たしかにそこにあるなにか

 夏海が出ていった後の部屋はやけに静かで、それに反比例して胸はザワついていた。


 最初はその感情が理解できなかった。言葉ではありふれていて、有り体でいて、でも俺は彼女の言葉を真には理解していなかった。


 いや、分からないなりに心当たりはある。俺はそれを感じたことがあった。


 彼女がいった“好き”とおおよそ同じ種類の“好き”を俺は彼女に向けて──彼女と目が合った。彼女が笑った時、彼女に説教された時。至って日常的に、至って恒常的に、至って通常的に。つまり、ずっと。───感じていた。


 その名前を知らなかっただけで。


 別のものと混合してしまっていた。




 俺達家族より仕事を優先して勝手に死んで行った親父。


 ずっと考えていた。俺と親父の間に愛はあったのか。


 ──多分あったんだ。


 世界はそれで溢れているのに、それは目に見えなくて言葉に変換しなきゃなかなか伝わらない。


 そしてそれは俺の中にもある。でも自分でもそれに気が付けなくて。大事な人を傷つけてしまった。


 けど相手は心配してくれて、言葉にしてそれを伝えてくれた。


 今、俺に出来ることはなんだろう。

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