第27話 重戦士の真意

 アラタが孤児院を後にしてからしばらくして、子供たちは昼食のために建物の中に入る。

 それと入れ違いになるようにシャーロットが出てきて、目で付いてきなと言い奥の林の中に入った。

 昼間だが鬱蒼とした林は、子供が多く暮らす孤児院の敷地内にしては子供の安全を考えた時、決して場にふさわしいとは言えないほど不気味だった。

 その中を少し歩き、人為的に木々を伐採して作られたと思われる草原に出た。

 草原なんて大きなものではないがちゃんと手入れの行き届いたそれは、青い芝を一面に生やしてくるものを歓迎しているように見える。


「さて、この辺でいいかね」


 シャーロットは原っぱにただ一つ置かれた岩の上に腰を下ろすと葉巻を取り出して火をつけた。

 葉巻を吸い込むのと同時に先端が赤く揺らめき燃え、そして灰になる。

 紫煙をくゆらせる姿は絵になるが進んで子供に見せるような代物ではない、2人はシャーロットがここに来た理由を察した。

 子供たちのいる前で葉巻は吸えないのだな、と思うと同時に自分たちを一緒に連れてきた理由の方が気になりだす。


「あの、私たちはなんでここに……」


 久しぶりだったのか存分に喫煙を堪能するシャーロットを邪魔するか迷ったが、葉巻一本丸ごと吸い終えるのを待つこともできないとリーゼが切り出した。

 シャーロットはそんな2人の様子を全く意に介さず葉巻を吸い続けた。

 彼女はヘビースモーカーだったのか、いつも特段煙の匂いを纏っていなかっただけにちょっと驚いたノエルだったが喫煙自体禁止されているわけじゃない、ただ早く自分たちをここに連れてきた理由が知りたい。


「シャーロットさん、そろそろ教えてくれないか? 私たちは何故――」


 シャーロットがノエルの言葉を遮るように指をさした。

 その指す方向は今彼女が座っている岩、正確にはその下である。


「ここが何か分かるかい?」


「いえ、分かりません」


「ノエルは?」


「あなたの秘密の喫煙場所ではないのか?」


 2人の答えを聞くと彼女は再び葉巻を一吸いした。

 特別長い呼吸は残る葉巻全てを燃やし尽くしほぼ根元まで吸いきった。

 その煙を肺に入れ、そして吐き出すと彼女はぽつりぽつりと話し始めた。


「あんた達がまだ小さい頃、ノエルは生まれてもいなかったかもね。この国がウル帝国の侵略に抵抗して起こった戦争を知っている?」


「帝国戦役ですね。学校で習いました」


「私も知っている」


「ここはね、帝国戦役で戦った私の戦友たちの眠る場所なのさ。勿論すべてではない、遺品を持ち帰ることが出来た者、帰還後に死んだ者の一部が眠っているに過ぎない」


 予想よりはるかに重いエピソードに2人は固まる。

 今を生きる彼女らに物心つく前の戦争の実体験を伴う話をすることはあまりない。

 戦争の爪痕はほとんどが消え、能動的に調べでもしなければかつて起こった出来事に思いを馳せることはないのだ。

 2人とて貴族、毎年戦地の方向へ向かって黙とうを捧げるが、そうした所で彼女たちが戦争を経験するわけではない。


「言うか迷ったけどね、あの子を見て思ったのよ。ああ、貴族はいつの時代も変わらない。ってね」


 シャーロットの意図を測りかねる2人だったが、リーゼは彼女の言葉を咀嚼して繰り返し考えることでなんとなくわかってきた。


「私たちがアラタを殺すというんですか」


 シャーロットは二本目の葉巻に火をつけニヤリと笑う、どうやら当たりのようだ。


「あんたら、なんであの子に何も言わなかった」


 重戦士の声色が変わる。

 煙を入れているからか、いつもより少ししわがれた声は周りに誰もいない草原に染み渡る。


「何も言っていないわけでは……」


「じゃああの子は大公選のことを知っていてあんたらについたってのかい? 私にはそんな風には見えなかった」


「それは……」


 先ほどからリーゼの歯切れが悪い。

 何か後ろめたいことがあるのか、それを指摘されて反論できずに固まっているのか、こういう時ノエルの代わりに話をするリーゼだが今日は相手を言いくるめることが出来ずにいる。


「そらそうさね。言ったらあの子はあんた達の元を去るだろうから、だから言わなかったんだろ? そうだろ?」


 また答えない。

 リーゼは彼女の言い分に返す言葉の持ち合わせがなかったのだ。

 シャーロットはまた葉巻を一吸いすると吸い殻をぐりぐりと下の岩に押し付ける。

 火の消えた吸い殻はこれで何本になるか分からない程彼女の足元に落ちている。

 だがそれでも彼女が喫煙をやめる兆候は一向に見られない。

 シャーロットは次の葉巻に火をつけるとさらに語気を強め、2人を糾弾した。


「あんたらは最悪だ。人の善意を食い物にする害虫だよ」


「シャーロットさん、その言い方はノエルに失礼ですが」


「黙りな。あの子はいい子だ。人のために努力して、役に立とうと、足を引っ張るまいと毎日遅くまで一日中剣を振り回している。そんな子をよくもまあ駒として使い捨てるような扱いが出来るもんだ。その面の皮の厚さがあればさぞかし生きやすいだろうよ」


「シャーロットさん、いや、アレクサンダー殿。それ以上はクレスト家とクラーク家に対する反抗と取って構わないですか?」


「好きにしたらいい。レイフォード家のお嬢ちゃんにいいようにしてやられているあんたら何ぞ怖くもなんともない」


「それでも貴族は貴族です。アレクサンダー・バーンスタイン、ノエル・クレストに対して無礼千万な物言い、この場で――」


「リーゼ、やめて」


 ノエルはシャーロットに対して冒険者として、伯爵家として権限を行使しようとしたリーゼの服の裾を俯きながら掴んだ。

 リーゼは自分がどうというよりノエルに対する彼女の言い草が気に入らないようで、ノエルがやめるように言うと驚くほどあっさりと引き下がる。


「シャーロットさん、あなたは結局何が言いたい、私たちにどうしてほしい」


「別に、ただ現実の見えていないお嬢様方は気に入らない。そんだけさ」


「それは……」


「あんたも薄々わかっているはずだよ。あんた達のパーティーに入ることがどういうことを意味するのか、分かっているからこそ今まで誰とも組まなかったんだろ?」


 2人は頷きはしないが、かと言って否定もしない。

 この場合、沈黙は肯定と受け取ることが出来る。


「まだ短い間だけど私はあの子の師だ。弟子にぼろぼろになるまで戦い、そして死ねという師匠がどこにいる? 私の要求をはっきり言っておこう。いいかい、今すぐアラタをパーティーから解放して金輪際関わるな」


 シャーロットから2人に出された要求は彼女たちにとって到底受け入れることのできないものだった。

 まだ付き合いは短くとも、彼は異世界人で、貴族に対して無礼な振る舞いが目立つものの自分たちのことを普通の仲間として見てくれる数少ない人。

 アラタが2人に依存しているように、2人にとってのアラタもまた替えの利かない大事な人間だったのだ。


「それは……アラタが死ぬなんて、私はそんなつもり……」


 アラタを駒として使い倒した挙句、最後にはポイッと捨てる。

 2人にそんなつもりなど微塵もないわけだが彼女らの事情を知るものからすればそう取られても不思議ではないのかもしれない。

 権謀うず巻く貴族の世界、直接手を出すことはできなくとも一般人の護衛を削ぐことくらいは平気でする。

 2人と行動を共にするアラタがそうならない保証などどこにもなかった。

 だがノエルはそんなことにまで考えを巡らせたうえでアラタを仲間に誘うほど思慮深い人間ではない。

 シャーロットはそれが気に食わないのだ。

 無邪気に他人を地獄に引きずり込む、それがどれだけ罪深いことか。


「そんなつもりがなくとも! 死んでからじゃ遅ぇだろうが! 隠し事をしたまま本当の仲間になぞなれるか! 貴族の道楽もいい加減にしろバカ野郎!」


 せっかく林の奥まで来たと言うのに、シャーロットの怒号は響き渡り辺りの木々を震わせる。

 もう周りに聞こえていようと関係ない、シャーロットは怒り心頭のまま言葉を紡ぎ続けた。

 アラタの知っている彼女はそこにはいない。

 そこにいたのはアレクサンダー・バーンスタイン、先の戦争の功労者のひとりであり多くの別れを経験した者、そして自分と同じ道を辿らせまいとする、冒険者の先輩としての彼がいた。

 リーゼの裾を掴むノエルの手がぎゅっと握られる。

 プルプルと震える彼女の赤い目には涙が湛えられ今にも零れ落ちそうになっている。


「何? 泣くのかい? 泣けばあの子を手放さずに済むとでも? 随分とまあ都合の良いことで」


 ポロポロと水滴が零れ落ちた。

 零れ落ちたそばからまた新しい水滴があふれてきて限界を迎えては次々と零れ落ちる。

 穿った見方をすればシャーロットの言い分は至極真っ当で反論する余地がない。

 だが当人たちにそんな意図があったかと言われれば、それは違うとノエルの涙が証明している。

 意図的だったか否か、どちらの方がより悪質であるかは置いておくとして、ノエルには、それに付き従うリーゼにはそんな意図はなかった。

 2人は護衛とは名目でいいから、アラタとパーティーを組んでみたいと思ったのだ。

 彼は異世界人であるから、監視の意味も込めて側にいなければならないという大義名分もある、彼を使い潰そうとする目的などなく、駒として扱うつもりもない。

 だが見る人が見れば、かつてそのような経験をしたものから見ればそう映ってしまったのだ、考えもしなかったことを追及され、なじられてノエルの心は限界を迎えた。


「話は終わりだ。さっさと帰ってあの子にでも慰めてもらいな」


「ノエル、行きましょう。アレクサンダー・バーンスタイン、後日正式に沙汰を下しますからおとなしく待っていなさい」


「ふん、楽しみに待っているよ」


 いつの間にかシャーロットの足元には吸い殻が山のように落ちていた。

 随分と長い時間話していたみたいだ、空が赤黒くなるにはまだ早いが西日が厳しい時間帯に差し掛かっていた。

 ――我ながらよくもまあ随分と酷いことを言えたもんだね。

 あの子らにその気はなかったというのに。

 ノエルとリーゼが孤児院の方へ戻り一人取り残され、誰もいなくなったはずの原っぱでシャーロットは独り呟く。


「こんな感じでよかったかしら? にしても悪役はもうこりごりだわ」


「上出来じゃよ。それにしても途中本気になっておらんかったか?」


「私にも少し思う所があってね。あの子の扱いに不満があったのは本当のことだし、でもあなたも影から大変ねえ」


「そうでもない。ワシもそろそろ日の目を浴びる頃じゃからな」


「私も随分ひどいことを言ったけど、本当にアラタを手放すようなことにならないわよね?」


 何者かと会話を交わすシャーロットの言い分は先ほどと180度まるで逆方向だ。

 自分の意思など関係なく、まるで初めから話の行く末を決めていたかのように。


「そうはならんよ。ワシの見立てじゃと奴は筋金入りのお人好しじゃからの」


「せめて救いがなければ、それじゃあの子が不憫だわ」


 自分の待遇に関して、アラタは恐らく何にも考えていない。

 なるようになる、人生はそうやってできていることを彼は知っているから。

 だから彼のあずかり知らない所で話は複雑に推移していく。

 だがそれよりもさらに深い、リーゼやノエルでさえ知らない所でも事態はさらに複雑に動いていたのだった。

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