やっときた男

 近くにある公園へと移動した。依然、雨は降り続け圭吾の全身を濡らし続けたが私の傘に入れてやることは無かった。


 公園は狭く、砂場と鉄棒とブランコがあるだけの質素なものだった。雨の日の、子供のいない公園は酷く殺風景で入ったら出られなくなりそうな、そんな異質な雰囲気を醸し出していた。


 ──灰色だ。


 その公園は灰色に見えた。


 公園に入るなり、圭吾は土下座した。雨で濡れた草っ原に躊躇いもなく膝をついて頭を垂れて。突然のことに驚いたが、反応してやるのも癪なので動じていないふりをした。


「何に対して謝ってるの」


 私は冷たく言い放った。 あくまでなんとも思っていない、どうでもいい。というスタンスで。


「文化祭、行けなかったこと」


「謝ってどうなるの?」


「どうにもならない」


「そうだよね。結局バイトを優先したって事でしょ?それで私が許したとしても、約束を破った事実はどうにもならない。」


 圭吾はなにも言わない。


「ねぇ!なんとか言ってよ」


 抑えていた感情が、漏れ出す。ダムが決壊するように流れ出ていく。どんどん言葉が出てくる。


「遅いんだよ!!」


「私がどんな思いで今日1日過ごしたと思うの!?」


 圭吾は何も言わない


「私もう…疲れたの。きっと来るって信じてたのに。あそこ告白までやったんだからきっと来てくれるって。もう重いんだよ!この気持ちが」


 ──もう手放してしまいたい。


 傘は冷たい雨から私を守ってはくれても、私の涙を隠してはくれない。


「すまなかった」


 漸く圭吾は頭を上げ口を開く。


「その想いを俺は受け止められなかった。気付けなかった」


 圭吾も、泣いていた。


「そこまで分かっててなんで!!なんで来てくれなかったのよ!」


「すまない。ケジメをつけたかった」


 そういい、圭吾はポケットからなにかを取り出し、私に渡してきた。


 茶封筒だった。雨水で半分以上変色している。封を開ける。


 そこには、よく見なれた世界的人気キャラクターが印刷されたチケットが2枚、入っていた。


「これって…」


 ディズニーランドのペアチケットだった。


 前に圭吾にそれとなく誘ってみたが、伝わらず玉砕したディズニーランド。


「うん。おれさ、やっぱり今日のバイトは1回入るって言っちゃったから行ったんだ。んで、バイト辞めてきた。それで、店長に事情話して頭下げて今までの分の給料も手渡ししてもらってこれ、買ってきたんだ」


 これが、俺なりのケジメだ。と、そう言った。


「このチケットで今日の分チャラにしてくれって?」


 圭吾はコクリと頷く。


「ばっかじゃないの」


 本物の馬鹿だ。なんでわざわざこんな回りくどい真似をするのか。本当に馬鹿で鈍感で不器用で真面目で、優しくて。──でも、


「あんたのそういう所、好きだよ」


 気づけば雨は止んでいた。私の涙も止まっていた。


 私は続ける。呟くように、でも絶対に伝わるように。


「ずっと…好きだった」


 圭吾は大きく息を吸った。


「俺もだーー!!」


 私は今どんな顔をしているだろうか。もしかしたら気持ち悪くにやけているかもしれない。涙の跡で汚いかもしれない。


 圭吾の瞳に写る私の姿が少しでも美しいものだったら嬉しいな。


 ──圭吾も私のことが好きだって?


「ほんとかよ」


「あぁ、ずっと好きで、最近気付いた」


 そっか。そうだったのか。ずっと両思いだったのか。それを知れただけで、私の今までの人生は幸せなものだったと、胸を張って言える。もちろんこれからも。


「遅いんだよぉ。もぉ」


 せっかく泣き止んだのに、また涙が出てきた。


 嬉し涙だ。


 雲が流れていき、空から一筋の光が降りてくる。足元の雨の雫で濡れた草っ原がキラキラと輝き出す。


 そして、草っ原の緑、空の灰色と青、そして周りの空気さえもがカラフルに。──世界が、色付きだす。


 その一筋の太陽の光は私たちだけを照らすスポットライトの様だった。

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