第15話 初クエスト
なんか俺ってかっこ悪いな。
からかわれて本気でキレて女の人に助けてもらって、リーゼがいなかったら盗賊と遭遇した時の二の舞だった。
いじめはいじめるほうが悪いことは確定事項でありアラタもそこに異論はないが、いくら正しくとも、悪くなくとも喧嘩で痛い思いをするのは多くの場合いじめられる方だ。
アラタはとうにそれを知っていた、知っていたがいざ自分が当事者になると中々最適解の行動を取ることは難しい。
そんな難しい議題について考えていたが次第に関係ないことが気になり始めるのはある意味切り替えが早くある意味注意力散漫と言えるアラタの特徴だった。
冒険者とは何か、クエストとは何か、どうやって受注するのか、受注に制限はあるのか、どのクエストを受けるべきなのか、他にもいろいろと教えてほしいことは山ほどあるのにそれらをすべてすっ飛ばしてクエストを受けてきた子は呑気に鼻歌を歌いながら隣を歩いている。
ご機嫌なことはいいことだけどこの子、ノエル・クレストはだいぶ自由人だ。
本来なら色々教えてくれるはずの冒険者共はノエルにデレデレで役に立たないし、リーゼはと言うと俺の見立てではもっとノエルに甘々だ。
まあいいや、俺の方が初心者で後輩で教えを乞う立場なんだから気長にやっていこうじゃないか、アラタがそんなことを考えていると横からリーゼが何もわかっていないなと言う顔で彼を見つめる。
「何?」
「いえ、多分ですけど私にもアラタみたいに考えていた時期が昔あったなと思いまして」
それってつまりだめだったってことか。
リーゼがやってだめならもうお手上げじゃないか、絶望的じゃないか、俺がそんな顔で見ると、
「まあお守りが1人増えて何か変化が生まれることに期待しましょう」
お守りって。
言っちゃったよ、はっきり言っちゃったよ。
事実ではあるんだろうけど……これ以上話すのはやめておこう、俺はまだ冒険者が何なのかすら知らないんだ。
「ノエル、クエストって何?」
お守りの対象としてリーゼに名前を挙げられていたノエルは待っていたとばかりに饒舌に話し始める。
「ふっふっふ、よく聞いてくれたな。そう! 今日は新しいパーティーの初クエストの日だ! と言うことで初心者のアラタでも出来る簡単クエストを受けてきた。内容は畑で野菜の収穫、これだ!」
野菜の収穫という何とも部外者を入れることに抵抗がありそうな仕事だがこれも冒険者の仕事だというのだ、アラタはこれはこれで楽そうでいいかと高を括る。
「そんなんでいいの?」
「そう! そんなんでいいのだ! どう? 2人とも見直した?」
自慢げに語るノエルを見つめるリーゼの表情は変わらない、ただ見つめるのみだ。
それと比較してアラタはと言うと、
「うん、見直した! てっきりゴブリンとかと戦わされるのかと思ってたからびっくりした!」
「へへへ、凄いだろう! 崇めたまえ奉りたまえ!」
期待値が低かっただけにアラタにとってこれはうれしい誤算だ。
すっかり調子に乗っているノエルをこれでもかと持ち上げはしゃいでいる間もリーゼの表情は変わらなかった。
(アラタ、野菜の収穫で何をそんなに喜んでいるのでしょう。私はこれからのクエストを考えると憂鬱で仕方ないのに)
彼女はCランク、冒険者としては十把一絡げにされるラインを超えたところにいる。
従って大概のクエストは問題なくこなすだけの能力が既に備わっているわけだがそれは個人の話でアラタを気にかけながら行動するとなるとまた別問題だった。
このクエストを何も言わず受けてきたノエル、それを聞いて一度は落胆したもののクエスト内容を聞いてなぜか元気になったアラタ、正直不安でしかない。
リーゼは考える。
それにしてもアラタのこの喜びよう、楽観的な様子はおかしい。
彼は異世界人、もしかしたら向こうで野菜の収穫に従事していたのかもしれない。
「アラタは野菜を収穫したことはありますか?」
「俺のじいちゃんは農家だったけど? なんかまずかった?」
「いえ、それなら問題なさそうです。私の杞憂でした」
そうですよね、流石に何も知らないまま野菜の収穫に赴くわけがありませんからね。
野菜の収穫がどんなものか理解したうえでこの喜びよう、ひょっとして彼は稀代の野菜収穫者?
リーゼはアラタに期待してしまった。
彼女はまだ知らない、古来より根拠のない希望的観測の果てにある結末に救いなどないということを。
ギルドからかなり歩きようやく城門に到着する。
今回一行が通過するのは村から来た時通った西門ではなく南門である。
南門を出るとそこから更に町が広がっているわけだが建物の数も城内と比べると減ってきて農耕地帯に置き換わっていく。
やがて依頼元である農家に軽いあいさつをして農家所有の畑に到着した。
葉っぱだけでは判断できないが多分ジャガイモ、ニンジン、あとはキャベツもある。
様々な種類の野菜がある程度の区分けをされて植えられている、収穫時だ。
どの野菜も栽培方法が違えば収穫時期も異なる、この歪な景色はそんな違和感をアラタに与えたが悩んでも仕方ないと気持ちを切り替える。
「それにしても冒険者の皆様、本当にありがとうございます。中々依頼が受注されずにこのままでは自力での収穫になるところでした」
そう言いながら農家は3人から離れ小屋の陰に入る。
体を壊して収穫を一人でするのは厳しかったのかな? そんな人の助けをする冒険者は何でも屋の側面があるのかな? とアラタは未だに説明を受けていない冒険者という職業について想像を膨らませた。
しかしリーゼの口から出てきた言葉によって彼は冒険者はそんな生易しい職業ではないことを理解した。
「アトラ近郊の野菜は活きがいいですからね。始めまーす!」
どうぞー! という声が帰ってきてリーゼは地面に手を当てる。
「リーゼ、ちょっと待っ――」
「土石流、行きます!」
次の瞬間、土がひっくり返され大地がうねりを上げて鳴動した。
リーゼの操作する土属性の魔術で畑の土をかき回して一気に収穫しようというのだ。
目の前でまたも超常現象を見せつけられたアラタはその規模の大きさにあっけにとられていたがノエルに背中を叩かれてはっとした。
「来るぞ」
「いや、何が?」
出会ってから何度か交わされた意思の通じ合っていない会話。
ノエルと一言交わしただけでアラタとそれを見ていたリーゼは何が起こったのか理解した。
つまるところノエルは、今回はアラタもだがやらかしたのだ。
「リーゼ、ノエルの罪状は?」
「Cランク冒険者が受けるクエストに何の説明もせずFランクのアラタを連れてきたことです」
「え、でも野菜の収穫だぞ? アラタなら大丈夫だと思ったから……あの、2人とも何故そんな顔をしているんだ? 勝手にクエストを受けたことは謝るから、だから、その、怒らないでほしいなー、なんて」
「「あとで話がある/ますから」」
野菜たちにアラタ達の声は届いてはいない、何故なら人間でいう耳に相当する感覚器官が存在しないから。
だがアラタ達の声にちょうど反応するようにそれらは動き出した。
アラタは目の前に広がる光景を素直に受け入れていた、受け入れはしたもののだからと言って対応できるかというのはまた別の話である。
「あ……あああ、野菜が! 野菜が!」
のちにアラタは当時のことをこう振り返る。
生まれて初めて野菜と目が合った、と。
「うおぉ、速い! リーゼ! リーゼ!」
「なんですか。当たらないようにしてくださいよ」
3人に襲い来る野菜たちの攻撃にさらされながらアラタはまた嵌められたのだと唇を嚙む。
ジャガイモ、キャベツ、ニンジン、ダイコンなどが3人、特に一番鈍いアラタに向かって襲い掛かるがアラタはこれを紙一重で躱している。
ひっきりなしに飛来してくる野菜たちの動きを目で追いながらアラタの額に汗が流れた。
速い、とにかく速い。
このスピードで野菜をぶつけられでもしたら死なないまでもかなり痛いはずだ。
何個もボールを使ってドッヂボールをしている感覚に近い。
この場合当たってもセーフだが当たり所が悪いと肉体的にアウトだ、怖すぎる。
こんなクエストを初心者用と称して嬉々として受注してきたノエルには後で説教が必要だと決意しながら攻撃をよけ続けていると始めは元気だった野菜たちの勢いが弱まってきた。
動きに眼も慣れてきてこのままいけば躱しきれる、攻撃を避けようとステップを踏もうとしたアラタの足が止まった。
迷わずアラタは抜刀し足に絡まったジャガイモを斬り飛ばそうとする。
ダメになってしまうかもしれないが背に腹は代えられないと蔓を斬り飛ばそうとしたが、
「止められた!?」
刀は蔓を断ち切ることはできずピタリと動きを止めた。
嘘だろ?
手ごたえは金属みたいな硬さだ、これじゃ無理だ。
「野菜のくせに搦め手なんて使いやがって! くっそ、ノエル! 後で覚えてろよ!」
「受けたものは仕方がないじゃないか、って危ない!」
ノエルが叫んだ瞬間、アラタの腹部に特大のキャベツが直撃した。
「うぅっ!」
体勢がぐらついたところに狙いすましたかのようにジャガイモが飛んできたのをアラタの眼は捉えていた。
ジャガイモを身を捩り躱して…………アラタの顎にかすった。
綺麗に脳みそをシェイクされたアラタはそのまま動けずダウン、意識はあるが動けない、自分が倒れていることは分かるがどうにもならない。
リーゼもノエルも戦闘中で構っている余裕はないか、もう無理。
アラタの意識はプツンと途絶えた。
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