。そんなところかなぁ」
アラタはそう言うと少し笑った。
初めてまともに笑うアラタの顔を見た気がする。
この笑顔を見ると胸が締め付けられる。
私はこの人に後ろめたいことがある、話していないことがある。
ただ恩があるというだけで付いてきてくれるこの人のことを駒として扱っている、シャーロット殿に言われたことは正しい。
ノエルはそんな自分自身に対して自己嫌悪に陥る。
最悪だ、まるで日ごろあれだけ嫌悪している詐欺師そのものじゃないか。
ノエルは泣くまいとグッと涙をこらえる。
どうして私というやつはこんなに泣き虫で自己中心的なのだろう。
ここで私が泣いたらアラタはきっと慰めてくれる、事情も聞かずなし崩し的に行動を共にしてくれる。
だから泣いたらダメ、それはずるい。
それこそシャーロットさんに言われたまんまではないか。
「はぁ、リーゼ」
「えぇ、アラタ」
2人はため息をついている。
何故かは分からないが、アラタがそうするのはまだわかるとして、なぜリーゼもため息をつくんだ?
リーゼはこちら側のはずだろう、なぜそっちに立っているんだ。
「あのなあ、たぶんリーゼも同じだろうから俺から言わせてもらうけど、難しいこと考えすぎ。もっと肩の力抜けよ」
「なっ、私は、私は!」
人が真剣に悩んでいるという時にこいつは!
ノエルはどうにも真剣に取り合ってもらえていない様子を感じ取ったのか言い返そうとして頬を伝うものに気付いた。
彼女は流してしまったのだ、決して流すまいと我慢してきたものを。
一度決壊してしまえばそれを抑える方法など存在しない。
泣いた、泣いてしまった。
これは、これだけはやってはいけないと思っていたのに。
泣き出してしまったノエルを見るとアラタは困ったような表情をしてリーゼを顔を見合わせる。
どうしようかなぁ、そう呟くとアラタはノエルの元へと歩いていく。
「あーあ、アラタがノエルを泣かしましたね」
「うるさい! ああもう! めんどくさい!」
そういうとアラタはノエルの顔を両手で挟んだ。ノエルの目を見て、
「ノエル! 難しいことは考えるな。資格がどうとか、よくわからんことばっか言って、煙に撒こうったってそうはいかないぞ。大体な、解散するときなんてなし崩し的に解散するもんなんだよ。話さなきゃならないことはまた今度でいい。こんなことで泣くなよ、らしくないぞ!」
アラタが私の顔を掴んで正面からそう言った。
私はと言うと涙が止まらない。
泣いてはダメだ、泣き止もうと思っているのに溢れてきて止まらない。
「うぅ、ひぐっ、ぐすっ。アラタもリーゼも私と一緒にいてくれるの?」
「まったく、どんだけ泣いているんだよ。それにいつもの変に偉そうな口調はどうした? さっきも言っただろ、このパーティーに残るさ」
「アラタに同意します。私もここにいるのは私の意思です。まあ私はアラタと違ってずっとここにいますけど」
「あっおい! それじゃ俺が薄情者みたいじゃないか!」
「あら、違うんですか?」
「違うわ! もうお前のペースには乗らないぞ。ギブアンドテイク、これは変わらない。けどそれは結果の話で、気楽にしていればいいんだよ。俺だってお前らに助けられているんだから」
「そうですよノエル。あーあ、こんなに顔をぐしゃぐしゃにして。鼻水もこんなに垂らして。さあ、これで鼻をかんでください」
「うん、うん! ありがとう! リーゼ、アラタ、ありがとう!」
「じゃあこんな簡単なクエスト早く終わらせて明日からちゃんとしたクエスト行こうぜ!」
「うん! うん!」
「まあアラタはFランクなのでこのくらいのクエストがちょうどいいんですけどね」
「リーゼ、それは言わない約束だろ!」
その後三人はクエストを続行、異常な速度で薬草を集めたノエルのおかげでアラタは相当楽できたのだがその後アラタはシャーロットが2人に何を言ったのかすべて聞いた。
ったく、姐さんも妙な事吹き込みやがって。
フォローするこっちの身にもなって欲しい。
俺が利用されているとか、いつか俺が2人を庇って死ぬとか、そんなことあるわけないだろ、他人のために死ぬなんて。
まあ利用されているとしても、俺にはそれしか道がないし2人も悪意があってやっているわけじゃない。
じゃあそれでよくね? それ以上何してほしいの? 姐さんの考えることはよくわからない。
まあ2人の機嫌も直ったことだし良しとするか。
誰かの依頼を受けてシャーロットがノエルとリーゼの中に不安の種を植え付ける。
そしてそれをアラタの手で解決させる。
何者かの手によって人為的に修復させられたパーティーはそれでも改めてパーティーとして歩き出した。
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