第14話 ヒモのアラタ
クラスがないという絶望的なマイナス地点からのスタートを言い渡された翌日、アラタはギルドへ向かっていた。
今までそれどころではなくて気にしていなかったが街中には面白そうなものがたくさんある。
元の世界にはなかったもの、例えば魔法使いのお婆さんみたいな人がやっている商店? 小売店? には見たこともない不思議なものがたくさん置いてある。
ただ食べ物に関してはまだアラタの琴線に触れるものはまだ見つかっていない。
ギルドへの道すがら眺めているだけなのでしっかりと散策してみれば何かあるのだろうがそんなゆっくりとした時間を過ごせるほどアラタはこの世界に溶け込めていない。
違う世界なのに同じ食べ物が平気で置いてあることにアラタは違和感を覚えるが考えても答えは出ない。
俺の設定を忘れている奴のことだ、どうせ適当に地球っぽくして見たのだろうけどそうしたら一体どちらが先なのだろうか。
アラタに農耕や生物学的な知識はほとんどない。
故に地球と異なる環境で同じ作物が収穫できることにおかしさを感じてもじゃあ具体的に何がどうおかしいのかと聞かれると答えることが出来ないのだ。
だからこの世界がものと世界のコピーだと断定することもできないしもしかしたら元の世界の方が後で出来たのかもしれない。
そもそも世界ってどうやって作るんだ? それに世界創造にあいつが関係していると決定したわけじゃない、そんな超常的な現象ではなく科学的に説明がつく生まれ方をしたのかもしれない。
思考が迷子になったところでこれ以上考えることは諦めてギルドへ向かっていると後ろから声をかけられた。
「おはようございます。早いですね」
「おはよう。あれ、ノエルさんは?」
「ノエルは寝坊したので置いてきました。いずれ来るでしょう」
「起こしてあげたらよかったのに」
同部屋なんだ、むしろ起こさないように出てきたんじゃないかとアラタには思えたがその辺も深い考えあってのことかもしれない、聞かなくていいかとスルーする。
「いいんですよ、今日に関しては。それよりも……」
「それよりも?」
「昨日の今日でギルドに行くことが少し憂鬱なんです。ノエルから聞きましたよね? 隠し事が減った分少しは楽になったんですけど」
少し減った、か。
「まだあるの⁉」
「知らないんですか? ミステリアスな女性の方が美しく見えるんですよ?」
「それミステリアスの意味間違えてるぞ」
「とにかく! 早くクエストを受注してギルドを出ましょう」
そうこうしているうちに2人はギルドに到着しドアを開き中に入る。
アラタが扉を開きリーゼに先を促すとリーゼはありがとうございますと言いながら建物へ入っていった。
現代的価値観でレディーファーストと言えば聞こえはいいが元は男性の安全を女性に確かめてもらうという男尊女卑極まりない使い方をしていた用語だ、その点アラタのレディーファーストは完璧だった。
リーゼの後ろからギルドの様子を見たアラタは扉を閉める、もちろん自分は入らずに。
帰ろう。
ここの人達仕事していないのかな? また人外魔境が広がっていた気がする。
「ちょっと! おいていくなんて酷いです!」
「うわぁあ! はなっ離せ! 俺はまだ死にたく……おい、腕折れる!」
地獄の門が開き中から亡者の手がアラタの腕をがっしりと掴んで離さない。
掴まれたアラタの腕はミシミシと嫌な音を立てていてアラタは絶叫している。
痛い、痛い痛い痛い!
なんでまだ朝早いのに、まだ商店街の店だって閉まっている所もあるのに、なんでこんな朝早くから冒険者はハコモノいっぱいに集合しているんだ。
「離してくれ! 俺のための尊い犠牲になれ、リーゼ!」
「あっ! 今呼び捨てにしましたね! 気軽に呼んでほしいなと思っていましたけどこんな時に呼び捨てにしましたね? アラタも道連れにします!」
予期せぬところで少しだけ距離が縮まった両者だが二人だけの時間は長くは続かない。
聖騎士であるリーゼの力に生身の力だけで抵抗しながら必死に逃げようとするアラタの肩を叩く影あり。
「ようアラタ、中で話聞かせてもらおうか?」
振り返ると長身のアラタよりさらに背の高い大男がアラタを見下ろしていた。
リーゼのアラタを引っ張る力が緩まり逃走できる状態になるが今度は別に理由で逃げられない、アラタは心の中でありったけの恨み言を叫ぶが結局二人まとめて連行されていった。
ギルドの中心にある会議用のテーブルに着席させられると周囲を冒険者たちに固められる。
円形のテーブルの対角にはリーゼが座っているがこちらはVIP待遇で納得いかない。
「さあ兄ちゃん、話を聞こうか。あんたはどんな手を使って2人のパーティーに入ったんだ?」
アラタを尋問する冒険者の腰にはしっかりとした造りの片手剣、防具も着込んでおりしっかりと臨戦態勢だ。
他にも周囲を固める冒険者たちはどれも重装備でアラタを相手にするにはオーバースペックである。
明らかに仕事に行く恰好なわけなのだがそんな状況で素人1人を尋問する様子は傍から見ればひどく滑稽に見える。
「レイテ村で出会って成り行きでクエストに巻き込まれてその後パーティーに誘われた。これで全部だから解放してくれ」
「ふむ、まあいい。じゃあ次の質問だ」
そう言うと男は腰の剣を抜き木製のテーブルに突き立てた。
深々と突き刺さったそれを見てアラタは抜くのが大変そうだろうなくらいの感想しか持たなかったがどうやら新人をビビらせる鉄板の威圧だったらしく周囲からくすくすと笑いが起こる。
身内ノリは知らない人からすれば寒いだけなんだけどな。
アラタは過去の経験からこの手のギャグはやめておこうと心に決めていたが案の定アラタから見てこいつらのノリは非常に寒い。
「こっから先は発言に気をつけな。この剣が卓から離れたら事だぜ?」
「はいはい、次の質問は?」
いかに自制心の欠片もない連中だったとしてもこんなところで俺を傷つけたりしないだろう、なによりリーゼが何もしようとしない、なら大丈夫ってことだ。
「昨日あんたと同じ宿に泊まった冒険者がここにいる。今すぐ吐けば楽にしてやるぞ?」
「ごめん、全然話が見えない」
「…………なんだと」
男が鬼の形相で睨む。
近い近い、顔が近い。
というかこれって……あれか。
「待て待て、多分それは誤解だ」
「何が誤解なんだ?」
「ノエルが俺の部屋にいたことだろ? あんたらが想像しているようなことは起こっていない、断言する」
アラタは昨日の出来事をリプレイして出した答えをぶつけたがどうにも反応が良くない。
冒険者たちが議題にしたいことはこれで合っているはずだがどうにも感触が微妙なのである。
アラタが断言した後、場に微妙な空気が流れたがそんな雰囲気は人混みをかき分け中心に躍り出てアラタの胸倉をつかんだ男の手によって一変した。
「お前の部屋を出るときになあ、ノエルちゃんはなあ……めちゃめちゃ笑顔だったぞこの野郎! それだけで有罪だ! どうやってそんなに仲良くなったんだ教えろくださいこの野郎!」
所々おかしな日本語が引っかかるがたったそれだけの理由で無実なのにこうして胸倉をつかまれて呼吸が苦しいアラタは不憫で仕方がないがあいにくこの場にアラタの味方はほとんどいない。
「教えろくださいって命令してんのかお願いしてんのかどっちだよ。離せ! 俺は今からクエストを受けに行くんだ!」
「おうおうクラスもねえFランクのくせに随分と粋がるじゃねえか。どうせお前なんてノエルちゃんとリーゼ様に寄生するだけのヒモのくせに!」
襟をつかむ手を振り払いはしたものの依然囲まれた状態に変わりないアラタは周囲からの雑言にだんだんとイライラしてきていた。
「ヒモ? 俺はヒモじゃない! いいからどけよ!」
「ヒモは大体そう言うんだよ。俺はヒモじゃない、ちゃんと働いているんだってな。お前は今日からヒモのアラタだ! よかったな、クラスが手に入って!」
元の世界にいた時は菩薩の千葉と呼ばれた彼だがここまでされれば誰だっていやな思いをするし憤りもする。
アラタに関していえば彼はその辺に対する憎悪がより一層深い。
「……てめえらいい加減にしろよ。人が下手に出てりゃ偉そうに」
額に青筋を浮かべて一番近くにいる冒険者に詰め寄り相手を睨みつけるが相手も荒くれ者の冒険者、この程度で引き下がるわけもない。
「おうなんだ、俺とやろうってのか? ヒモの分際でよ」
男もアラタに詰め寄り不穏な空気が流れる。
アラタもそろそろ我慢の限界である。
彼のここまで理不尽な扱いを受けていて黙っているような性格ではない。
アラタにその気はないようだが相手は本気だ。
異世界の本気はアラタが元居た世界の本気とは一線を画す、手が獲物に伸び……
「全員その辺で。これ以上はおふざけではすみませんよ?」
空気が凍り付いた。
気温が下がり冷気が充満する。
冒険者たちは一様に動きを止め散開した。
彼らにとってここまでは遊びのつもりでここから先が本気のようだったが少々やりすぎた。
「アラタ、ごめんなさい。あなたは優しすぎるから怒るのかなと思いまして」
「…………ふぅー。俺だって人間だっつうの。いじめられていたら早く助けてくれよ」
凍り付いた雰囲気の中アラタの吐いた息は白かった。
「じゃあ気を取り直してクエストを探しましょう! これからクエストの受け方を説明しますからよく聞いて――」
「このクエスト、受けます」
凍り付いた空気を溶かすような明るく元気な声、おかしい、この声の主はまだ宿で寝ているはず、だけど…………
「なんでここにいるんだ、ノエル」
「ん、呼び捨ての方がしっくりくるな。全く、起こして欲しかったぞ。それに先に出ていてまだクエストを探してすらいないなんて、私に感謝してもいいんだぞ?」
アラタの中で道中の会話と今の状況が繋がる。
リーゼはこれがあるからノエルを置いてきたのか。
「リーゼ、今まで苦労してきたんだな」
「察してくれましたか。その……行きましょうか」
「さあ! 私たちの初クエストだ!」
3人が出発した後のギルドは先ほどまであんなに騒がしかったことが噓のように静まり返っている。
しばらくして徐々に正気に戻った冒険者たちはバラバラと動き始め会話も生まれる。
「怒ったリーゼ様は怖かったな」
「それも美しい、というか私はリーゼ様に叱って欲しい」
「今度俺も敬称付けないで呼んでみるか」
「ばか、クラーク家に殺されるぞ」
ここにいる冒険者たちがアラタを本気で憎んでいたかどうかはともかくとして、どいつもこいつもアホばかりであることは事実のようだ。
そしてアホたちのせいで彼のギルドでの通り名は『ヒモのアラタ』になってしまった。
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