第30話 異常な価値観

 目ぼしいクエストが見つからず、その日のパーティーとしての活動はそこで終了となったある日、アラタはシャーロットの元で稽古をつけてもらっていた。

 身体強化を会得してからまだ1週間も経っていないが、アラタは随分と久しぶりに孤児院へきた気がしていた。

 スキルを身に着け、それに応じた体の動かし方を考え、教わり、習得していく。

 シャーロットはまだ本気ではないが、それでも彼女の動きについていけるようになったアラタは戦闘中に軽口を叩けるくらいには余裕がある。


「あんたも中々スキルの使い方が様になってきたね。手合わせすれば分かる、かなり鍛えただろう?」


「ええ、我ながら少し強くなったと思います。けど姐さんの本気を引き出すのはまだまだ遠いですね」


「その日が来るのを楽しみにしているよ。ところで、あれからパーティーは順調かい?」


 シャーロットは答えが分かり切っている質問を投げた。

 パーティー解散の話もなく、こうしてアラタが孤児院に稽古を受けに来ている、それが答えだからだ。


「今は順調ですよ。誰かのせいでえらいことになりましたけど」


 少しムッとした表情を見せた弟子の刀を盾で払うとニヤリと笑う。


「あの時は悪かったよ。少し現状を自覚させてあげただけじゃないか、そう怒らないで頂戴」


「リーゼはまあ大丈夫ですけど、ノエルはあれで結構繊細なんです。あまりいじめると俺の心労が増えるので」


「だからそんなに怒らないでよ。結果全てうまくいっただろう?」


「それはそうですけど……そうですね、もう済んだことです」


 一通り会話が終わると再び稽古は激しさを増す。

 基本的にシャーロットが攻防の主導権を握り、アラタは必死にそれをかいくぐりつつ反撃のチャンスを窺う。

 やっとの思いで作ったチャンスにアラタは思い切り踏み込むとシャーロットは一度受けに回るがすぐに反撃してくる。

 ほとんどが彼女の攻撃時間でありアラタはほぼ防戦一方、刀は壊れないはずなのでガンガンぶつけても問題はないのだが、問題なのはアラタの肉体の方だ。

 いくら身体強化をかけていると言っても師のそれとは比べ物にならず、得物の重量も向こうが上、ともなれば刀で攻撃を受けることは殺してくれと言わんばかりの自殺行為である。

 刀の上から叩き殺されても文句は言えない。

 アラタは攻撃を躱し、受け流し、また躱す。

 刀の角度がきれいにはまった時、攻防一体の動きは相手の懐に潜り込みそこで初めて反撃の機会が巡ってくる。


 ここで……誘われたのか!? しま――


 チャンスが出来ると人間はそこに殺到する。

 今まで用心深く動いていて、その結果得られた努力の果実に飛びつきたくなる、そう言う生き物なのだ。

 偶にしか巡ってこない貴重なチャンス、やっとの思いでこじ開けた防御の隙間を通すように、正確には誘導された攻撃は無情にも盾によって防がれ、今度は逆にアラタの体勢が崩れた。

 この稽古の区切りに明確は条件はない。

 決着がつくときは大抵アラタが受け損ねた時か今みたいにカウンターの餌食になりダウンした時だ。

 突進しながらの盾による体当たり、強烈なシールドバッシュはアラタを捉えて彼の体を壁まで吹き飛ばした。


「リリー! 頼むよ!」


 アラタさん、大丈夫でしょうか。

 姐さんはアラタさんが来るといつも上機嫌ですけどその分稽古に興が乗ってしまう。

 リリーはアラタを治療しつつ急速な成長の最中にあるアラタ、そしてそれを凌駕する勢いでかつての勘を取り戻しつつあるシャーロットの凄まじさに舌を巻いていた。


「リリー様、いつもありがとうございます」


「その様付けで呼ぶの、恥ずかしいのですが」


「いやいや、大恩あるリリー様を呼び捨てで呼ぶなんて恐れ多い」


 そう言いながら手をこすり合わせて何かに祈る仕草をするアラタの動きはリリーから見ると酷く大げさに、わざとらしく見える。

 よほど罰ゲームが怖かったのか、やめるようにお願いしても一向に様付けで私を呼び続けるアラタを見て、本当はふざけているだけなんじゃないかと疑い始める。

 それくらいアラタの感謝は大きく、それを表す態度もわざとらしくなるくらい大げさなものだったのだ。

 そこに罰ゲームの発案者が近づいてくる、だがもちろんこの稽古に罰ゲームはない。


「お疲れ様。今日の稽古はどうだった?」


「今日こそは、って思ってたんですけど。やっぱりまだスキルの力を引き出しきれていない気がしますね」


「こればかりは実践あるのみだからねえ。私でよければいつでも相手になるけど」


「それはありがたいんですけど。俺、魔術を習いたいんです。姐さんはできないんですか?」


「そうねぇ、身体強化もそうだけど私は人に教えるようにしっかりとした魔術を使えないんだよ。それに人に教えられるような魔術師との縁もないからね。あの2人には頼んだの?」


「ええ、まあ。探してくれているみたいですけどまだ反応がなくて、また今度来ます。今日はありがとうございました」


 今日の稽古はここまでと言うことでアラタは帰ろうとする。

 そんな背中を見送っていたシャーロットだがふと何か思い出したようにアラタを呼び止めた。


「アラタ」


「なんです?」


「あんたも私がノエルに言ったことを聞いたんだろ?」


「ええ、本人から脚色を加えたうえで」


「脚色……多少大げさでも私の言ったことは間違いではないと今でも思っている。それでもあんたはそこに居続けるのかい?」


 姐さんがノエルに言ったこと。

 俺がこのままでは貴族の争いに巻き込まれて命を落とすかもしれないこと。

 2人はそれを隠したうえで俺を仲間に誘ったこと。


「俺は俺の意思でここにいます。いなくなる時はいつか来ますけど……まだ俺の居場所はあそこだと思っています」


「……そう、ならいいのよ。後悔はないようにね」


「はい、また来ます」


 アラタはそう言うと再び歩き出し孤児院を後にしていった。

 その背中を見ながらシャーロットは呟く。


「やっぱり危ういわぁ」


「そうですか? いつかいなくなると言っていましたし本当に危なくなったら逃げるんじゃないですか?」


 リリーにはシャーロットの言ったことが分からなかった。

 アラタという人物を見てきて、彼は現実が見えていない非常識な人間ではないと思った、だから引き際は心得ているだろうと思ったのだ、何より彼もいつかいなくなることを示唆している。


「人を見るときは言動じゃなく行動を見るんだよ。行動の方が信じられる。特にあの子はそんなタイプだ」


 それは分かりますが、と言ってみるがやっぱり納得できないリリーにシャーロットはゆっくりと話し始めた。


「リリー、断言するよ。あの子は自分の命が危なくなっても逃げないよ。それが当たり前だと思ってしまう所がアラタと言う人間の異常なところなんだよ」


「誰だって命の危機に瀕すれば逃げ出すと思いますけど」


「普通はそうさ。私だって危なくなれば逃げだす。けど、あの子の中にある、何といえばいいのかね。自己犠牲の精神とでも言うのかね。どこであんな危ない考えを植え付けられたのか、教えたやつを説教してやりたいよ」


「自己犠牲は悪でしょうか?」


「そうは言ってないよ。何事も行き過ぎは良くないってことさ。今は対処しきれない脅威もなくあの子自身かなりの速度で成長している。でもいつかどうにもならない事態に遭遇するときは必ず来る。そこであの子は逃げない、それを危ういって言っているのよ」


「確かに、姐さんからも逃げずに戻ってきましたからね」


「ね? あの子、切り捨てることが苦手なのよ。それは決して長所なんかじゃない。冒険者としては失格だわ」


「だから姐さんはアラタさんを鍛えるんですか?」


 リリーから見てアラタに剣を教えるシャーロットはとても楽しそうに見えた。

 きっとそれだけじゃないのだろうな、そう思いながらリリーは剣を教える理由を彼女に尋ねた。


「それもある。デイブを助けてくれた恩もある。でも何より私はあの子が気に入った、それだけだよ」


 アラタさんのことを冒険者失格とか散々言っておきながら、姐さんも感情に振り回されてしまうかわいい人なのです。


「なんだい、急にニヤニヤして」


「いえ、なんでもありません!」

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