第13話 諸々の事情略して諸事情

「ぷぷっ、クラスがないなんて可哀そうに。……ふふっ」


「ちょ、ノエルッ、笑ってはいけませんよ。アラタだってあんなに楽しみにして……ふふふっ」


「もうパーティー抜けようかな」


「あっ! 冗談! 冗談ですからそんなに怒らないでください!」


「ごめんアラタ、悪気はなかったんだ。ただ私たちも聞いたことがなかったから……ふふっ」


 今アラタは2人が滞在している部屋で過去一落ち込んでいる。

 先ほどまでギルドにいたのだがそれはクラスを測定するため、だが彼の体にクラスは宿らなかった。

 原因ははっきりしているのだが敵意むき出しだった男性冒険者にまで笑われたアラタは立ち直れない。


「最悪だ。あのくそ野郎、今度会ったらぶん殴ってやる」


「誰のことかわかりませんが切り替えましょう? 普通のクラスなら恩恵なんてあってないようなものですし」


「へー、まあもう何でもいいや。それよりこの世界について教えてよ」


「どのあたりからですか?」


「全部。って言いたいけど二人からすれば俺が何が分からないかも分からないんだよな」


 と言うことでアラタの問いに答えていく一問一答形式の常識クイズが始まった。

 アラタの好奇心に多少引っ張られた方向に話がずれそうになる度にリーゼが話題を元に戻していたが要約するとこの世界の常識は次のようになる。

 まずこの世界の住人は自分たちが天体に住んでいることを知っている。

 そしてこの星の名前は地球、太陽などの別の天体の名前も同様だった。

 アラタにこの異質さは理解できないので話は進み人間の世界の話に映るとここで元の世界との違いが出てきた。

 地球において人間の支配する領域はさほど大きくなく人間の暮らす人間界、その外には未開拓領域と言う魔物たちの世界があるそうだ。

 人が住めないわけではないが絶えず魔物の襲撃に悩まされることになりそのギリギリのライン、即ち人間界の端がレイテ村などの辺境に当たるそうだ。

 逆に言えば魔物の襲撃をものともしない人間に近い種族、亜人と呼ばれる生き物は未開拓領域に隠れ里を持ち密かに暮らしているという言い伝えがある。

 先ほどから魔物魔物と簡単に言っているが説明を受けてもアラタは動物との違いが理解できなかった。

 ゴブリンは魔物で豚は動物なのである。

 アラタはとりあえず元の世界に存在する生き物ではない何かを魔物と考えることにした。

 続いて気候、カナン公国は四季があり日本みたいなものと考えていいらしい。

 しかし温暖な地域、寒い地域、雨季と乾季の二つの季節を持つ地域、色々あるのは元の世界と同じらしく文明レベルはなんとなく中世? っぽい。

 ぽいと表現を濁したのはアラタが中世に対してほとんど知識がなくただの素人が持つ雰囲気でしか判断していない点ともう一つ、魔術やそれに関連した学問体系があり見た目の生活水準と実際のそれが一致していないからである。

 ここまで聞いて有識者諸氏は随分と気持ちが悪い印象を抱くだろう、だが無知であればさほど問題なく順応できるのもまた事実でありアラタは現状をすんなりと受け入れていた。


「おっけー、分からないことはまた今度教えてほしい。あっ、けど最後に、この世界って魔王とかいる?」


 勇者、賢者これだけ役職が揃っていたらそれはもうほぼ確実に奴が存在するはずだ、だってゲームみたいだし。


「よく知っていますね。異世界にもいたんですか? この前は……50年位前に発生したことがあるみたいですね」


「そっか。じゃあ後は」


「私たちについてですよね。私の名前はリーゼ・クラーク、ノエルの本名はノエル・クレストと言います。貴族の子女です」


 だろうな。

 疑問が一つ解消されたところでもう一つ疑問が生まれたわけだがそれについてはリーゼからすぐ答えが出てきた。


「そしてですね、家がらみのごたごたもあってかねてより興味のあった冒険者になったのです」


「それって大丈夫なのか? よく許可が」


「ええ、普通なら無理でしょうけど状況が状況であるというのもありますし、その、アラタには少し言いにくいのですが…………」


 明らかに言い淀むリーゼの様子に何かあるんだなと思いながらここまで来て聞かないわけにはいかないと先を促す。


「私のクラスは聖騎士です。そしてノエルのクラスは……」


「私のクラスは剣聖だ。大層な名前だが実際かなり希少なクラスでもある。だから」


「この2人なら問題ないって送り出されたのか⁉ というかなんだそのかっこいいクラスは! 俺なんて! 俺なんて!」


「だから言いにくいって言ったじゃないですか! 落ち込まないでくださいよ。こんなクラス滅多に表れるものでは――」


「だからクラスがないことくらい気にするなってか? いいよな、そんなかっこよくてレアなクラスが発現して。そんなクラスをゲットできる人間はきっとすごいやつで心にも余裕があるんだろうな。それに比べて俺は……」


「アラタ、元気を出すんだ。クラスがない人間なんて過去に例がない。そう考えればアラタだって希少な存在なんだぞ? だから元気を出して、な?」


 リーゼはノエルが敢えて空気を読まないことにしたことが分かったがそれは悪手でしょうとため息をつく。


「心無い言葉によって俺の繊細なハートはズタズタなので今日はもう寝ます。2人ともお疲れ」


「えっあっはい。明日からクエスト受けますからね?」


「うん、分かった。お疲れ」


 アラタはそう言いながら部屋を出ていった。

 自分の部屋に戻るとベッドに腰掛け俯きながらため息をつく。

 さっきのリーゼのため息とは一線を画すほど大きく長い溜息だ。


「はぁぁぁあああああーあ。クラスなしか」


 改めて現実を突きつけられるとすっげーへこむ。

 大体こういった異世界人補正ってポジティブに働くものなんじゃないのか?

 なんでことあるごとにマイナス要素として異世界人が出てくるんだ、普通異世界人なら人並外れた身体能力に人並外れたすげー力を持っていて自分じゃ気づかないけど実は世界最強でした、みたいな人生スーパーイージーモードで第二の人生を満喫できるんじゃないのか。

 なんだ、クラスなしって。

 分裂した片方異世界に転生させるならその辺の設定くらいきちんと再設定してからこっちに送れよ。

 あのくそ女神今度会ったら正座で説教、いや、それだけじゃ足りない。

 こちとら何回か死にかけているんだ、一発や二発くらい殴ってもおつりがくる。

 既に限界を超えるレベルで溜まっている女神への復讐心をどうやって発散させるか思案している時扉をノックする音が鳴った。


「はーい」


 アラタが返事をすると扉が開きノエルが部屋に入ってきた。


「ノエルさん、どうしたの?」


「いや、その、さっきのことを謝ろうと思って」


「さっきのこと?」


 さっきの事ってなんだ?

 もしかしてクラス云々の話か?

 それなら気にしてないのに。


「律儀な人だな。別にいいのに」


「そう言ってくれるとありがたいのだが、話と言うのはもう一つあってだな」


「ごたごた?」


「そうだ。その貴族の争いに巻き込まれないために私たちは冒険者を始めたのだが……先日護衛の増強を頼んで断られてしまってな」


「俺にノエルさんとリーゼさんの護衛をしてほしい? 2人の方が強いのに?」


「そうじゃないんだ。確かに名目上は護衛だが……男性で行動を共にしてくれる人が欲しかったのだが、その、ギルドの者たちはあんな感じで」


「なるほど、いいよ」


「そうか、やっぱりダメか。……へ?」


「ダメなんて言ってないだろ。ギブアンドテイク、俺は2人と行動を共にする。頼まれれば出来る範囲でやる、その代わりこの世界での生き方を教えてほしい」


「ああ、それなら全く問題ない」


「まあ後は……パーティーに入ったんだ、俺たちはもう仲間だろ? あくまでも生活の基盤が出来るまでだけど」


 さらりと後付けの条件で逃げ道を確保しておくアラタだがノエルはそれに気づかず小声で呟く。


「俺たちはパーティー。……うん、いいな、それ」


「ん? なんて言った?」


「いや、何も。アラタに話してよかった! お疲れ!」


「お疲れ。また明日」


 後付けの条件ながら割といいことを言えたのかもしれない。

 ゴブリンや盗賊を相手に日銭を稼ぐなんて生活長続きするはずがない。

 あの時は適当に話を合わせたけど貴族の争いから遠ざけるために冒険者やらせるなんて正気の沙汰とは思えない。

 もしレイテ村でゴブリンに殺されていたらどうするつもりだったんだろう。

 そう考えると俺の常識が常識でない世界に来てしまった感が強いけど今更どうにもならないしなぁ。

 自分一人がどんなに抗おうと決して逆らえない力の奔流。

 そんな流れの真っ只中に放り込まれた、そんな気がした。

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